「あ、か、カンベさんっ、こんにちは……!」
「……ロックちゃん」
大学帰り、見事に珍しくボッチになった日に限って、出逢ってしまった。
朝日六花ちゃん。渾名はロックちゃんです。俺は彼女が苦手というかそもそも基礎基本俺に好意向けてくる女の子なんてウチのビッチ×三人以来のことだからこう、久しぶり過ぎてあわあわしちゃうんだよ。花音に相談したら名誉童貞ってなじられた。ひどくない?
「これから、帰りですか?」
「え、まぁうん」
ただコッチの眼鏡&シュシュ装着バージョンはそこまでじゃない。いやそれでもガンガン攻めてきてるから苦手っちゃあ苦手だけど。触れてこないからね。触ってこないってことは俺の童貞的ハードルが下がるからね、重要なところだよ。
「これから羽沢珈琲店に行くんだ」
「あっ、商店街の」
「そうそう」
「私、近くのライブハウスでバイトしてるんです」
「そうなんだ」
そう、これならいいんだよ。流石にファンも増えて女性慣れしてきた俺にとってこれくらいは平気なんだよ。ただ紗夜、燐子、花音のアレは未だに身体が強張っちゃうんだけど。そして羽沢珈琲店の前で別れる、と思ったらついてくる。あ、バイトじゃないんですね。
「もっとカンベさんとお話がしたいです!」
「したいです! って言われてもなぁ」
「ほら、趣味とか、聴いてるバンドとか! もっともっとカンベさんが知りたいっていうか」
グイグイ来るねホントこの子。好きなものにまっすぐなんだなぁってのはわかるけど……もうちょい、もうちょい距離がほしい。
そんなやり取りをしながらお店に入ると、今日も天使の羽沢つぐみちゃんが出迎えてくれた。
「カンベさんいらっしゃいませ……新しい女の人ですか?」
「まってつぐみちゃん、その認識は間違ってないんだろうけど間違ってる」
ロックちゃんは同じ学校の先輩でもあるつぐみちゃんに挨拶をして、俺の向かいに座ってきた。さっきのつぐみちゃんの目が怖かったんだけど気のせいですよね。まぁそもそも紗夜だけじゃなくて燐子や花音ともここでデートしたりするからね、言われてもしょうがないところもあるけど。
コーヒーが机に置かれて少ししてから、ロックちゃんはおもむろにメガネとシュシュを取り始めた。ヒエッ、やめて、ビッチやめて。
「……あこちゃんから聴いたんだけど」
「う、うん……なにを?」
「カンベさん、カノジョいっぱいいるんでしょ?」
「あこちゃん……」
なーんでしゃべっちゃうのかなあこちゃんは。まぁそもそも口が堅いほうじゃないしカノジョさんの中には親友のりんりんがいらっしゃるので訊かれたらしゃべっちゃうのはわかるんだけどさ。捕食者に被食者の情報を教えないようにしてほしい。
「一人増えても、一緒じゃない?」
「一緒じゃない」
「私は一緒だと思う」
「ゴリ押してくるな」
「そもそもみんな奥手そうなのに、タマってないの?」
奥手そうに……ああそうだった
「三人もいたらタマんないでしょ」
「話した感じすっごい童貞っぽいのに」
「失礼なこと言わなかった?」
知ってるけどさ。俺が精神的にはずっと童貞とか永遠の魔法使いとか言われてんのはさ。ところでさっきから脚で俺の脚を撫でるのやめてもらっていいですか?
そんな風に誘われてもよしじゃあセフレになろうとはならないからね。
「とにかく、刺激は必要じゃない? 付き合ってどれくらい?」
「紗夜とは四か月、後は二か月前後だけど」
「じゃあまだ初々しい?」
どこが? 流石に一年くらいわちゃわちゃしてたからあの人たち恐ろしいくらい落ち着いてるよ。
ううん、なんかいちいちズレてるなぁと思ったけどその世間一般的な歩幅よりも俺や紗夜たちがだいぶ特殊なだけかもしれない。
今更ながらこの異常性に気づきつつあった俺の後ろに人の気配。振り返ろうとしたら既に隣に座って甘えてきていた。
「ここにいたんだあ」
「俺は白鷺さんとデートだって聴いてたけど……やっぱりここだったんだね」
「うん♪」
ここでまさかの登場をしたのはふんわり童貞キラーさん。最近とみに甘える攻撃を覚えていて俺の常識は破壊されつくしたよ。何がって異常なまでにかわいいんだよこの人の甘える。構って構ってと人を振り回してくる困ったところもあるんだけど、俺としてはそれすらも許容の中だからなぁ。
「ごめんなさい……花音がいつもいつも」
「大丈夫、ビッチ感全面に押し出している頃よりよっぽどかわいいから」
「んー?」
んー? じゃないんだけど。なに酔ってるのこの人? ごろごろと俺の肩に乗せて超絶嬉しそうな花音がほんの少しだけ、チラリと向かいの……眉根を寄せた彼女を見据えた。
あ、予防線ねなるほど。俺にはわからない戦いが既に始まっていた。バチバチ火花だ、助けて白鷺さん。
「私は知らないわよ?」
「知らないって冷たいね」
「巻き込まないでください」
そりゃそうだね。俺の蒔いた種……ってロックちゃんには蒔いてないけどね。
ロックちゃんはじっと花音を見て、それから俺の方を見た。花音はまだこれ見よがしに甘えてきて……ってはい、脚は触らないでくださいね。
「今、カンベさんと話してたんだけど」
「……ふうん? だから?」
「いくらカノジョさんだとはいえ、ここで話の腰を折るのは常識ないと思うけど」
ロックちゃんが貼り付けスマイルで先制攻撃、ホント、俺巻き込まれてるだけなんだけど……と思ったら既に白鷺さんは違う席にいた。親友を置いていくのやめてよ。連れてってよ花音の保護者さん。
「カンベさん移動しない?」
「……移動?」
「ゆっくり話して誘おうと思ってたのに、邪魔が入るんだもん」
「邪魔ってさぁ……ひどくない?」
ひどいとは思うけど確かに露骨すぎるからね花音。一応はロックちゃんは俺とお茶をしていたわけであって、花音で考えるならここで燐子か紗夜がやってきて隣に座って自分がほっとかれるようなもんだよ?
