すごかった。色々とすごかったとしか言いようがない。シアター自体が映像に合わせて動くという仕組みのすごさを体験させられた。
なにせ本当に海を潜っているような感覚なんだもん。海の生き物のキャラクターたちに案内してもらうってアトラクション、思った以上に没入しちゃったよ。
「はあ……よかったあ」
「よかったね?」
「うん。楽しかったあ……♪」
そして一番ご満悦なのは提案した本人でもある花音だった。まぁ海の生き物、特にクラゲで次にペンギンを愛するあまり水族館の年パス持ってる人は流石だよね。あんなファンタジー世界観でもいいなんて。
「クラゲに貴賎なし、だよお」
「さいですか」
「陽太くんとのセックスが割となんでも気持ちいのと一緒だよ?」
「それはぜっっったい違うと思う」
いやそう言ってくれるのは嬉しいことなんだけどね? 光栄なんだけどさ、ここで言うのはやめようねってハナシなんですよ。ここは公共の場です。公共の場でも下ネタを言うのはもはやウチのカノジョさん共通の様式美みたいなところあるけどそれじゃダメだと思うんです。
「……これから、どうしますか?」
「俺はわからないけど、どうするの?」
「んー、そうだなぁ紗夜ちゃんなにかある?」
「私も特に」
どうやらリサ曰く夕方にはビックバンドの公演を観に行くらしく集合場所が書いてあって……アメリカン、ごめんどこかわかんないや。これは花音にガイドを任せっきりになっちゃって申し訳ないけど。
「燐子ちゃんと私は一回通ってきたもんね」
「……そう、ですね。まるでタイムスリップしたような……感覚でした」
そうなんだ、ちょっとそれは楽しみかも。俺と紗夜はなんだかジャングルのようなところに迷い込んでしまったような感覚を味わったんだけど。そういうちゃんと文明があるんだね。なんか言い方がおかしい気がするけど紗夜も同じ気分だったらしくちょっと苦笑い気味だった。
「途中にちゃんと文明なかった?」
「アラビアンな感じの建物は横目に」
「あとなんか花音が好きそうな雰囲気のサンゴ礁みたいなやつも」
「よかったあ、どこ通ってきたのかと思った」
というか花音は本当にすごい、頭の中に地図があるんだもんなぁ。感心しているけどよくよく考えたらなんでだろうね、俺今の今まで考えてこなかったけど家からバイト先どころか学校行くまでに迷ってしまう迷宮ジェリーフィッシュの花音がなんでまたこんなにしゃっきりはっきり道案内できるんだ?
「そういえば……なんでだろ?」
「不思議、ですね……ここに来るまでも、迷いなく、歩いてきましたし……」
言われればそうだと紗夜も燐子も、当の花音ですら首を傾げる始末である。紗夜がううんと唸った後にピンと来たようでこうではないでしょうかと花音の主導で歩き始めながら解説を入れていく。独り占めしたせいかちょっと前に出て本当に道が合ってるかのダブルチェックをしてくれる。ご機嫌で鼻歌交じりな燐子は俺の腕です。
「目印が多いから……という仮説を唱えるわ」
「目印……多い、ですか?」
「私や白金さんにはそうかもしれませんが、目に見えるものが目印になるのなら、迷子にはなりにくいというのはわかりますよね?」
「そうだね」
というかわかる道、というのは無意識にしろ意識的にしろなにかを目印にしているところはある。学校への道もそうだし、ライブハウスの行き方とかもね。
その理論を花音に当て嵌めれば、花音は似たような景色が多いから迷うのであって、似たような景色のないここは迷い様がないのではないかということだった。
「確かに」
「……わかりやすい、目印……」
景色がコロコロ変わるこの世界観だと逆に色々あるし、エリアがいくつかに別れてるのも花音が把握しやすいって思うところなのかな? あとはどれだけ行ったことがあるかだよね。それも花音はクリアしてると。
「例えばあの灯台とか、あの客船とか」
「……なるほど」
「赤い橋を……抜けたら戻れる、というのも重要なポイント……でしょうか」
「うん」
そんな意外な花音の特技と弱点を見つけてなるほどなぁと感心した。
割とランドマークという視覚情報を頼りにしてるんだなぁって。そりゃ迷子になるよ。道端どこでもランドマークだらけにはなってないもんな。
