「大丈夫ですか、カンベさん!」
「……おかげさまで」
襲われそうになり、情けなく近くの喫茶店に逃げ込んだ俺は、紗夜さんが来るのを待っていた。相手の方との用事をキャンセルしてくれてまで俺を助けに来てくれた紗夜さんにちょっとときめいた。まぁその用事ってのはセックスで、本人も言ったけど襲ってきた相手の同類なんだけどさ。
「……そんな、逆レイプなんて、しませんから……わたしはいつだって、同意の上でしかセックスはしません……!」
そしてその喫茶店の席の向かいにはたった今俺を誘惑し、童貞を奪う一歩手前で
いやそんな力強い目でそんな宣言しないで、ここ一週間のあなたは何処へ行ったの?
「私もですが、白金さんも勿論、隠れビッチですから、カンベさんに近づくために隠していたのでしょう」
「カンベさん……ビッチ、嫌いそう、でしたから」
たった今大嫌いになりました。というかそろそろ女性を信用できなくなりそうになりそうだよ。
寄ってたかって童貞いじめて楽しい? ねぇ楽しい?
「それにしても、白金さんにしては珍しいですね」
どういうこと? と首を傾げると、紗夜さんは私はいつでも氷川紗夜、として援助交際をしますけど、と切り出した。おいおい。
「白金さんは、基本的に……なんて言ったらいいんでしょう? 専門が違うんです、二次元と三次元、と言ったところでしょうか?」
「ええっと……ごめん、わかりません」
「……つまり、わたしは、基本的にゲームやSNSのオフ会で、ユーザー名でセックスをしてることが多い、ということです」
んーっと? つまり、紗夜さんは援助交際、例えばそういう系のサイトに登録して、募集を募ったり、駅前で暇でお金を持ってそうなヒト、または紹介でセックスをする。
それに対して燐子さんは、その、所謂オフパコ、ってやつが活動の中心ってことか。
「コスプレとか……ゲーム関連なので」
「N.F.Oのベルさん、と言えば界隈ではそこそこ有名なオフパコレイヤーさん、だそうです」
「ベルさん?」
「それがわたしです」
どうやら、そのネットゲームではRin-Rinというユーザーネームなんだけど、そのユーザーネームで活動すると一発で出会い目的なのがバレるから警戒されるってのと、あとはその名前が長いからよくオフ会をするメンバーから愛称で呼ばれるようになったらしい。
リンリン、でベルが鳴ってるみたいな擬音だから、ベルさんね。納得。
「……裏切りましたね?」
「ごめんなさい……でも、わたしも、味見……じゃなくてカンベさんと仲良くしたくて……仕方なく」
全然同情誘われませんけどね? サラっと味見って言ったよねあなた! ある意味手の広げ方は紗夜さんよりひどいところあるでしょ!
「手の広げ方じゃなくて、できるプレイもわたしの方が多いんです……! パイズリ、3P、イラマ、耳舐め、言葉攻め、ドМもドSもイケますから……!」
いやそこ今誇るとこじゃないから。なに性癖暴露してんの? ココ喫茶店なんだけど。
「耳舐め言葉攻めは私もできます」
「対抗しないで……マジで」
下ネタがステレオになった。勘弁してくれ、今のこの状況が俺にとっては軽い言葉攻めだよ。興奮するどころか萎えるからやめてほしい。別に興奮する方も求めてないけど。
「それで、なんで俺なの?」
「それは……わたし、すごく人見知りで」
は? ビッチなのに? しかもついさっき下ネタでヒトを殴ってきておいてそんなこと言う?
「コスプレしてたり、オフ会でないと……まともにヒトとしゃべれなくて……」
「それで、カンベさん、というわけですか」
ごめん紗夜さん。わかった雰囲気出さないで、俺はなんの理解もできてないからね。なんなら燐子さんの言葉が日本語とは別の言語に聞こえるレベルだからさ。
「臆病で、人見知りな自分を変えたくて……でも、白金燐子、じゃ……まだまだ……変われなくて……」
つまり? オフパコを始めたきっかけは臆病な自分が一歩踏み出すためであった。でも、結局ベルさん、という一つの人格、みたいなものを作り出すだけで、白金燐子さんとしてはなにひとつ成長できてなかった、と。
──ということは、最初の出会いでオドオドしてたのも、燐子さんで、引っ込み思案で清らかな印象があったのも燐子さん。でもとある側面ではビッチだった、と。さてはかなりややこしいヒトだな?
「でも、カンベさんは……そんなわたしに、白金燐子に話しかけてくれて、ありのままの氷川さんを知っていて……もしかしたら、って思ったんです」
もしかしたら、の先は自分を変えられる、とかじゃなくて、白金燐子のままヤれる、なのはどうかと思うんですよ。
「だから……部屋に男のヒトを上げたのも、ああやって二人きりになったのも……初めてで、すごく……濡れちゃって」
はいアウト。そこでドキドキしちゃって、だとかまだ甘さの残る言葉だったらときめいたかもしれないけど、濡れちゃって、はわざわざアウトな言い方ですよね? それでよく俺が堕ちると思いましたね?
