紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Kを探せ/ロックで一途なギタリスト

 いつもの羽沢珈琲店にやってくる。待ち合わせ場所として指定したそこで待っているとギターを背負った黒縁メガネに星のついた赤いシュシュをつけた小柄な少女が俺のことを見つけて、まっすぐにやってくる。

 

「……呼び出してごめん、ロックちゃん」

「いえ……お話しがあるのなら」

 

 警戒されてるんだよな……悲しいけど、しょうがない。ロックちゃんにとって俺は最低最悪の女狂いなんだから。

 まぁ、後は警戒されてる理由としては紗夜がいるからなんだけど。

 

「カンベさんだけでは心配ですので、付き添いです」

「……はぁ」

「ごめん」

 

 ごめん、全然信用ないから俺。ロックちゃんはまぁいいですけど、と腰を下ろしてつぐみちゃんにアイスコーヒーを頼んでいく。

 く、空気が重たい気がする。そりゃそうか……というか紗夜とかはこういう嫌悪の目に晒されながらもあんなに楽しそうにしていたんだなんて思うと尊敬しちゃうよ、なんてくだらないことを考えていたら、ロックちゃんは失礼します、とメガネを外し、シュシュを解いていく。

 

「……今更呼び出して、なんのつもり?」

「話したいことがあるからね」

「ふうん、どうやらRASのところにこそこそ行っていたようだし? 正当化のために外堀でも埋めた?」

「まぁ、そんなところ」

 

 すごくキツい言い方をされたけど、それは正しい。どんなに言っても、俺は女を侍らせて鼻の下を伸ばすクソ野郎だから。その正当化のためにレイヤさんと話して、マスキングと話して、パレオちゃんとチュチュと話をした。ロックちゃんのことを訊いて、身の上を話して理解してもらって、だから俺はこうしてロックちゃんと向かい合える、ズルい男だから。

 

「言い訳、せんの?」

「しないよ。俺はロックちゃんの言うようなキレイな人間じゃないから」

「……陽太」

 

 紗夜と出逢ってこれまでのこと、俺はたくさん後悔したしたくさん嫌になったこともあった。でも、それでも俺はそのたびに誰かに怒られて、情けなく立ち上がってきた。誰かの手を借りて、立ってきたから。その時に差し伸べられた手を否定したり誤魔化したりしたくない。

 

「あなたのその在り方が、気持ち悪い……理解できない」

「無理だと思う」

「……どうして?」

「だって、俺がそうだったから」

 

 俺だって紗夜のことが理解できなくて、燐子のことが、花音のことが理解できなくて気持ち悪いとすら思った。一時期は会うだけで嫌な気分にすらなりそうだった。でも、ビッチだとかそういう目でじゃない、紗夜たちを見ることで、別の見え方があった。色々なことに気付けた。

 

「だから、わかってほしいだなんて思わないけど……知ってほしいだけ」

「……そんなこと、言われても」

「紗夜のことも、燐子も花音も、みんなみんな、俺の大切な人だから」

 

 いっそ別に俺のことはいくら蔑まれても構わない。でも、そんな俺をここまで連れてきてくれた人たちのことを悪く言ってほしくはない。彼女たちは確かにビッチだし口を開けば下ネタばっかりだし、そのくせ妙なところで嫉妬深いしで大変だけど、その大変さが、俺の幸せの原動力だから。

 

「どうして……? どうしてそんな風に笑えるの……? どうしてそんな風にキラキラできるの? うちにはわからん。カンベさんがそんな節操なしなのに、なんでそんな開き直れるか」

「……じゃあちょっとだけ、言い訳を聞いてもらっていい?」

 

 ロックちゃんは少し小さく、首肯してくれる。ここからはかいつまんでだけど、俺がバンドってものに出逢った話と、紗夜に出逢った話をしていく。最初はとてもくだらない始まりをしたこと、でも最高の仲間に出逢って、音楽が好きになったこと。美鈴の一面を知って、わからなくなったこと。そこで紗夜が衝撃の言葉と共に現れたこと。

 

「それで?」

「紗夜が男とキスしてるところに遭遇してさ」

「うわ、それはショックやん……」

「でしょ? ああ、こんなもんかって思ってさ」

「……あの、カンベさん? ロックさん?」

 

 くだらない話だと思っていたのに、ロックちゃんは思いのほか食いついてきて、相槌を打ったりリアクションを返してくれる。おかげで置いてけぼりは紗夜だったのだが、燐子の話をし始めた途中からは紗夜まで入って盛り上がってしまっていった。

 

「それで、来てくれたのが紗夜だったんだよね」

「我ながら完璧なタイミングだったわね」

「なんか……ロマンチック」

「あはは、確かに。紗夜は結構ロマンチックかも」

「もう……恥ずかしいわ、陽太」

 

