紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

75 / 85
Dは休息する/二年半の始まりと終わり【特別編】

「ごめん、もう……私は彼としかセックスしたくない」

「──まじか」

「うん」

 

 その言葉におめでとう、と返したことに、返せたことに俺は少しだけ驚きを持った。どうやらあんまりにも長く過ごしたせいで、妙な愛着が湧いてしまったらしいという自己分析をした。たかだか……セフレの一人に対して。

 ──俺はできた人間じゃない。できた人間はいくら抱き心地がいいからって貢いでやる代わりに未成年に手を出してセフレの関係は結ばない。ましてや最初に会ったのは……この女、松原花音がまだ高校一年生だった、16歳の秋頃だった。

 

「クリスマスまで……一緒に過ごしてください」

「イミ分かってんだろうな」

「……はい」

 

 って言っても当時の俺はペーペーだったな。メンドクセー研修とか受けながらものんびりしてた時代だった。カノジョもいなくて暇と性欲を持て余していた俺に前にセフレだった二つだか下の大学生の後輩に紹介されたのが彼女だった。曰くカレシにめでたくフラれたらしく、予定だったクリスマスまでの一か月ほど、恋人ごっこをしてほしいって依頼だった。

 

「ふ~ん」

 

 わざと上から下までなめるように見るとする。トシの割に育った抱き心地のよさそうなカラダ、そんな風に縋らなくてもカレシなんて幾らでもできそうなのに、相当ショックだったんだなと思った。ムラっと来たのもあるが、慰めてやるかという年長者なりに被害者であろう彼女を気遣ってホテルに向かった。

 ──だがその女が被害者ではなく加害者だというのは一週間経ったくらいでわかっちまった。

 

「お待たせ、ごめんね」

「遅かったなって、お前ブラ紐見えてる。誘ってんのか?」

「あ、ごめん……ちょっと、我慢できなくて」

「……は?」

 

 この女は好みの童貞を見つけるとどうしても味見したくなるとかいう偏食家だった。元カレとも、その浮気が原因で揉め、別れたらしいこともすぐに察しがついたし、花音も特に否定はしなかった。だから都合がよかった。この女は俺とセックスすることに罪悪感だとかそんなものは何一つ存在しない。ヤりたいからヤって、そこになんの感慨もないんだからな。

 

「なんでクリスマスまでなんだ?」

「……カレシがね、あ、元カレがね。クリスマスに私がすっごく喜ぶプレゼントをしてくれるって……その代わり」

「そうかよ」

 

 そっからすぐに別れたってなにやってんだお前は、とは思った。けどそれに口を出すのはセフレの役目じゃねぇ。俺ができることはこの女を性欲のままに貪ることだけ。

 ──結局、一ヶ月も経たずにクリスマス前に新しいカレシを作った花音は、俺とはクリスマスを過ごさなかった。そのカレシも、正月明けて別れたらしい。

 

「なんでそんなにすぐ別れるんだよお前」

「私はいつも言ってるよ。付き合おうって言われるとき、浮気もするしセフレもいるけど大丈夫? って、それでいいからお付き合いしてるのに」

 

 あのな、そんなの一時の見栄に決まってんだろうが。だけどその見栄やら虚飾を花音は嫌っていた。好きという感情で彼女が求めるものは愛でられることではなく愛されること。花音が本当に求めるものは、その言葉に対していいよと折れることでもなく、それじゃあ嫌だから付き合えないのかと別れることでもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その一言だけ。まぁそれができなきゃ浮気した花音自らにダメだったって別れを切り出されるだけなんだろうが。

 

「お前はカレシとか作らずに男友達(セフレ)だけでいいじゃねぇか」

「いやだよ。私は愛されたい。誰かのカノジョになれないと、いい、だなんて言えない」

「めんどくせ、じゃあ俺がカレシに立候補してやろうか。満足はさせてやれると思うが」

「ごめんなさい、セックスばっかりの男は好きじゃないの」

 

 という関係が、続いていく。どうやらセックスの相性が悪くなかったのかそれともまた別の理由なのかは知らねぇが、いつの間にか花音の歴代のカレシやセフレの中で一番長く関わるようになっていた。

 

「ん……おはよお。なにしてるの?」

「絶景を脳に焼き付けてる」

「えっち」

「その言い方はムラっとくるからやめろって」

「……えっち♡」

 

 悪くねぇ関係だと思った。一年経ち、二年経った頃、俺と花音はそこで初めて喧嘩をした。原因はカレシと別れたこと。いつもの原因で、俺が偶には慰めてやろうと水族館に誘った返しが怒りとすら思える、トゲのあるものだったからだった。

 

「暗がりだからってコーフンして触ってきたことあるクセに」

「しねぇって」

「どうだろうね、セフレの言うことなんて」

「──は? ふざけんな。お前が、別れたっていうから!」

「求めてない! セフレが恋人になれないってわかってるでしょ?」

 

 そこでカチンときた。そんなのわかってるし別に傷心の花音に付け込んでどうこうしようだなんて思ってもねぇ。ただその前の年の誕生日の時に、えらく沈んでたから話くらい聞いて笑ってやろうと思った。それを拒否られてイラっとしての言葉だった。

 

「そういや、セフレ今何人だった?」

「……一人だけど」

「んじゃあしばらくもんもんと独りで慰めてな。しばらく迎えにもいかねぇし出禁、じゃあな」

「あ、ちょ──」

 

