燐子との戦い……と言えばいいのだろうか。第二ラウンドに突入したそれは、時間との戦いでもあるのだが、やはりその時間をたくさん使って燐子は防御陣を布いていた。
なんとか攻め落とそうと黒髪を手ですいてあげると、密着してくる。第二ラウンドってそういう意味じゃないですよと補足しておく。責め堕とすんじゃなくて攻め落とす、ね。漢字が違うと意味が変わってきちゃうから、音は一緒だけど。
「責めの方法一つで、感じ方が……変わる……から」
「……ツッコミはしなくていいよね?」
「突っ込むの……? 今は、ダメ……」
「……もういいや」
まず戦いの場をベッドにしたことが間違いだと思えてきた。だから第二ラウンドってそういう意味じゃないってば! 信じてほしい。幾ら豊満な彼女が余すことなくその身体を密着させようとも、甘い匂いが鼻腔をいっぱいにしても、ぬくもりに昨日の情事を思い出してしまっても。今はシてません。
「……いつまで、こうしてるの……?」
「え、えぇ……燐子が動かないからじゃん」
「そうだった……怒ってるん、だった……」
どうやら時間稼ぎとかではなくガチで甘えられていた模様。第二ラウンドは泥仕合のようですよ。というか甘えててすっかり毒気抜かれてんじゃないよと言いたい。どうせまたヌいてほしいの? とか言い出すに決まってるから黙っておきますが!
「デート……」
「デートしたい?」
「……嫌?」
「嫌じゃないよ」
「……そっか、よかった……」
その確認をしてまたもぞもぞと甘えてくる燐子。凶悪なモノをお持ちでもちもちマシュマロだが、その動きはまるっきり小動物である。最近知ったんだけど俺って小動物系女子が好みのタイプだったらしい。今は大型犬のような凛々しくて賢くてカッコいいのに甘えん坊なヒトも、おっとり甘えん坊でかわいいのに、時々ドキっとするくらい美人で飼い主を振り回しがちなヒトも好みになってしまったけど、基本的には小動物めいた子の方が好みに合致してる。具体的に言うとほら、つぐみちゃんとかロックちゃんとか。あと花音関係でよく話しかけられる精肉店の子とかなんかいっつもチョココロネ食べてる子もそっち系だったな。ひまりちゃんも丸山さんも大別すると小動物か。
「……ん……このまま、寝ちゃう……?」
「魅力的な提案だけど」
「む……現実見るのは、よくない……」
「よくなくはないね」
なにせもうそろそろ練習が始まってしまう時間なのにまだベッドから出れてないんだからね。けどどうやらまだ燐子としては現実を見るべき時ではないらしい。そこで会話が途切れまたしばらく、触れ合いつつもお互い無言の時間が続いた時だった。
「……わたしは」
「ん?」
「セフレ……?」
「んん?」
じっと俺を見上げながら、燐子が問いかけてくる。いやいや、セフレって……いやまぁなんか二人目のカノジョって言うの躊躇ってそんな名称を使った覚えもあるけど、花音が加わった時点でそれが崩壊してるんだよなぁ。俺としては三人とも何人目はあっても何番目はないカノジョとして扱ってる……つもりなんだけど。
「……わたし、いつも……セックス、ばっかりしてる気がする……」
「そ、そうだっけ?」
「うん……」
思い返してみると確かに、燐子とは所謂おうちデートかショッピングからのホテル、という流れが一般的だ。燐子は元々インドアであんまり出かけたいところって訊いても出てこないからその辺流してたけど、そっか気にしてたのか。確かに一日の回数は多いかもしれないけど紗夜と花音も結局いつも最後にはセックスしたいって言ってくること多いから。
「じゃあ……氷川さんも、松原さんも……わたしより、少なくない?」
「あ……えっと、待って。どうだろう」
燐子とは毎回シてる気がする。でも紗夜は明日が早いと、特に平日のデートとかはそのまま帰ることがある。花音に至ってはセックスしたいしたくないがめちゃくちゃ気分屋なので一番回数少ないかもしれない。
「ほら……やっぱり」
「言われてみれば……そうだ」
漸く燐子の言いたいことがわかった。その頻度の差を知った燐子は、もしかして自分はカノジョではなく都合のいいセフレ扱いをされてるんじゃないかってふと思っちゃったんだな? それで敢えて際どい裸エプロンで朝ごはん作ってみたり、デートがしたい、という言葉に繋がっていくのか。それを断られて、燐子は怖くなっちゃったのか。
「ごめん、燐子」
「……違う?」
「違う! はっきり断言できる。俺が初めて燐子って呼び捨てにした日からずっと、燐子は俺の恋人だから」
「……うん、信じる……陽太さん、襲ってこなかった、から……」
あ、やっぱりわざと誘ってたんだね。いや真面目な展開だからここで性欲はでないよフツーって賢者タイムしてました。童貞マインドでよかった。いや童貞マインドだったから今回の事件は発生してるからここでちょっとプラスに動いただけともいうけど。
