新しい朝が来た。希望の朝かどうかはわからないけど、それは少しだけすっきりとした朝だった。両脇には幸せそうに俺の腕枕で寝息を立てる花音と、背中にしがみついている紗夜。昨日何があったとかは聞かないでほしい。
「んん……」
「紗夜?」
「……陽太」
紗夜の方向いたら右手までもってかれた。しかも紗夜はまた夢の中へ戻っていっちゃうし。そのせいで俺は大の字になって両手に花でございます。羨ましい? 時々代わってほしくなるんだよこの贅沢。
「ず……ずるい、です……!」
「り、燐子。いつから……というかどうやって入ってきたの?」
「そんなことは、どうでも……いいんです」
どうでもよくないと思う。ぜんっぜんどうでもよくないよ。このホテルのセキュリティに対してクレームつけなきゃいけないからね。
その言葉に流石に紗夜も起きたようで同じように燐子の侵入に驚いているところだった。
「ん……ようたくうん、もっとシよ。いっぱいイキたいよお……」
「松原さんはまだ夢の中ですか」
「いや絶対起きてる。わざとらしいにもほどがあるでしょ」
花音がこの状況下でも構わず俺の左腕に縋りついてきて、燐子が寝間着姿のままベッドに飛び込んできて、馬乗りになって迫ってくる。夜這いにしてはあれだね、もうお日さま登ってらっしゃいますけどね?
「ステイ、ステイ燐子」
「……う、流石に……今日は承諾、しかねます……」
「確かに燐子だけ別室はね? あれだけどさ」
「そうです……匂いも嗅げない、別室で今頃、お二人がセックスしていると思うと……とオナニーしようにもできない……そんな生殺し、もう、嫌です……!」
同情が吹き飛んだ。匂いってなに? この人は俺の匂いを吸ってないと禁断症状でるの? 麻薬かなにかなの俺の体臭。
まぁ、一応ここで拒否ると後が面倒なので俺は花音と紗夜が着替えてる間燐子をあやすことにした。朝ごはん食べるからあなたも着替えてほしいんだけど。
「だっこして……運んでくれなきゃ、行きません……」
とまぁこのように完全に拗ねられてしまってはどうしようもないんだけど。というか助けて、と振り向いたら下着姿の麗しい肢体を惜しげもなく晒す紗夜がいた。しまったまだ着替えてた。
「……陽太?」
「はい、ごめんなさい」
「どうかしら? ドキドキする?」
「下着姿で迫ってこないで! あと燐子もなに脱ごうとしてるの!?」
「……わたしのも、見てもらおうと」
花音が洗面所で髪梳いててホントよかった! 三人も下着姿で来られたら流石の俺も朝からとんでもないことになるからね! 男としてそこに反応しなかったら罪だと思うんだよ逆にね。
「多分朝の準備の時間で下着に興奮するの、よーただけだと思うケド」
「まあ、陽太さんは……童貞さん、ですから……」
「えっ、カンベさんまだドーテーなんですか!?」
「精神的な問題よ、宇田川さん」
「……どういうことなの?」
俺が言いたいよ友希那。というかRoseliaの皆さんで俺を対象にでかい声で童貞童貞言うのやめてもらっていいです? 顔面の割に言ってることがひどすぎるんだよ。朝のモーニングビュッフェでこれだもんね。ただガールズトークに口を出しちゃいけないと花音にキツく言われているので黙ったままにすることにした。
「それなら、陽太は大樹に追い越されてしまったのね?」
「え……?」
「はい?」
「うそ!?」
ぶふっと牛乳を飲んでいたタイクーンが噴き出した。幸い派手に噴出したわけではなく鼻から飛び出した程度だけど。花音がはい、と拭くものを手渡して照れたように顔を隠すタイクーンを生暖かい目で見つめていた。
──恥ずかしがっているところ悪いけど、別に俺らは気にしないよ。ね? トーマ?
「……そうだな」
「なんの話だ?」
「あのフロアピンク色だったってことだよ」
「は? 意味がわからん」
健全なのはあこちゃんの部屋……と言っても一人悶々としていたらしいけど。ともあれ同じ部屋で寝ていて何も起きないわけないのは誰も一緒ってことだよね。友希那もタイクーンもその辺慎重だと思ってたけど。
「なにかおかしかったかしら? 両想いで付き合ったのだし」
「うーん、ま、友希那がいいならいっか」
「愛があれば性急か性急ではないかは二の次だと思います」
「……愛があれば、ですけど」
そのあたりは平気よ、愛しているものとまた爆弾発言をする友希那の言葉にタイクーンは居心地が悪そうにそわそわしていた。というか羨ましいくらいにまっすぐだよね。良くもあり、悪くもある気がするけど。
「私もちゃーんと愛してるよー、ふふ」
「はいはい」
「流さないでよお」
伝わってるから今更です。後ね、燐子の視線が痛いからくっつくのはやめてね。今回のトリプルデートで学んだことは、文句が出るから三人で出かけるときはなるべく誰かとくっつくのはやめようってこと。一定のソーシャルディスタンスを確保することが不満爆発の予防になると考えます。
「それで? 二人きりでなんの話してたの?」
「別に、合同曲の話や順番をどうしたいか、という話よ」
「……セックスしたのに、ですか……?」
「する前よ」
それからどう盛り上がってシたのかちょっと気になってしまったんだけどその辺どうなの? と問いかけるとタイクーンは少し考えて……いや、わかんないけどと言い出した。脈絡なしってそういうのあるの?
