俺はネットに疎い。バンドの広報は基本的にランスがやっているし、俺自身SNSなんて知らない人はフォローせずにテキトーにスマホのカメラで撮影したものをテキトーに加工もせずに流して、時折独り言のようなことを呟くだけ。ネットリテラシーがどうのってこともあるし、所謂鍵付きのヤツで済ませてる。
「カンベ、話題になってたな」
「なってたの?」
「……エゴサとかしとけよ」
えー、どうせ悪口とかでしょ嫌だよそんなん、というとタイクーンにまぁなと返された。いやそこはフォローしてほしい。肯定されたら俺どうしたらいいんだ。というか練習でいい汗掻いてからの休憩中にそんな話しないでくれ。
「まぁそもそもRoseliaとの関係性みたいな話で高校の時に炎上してたけどなお前」
「……知りたくなかった」
「なんの話ですか?」
「あ、お疲れ紗夜」
Roseliaとの関係性ね……うん、でも確かにそれは刺されても文句言えないと思う。カノジョ二人がもうアウトだし、二人が幼馴染だしあこちゃんともよくゲームするし。五人全員とそれぞれ個別に関係がある俺はやはりファンからは良くない風に見えてしまうらしい。
「カンベさん、残念ながら見た目がその辺のチャラい男のような雰囲気ありますから」
「失礼なこと言った? ねぇ今失礼なこと言った?」
「ああ、なんか文系大学生的なヤツな」
「なぁそれって悪口だよなぁ!?」
「中身はとんだヘタクソ童貞ですが」
「ヘタレで食わず嫌いの多いし、その上童貞ってか」
ダチとカノジョが揃いも揃って俺に対して優しくない! と嘆いていると後ろからぽよんと柔らかな感触がした。このサイズ感でそもそも俺に遠慮なく抱き着いてくるヤツは一人しか思い当たらないから振り返らなくてもわかってしまうな。
「……燐子」
「……あたり、です」
癒し系枕を後頭部に惜しげもなく押し当ててくるのはやっぱり彼女だった。おっとり黒髪Fサイズさんこと白金燐子です。隣でクール系B……じゃなかったプラスワンサイズさんこと紗夜が虚無の瞳をしていらっしゃるけどそれは気のせいだと思っておこう。
「まぁこのようにおっぱいに頭を埋めてニヤけてるようなヒトには当然の報いでしょう」
「紗夜さん……大変だな」
「ええ本当に」
「……なんのお話、ですか?」
談話スペースで両脇に花を抱えるゴミがRoseliaファンに嫌われてるって話です。燐子もその事情に詳しいのか確かに……と俺は普段お世話になることのないダイレクトメールとやらを見せてくれた。
「よく許可していますね」
「あ……これ、わたしの……ゲームアカウントで……よくお誘いが、来るので」
「お誘いって」
「……レイドとかの、お誘いだよ……?」
わ、わかってたよそのくらい! 燐子がその昔にオフパコビッチのベルさんとして活動していた時はもう一つアカウント稼働させてたことくらい! だが事情を察知したタイクーンや紗夜にまで溜息を吐かれてしまい、無理やりそれで? と話を進めていく。
「本名バレしてるってことなら大丈夫じゃないな」
「そういうのが得意な方もいらっしゃいますからね」
「それは……そうなんですが、そこは特に何かお答えするわけでもなく、ブロックしていますから……無視していいとして……」
その内容が何かのまとめサイトへのリンクの貼り付けとファンに謝罪しろクソビッチという文言、さしもの紗夜もそれには苦々しい顔をしていた。そのリンクの先にはまさかオフパコがバレたのかと思いきや俺との交際疑惑の検証、というものだった。
「まぁ結果はクロだよな」
「事実交際していますし」
事実無根だったら嫌な顔くらいしただろうけど現実がコレだからなぁ。俺の腕を取って抱き着いてくるのは全然いいんだけど脚を撫でて反応がないからって人の手を自分のスカートの中に呑み込もうとしてくるような女だからなコイツ。というかRoseliaって有名人なんだなって改めて思い知るよ。
「それに対して燐子ファンからは嘆きの声が……と」
「男性ファンも多いよねRoselia」
「ガールズバンドの中では比較的どっちにも露出してるからな」
大ガールズバンド時代、と言われ空前絶後のガールズバンドブームに伴って増えたのが男子禁制ライブだった。下手するとハコそのものが男子禁制! みたいなのもあったりするとかしないとか。だから実はこの大ガールズバンド時代、男性にはそれほど周知してなかったりする。そりゃポピパとか、RAS、Roseliaとかは別だけど。逆にAfterglowとかはあんまり男性の目に届く範囲でのライブはしない。商店街のイベントくらいじゃないかな。
「だからパスパレみたいにアイドル視する輩も多いんだよな」
「あー高校ん時にもいたなぁ」
そんな事情もあり、絶大な人気を誇るRoseliaさんは実のところファンの間で男がいてもいいかいけないかの議論が常に繰り返されているのだった。実際はあこちゃんだけが置いてかれてるという状態なんだけど。
