それを汚い行為だと、彼女は考えていなかった。自分に魅力があるのだから、男性は自分を求める。求めることに応えればそれだけ自分に幸せが返ってくる。そうすることで更に魅力を磨いていく。そこに彼女はうしろめたさや罪悪感はなかった。
「おはよ、花音」
「うん……おはよ」
近くのラブホテルで目を覚ます。相手は自分よりも一回り近く年上で、彼女の望むものを与えてくれる存在だった。カラダの関係を結んで、セックスをすれば服やアクセサリー、バッグ、そういうものを喜んで買ってくれた。
──ただ一つを除いて。松原花音にとって彼は完璧な存在だった。
「もうすぐ誕生日だろ? どっか連れてってやるよ」
「うーんパス、カレシとデートだから」
「またカレシかよ。すぐ別れるクセに」
「カレシ欲しいんだもん」
「……俺じゃ不満か」
「うん」
「ハッキリ言うなよ、知ってたけど」
セフレとカレシは違う。少なくとも花音は彼を愛してるとか束縛したいとかそういうことは微塵にも感じたことはなかった。それでも行為をしている時は心地よくて幸福感があるし、名前を呼ばれ果てるのは嫌いではない。だが、
「
「もちろん。それでもいいからって付き合ってるもん」
だが、それでもいずれは別れろと言ってくる。それでいいから付き合ってるのに、いつかはそれが原因で破局する。その矮小で醜悪な嘘を前にすると、花音は冷めてしまうのだった。繰り返してもう片手に収まりきらないことを知っていた男は、溜息を吐いて彼女を抱きしめた。
「なに?」
「いや、花音は難儀だなと思って」
「そうかなあ……?」
「確かに俺も、お前のカレシになるのはゴメンだな」
「私も、どこでもセックスしたがる人がカレシは嫌だなあ」
お前がいい女だからな、と茶化す男に花音は慰められたのだと気づき、キスをした。シャワーを浴びる前にまたお互いを貪り合い、情欲を発散し合い、そして男の車に乗り込んでいく。
男はタバコを吸わなかった。そんなくだらない理由でもう半年以上もセフレ関係が続いていることに気付き、花音は笑みを浮かべた。
「やっぱり」
「ん?」
「単純なんだよね、恋とか、セックスしたいって」
「そりゃ花音だけだ」
苦笑いをされ、別れ際にまぁ、今度は長続きするといいなと諦め交じりに言われ、別れたら慰めてね、と冗談交じりに微笑みを浮かべる。一度だって別れてショックを受けた様子を見せたこともない花音の言葉に、男はそん時は安くしといてくれと冗談で返した。直接バイト先まで送ってもらい、店に入ると同じ時間帯にバイトへやってくる年下の男子が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「……松原さん?」
「あ、おはよお」
「さっきの……カレシさんですか?」
「ううん、セフレ」
そこまで言って、そういえばこの子は一度相手をしてあげたけど関係は語ったことなかったなということを思い出した。語る必要もないくらいつまらなかったから半ばヤリ捨てたようなものだった。
「おれ、松原さんが初めてで……なんかすごくうれしくて」
「……うん」
「なのに、セフレって……」
おいしそうだったからつまみ食いをしたら思った味じゃなかった。それだけのことだよ、と花音は内心で考えた。彼女にとってセックスしたいというのはそれこそお腹が減ったから好きなものを食べたいというものと同じ感覚だった。好みの味付けが好き、それ以外は食べたくない、わがままで偏食でも許される食事、それが松原花音においての性欲だった。
「もう一回シたいの?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
「じゃあ絡んでこないで? 私はキミに興味ないから、ね?」
「──っ!」
絶句され、どうしてそこで驚くのかなあと花音は興味なく視線を外した。だがその態度が彼の何かを刺激したようで先に更衣室に入り着替え始めたところで、急に侵入してきて壁際に花音を追い詰める。
「なに笑ってるんですか」
「……ふふ」
「なんで……っん!?」
怒り心頭だった彼はだが彼女に唇を塞がれ、残りの全ての言葉を奪われた。舌を絡め、艶めかしい吐息を吐き出し、水色の花を、ブラを脱ぎ去り、心臓に近い場所を彼に握らせその熱さを確かめる。
「鍵、あけっぱにしといたの、気付いたんだ」
「……わざと、だって言うんですか?」
「終わりも一緒だったよね? 今日はキミがいいな」
その紫の瞳に囚われ、相手は何も言えなくなってしまう。半裸の彼女に誘われ、そしてまた怒りすらも忘れて人生で二度目の快楽を味わってしまう。病みつきになるほどの快感と女が自分に媚びるような顔をするという征服欲。それを無理やり口に押し入れ、嚥下していく姿にこそ、花音は言いようのない興奮を覚えるのだった。
「……だから電話遅くなっちゃった、ごめんね」
『花音、お前はそうやって!』
「だって、おいしそうだなあって。実際二回目は結構よかったし──」
『ふざけんな! 俺が、俺がいるのに!』
「
『──っ、もういい!』