「あるよお」
「セフレとは?」
「うん」
そりゃセフレはヤること目的で会ってるんだからね。でも花音はムード大事にしたいって言うじゃん。大体花音の場合はお風呂一緒に入ろ、が合図なんだけど。リサはベッドでゴロゴロしたと思ったらやたらと抱き着いてくるとシたいんだなって思ってるとこっちはこっちでボーイズによる下トークが始まっていく。
「む、ムードとか、やっぱりあるんだな」
「というか合図があるよね」
「おう。てかやっぱそういうサインってみんな違うんだよな」
「そうだね、そういう意味だと紗夜が一番ムードないかも」
「失礼な!」
通りがかりに紗夜が憤慨していたけど失礼な、じゃなくて事実なんだよ。だってあなたは淡々とかもう発情しきって俺を押し倒してくるかの二択じゃん。燐子はゆっくりシャワー浴びたいって言いだすし、場合によっては衣装チェンジタイムがあるんだからね。
「あーやっぱ風呂だよな」
「風呂……フツーに入って出てきたよ」
「どういう流れだったの?」
「陽太……さすがに恥ずかしいわ」
あ、ごめんなさい。こういう話は男子だけで集まった時にでもするかとトーマが纏めた。というか花音も気を遣ったのか料理取りに行っちゃってたし、別の話でもするか。つかライブの話しようぜ。
「そうですね、折角全員いるのですから」
「外の意見もあるしね」
「私のこと?」
そうそう。花音もバンドやってるから意見とか訊ける。そういう意味だと本来はこんな下ネタで盛り上がってる場合じゃないんだよね。
でもこれですべての障碍は取り除かれた、と言ってもいいくらいだもんね。実際にそのあとの話し合いはとても有意義でかつ、円滑に進んでいった。合同曲もあの一晩でヤることヤってるのにほぼ出来上がってるんだから、びっくりだよ。
「なんか色々ありがとな」
「いーって、気にすんなよ」
「俺やトーマも楽しませてもらったからね」
帰りの電車は男女別々で乗ることになった。まぁ行きの状況があれば友希那やタイクーンがそう判断するのは当たり前のことで、おかげさまで帰りはのんびりとしたものだった。
そこで話した内容は割と真面目なこともあって、憧れと好きは近いようで遠く離れていて、全く逆の気持ちだということをタイクーンは教えてくれた。だからその憧れとは違う感情に苦しんでいたのだと。
「そっか……」
「どうしたカンベ」
「ううん。なんとなく、タイクーンの言葉がわかった気がしただけ」
今は先延ばしにしてる彼女のことを思い出した。俺に対してセフレでもいいと言いつつ女を侍らせる悪だと言い捨てた二つの顔を持つあの子。あこちゃんもろっかはね、悪い子じゃないんだよって必死に弁護してくれたし。
「放っておけない、って顔だな」
「あんま構いすぎるとまた怒られるから、ほどほどにな」
「うん、わかってる」
「ま、なんだ。なんかあんなら俺らもついてるってことで」
「友希那さ……友希那とのことで恩もあるからな」
まだまだすんなりと呼び捨てにするには抵抗があるらしいタイクーンや相変わらずなんでリサ以外には全くモテなかったのか理解できない……って俺らのせいなんだけど、トーマの義理堅さにありがとうと力をもらう。
後は、そうだな。予想や先入観で動くとロクな目に遭ってこなかった俺はひとまずは周囲からってところだね。丁度ウチの幼馴染サマが仲良いんだ、パート一緒だしと言っていたヒトがいるんだよね。後は花音、この二人はホントに頼りになるんだから困るよ。特にリサはお礼に高いもん奢れとか言ってくるしさ。花音ならデート一回とかで済ませてくれる分まだ良心的な気がする。
「リサがお前とデートとか言ったら発狂するからやめろ」
「大丈夫、その前に俺が発狂する」
「というかカンベは二人と仲が良すぎるから、今後はもう一人分嫉妬が増えると思ってくれ」
「……う、了解」
友希那とはなぁ、あんまり会話続かないからあれなんだけど。リサとはすぐリサが俺に厳しいこと言うから苦手だし。でも多分羨ましいと言われれば俺も逆の立場だったらそう思うんだろうな。
「……さぁ、陽太さん……一緒に帰りましょう?」
「どこに?」
「……わたしの、家です……けど」
「けど、じゃなくて」
「もう終わりました……血まみれには、なりませんから……ね? ね?」
「ちょ、花音! 紗夜! ヘルプ!」
そして普段はおっとり非力な彼女のどこからそんな力がというくらいの腕力と握力に引きずられていく。花音と紗夜の二人にはこればかりは助けようがないと見捨てられ、俺は二泊目を強要させられてしまったのだった。
──時々燐子は愛が重いと思うんだ。ヤンデレっていうのかそういう雰囲気を感じるんだけどこれは俺が悪いんだろうか。そう思ったほうが理不尽を感じなくて済みそうだからそうしておこう。理不尽だ。