雨の多い日、燐子は家でじっと本を読んでいた。外に出なくても楽しみが多い彼女にとってそもそも晴れや雨ということに大した違いはないのかもしれない。そもそもここが快適空間で、あまり外出しない燐子にとっては天国なんだよな。部屋も広めの間取りに変えたせいか家にいたころとパソコン回りが変わってない。前の家の時から思ってたんだけど、燐子って机の上だけはすごいよな。ピアノと白を基本とした家具、清楚なお嬢様風の部屋に鎮座する複数画面にでかいゲーミングPCとここで寝落ちもできますと微笑んだ彼女が座っていたのはゲーミングチェア。ガチである。
ゲームや本以外にも地下にはスタジオがあるからそこで練習もできちゃうしね。汗かいたら直でシャワーやらお風呂にも入れるし。
「素敵な、おうちだよね……ふふ」
「まぁ、その分弦巻さんには返せど返しきれない恩ができちゃったわけだけど」
一週間に一回は黒服を引き連れて全体の大掃除をしてくれる。普段から俺たちでなんとか回してるんだけど、どうしても……特に浴場は広すぎるから掃除がめちゃくちゃ大変なんだよね。
「……ありがとう、陽太さん。一度ヤってみたかったんだ……アレ♪」
「よ、よかったね」
ところで燐子といえばどこでもどんなシチュエーションでもヤれるオフパコビッチなわけですが、かねてからスタジオでセックスがしてみたいという野望があったようで俺からすればいやあなたは何を言ってらっしゃるんですかね、と言いたかった。けど結果は……ね。はい、大浴場でも汗かきました。汗流しにきたのにね……何がスイッチだったんでしょう。
「でも、やはりここ数日の雨……というのは、大変ですね。今井さんも、お洗濯できない……と嘆いてた、から」
「……コインランドリーでしか見ないような洗濯機もらったせいで着るものがないことはないんだけどね」
これは紗夜の案で取り入れたんだったか。地下めちゃくちゃ広くて間取り図的にちょっと余り過ぎてた部分もあったから洗濯機を大きくしようって言ったらアレだったんだよね。今じゃ役に立ってしまっているけど。
「というわけでさ、やーチョー助かる!」
「まぁいいけど」
「あ、アタシの下着見ないでね」
「見てもなんとも思わないからセーフ」
「はぁ?」
「反応してほしいの!?」
それはそれでキモいからヤダと言われる。ちょっとよくわからないからそういうわがままはやめてくれ。今日は洗濯に困ったリサの言葉を皮切りにRoseliaのみなさんがついでに練習しにくる予定らしい。んじゃあ俺は部屋にベース持ってくかな。
「おじゃまするわね陽太」
「おじゃましまーす!」
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませー!」
リサが洗濯機を回して少ししたところで友希那とあこちゃんがやってきた。紗夜も先にスタジオに入っているし、次のライブに向けて気合入ってるなぁ。と言っても俺たちも七月末に今度はRASと対バンだからなぁ。最近ガンガンオファーくるようになってきて多忙ながらも充実した生活を送っていた。明日はワンドルがあのスタジオ使う予定あるし、なんなら花音たちも気分を変えるために、という意味で。つぐみちゃんも同じ理由でバンドの子たちとスタジオ借りてくことがあるね。
「コーヒーと紅茶なら出せるから必要になったら内線で呼んでくれ」
「わたしがバッチリ、淹れちゃいますよ~」
りょーかい~とリサが手を振って地下へと降りていく。余談ながら地下への入り口は頑張ればドラムも通れるように横にながくてゆったりとしたスロープ状態の階段になっていたりする。だいたい運ぶの黒服さんだけど。
「あ、陽太さん。お茶してかない?」
「じゃあありがたくもらおうかな」
見送って部屋に戻ろうかと思ったところでつぐみちゃんに誘われてダイニングテーブルの、自分の定位置に座って羽沢珈琲店秘伝……なのかはわからないけどつぐみちゃんがそこで培ってきたコーヒーを振舞ってくれる。んーおいしい。リサの差し入れのクッキーとの甘さのバランスもいいし最高。
「えへへ、よかった」
「……ん? ああ、なるほど……ありがとうつぐみちゃん」
「うんっ!」
ああもう天使! 最高! 天才! ジーニアス! わざわざ撫でられに俺の隣にやってきたうえにシャイニングスマイルを放ってくるつぐみちゃんに思わず鼻血を噴き出しそうになった。やばいこれはもうシャイニングじゃなくてゴッド。ヒートエンドしちゃう。
「そういえば花音さんがね、最近またライブ前で構ってくれなーいって怒ってたよ?」
「うげ、気を付けます」
「どうしてもライブ前になると陽太さんは紗夜さんと燐子さんに比重がおかれがちだから気を付けないと」
「そうだね」