 紆余曲折を話し終わると、ロックちゃんは幾分かすっきりしたように微笑みを浮かべていた。そして、ちょっと待ってとメガネをかけて……? ん? 一体なにをしようとするのかと思っていると、立ち上がり、慌てた様子で頭を下げられてしまった。

 

「すみません!」

「え、ええ……?」

「実は……とっくに知っていたんです!」

「……は?」

「え?」

 

 な、なにを? と問うとロックちゃんはカンベさんが……とまで口にしてから顔を赤らめてもごもごする。ん? 恥ずかしいことなの? と首を傾げているとまたもや失礼します、とメガネを外した。忙しいなこの子。

 

「カンベさんが童貞から抜け出せないだけで、女の子をいっぱい連れてるの、知ってた」

「……じゃあどうして?」

「わからんくなって……って言えばいいのかな。まるでライブ中や普段のカンベさんが、嘘をついてるような気持ちになってしまって」

 

 つまり……というか予想していたことでもあったんだけど、もしかして俺が童貞ムーブするのが、女の警戒心を解くためにやってることだと思われてました? 俺、ヤリチン認定受けてましたかね!? 

 

「うん」

「ぷっ……ふふ、ま、まぁ……陽太は三人もカノジョがいるのだし……っ、し、仕方ないわよ……ふふ」

「……もう今日はお泊りなしでお願いします。燐子に電話して代わりに来てもらうから」

「なぜ!」

「にやけ面止めてから驚いてもらえるかな!?」

 

 ロックちゃんもどうやらその間違いを正してもらえたようなのでよかった。自分が思った通りの人だった、と笑うその顔にはもう、俺に対する嫌悪感は薄れていた。というか俺に裏表がないことがわかったから安心した、ってところかな。

 

「それで……一ついい?」

「なに?」

「……うちじゃ、ダメ?」

 

 ぞわっとするくらいに女の色香を溢れさせるロックちゃん。えっとあれ? 俺の予想としては俺を誘ったのは純粋に俺がそれでほいほいついていくクソ野郎かどうかを見定めるための演技だと思ってたんだけど。

 

「それはそれ。でも……もう一人増えても、よくないかなって」

「よくない」

「紗夜さんは?」

「これ以上は浮気とみなします」

「……やっぱり?」

「ええ」

 

 紗夜! ありがとう、やっぱりお泊りはありにしておきますね! ちょろくないです、俺は紗夜のことを最初から信じてましたから! そんな調子のいいことを言っていると、ふぅ、とロックちゃんが残念そうに息を吐いた。

 

「もう一年早く出逢いたかったなぁ」

「ごめんね……ロックちゃん」

「ううん。話を聞いて、これは勝てないなぁって思ってたから」

 

 帰り際、フラれてもずっとファンだから、と少しだけ寂しそうにロックちゃんと別れていく。嵐のような子だったけど、これで一件落着、主催ライブに向けて頑張れそうだね。

 ──そんな風に紗夜に振り返ると、ってなんで紗夜がそんな暗い顔してんの? 

 

「陽太は……私たちのことを、責めたりしないの?」

「え、どうして?」

「……今回、非があるのは私たち。陽太のスタンスにちぐはぐなことをさせているのは……私たちだから」

 

 ん? ああ、そういうことね。俺は童貞ムーブをいつまでもかましてるのに、紗夜たちがいることでああいうロックちゃんみたいな子が表れて、ひと悶着、ということになったと。それは勘違いでしょ。

 

「え?」

「だって、俺が紗夜のこと好きだし? 燐子も花音も、俺がみーんなほしくなった。選べない優柔不断童貞だからね」

「選ぶの下手なクソ野郎で童貞、略して──」

「ヘタクソ童貞ね、はいはい」

 

 でも俺はヘタクソ童貞だったから、ここにいるんじゃないかなって思う。選ばない、なんてクソみたいに頭が悪いことだけど、それが俺をこうしていい方向に導いてくれてる気がするから。

 やっぱりどうせヘタクソならヘタクソなりの夢を描いて、ヘタクソなりの歌を歌って、この気持ちを音楽に乗せるほうが、楽しいから。

 

「……やっぱり、あなたのハジメテでよかったわ」

「俺だって」

「そういう、いわば考えなしで結局はヘタな歌しか歌えないはずの陽太の考え方が、カッコいいって思ってしまうのだから……私も相当染まってきたみたいね」

「まぁ俺だって紗夜に染められてるし」

「童貞のままだけれど」

 

 でも俺は紗夜のことがわかってしまうよ。昔の何がなんだかわからなかった頃とは違って、あ、今手を繋ぎたいんだな、キスしたいんだなっての、もうわかっちゃうからね。

 なによりああやって誰かに包み隠さず伝えたことで、今の自分への輪郭がよりはっきりしてきたのが、ちょっと自信につながったよ。俺は、このまっすぐでいいんだなってさ。

 

 

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