紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Pの宝石/正しさと正解

 唐突だけど、俺はカノジョたちの瞳の中にロマンスを感じることがある。未だ抜けきらない童貞の感性だけどさ。

 例えば、燐子は宝石だ。キラキラのアメジスト。名前が白金だからってわけじゃなくてその紫色の瞳に宝石のような神秘的で純粋な輝きを感じることがある。ビッチだけど。

 

「あ……陽太さん」

「……おはよう燐子?」

「はい……おはようございます」

 

 二人きりの白金家、彼女は朝起きて、まずその宝石をキラキラさせる。朝日に浴びせたようにキラキラと輝いてまだちょっと頭の働かない俺のためにいい匂いのする朝ごはんを作ってくれる。嫁力高めだよね燐子ちゃんってというのは花音の言葉だ。確かにそう思う。トーマもお味噌汁のおいしい女性は良き家庭を作れる、だなんて謎の持論を展開していたけど。

 ただ、俺はそう思わない。味噌汁はおいしいけど燐子にそれを感じることはない。なにせ彼女は……裸エプロンなのだから。

 

「服着て」

「……着てますよ?」

「燐子の中でエプロンはそれ一枚で完結するカテゴリの衣服だったのか」

「……おかしなところありますか?」

「ないところを探すほうが難しいね」

 

 良き家庭を作れる女は裸エプロンをさも当然のようにしないと思うんだけどどうだろうかダチ公……そもそも、頼まれてもないのに自分から進んでかつ無感情に、まるで日常生活のように裸エプロンを着用する味噌汁のおいしい女が世界には何人いるんだろうか。

 

「オンリーワン、ですね……わたし」

「ワーストワンでもあるね」

「ワーストは、逆を返せば……トップですっ」

 

 頭おかしいのかなこの子? ポジティブシンキングが天井突き破って大気圏まで言ってるよ。燐子のその麗しいばかりの笑顔についてこようとすると俺は月までたどり着けるようなロケットが必要ですよ?

 

「……ロケット」

「なぜ視線を下にする?」

「……いえ、昨日も、たくさん……発射していたので」

「アウト!」

 

 視線を下げた時点で言うと思ったけど言わなくていいことだよそれはね? 昨日もたくさんとかそういうのもいらないから。

 とにかく服を着てもらって、落ち着くからとオーケストラをBGMに和食を食べる。なんか変な感じがするけど燐子的にはそれが日常らしい。

 

「陽太さん……」

「ん?」

「これから……デートにでも」

「練習行こうね」

「……デート」

「練習」

 

 朝ごはんを食べて支度して、燐子がキラキラした顔でそんなこと言い出すけど、俺はベースを背負う。今日は合同練習の日だからバレるよ? いやバレるバレない以前の問題な気がするけどとにかく本番まで時間がないんだからと言うけど、珍しく燐子がイヤイヤと駄々をこねるように首を横に振る。

 

「……デート」

「いやだから」

「……っ! 陽太さんの、バカ……!」

「えっ、ちょ、燐子? 燐子!?」

「入ってこないで……っ!」

 

 え、えぇ……俺なんにも悪くないのに。だが燐子は自室に閉じこもってしまった。入ってこないで、と言われても……いやだから練習がね? ああもうどうしたらいいのさこれ! そういう時は、と相談する相手を探す。花音……は確か今日は今頃保育所でライブする準備をしていたはず。すると……紗夜かリサか。リサに頼ってもいいけどあのファッションギャル、俺のこと嫌いすぎるんだよなぁ。めっちゃ罵倒されるのが目に見えてるから、同じ罵倒ならまだ慣れてる紗夜の方にしておこう。

 

「──というわけで、燐子が出てこなくなっちゃって」

『陽太のせいじゃない』

「俺のせいなの?」

『二人しかいないのにどうやったら他の要因があるのよ』

 

 ごもっともです。ごもっともなんですが機嫌を損ねた直近のやり取りで俺が悪いと言われるのはどうも遣る瀬無いんですがどうでしょうか? と紗夜に訊ねると大きな、それは大きなため息を吐かれてしまった。

 

『童貞だから仕方ないのね』

「今関係あった?」

『隣の今井さんからです』

「リサかよ!」

 

 無意味に罵倒してくるな。童貞だからと今のは関係ないでしょ、とは反論するが紗夜はいいえと否定してくる。

 ──え、なに? 童貞関係あるの? 

 

『正確に言えば関係ありません』

「ないんじゃん」

『ですが、今井さんの言いたいこともわかります』

 

 言いたいこと……なんで? と首を傾げるとなんでわかんないかなーと僅かにリサの声がした。わかんないよ、というかなんで俺が責められてるの? めっちゃ正論言ってると思うんだけど、どうしたらいいの? 