「あ、ちょっとここ寄ってこうよ」
「え?」
「あ……ここ」
「そうそう、燐子ちゃんと二人でかわいいよねって」
それはクマやらウサギやらのかわいらしいグッズが置いてあるショップだった。かなりファンシーでこのテーマパークの中にあってもファンシーさが群を抜いてる。女性客が多くてアレなんですけど、と思って外で待とうかと思ったけど燐子に連れていかれてしまう。
「かわいい……」
「うさぎ?」
「……はい」
燐子がすごく頬を緩めてぬいぐるみを抱きしめていらっしゃる。なんだかとても財布を出して会計したくなる魔力があるねキミのその顔。かわいいんだけど。
そう思っていると、隣の女性が男性に向かってどう? とネコのキャラクターを持って微笑んでいた。
「ふふ、にゃーんちゃん、かわいいわね」
「……そう、ですね」
「敬語じゃなくていいと、言ったはずよ」
「う……」
その言葉で燐子も気づいたようだった。そっと距離を取っていく。
今の、友希那とタイクーンだった。そっか、二人もコッチに来てたんだなと見つからないくらいに花音や紗夜もつれて離れていく。
「あんなゆるゆるな湊さん初めて見ました」
「友希那さん……かわいいです、ね……」
「俺もあんな友希那は初めて見たよ」
「あーあれは完全にオトしに来てるねえ」
花音の発言がアレなのはさておき、こう見ると確かに友希那からタイクーンへの特別な想い、かつてのリサとトーマみたいな感覚があるよね。両片想い的なやつだ……ううん、ああいうのも羨ましいな結構。うちの三人とは特にそんな感じの甘酸っぱいのなかったからなぁ。
「あったでしょう」
「……ありました……?」
「うーん」
燐子も花音も首を傾げる中、紗夜だけがあったと主張する甘酸っぱい青春。ありませんよそんなの、ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。
友希那とタイクーンに注視しているとこつんと女性と肩がぶつかってしまった。あ、ごめんなさい、と言った彼女ははっとした顔をした。
「あれ、よーただ」
「……どうも」
なんだかんだで集合してしまった。どうやらリサトーマ組の三人は途中で二人を見つけたらしく興味が湧いて追けてきたのね。
それでなんだかいい感じだからって静観してた……と思ったけどちゃっかりリボン付けたクマのぬいぐるみ買ってもらってんじゃねぇよリサ……とあこちゃんもか。
「そんなことより、はいアッチ」
結局来たメンバー全員で二人の行く末を見守っていく。
タイクーンは友希那の変化に戸惑っているのが手に取るようにわかった。そりゃね、クールな感じの彼女がネコのキャラ取ってにゃーんちゃんは戸惑う。わかるよタイクーン。けどヤツの根っこはそんなもんだ。ネコだけに。
「友希那さん……!」
「呼び捨てでもいい、とも言ったはずだけれど」
「なんで?」
「──あの時の告白、もう忘れてしまったの?」
告白!? と素っ頓狂な声を上げそうになって紗夜とリサに口を塞がれた。ごめんでも思わず声を出したい気持ちはわかってほしい。そうだよねみんなびっくりはしてるんだよね。
でもどうやらひと月前、合同バンドの話がある前に既にそんなロマンスあったなんて知らなかったんだけど。
「好きよ、大樹」
「……こ、こんなところで」
「あなたがいつまで経っても返事をくれないから」
そんなとんでも発言が飛び出し、周囲もちょっとだけ二人に注目してしまう。けれどお構いなしに、静かで、けれどボーカル故か通る声で口論が店の外を出ながらも続いていく。
タイクーンは困ったように……でもどうしてだろう。タイクーンからも友希那を拒絶する意思を感じない。だからこそ、友希那は退かないんだろうけど。
「今ここで、はっきりあなたの気持ちが知りたい。どちらにしても……あなたはどうしたいの?」
「……友希那さん」
さぁさぁ風雲急を告げる展開となったわけだけど、どうなるんでしょう。のどかな古きアメリカンな建物を背景に、二人のボーカルがその視線を交わしていた。
うーん、やっぱり俺じゃなくて他人の恋愛になると楽しくなってくる。俺はアレだからな!