そんな呆れ顔をしていると、紗夜さんがまずいいですか? と燐子さんにお説教モードに入った。いいぞ紗夜さん! 今日は紗夜さんが味方だ!
「そもそもカンベさんの童貞は私のモノです。既に予約済みです」
おいコラそこのビッチ! キレイ系のビッチ! 何当然でしょう、みたいな口調と表情で虚偽の宣言してんの? 俺は紗夜さんから童貞を守ってる立場なんですが?
「……二ヶ月近く、奪えてないのに、ですか?」
「ぐっ……言ってくれますね」
対する燐子さんは的確に急所を突いていた。そうだそうだ、俺が予約されてないことを証明する明らかなものじゃないか! 燐子さん、そろそろこのヒトの鼻を折ってやればいいんだ!
「わたしは……氷川さんから、そんな未練がましい連絡がなければ……今頃は……ふふ」
待って、そこで俺に対して猛獣の目をしないでほしい。
「そんなのだから今井さんに、
お、口調を真似した。似てる似てる。でも、紗夜さんは他のメンバーにビッチだってことはバレてないって言ってて……まぁ、知っていて燐子さんだけなんだろうけど、燐子さんのビッチはRoseliaでは当たり前のことなんだね。
「……BitchのBサイズは、どっちですか」
「っ! 言うに事を欠いて、胸の話をしますか? 大きければいいというものじゃないんですよ?」
「男の子はBよりFの方が好きに決まってます」
「偏見です」
「実際、カンベさんは、わたしの胸を……見てました、けれど……紗夜さんの胸は全然見てませんでした」
なんか俺の取り合いが始まってしまった。不本意ながらどっちも辞退させていただいていいですか? 俺はセックスまでにステップを踏めるヒトがいいです。あなたたちみたいに出会って即合体なビッチさんとは勘弁願いたいです。
「とにかくっ、私のカンベさんには今後そういったアプローチを控えていただきたいのです! カンベさんは私のリードで童貞を卒業して、ゆくゆくは恋人として、セックスを重ねていくんです!」
誰のカンベだ、誰の。
あと順序逆じゃない? 恋人になってから、ゆくゆくは童貞を卒業してセックスを重ねてほしいところである。あ、ビッチだから我慢できないのか。
「カンベさんは、わたしと一緒に……少しづつ性感帯を覚え合って、ねっとり、じっくり……童貞を卒業するんです」
そこは少しづつ関係を深め合って、ゆっくりじっくりと童貞を卒業するんじゃないんですね。ああきっとその前に燐子さんが我慢できなくなるからか。ほんとにビッチしかいねぇな?
「私が!」
「……わたし、です……!」
──俺は中学生の頃、ただ漠然と、童貞を卒業するとは何か、みたいなのを考えたことがあった。ある日下駄箱にラブレターがあったり、メッセージで呼び出されたり、そうやって二人きりの空間で真っ赤になった清楚そうな女の子が、俺に言うんだ。
『……好きなんです、あなたのことが……好きなんです! どうか、お付き合い、してもらえませんか?』
なんてさ。そしてデートしたり、放課後に一緒に帰ったり、そんな風に過ごしていくうちに、自然と手を繋いで、キスをして、どっちかの家でそういう雰囲気になって、そうやって童貞って卒業すんのかな、ってさ。その理想は、俺の中にまだ輝いてる。なんでもいいから今すぐ童貞を卒業したい、なんてプライドのないことは言わない。今は、特に。
「というか、氷川さん……用事、あ、いえ情事があったのでは? だから今日がチャンスだと……思ったのに」
「白金さんがカンベさんを狙っていることなんてわかっていましたから、その情報はブラフです! 尻尾を出すまでしばらく控えていたのです。おかげでタマってますけど」
「わたしだって……」
この肉食獣たちに狙われてる限り、俺は自分のプライドは捨てるつもりはないな。捨てればついでに童貞とも一瞬でおさらばできるけど。けどさ。
──それで終わり、ってのは、悲しいし。それなら、どうせ童貞じゃなくなってこの時間が終わるくらいなら、この疑似モテ期を体感させてもらいたいところではある。
「さぁカンベさん、今すぐホテルに行きましょう? 私はイキたくてしょうがないの」
「……今からでも、遅くないから……わたしの部屋に、戻りませんか? お好きなプレイ、なんでもしますから……ね?」
とりあえず今のところの問題は、どうやったらこの二人から脱兎の如く逃げ出せるか、ではある。
俺は、絶対に、ぜーったいに、ビッチなんかで童貞は卒業しないからなっ!