 

『正しいことが必ずしも正解じゃないわよ』

「……んん?」

『少なくとも陽太は、白金さんの気持ちを踏みにじった。彼女が伝えたかったことを無視して、傷つけた』

「う……確かにそうです」

 

 確かにそうだけど、だからって俺が何を言えばよかったんだよ……それは俺が考えるべきところか。

 正しいことを言ったのは俺で、間違ってるのは燐子だ。けど、正しいからといって燐子の声を無視したらそれは正解じゃない。俺がとるべきはまず、燐子の気持ちを受け止めることだったんだ。

 

『……まったく。そんなこと電話しなくてもできるようになってほしいものだわ』

「ごめんなさい……以後、気をつけます」

 

 なるほどね、乙女心がわからないから童貞って詰られたのね。まるで女性の扱いにおいて最悪の不正解をたたき出したから。理解と納得がようやく追い付いたよ。

 というところで遅刻するって説明してくれるらしく、なるべく早くしてほしいけれど時間を急いてはいけないわよとありがたい忠告をもらってから電話を終了した。

 

「……燐子」

 

 ノックして声を掛けるも、反応なし。もう一回呼びかけるも、やっぱり返事がない。これはさて本当に持久戦のようなものだな。まずここでごめんと言っても燐子に届いてる保証はない。でも俺はここでごめんと言えなきゃ、一年前とはなんにも変わってないことになるから。

 

「入るよ」

 

 鍵はかけていないことを知っていたから、そっとドアを開ける。ベッドのところが膨らんでいて、彼女がくるまっているんだろうなぁということは想像に難くなかった。んん、まさか燐子がこの状態になるだなんて思いもしなかったってのもあるんだろうなぁ。

 

「……ごめんね、燐子」

 

 ──燐子は比較的大人しい子なんだと思う。いやビッチだしすーぐくっついてくるしなんだかんだで性欲が一番強いんだけど、そうじゃなくて燐子は従順であろうとしてくれるんだよね。そういう意味で大人しい。説教という名のアドバイスまでしてくれたのに比較対象にしてしまうと怒られそうだが紗夜は二人きりになると俺を振り回してくる。花音はもっとだ。わがままに俺の手を取り引っ張り回し、自分の欲をストレートに言葉にしてくれる。

 

「俺、燐子に甘えてたみたい」

 

 でも燐子は全然そんなことなくて、振り回すってよりは俺が折れるのをじっと待つようなそんなイメージだった。だから無茶なことは言ってこなかった。例えばこれが花音だったら俺があんな風に断っても笑って済むだろう。音楽に関して誰よりもストイックな紗夜だったら逆に心配してしまうかも。

 

「どうかした?」

「……別に」

 

 思えば、最初からおかしかったんだよね。裸エプロンのくだりから。確かに燐子はやりそうだけどやるなら制服にエプロンとかメイド服を選択するようなやつだからな。実はあんまり誘い方が直接的じゃないから。脱いで誘うのではなく着ているものを脱がせてほしいと誘うタイプだし。そしてなにより断られるとわかっているデートだ。

 

「入って……こないで、って言った……」

「言われたけど」

「独りで……いけば……いいのに」

「燐子を放っておけると思う?」

「……知らない」

 

 うーん、完全に心を閉ざしてしまわれたように感じてしまう。ええっと、なんで断られるとわかってそれでもデートと駄々をこねたのか。背景にはもちろん積み上げてきた不満があるはずなんだよね。

 触れてもいいのだろうか、ここで嫌って言われるととんでもなく傷つく。だけど放置は一番ダメってくらいはわかるんだよなぁ。

 

「燐子」

「……こないで」

「どうして?」

「よ、陽太さんのこと……嫌いに、なったから……」

「嫌いになった?」

「……っ、う、うん……」

 

 いや絶対嘘じゃんこれ。嫌いって肯定するだけですごい声震えたな今。

 きっと今彼女は罪悪感と意地と俺に対する不満でいっぱいいっぱいなんだろう。嘘を吐きとおさなきゃいけないという重圧に負けそうなんだ。

 

「じゃあ嫌いでいいから、聴いてほしい」

「……?」

「なんてね……隙あり」

「──っ!?」

 

 ちょっと湿っぽい声を出して、こっちを向いた隙に俺は燐子から強引に布団を引き剥がし、抱きかかえるようにして密着する。最初のうちは当然無理やりなので抵抗されるんだけど、そのうち、諦めたように俺に体重を預けてくれるようになる。あれだね、怒ったネコを無理やりひっぱりあげるイメージ。そういえば俺の中では割とわがままなのにあの二人はイヌ系だよなぁ。燐子だけがネコ系だ。

 

「なに……するの」

「いや? 大事なカノジョが拗ねてて、どうしたら機嫌なおしてくれるか考えた結果がこれ」

「……バカ」

 

 バカってなんだよと一瞬思ったけどそうだよバカだよ。だって俺は言葉でなんとかできるほど口上手くないし、童貞が口上手かったらおかしいでしょ。でも俺に燐子が放っておけるわけないから、だったら口じゃなくてぎゅっとして落ち着かせる方がいいかなぁという作戦だよ。

 

「作戦……」

「うん、作戦」

「……ふ」

「今鼻で笑ったでしょ」

「……バカだなぁって、思った……から」

 

 何回も言われると否定したくなるんだけど。そう思っていたらどうやったのか燐子がするりと抜け出してまたベッドに寝転がってしまった。

 ──だけど、さっきと違って俺の方をじっと見て、まるで子どものようにん、と唇と一緒に両手を突き出してきた。

 

「……はいはい」

「ん……ふとんも」

「了解」

 

 こうなったらとことんまで付き合ってやる。そんな気持ちで今度は二人で布団に潜り込む形になった。燐子のテリトリーに入ったからには、後は根気の戦いである。

 なにやら口調やらキャラやらすべてが迷子になった燐子との戦いはこうして第二ラウンドへと移行するのだった。

 

 

 

 

 

 

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