紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Dとの日常/嫉妬と愛情のスパイス

 夏休み、うだるような暑さの中で俺は大学の外でアイスを食べていた。んん、暑い。やっぱアイスはクーラー効いた部屋でこそだよなとかワケのわからない理論を自分の中で完結させ、食べ終わった棒のアタリの文字を見て、ちょっと考えてから捨てた。

 

「はぁ……あっつ」

 

 バカじゃねぇのこの暑さと吐き捨てたい気持ちでいっぱいだったけど誰に吐き出すわけでもないから我慢して家に帰っていく。

 そんな時、どこかで見たことのある気がする車が俺の前を通っていった。その車が止まったことで気がするだけでなく実際に見たことがある車だったとすぐに確信したけど。

 

「よっ」

「……ええっと」

 

 誰だっけこの人。ヤバい見たことあると思ったんだけど誰だっけ……となっていると花音の元セフレだよと言われた。ああ、いたなそんな人。素直に忘れてましたごめんなさいというと助けてやったのに薄情だなと言われた。いやそんな前のこと今更言われても。

 

「ところで花音って引っ越したの?」

「ええ」

「先は知ってる、よな?」

「すぐそこにありますよ」

 

 俺が指を差すとお兄さんはちょっとだけ考えてから寮? と首を傾げた。まぁ寮と言えば寮ですかね。俺も住居者なんで。その言葉にお兄さんは納得したようでなるほど、ついに後宮住まいかと茶化してくる。主人は後宮には住んでないですけどね。

 

「まぁいいや、元気にやってんなら」

「はぁ」

 

 じゃあなと言って手を振って行ってしまった。なんだったんだろうと考えながら帰るとおかえりーとちょうど話に出ていた花音がふわふわスーパー癒しボイスで出迎えてくれる。抱き着こうとして俺が汗だくなのを見て、シャワー浴びておいでよと言ってくる。自分の部屋のでいいや。

 

「ふーすっきりした」

「外めちゃくちゃ暑いよね、大丈夫?」

「うん」

 

 出るとベッドには既に花音がスタンバイ状態。いやあの、後にしない? というと花音はやだとわがままを言ってくる。なんやかんやで攻防はしたものの結局二人でまたお風呂に入りなおすハメになった。

 

「あの人が?」

「そう。なんだろうね」

「さぁ……?」

 

 私には関係ないもん、とは言いつつちょっと気にしたようすの花音にだったら電話でもしてみたら? と問うとすかさずもうアドレス消しちゃったもんとか言い出した。ホントに一回しか連絡するつもりなかったんだなぁ。

 

「そうそう、明日さ、羽沢珈琲店とかどう? 新作のスイーツ美味しいって聞いたんだけど」

「いいよ、じゃあ決まりで」

 

 花音と俺はそんな風に明日の行先を決めた。花音だって毎回毎回デートは特別ってわけでもないからね。むしろこうして日常的な景色を一緒にすごすことを大切にしようとする。敢えてのいつも行くようなところなんてその最適だよ。

 ──翌日、まだ暑くなる前にと早くに出かけたのにちょっと歩いただけで汗ばみそうな中、俺と花音は羽沢珈琲店へとやってきた。

 

「はあ……暑いねえ」

「ホントに」

 

 ドアを開けるといらっしゃいませーという声とともに店内の冷房がひんやりと足許を撫でた。お店はそれなりに繁盛していて、若宮さんがコチラへどうぞと元気よく案内してくれた。俺はアイスコーヒーを、花音はアイスロイヤルミルクティーと柑橘系のケーキを頼んだ。それが新作か。

 

「ミルクティーって珍しいね」

「なんとなく」

 

 甘いに甘いのを重ねるとはやるな……なんて言いながら待つこと数分、お待たせしましたとつぐみちゃんが満面の笑みでコーヒーとミルクティーを持ってきてくれた。来てくれたんですね、なんて微笑まれると浄化されてしまいそうだね。ただゆっくり話せる状態じゃなさそうで後ろ髪をひかれるように手を振っていってしまった。

 

「デート中に他の女の子にデレデレしないで」

「あ、ごめん」

「もう」

 