電話が切られ、花音はその怒りに溜息で返した。セフレがいる、そして自分はそういう性質だからそれを嫉妬しないでいられるのなら、恋人になると約束しているのに、それでも一々嫉妬の感情を向けられ、怒られ、彼女はどんどんと冷めていくのがわかった。
「……好きだったのになあ」
それと同時に、花音の中には泣きたいくらいの寂寥があった。おそらくもう会っても彼は笑ってくれないだろう。誕生日を祝ってくれるという約束もなにもないだろう。その事実が独りぼっちの少女に涙を流させた。自業自得、そう言われても仕方がないのだが、
『どうした花音?』
「あはは……誕生日、独りぼっちになっちゃったあ」
『だから言ったんだよ。また浮気したのか』
「うん」
『ウチ来るか、ホテル行くか?』
「ううん、やめとく……その代わりさ」
誕生日に、会いたい。その言葉に男はわかったと呟いた。
約束通りに、男は慰めてやるとできる限りに彼女の誕生日を祝うことにした。セフレでしかない故にベッドを軋ませながら、絶え絶えの息で日付が変わって最初に。
「……誕生日おめでとう、花音」
「ありがと……」
ケーキやプレゼントなんてものも用意して、花音はその優しさに甘えることにした。こうして彼女の17歳の、高校二年生の誕生日は男とのドライブと初めての二泊という日になった。いつでも求められ、それに不満を抱きながらも花音はその日を笑顔で過ごすことができた。
「もし」
「んー?」
「お前が本当に夢中になった相手が、どうしてもセフレがダメって言うヤツがいたらどうする?」
「んー、諦める、かな? 結局我慢できなくなってすぐ浮気しちゃうし」
実際その条件を呑んでくれない人物だって何人も見てきた。矮小で醜悪な嘘を吐かれるよりずっといいと思う相手だが、そうなれば必然諦めざるを得ない。それがどうしても好きな人であればなおさらだった。
「私、好きな人にはずうっと笑っててほしいから」
「浮気性だけど?」
「浮気性だけど」
「じゃあ……もしこの関係を解消してほしいって言われたら、そん時は誕生日の比じゃないくらいに祝福してやろうかな」
「……どうして?」
「そりゃ、浮気性でセックス中毒の花音がそうまでして手に入れたい相手と結ばれたんだからな」
──そしてその言葉を、男は二年後に思い出すことになる。嬉しそうに、幸せそうに、大好きな人ができたんだあと無邪気な少女のように笑う花音に男は約束通り盛大に祝ったのだった。
「陽太くん」
「花音、どうしたの?」
「誕生日、過ぎちゃったけどお祝いしてほしいなあって」
「そういえば五月の始めくらいだったね」
「ほら、あの間紗夜ちゃんと燐子ちゃんと毎日毎日」
「──そんなことない。ライブ近かったから忙しかっただけだから!」
とは言ったものの、確かに紗夜もお祝いしてあげたし、燐子はまだ先だけど今年は多分お祝いしたから、花音だけ過ぎててゴメンネ、とはいかないよね。俺としてもそれはモヤモヤってするから。
「デートとかでいい?」
「後ケーキとプレゼントも」
「わー図々しいことで」
「ん?」
「ナンデモナイデス」
それにしても付き合い始めてから花音は随分と強引になった気がする。これが花音の本性って言われればそうなんだけど、本当にセフレがいたり浮気性とは思えないほど愛が重い。まぁ、それで今更嫌いになれるような関係じゃなくなっちゃったから付き合ってる、みたいなところもあるんだけど。
「そうそう、この間ね」
「うん」
「車越しだけど、あんなので大丈夫って言われたんだあ」
「……セフレに?」
「うん」
悪かったな! どうせ俺はまだまだ童貞が抜けない残念な男だよ! と悔しさを滲ませていると違う違う、と花音は否定する。
何が違うの? もしかして浮気相手的なやつ?
「ううん、今度もまたすぐ別れそうって」
「……ああ」
花音はそういえばそのセフレや浮気がやめられないビッチさんだから、それに耐えられなくてすぐ別れて、を繰り返してたんだっけ。正直ね、花音に食われるまで童貞くんだった輩どもにその刺激的なクセを受け入れられるかって言ったら無理だと思うんだよ。今は、ほら、俺がそれっぽくなっちゃってるから耐えられる部分があるけど。
「あ……セフレの話とか、嫌だった?」
「嫌か嫌じゃないかで言うとモヤっとする」
「陽太くんは紗夜ちゃんや燐子ちゃんの話すぐするのに?」
うぐっ、それを言われるとごめんなさいモヤっとしてごめんなさいって土下座したくなったけどさ。いやわかってるんだよこれがわがままでクソみたいなものだって。でも好きな人には自分だけ見てほしいって無駄な童貞ムーブかましちゃうんだよ! 三人いるけど!
「そっか」
「……花音?」
「ううん。誕プレ、楽しみにしとくね……ケーキはチーズケーキがいいなあ」
「紗夜に相談してもいい?」
「いいよお。陽太くんのセンスはアテにならないからねえ」
ひどいことを言われたけど、花音はこの関係でいいって思ってくれてることもまた事実だった。過ぎちゃったけど、おめでとうって言って、紗夜に伝えたように、いっぱい大好きだよって伝えられたらいいな。
俺は、花音だって大切で、たった一人しかいない存在なんだから。