 そのケンカは数ヶ月続いた。ちょうど受験期……まぁなんかの推薦で安定らしいことは知っていたが、受験期だからいい薬になるだろうと思っての言葉だった。それでももしかしたらバイト先でまた別の童貞くんを食い荒らしてるのかもしれねぇけど、花音の好みでもあるゆっくりとしたセックスはしばらくできねぇからざまぁみろという意味を込めて。

 ──そうして数ヶ月、久々に連絡がきた花音は、また新しい恋をしていた。

 

赤坂陽太(カンベ)くん。アマチュアのバンドマンなんだ」

「バンドマンはやめとけ、いくつか前のセフレにロクでもねぇのいただろ」

「ロクでもなかったけどセックスは気持ちよかったからいいの。じゃなくて、この人はそういうのじゃないから」

「まさかまた童貞くんか?」

 

 花音はまるで花が咲いたように微笑みながらうなずいた。それと同時に初めて俺はピロートークで()()()()()()()。水族館でのこと、好きな女性のためにビッチというものを、恋というものに前を向こうとするカッコいい男だと。

 

「……別に好きなヤツがいるのか」

「うん。でも私、彼だけは……誰かと付き合おうと追いかけるって決めたから」

 

 結局、それから数回セックスした後、花音がその男と付き合い始めて少してから別れを……っていうとなんかカレシみたいで花音は嫌がるだろうから、契約の破棄を告げられた。

 そのカンベってヤツは本命だった女の他にも二人、花音を含めて三人を囲いこんだらしい。そんな事実に俺が口から出しかけた言葉をとどめたのは、二年前の約束だった。いつか俺との関係が切れる、もしくは切りたいと思えることがあったら、そん時はおめでとうって言ってやるって、くだらない約束をしたための見栄だった。

 

「……やめとけよ、そんなヤツ。やっぱロクでもねぇだろ」

 

 だけど花音は幸せそうで、あの日訊いた答えを体現して俺の元から去っていった彼女のことがなぜか少しだけ誇らしかった。

 やっとお前は、いい、って思える誰かのカノジョになれたんだなって。すぐ別れるとか言ったけど、ホントはお前らを見てこんな恋愛ができたら、なんてガラにもなく考えるくらいには、眩しかったよ。

 

「けど、連絡先は残しとけよ」

「なんで? もうセックスしないよ? 一億積まれたってしない」

「じゃなくて、ほらお前蒔いた種大量にあんだろ」

「蒔かれた方だけど」

「めんどくせぇなお前」

 

 そうじゃなくて、なんか前にもちょいちょいあっただろ。お前が誰かと付き合ってる時にトラブったこと。そういうとあーあったあったと思い出話に変わる前に話の路線を元に戻していく。

 

「カンベってヤツじゃ解決できねぇことももちろんあんだろ。そん時は俺を頼れ」

「お礼のセックスはしないよ」

「しなくていいっつってんだろうが」

「嘘だ」

「マジだ」

「でも私、ホントに最悪なことが起こったらこころちゃん頼ってるから」

 

 げ、弦巻のご令嬢はズルだろ。俺のせっかく年上の余裕を持ってこう、なんていうか……若干まだある未練みたいなもんを昇華させようとしてたのにな。無駄だったか、と振り返ると花音はじゃあ、と初めて会った時よりも数倍色気の増した女の顔で微笑んできた。

 

「一回だけ頼ることにするね。お礼くらい、要求してもいいよ?」

「じゃあそん時はセックスする」

「わかった……頼ることがないように祈っておくね」

 

 最後まで、この女には振り回されていた気がする。最後の最後には結局、お礼すら要求できねぇ状況で呼ばれて、その未練の一回のセックスすらもできねぇままになった。

 だが、それでこそあの女の魅力なんだよな。だから歴代のカレシたちは見栄を張って花音を振り向かせようとした。花を差し出した。

 ホントは、とっくに振り返ってるそいつがヨソを向かねぇようにがっしり腰を抱いて愛してるって面と向かって臆面なく言えることが、条件だってのに。

 

「んで? 解決はしたのか」

『根本はしてないけど、多分もう大丈夫』

 

 そうか、と息を吐く。カラン、とグラスにロックが当たる音がしてそれが夜の街に溶けていく感じが、なんとも酒じゃなくて空気に酔いそうになる。欲求不満のまま知り合い、まぁ他のセフレの家に上がらせてもらい連日貪った日の夜中、寝息を立てるその女の睡眠を邪魔しないように電話越しの花音にありがとうとお礼をもらっていた。

 

「……あ、そうだ花音」

『んー?』

「約束の履行だけど今、別の形でもいいか?」

『え、なに? 言いたいことがあるってこと?』

「おう」

 

 ちょっと驚き気味の花音に苦笑する。ったく、お前はいつもいつも俺のこと口を開けばセックス、会えばセックスで女を性欲のためにしか見てないケダモノだと思ってるフシあるよな。別に間違ってるとは言わねぇけど。だけどな、俺はどうしてもこの未練と向き合って、言いたかったことがあるんだよ。

 

「愛してる」

『は?』

「全部別れてさ、俺のカノジョにならねぇか?」

『ごめんなさい。性欲だけのケダモノとはちょっと無理』

「カノジョにはそこまでがっつかねぇって」

『嘘だよ。嘘じゃなかったとしても、私は陽太くんじゃないと嫌』

「……そうか」

 

 にべもなくフラれる。だけどそれでいいんだ。やっと俺も前に進めるらしい。

 まずは、もうちょい素直になってみるとかどうだろうか。いやそれは難しいな。若いうちはできたんだろうが、まぁまだ十代だった女とセフレ関係でヤリまくって、挙句の果てに告白までしたよりかは、恥ずかしくもなんともねぇんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。