 あんまりにもつぐみちゃんを見すぎたせいで花音に怒られた。とはいえ冗談交じりなところもあるからすぐにいつものふわふわ笑顔に変わるんだけど。そんな慌ただしくもある店内の様子を花音と話しながらぼーっと見ていると、そこに新しいお客さんがやってきた。ん? あの人って……昨日の。

 

「久しぶりだな……花音」

「そうだっけ?」

 

 ふふ、と余裕ありげに微笑む花音、それに対してまた余裕ありげに微笑むお兄さん。あちーとか言いながら俺をどかして花音の向かいに座ってきた。え、なんなの? 花音がおいでえと優しく隣に誘導してくれなかったらさすがにムカっとしてたよそれ。

 

「何しに来たの?」

「いや、店に来たのはたまたまだな。まぁここがお前の行きつけなのは知ってたけど」

「うん、そっかあ」

 

 花音が素早くスマホを取り出して……うわガチで警察に電話掛けようとしてる。お兄さんは必死にストーキングはしてねぇ! と言い訳をしてくるけど、俺から見ても今の発言はストーカーでしたよ。

 

「ただ花音にちょい用はあった」

「なに?」

 

 ──それは、とお兄さんが何かを言う前に新しく入ってきたお客さんがまっすぐ俺たちの席に座ってきた。なんというか、ううん俺の語彙力じゃ表現しきれないんだけど大人な雰囲気の女性だった。お兄さんと二人で並ぶと非常に絵になるというかなんというか。

 

「新しいセフレさん?」

「ちげぇよ」

「ふふ、そっか」

 

 隣の女性が少しだけ怪訝そうな顔で花音を見た。そりゃそうだ、俺だって知らなかったら、付き合ってから知ったら同じ顔を彼にすると思う。ましてやすぐさま自分のことをセフレだなんて形容されて、いい気持ちがするはずもない。

 

「──おめでとう」

 

 だけど、それがわざと乾かしていた感情なんだってことはその一言でわかった。本当の感情はもっと湿っていて、曇っていて、こんな風に真夏の太陽の降り注ぐようなものではないことはすぐにわかった。

 

「ああ、ありがとな」

 

 そして彼の気持ちは同じくらい湿っていて、俺の心をチクチクと痛めつけた。二人が最初にどういうきっかけで出逢ったのか、なんでセフレ関係になったのか、その間になにがあったのか、俺にはなんにもわからない。訊かないから知らないし、だから余計に居心地が悪い。いっそ、知らない人であったらどれだけよかったんだろう。あとから誰だったの? と問いかけて答えてもらうだけで済んだら、どれだけ楽だったんだろうな。

 

「でも性欲は抑えないとダメだよ?」

「まだ恨んでるのかお前」

「ずうっと恨んでるかな」

「悪かった。反省してるっての」

 

 なんか前に水族館が暗がりだからって襲われたみたいなこと言ってたな。この人がその犯人なんだ。てっきり話の雰囲気的にもっとピュアだった頃なのかと……あ、セフレだからもうピュアもクソもないか。

 

「それにしても……素敵なカノジョさん」

「だろう?」

「ふふ、自慢げにするところじゃないよ?」

「そっちは……相変わらずだな、中途半端にチャラそう」

 

 ひどい言い様だ。でも花音もだよね、と肯定してきたから俺はちょっとだけ唇を尖らせた。向こうのカノジョさんはそこで花音や俺に自己紹介をして、スイーツの話で盛り上がりだしてしまった。女性はいつになってもこういうのなんだなぁということを思い知らされ始めたところで、俺は休憩になったらしいつぐみちゃんに呼ばれた。

 

「どしたの?」

「ううん。陽太さん、困ってそうだなぁって思って」

「さすが」

「えへへ!」

 

 あーもうホントマジえんじぇー。かわいすぎてどうにかなりそう。こんな風にかわいがりすぎるから紗夜や燐子、花音に怒られるんだけど。でもなんどでもいうよ。つぐみちゃんは天使です。

 

「あの人は?」

「花音の元セフレさん。カノジョさんとデートみたい」

「なるほど、だから困ってたんだ」

 