「氷川さんは……陽太さんの、ハジメテのヒトで……どこかで、勝てないなぁって……思っちゃって……松原さんは……恋人と、セフレの線引きが……上手だから、区別できて……陽太さんの、恋人で」
「うん」
燐子にとって紗夜と花音は、自分と俺の関係とは違うって焦らせるような付き合い方をしてるって思ったってことか。確かに、二人は考え方も恋人らしさみたいな価値観もなにもかも違うからね。
──もちろん燐子もそうでしょ? 二人と自分が違って二人も違うんだから、不安になる必要なんてないと思うんだけど。
「燐子はさ、自分が
「……うん」
オフパコビッチのベルさんでしか自分を肯定できなかった燐子が、新しい勇気を持つきっかけになったのがRoseliaの仲間たちだった。そんな、色んな意味でも仲間である紗夜が惚れ込んだ人物に興味を示した。
紗夜がビッチという生き方を捨てようとしているなら、もしかしたら、自分もその生き方じゃないものを見つけられるかもしれないと思ったから。
「それじゃあさ燐子」
「……ん?」
「それは俺じゃないとダメだった?」
「……それは」
燐子の視線が泳いだ。うん、それでいいんだ。これは花音の受け売りで、最近俺もようやく意味を理解し始めたところなんだけど。俺は別に紗夜がハジメテのヒトじゃなくてもよかったんだと思う。逆に紗夜が俺にとってのハジメテのヒトにならなくても、燐子が俺じゃない誰かに興味を示しても、よかったんだと思う。
「好きに理由を求め
「……求めすぎる」
「別に俺だけにしかない理由探しなんてしても、見つかりっこないし、疲れちゃうし不安になるに決まってるよ」
だから大切なのは今好きであるという事実だけ。別に好きな人の好きなところを百個言えなくても、一個だけわかってるところがあればいいんじゃないかなって俺は思うんだ……ってこれは俺がリサに煽られた言い訳として考えたフシもあるんだけど。
「
「……あ」
「シンプルだけど、逆に
きっかけなんてありふれててもいい。なにせ人間近くにいた人間を好きになるって心理学者が証明してるくらいだし、恋とか愛とか人を好きなんてあやふやな感情なんだよ。でもあやふやだった感情に輪郭を与える魔法のような言葉を、俺は知ってるから。
「……ずるい」
「え?」
「ずるいよ……そんなの、疑う余地もない……疑いようもないくらい、愛されてるって、こと……だよ?」
「うん。疑いようのないくらい、燐子が好きだ」
「二番目に……向ける言葉じゃないよ……?」
「残念、二人目だけど二番目じゃないんだ」
「……じゃあ、何番?」
「んー、一位タイ」
「……やっぱり、ずるい」
仕方ないよ。こんな考え方だからこそ、俺は紗夜だけじゃないんだから。紗夜は紗夜だし、燐子は燐子、花音は花音で、それだけが俺の唯一自信を持って好きって言える根拠なんだから。順位なんてつける余地がないんだもん。
それでようやくすっきりしたようで、燐子は宝石のような瞳を潤ませてしばらく抱き着いたまま離れなかった。
「……いつの間にか」
「ん?」
「陽太さんは……独特の、理論を持ち出してくるように……なったんですね」
「三人もカノジョいてみんな一番! とかなってて独特じゃないわけないでしょ」
「確かに……ふふ、確かにそうですね……」
布団から出てきて一緒にスタジオへ歩いていく道ではすっかり、燐子は元の敬語だった。ああいつもの燐子だなぁという安心感とは別に、ほんの少しの残念感もあった。同い年なんだし、恋人なんだからもうちょっとフランクにならないかなぁと思ってたからね。
「……二人きりの、家だけ」
「なんで?」
「は……はずかしい……から」
「あこちゃんにはフランクだけど」
「……あこちゃんは、別、です……特別」
えーそれカレシ差し置いての特別なの? と文句を言うと、だから二人きりだったら、フランクにしてみるから、と言われ妥協する。
──まぁ当然、だらだらいちゃいちゃしていたせいで大幅に遅刻したので紗夜にめちゃくちゃ説教されましたとさ。でも燐子は反省してるのかしてないのか微妙なラインで、説教が終わった次の瞬間、デートの相談をしてきた。結局デートは行くんだ、いやいいけどさ。頻度の話もあったので一応、セックスはなし? と訊くと燐子はうーんと首を傾げてから微笑みを浮かべた。
「……我慢、できないと、思うので……ありで、お願いします」
やっぱりそう言うと思ったよ。俺が誘う前に燐子は既に準備万端なこと多いんだから。
でも不安はなくなったようで本当によかった。その誘いをしてもセフレ扱いじゃないことにちゃんと気付いてるからこそ、そう言えるんだから、許せちゃうよな。