紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Rが来たりて/ある夜の始まり

「カンベさん。大変なことになりました」

 

 白金家の一室にて、何故か俺は呼び出され、紗夜さんのその一言から、今回の問題は始まった。

 沈痛な面持ちの紗夜さん、何かをこらえるような燐子さん。

 ──あんなことがあったのになんでノコノコ着いてきたのかって? 俺だって危機管理能力は決して悪すぎるわけじゃない。コトが起こらないと知っていて燐子さんの部屋にいるんだ。

 何故なら紗夜さんがいるから。この二人は俺を取り合ってるから、揃うと逆に安全だったりする。気づいた俺すごいだろ。

 

「大変なこと?」

「……実は、この間、わたしと氷川さん、あと今井さんで、カンベさんについて話していたんです……」

「そうしたら、湊さんが……興味を持ってしまって」

 

 湊さん? ミナトさんって、まさかと思うけど……湊友希那だったりしますか? 

 興味……興味、ね……前回と前々回で興味の方向が著しく間違ったお二人がその顔ってことは……まさか。また味見目的か!? 

 

「自惚れがすぎますね」

「……童貞、なのに……それは、身の程知らず、では……?」

 

 なんなの? そうやって童貞いじめて笑うのか! 第一あんたらはその童貞にことある事に迫ってくるじゃんか! なのにその、何言ってんのお前、みたいな顔は納得いかないからな!? 

 

「湊さん曰く、面白そうなヒトね……紗夜と燐子がそこまで惚れ込むなんて……興味が湧いたわ、だそうです」

「……ん?」

 

 変な言い回しだ。まるでその言い方だと、誰か知らないけれど、紗夜さんと燐子さんが惚れ込むほどの音楽センスを持ってるから興味が湧いた、みたいじゃないか。

 

「合ってる……と、思い、ます……」

「いやそれはおかしいよ」

 

 そう、それはおかしいんだ。

 ──俺のベースの師匠は()()()のアイツだから、その幼馴染で、一番仲の良かった友希那も、俺のことを知ってるはずなんだから。

 

 

「そう……なんですね」

「うん。俺は友希那のことを知ってるし、なんならついひと月前に一緒にメシ行ったよ」

「……おかしい、ですね、それは……」

 

 三人で久々にメシに行って、ちょいちょい話したはずだし、俺がベースやってることも知ってるはずなんだけど、どういうこと? 

 

「確かに、不思議ですね……カンベさんのことを知らないわけがないのに」

「……あ、それだ」

「……それ、とは……?」

「名前だ」

 

 友希那は確かに俺を知ってる。だけど知ってるのは俺の本名だけだ。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど……湊さんらしいと言えば、そうなのかもしれませんが」

「……まぁ、俺のことなんて大した興味にもなってないし」

 

 俺はあくまで趣味で音楽やってるからな。友希那からしたら、バンドマンとしての俺なんて眼中にすらない、路傍の石ころってわけだな。

 

「それはさておき、友希那はなんて?」

「バンドで顔合わせをして、しかるべき実力があるならば、対バンでもどうか、と」

「……マジか!」

 

 血が滾った。マジかよ、あのRoseliaと、俺らが対バンだって!? ワクワクする提案だな! 

 テンション上がってきた。相手にとって不足はない。俺たちだってライブハウスではかなり人気バンドなんだ、それこそ紗夜さんが知ってる程度にはな。不釣り合いとは言わせない知名度があるからこそ、紗夜さんや燐子さんも俺に話を振ってるんだろうし。

 

「ふふ」

「ん? どうかした?」

「いえ、カンベさんは本当に……音楽に情熱を持っているのね」

「当たり前でしょ!」

 

 モテたいからって不純な動機から始まってるけど、今じゃ立派な俺のアイデンティティだからな。

 なんだか最近、最初の動機も達成され始めたけど、不本意ながら。

 

「それでは、ほかのバンドメンバーにも話をしておいてくださいね」

「わかりました、たぶんみんな飛びつきますよ」

 

 前々から紗夜さんと知り合ったことで散々言われてきたからな。その辺は大丈夫だろう。早速連絡を送って、そして、気づいた。

 バンドのことで夢中になっていて気づかなかった。俺は今、袋小路に追い詰められてるのでは? 

 

「どうかしましたか?」

「……顔色、悪いみたい……ですけど」

 

 この後の俺の選択肢は二つ。

 その一、荷物をまとめ始めた紗夜さんと同じタイミングで帰る。その結果はもちろん、夜道を二人きりで帰ることになる。紗夜さんは比較的道中はまともだけど、完全なる夜道は未経験だし、送っていってほしいとか言われた場合、どうなるかわからない。ちなみにこの状況で女の子を放置して帰る度胸もない。

 その二、理由をつけてタイミングをずらして帰る。この結果はもう目に見えてるしなんなら目線を感じる。憐れな草食獣はおっとり肉食獣にゆっくりねっとり食べられてしまうのがオチである。危険度は高い。

 さて、まぁこの場合、逃げられる可能性のある紗夜さんとだよな。

 

「それじゃあ燐子さん、お邪魔しました」

「……はい、次もまた、待ってます」

 

 次なんてないです。恐らく紗夜さんかアイツが一緒じゃないと絶対にあなたの部屋にはあがりません。

 

「おやすみなさい」

 

 けれど、落胆はしてもそうやって手を振って微笑みながら見送ってくれるところは控えめに言って天使である。あの子にならビッチでもいいからお近づきになりたいヒト、結構いるんだろうな。実際、SNSでは若干姫扱いされてるらしいし。

 ──と、それよりも、だ。燐子さんの家から離れた瞬間に、少し険のある表情をしているお隣の美人さんの方が俺は気になるってか怖い。

 

「……よかったのですか?」

「はい? なにが?」

「あのまま留まれば、白金さんは多分、あなたの望みに答えて、ゆっくり進んでくれると思いますよ」

 

 ええっと、紗夜さんは何を言ってるのだろう? ちょっと翻訳しないとわからない迂遠な言葉だけど、なんか怒ってる? 