 年下でありながら聖母のような彼女によしよしと頭を撫でられる。ありがとう、きっと花音からもフォローしてくれるだろうからあんまり気にしてないけど。というか最近つぐみちゃんが天使から聖母にジョブチェンジしつつある。

 

「妬いてる?」

「そりゃあ……花音のあの顔は、俺が見てきた顔だから」

 

 わかってる。花音の過去には彼が不可欠だったってことはなんとなく予想はできる。だからって俺がそうなんだ過去のことだからオッケーとはならないでしょ? そんな風に愚痴をこぼすとつぐみちゃんはそうだねと言って……ってええ? あの、脚が、つぐみちゃんのふくらはぎあたりが、俺の脚をサンドイッチして撫でてくる。

 

「……あの、つぐみサン?」

「気にならないおまじない♪」

「あっ、ハイ……」

 

 とんでもなく魅惑の表情だった。誰ですか天使だったつぐみちゃんを聖母にしたうえで小悪魔属性足したやつ! 出てきなさい! はいごめんなさいたぶん俺でありウチのビッチトリオです。というかつぐみちゃんも垢抜けたせいかぐっと大人っぽく、色気がでちゃうからな……しかもシャツの隙間から谷間が見える。

 

「見る?」

「見ない」

「見たい?」

「見たい」

 

 はっ、正直に言ってしまった。だが引かれるどころか後でね、と微笑まれてしまい俺は頭がショートしてしまう。うう……かわいく小動物で清楚だったつぐみちゃんが。それが俺だけだから嬉しいような悲しいような……複雑。

 

「私とのデート中にイチャイチャしちゃダメだよお」

「……あ、花音」

「うん、お待たせ」

「それじゃあ二人とも、また後で」

 

 あの二人はいつの間にかいなくなっていて、さっきまで男が座っていた場所に座った。つぐみちゃんが奢りますよーとコーヒーとミルクティーのお代わりを持ってきてくれて、仕切り直しのようにまた他愛のない会話から始めていく。

 

「ごめんね、陽太くん」

「いいよ。俺だってつぐみちゃんと話してたし」

「そうじゃなくてね? その……あの人のこと」

 

 それからポツリと話してくれた。いつも何も言わずに傍にいてくれたセフレさんのこと、そんな彼と仲直りをして、俺が花音を独占してから少しして気づいたことがあったこと。

 ──いや正直さ、高校一年生の秋から大学一年生の春までいたんだよ? なにも感じてない方が薄情だと思うもん。

 

「……好きだった?」

「陽太くんがいなかったら……ううん、もっと色々要因があったと思うけど、何かが違ってたら、好きになってたのかな」

「……そっか」

「でもね、前に一回だけ、告白されてるんだ。その時にもこの気持ちはあったんだけど」

 

 けど、断った。それは俺がいたからと花音は微笑んでくれた。

 助けられてばっかりだった彼に甘えて、手を引かれて歩くよりも、助けて、助けられてそうやって一歩一歩手を繋いで歩く方が性に合ってるから。花音は誰かに守られるんじゃなくて、自分から手を伸ばして、笑顔を増やしたいって思える人だったから。

 

「妬いた?」

「そりゃもう。自分よりいいヒトがいたかもしれないなんて言われて妬かないわけないでしょ?」

「えー、陽太くんよりいいヒトはいない。それだけは断言できるからなあ」

 

 その気持ちに嘘はなかった。ふんわりとした笑顔に込められた気持ちはそれまであの人に見せたものの中でなによりも強い色を滲みだしていた。

 ──でもそれで安心とかしない。これで迫られて復縁とかされると俺は泣いちゃうからね。というかまず怒るから。

 

「その調子♪」

「なんで嬉しそうなの」

「私、陽太くんに嫉妬されるの好きなんだもん」

 

 なんだもんじゃないです。花音は相変わらず変な人だ。そんな花音が俺はずっと苦手だった。何を考えてるのかわからないし、ビッチだし、そのくせなんだかいつもいつも愛に飢えていて。そんな花音が好きだ、これからもずっと変わらない、俺の大切な人だ。

 

 

 

 

 

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