「……その考え方は、優しすぎじゃない?」
「なんで」
「だって相手はキミの嫌いなビッチでしょ?」
「……っ」
うわー、怒ってるわけじゃなくて花音なりに俺に気を遣ってくれてるんだろうなってのはわかった。断れてない俺のかわりに花音がこうやって悪役になってくれてるんだなぁ。でも怖いからね、今の花音、笑顔で毒を吐くとんでもない人になってるからね。
「紗夜ちゃんや燐子ちゃんは私のことを受け入れてくれたし、それだから許してるけど……私、独占欲強いの忘れちゃった?」
忘れてない。忘れてないから俺はちゃんと断ろうと……できてないんだねわかったそれはホントごめん。
でもちょっとだけお話しさせてほしんだ。そう言うと花音はそっかとほほ笑んだ。
「信じても、いい?」
「いいよ」
「ならいいや」
花音はやっといなくなり、ロックちゃんが溜息をついた。ごめんねウチのカノジョさん、あんなのばっかりだからさ。多分今日は嫉妬に塗れたお泊りが待ってるから俺が一番大変な目に遭うんだよね。
「さて……と、あのさロックちゃん」
「……なに?」
「俺はセフレを作る気はないよ。多分どうアプローチをされてもね」
「無理やり迫っても?」
「うん」
そう、とロックちゃんは落胆のような、何か違うような表情をした。なんだろう、ロックちゃんはなにを持ってるの?
俺に惹かれる人ってなんか傷ついてるんだよね。花音……はどうかなーって思うところはあるけど頑なに前の話はしたがらないし、紗夜や燐子も傷ついて俺のところにいてくれてるから。
「その結果、ロックちゃんが何か新しいものを目指しているって言うなら、ちょっとくらい力になるよ」
「……なにそれ」
「へ?」
「聖人ぶってるの? 中身は大概変わらないでしょう? 女を侍らせて……気持ち悪い」
「そうかな」
「見損なった。
ロックちゃんは立ち上がってどこかへ行ってしまった。
──と、思ったらシュシュを付けて眼鏡とつけて、無害そうで大人しいロックちゃんが戻ってきた。ええっとなんで戻ってきたの?
「す、すみません……お支払いできてないことに、気づいて」
「え、ああいいよ。奢る」
「いいんですか……?」
なんか、さっきまでの人と同一人物なのかと疑うくらいに物腰柔らかく接されると俺もどうしたらいいのかわかんなくなっちゃうんだけど。
ロックちゃんは、またぺこりと頭を下げてから……私はカンベさんのこと、そんな人だとは思ってませんでしたと非難するように突き付けてきた。
「自分のやってることと、人に言ってることが……矛盾しとる」
「そうだね」
「わけわからん。そう思ってしまうんです……わからんのが一番怖い」
わからんのが一番怖い。確かにそうだね。俺もわからなくてすごく怖くて嫌で逃げ回ってきた。
──それが今では多少言葉が足りなくたって伝わるようになるんだから、きっとちゃんとわかるようになれば……怖くなくなると思うんだけど。
だけどロックちゃんは苦しそうな表情で失礼しますといなくなってしまった。まいったな、ファンの子に嫌われちゃったかな。
「……大丈夫でしたか?」
「うんありがと……これは?」
「サービスです」
「いいの?」
はい、とつぐみちゃんが癒しスマイルを向けてくれる。うれしい。
そうそう、放っておけなかったのは正直普段のロックちゃんが割と俺の好みに近いせいもあるのかもって燐子に言われたんだよね。確かに、つぐみちゃんとロックちゃん、根っこの方はきっと似てるよね。紗夜とか燐子とか花音に囲まれても俺の好みは見た目清楚系の元気っ子なんだから。
「ふふ、わたしを口説くのはいいですけど、また拗ねられちゃいますよ?」
「口説いたつもりはなかったんだけど」
「好みの女性とか……言われたらそう思っちゃうじゃないですか」
つぐみちゃんにちょっと頬を赤らめられて言われてしまい、この後花音を宥めるのに結構時間がかかりましたとさ。
──それにしても、ロックちゃん。なんか焦ってる感じしたけど、大丈夫なのかな?