「そんな紗夜さんとの疑惑と燐子さんとの疑惑を持ち常に噂の絶えないカンベがつい最近目撃されたってことで火が点いたんだよ」
「水族館かぁ」
花音との一件だな。どうやらその証言で出てくる女性が紗夜と燐子のどっちでもないことと、数日前に燐子と二人でスタジオに歩いていたということが重なってどういうことなんだって議論で再浮上したのがこのまとめだったってわけか。
「再点火……ですか」
「うわぁ……嫌われてんな俺」
名前のところにバラの絵文字があるメンツから総叩きである。どうでもいいけどワンドルはまんまドルマネーの絵文字で表現されます。そっちからは擁護こそないけどカンベはそういうヤツなんだよって後ろから刺されてた。
「……童貞、なのに……どんまいです」
「有名になり始めたのが高二の途中……でしたっけ」
「そんなもんだな」
「俺、一応童貞の期間の方が長いんだけどなぁ……」
「私や白金さんと関わりだした期間の方が長いのよ?」
確かに! そう思えばウチのファンからすれば今更なのかもしれない。ランスもやり玉に上がらないかなぁと思ったら上がってた。ざまぁみろ。それに付随してトーマとリサの関係もやっぱり指摘されているようだった。
そして俺はと言えばどっちだよ、とかどういう関係になってるのかわからんけどコイツがクズなのはわかっただの散々な言い様があった。
「ベースやってる男にロクなヤツはいない……ふっ、言われ慣れたさ」
「ロクでもないのは事実だからなお前」
「確かに」
「……そうですね」
おいこらそこの両手の花ども納得するな! というか元とは言えビッチズにロクでもないって言われたくないんだけど? その辺はどうなの? と問うとそろそろ休憩は終わりですねとか言い出して逃げられた。そういうのズルくない? しかし紗夜は俺に一瞥もくれずにその場から去っていってしまった。
「……陽太、さん?」
「ったく……ん?」
「氷川、さんに……なにか、しましたか……?」
「え、なにって……ううん」
燐子が何かひっかかったように首を傾げる。タイクーンは俺がビッチとか言うからだろと指摘するけどそれで怒るんだったら俺はもうとっくにビッチをNGワードに設定してるよ。ビッチって言って童貞って言って罵り合うのが俺と紗夜の日常なんだけど。
「……ビッチ、って言われた時、氷川さん……少し、反応が違いました」
「え……なんだろう。なんかあったのかな?」
問いかけるも燐子は首をふるふると横に振る。確かに、あの反応はちょっとムカっとした時の反応だったよね。この間までは平気だったけど今は嫌だってことは、それ関連でなんかあったとしか予想はできないけどなぁ。
「大樹」
「ゆ、友希那っ!?」
「充電したいわ」
「あのここ、人前」
「……なら、移動しましょう」
──さっきの燐子よろしく後ろから抱き着いたと思ったらあっという間にタイクーンを連れ去ってしまう友希那。い、一応仲は良好……ってことでいいのだろうか。あの友希那が充電ってなんだか笑えてきちゃうけど。
「……心配、だよね……?」
「そりゃ、紗夜のことなんだもん」
「……わたしも」
ちょっとだけ項垂れる燐子はどうやら自分がこんなものを見せたからだと思ってるみたい。大丈夫、紗夜がこんなことで怒るようなヒトじゃないって知ってるから。ただ紗夜は……多分だけど、三人の中で一番脆いというか、一番自分がビッチだったということに負い目のようなものを感じてるフシがあるんだよね。だからって言われただけで怒るようなことはしないけど。
「うーん、なんだろ」
「……直接、訊くしか……ないと思うな」
「そうだね」
結局はそうなっちゃうよな。燐子の言う通り、解決への近道はまっすぐシンプルに紗夜にぶつかること。燐子が追加でこういう時の紗夜の精神安定剤は俺だからと言われてなんとも言えない気分になったけど。
「氷川さんは……結構、甘えんぼさん……なんじゃない?」
「うん。二人きりで嫌なことあったりするとすごいよ」
そう思うと一番甘えたい! って時と今は甘えない! って時がハッキリしているのかも。メリハリがついてる。燐子はドロドロに甘えてくるし花音も同じくらい甘えてくるからね。ウチのカノジョ糖度高めなのよ。
「わたしも……最近、メリハリ、ついてきた……よ?」
「ああ、口調でね」
「……うんっ」
はいかわいい。はい今日のMVPは燐子ですおめでとう。そもそも花音がいなくて紗夜があの状態じゃ対戦相手なしで燐子しかいないけど。でもこう一人でうんうん考え事せずにシャイニングスマイルがあったおかげで問題を深刻にせずに済みそうだ。そんな燐子には後日ひまりちゃんにオススメされて気になったらしいコンビニスイーツを買って食べさせてあげるというご褒美をあげた。用事があるからってその場でやったらリサがうるさかったけど無視して頬が緩む燐子を堪能してきました。