 訊いたら絶対怒りが増すなんてことはわかりきっているから、俺は正直に言葉を紡ぐ。

 

「いや、燐子さんで童貞は、どんなに進んでも遠慮しとこうかな……って」

「何故、ですか?」

「なんでって……俺が燐子さんの望みに応えられてないから、かな」

 

 燐子さんが俺に興味を見出したのは、あくまで俺が白金燐子を知った上で、紗夜さんがビッチだと知ってなお、一緒にいたから。言っちゃ悪いけど、それは自己顕示欲や承認欲求から生まれる興味で、俺のことを見てくれてるわけじゃない。前の一週間は、たぶんその俺を見ていたんだと思うけど、それでも、最初にその欲求が来てる以上、俺と燐子さんは恋人とか、セフレとか、そういう関係にはならない。燐子さんには、応えられないから。

 

「そう、ですか」

「うん」

「本当に、童貞なのにプライドは高いのね」

「うん?」

 

 俺なりにちゃんと考えての行動だったのになんで今煽られたの? 流石にムカッとして、あのですねぇ、と紗夜さんに抗議しようとした瞬間だった。

 腕を掴まれ、ふに、と頬に何かを押し付けられた。柔らかくて、少し湿っていて、俺が知らない、けれど例えるならマシュマロみたいな、甘い感触。

 

「──残念、振り向いたら、キス、できると思ったのに」

「な、な、なに、やってんで──っ!?」

 

 それが唇だってことに気づいた驚きとパニックで頬を抑えながら紗夜さんの方を見た、見てしまった。それが今回の選択肢一で起こりうる、最悪の行動だった。

 リセットしてやり直したいくらいに、俺ってヤツはミスをする。さっき、紗夜さんは振り向いたら何をするか、言ってたのに。なのに振り向いたら、いいです、って言ってるようなもんじゃないか。

 ──ああ、さよなら、俺のファーストキス。夢見た恋人とのファーストキスは、叶わないらしい。

 

「っ、はぁ……ごめんなさい」

「な、なんで……紗夜さんが、謝るの?」

「気が、昂ってしまって……」

 

 暗がりの、頼りない街灯に照らされた紗夜さんの表情は、とてつもなく綺麗で、吸い込まれそうな瞳を潤ませていた。

 ほぼゼロ距離に、恐ろしく整った顔がある。気の強そうな目、生真面目そうな顔立ちに反して、クセのある髪は、まるで紗夜さんの性格そのものだ。

 でも、なんで、なんでそんな顔をするんだよ。別に俺は何もしてないのに。むしろ、紗夜さんを落胆させることばっかり、してるのに。

 

「このところ、あなたが白金さんばかり構うから……もう私は、以前のようにカンベさんと過ごすことができないのでは、と、思って……」

「え」

 

 それってもしかして、構ってもらえなくて……妬いてたってこと? ウソでしょ? 紗夜さんが? 

 

「なんで信じられない、という顔をしているの? 私の気持ちは……知っているのに」

「いや、いやいや! だって、だってさ!」

 

 だって、氷川紗夜さんだよ? Roseliaのギタリストで、その正確無比な演奏はプロ顔負けで、おまけに学業もスポーツもトップクラスの、あの氷川紗夜さんが、俺の演奏に惚れちゃって、追いかけてきた、なんて信じられるわけがない! それは気のせいだろ、別の誰かと間違えてるって今でも信じてるのに。

 

()()()()()()()と言ったはずよ」

「でも」

「これ以上口答えをすると舌を入れます」

「……うぐ」

 

 それは勘弁願いたい。夜道とは言えこんな道端でディープキスなんてそれこそ俺は恥ずかしくて死んでしまいそうになるから。

 それはそれとして、そうだね。なんだかんだで最近は燐子さんの話を聞いていたことの方が多かったから、そのせいで紗夜さんは拗ねてたんだ。だから、あんなことを。

 

「……俺が燐子さんに頼んで童貞を卒業したいって言ったら、紗夜さんはどうするの?」

「泣きます」

「えぇ……強がらないんだ、そこ」

「当たり前です。カンベさんのハジメテの女は私だと決まっているのですから、忘れないでほしいものです」

 

 ふい、とそっぽをむいて、止まってた歩みを進めだす紗夜さんに、俺は思わず笑いがこぼれてしまった。

 あんまり意識しすぎると、紗夜さんの思惑通りになりそうで悔しいから、やっぱり記憶の片隅に留めておくけど、改めてわかった。

 ──このヒトは、俺をまっすぐ見てくれてるんだ。

 

「紗夜さんがこれでもし、男遊びもしたことがない処女だったら、一発で惚れて、紗夜さんについてホテルでも行ってたかも」

「実は私、処女なんです。今までの男遊びも全部嘘ですし、前戯もしたことありません」

「……ダイナミックに嘘つくね」

「嘘ではありません、ペニスどころか男のヒトの裸も見たことないです」

「うんもうわかってるから、帰ろうか」

「そんなっ! 折角のチャンスなのに!」

 

 事実を捻じ曲げようとするな。

 星がキラキラ光る夜空、俺と紗夜さんは()()()()()()()()()()()()()、俺はきちんと紗夜さんを家まで送り届けていった。

 うん、甘い顔しすぎたから、()()()()()()()、厳しめにツッコミを入れていこう。

 どうせ紗夜さんも今日のことで浮かれて、下ネタを放ってくるからな。

 

 

 

 

 

 

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