つぐみちゃんは、こんな風にまっすぐに三人の不満やらなんやらを伝えてくれる。ゲーム風に言うなら好感度の管理してくれてる感じだ。まぁそれはいいし、ここに来たばっかりの時はありがたいってばっかりだったけど。
──俺にとってはつぐみちゃんも、そのゲームで言うならヒロインなんだからね。
「……いいの? そういうこと言って」
「え?」
「花音さんはまだ帰ってこないし、みんなは地下……抜け駆けしちゃうよ?」
「いいんじゃない? 一年遅いんだし」
「ズルしてるみたい」
「しないとあのビッチーズは絶対遠慮してくれないからね」
「……なら、抜け駆けさせて」
そういうと、俺の頬に触れてキスをねだってくる。こうなるとつぐみちゃんが天使から一転、小悪魔の雰囲気を纏う。何度されてもこの転換は、全然慣れない。まさかつぐみちゃんが純情で清楚系でありながらビッチ三人に加わったことで、ソッチ方面で覚醒するとは思ってなかったんだよね。ありかなしかでいったらありなんだけど……つぐみちゃんが小悪魔、ってなると複雑な気持ちである。
つぐみちゃんがスカートだったのをいいことになんだかんだで休憩するから飲み物ちょーだーいと内線が入るまで夢中になってしまっていた。うう、完全に俺もドツボにハマってしまってる。
「──ん」
「どうしたの燐子?」
「……羽沢さんの、匂いがする」
練習が終わってから、燐子にそんなことを言われた。どうしてわかるんだろうか。いや俺だって最近四人の匂いを嗅ぎ分けられるようになってきてるから人のことは言えないんだろうけど俺の鼻は燐子ほど正確じゃないからな。
「む……」
「なに」
「わたしの……匂いが消えてるから」
そんなことを言われて頬を膨らませられても困るんだけど。ごめんって、ただあの状態のつぐみちゃんには抗えないんだ。そもそも基本的にはこの部屋で暮らしてる誰の誘いからも抗えないんだけどさ。
「じゃあほら、夕ご飯できるまでは一緒にいてあげるから」
「……それなら、いいです」
一緒にいてあげるからって一緒にいて燐子が我慢できるかできないかでいったら断然できない方なんだけど、まぁもうそれはいいや。燐子の蕩けるような好きが俺は好きだ。なにもかも好きで好きで仕方がないって燐子の気持ちが俺は嬉しいから。
「雨……ずっと降ってるね」
「燐子とデートできないのはやだな」
「……うん。わたしも」
「晴れたらどこに行きたい?」
「どこでも、どこまでも……一緒に」
いやその分重めなのは知ってる。でも重さはみんな大概だ。俺のハジメテという言葉を強みにしている紗夜も、恋人としての線引きができすぎてるが故に多くを求める花音、少し自己肯定感の低めな気遣いのできる天使だけど、根底には独占したい、自分を見てほしいという小悪魔的な欲が眠ってるつぐみちゃん。そして、愛するものには自分の全てを掛ける燐子だからね。
「……わたし、今初めて、雨は嫌だなって……思った」
「そう?」
「うん……ゲームとか、読書とか、ピアノ弾いてる時は……天気は関係ないわけじゃないけど……家の中にいる限り、濡れることはないから」
でも、俺と一緒に出掛けたいと思ったことで燐子の心の中で明確に、晴れたらいいなという気持ちが生まれた。それは、また新しく俺に愛情を感じさせてくれる。抱きしめて、絶対デートしようと燐子を包み込んだ。
「……あ」
「あ? どうしたの?」
「家の中にいるのに……濡れちゃっ、た」
「……それって」
ふふと微笑んだ燐子はまるで言葉でこれ以上語るのはナンセンスだとでも言いたげに唇を触れ合わせることで言葉の意味を、今燐子が欲しいもの、あげたいものを伝えてくれる。それに応える方は大変だけど……幸せだった。
「──というわけで雨の間、可能な限り色んなところでプレイ……シてみたい」
「ええ……」
「せっかくおうちが広くて色々あるんですから……楽しみたいな、って」
これから俺は一体なにに付き合わされることになるんでしょう。ところで来月末のライブの時に腰痛めてましたとか冗談でも笑えないから今日はそろそろおしまいにしたかったなーと思ったけど、神秘を映し出す紫の瞳は俺を逃がしてはくれなかった。しかもその日の夜は花音が相手してとにじり寄ってきて本当にもう! このビッチーズ!
「私は除外されていますけどね」
「そりゃあね」
「ですが、私のターンがきた時に覚えておいてください。立てなくなるまでシます」
「ふざけんな!?」
だけどその後ろで燐子と花音が先に立てなくなるのどっちだろうねとか失礼なことを言っていた。たぶん紗夜だよ。そのくらいじゃないととてもじゃないけどここでの生活なんてヤってけないしなんなら鍛えたのはあなたたちと言っても過言じゃないからね。
「陽太くんに出逢えて……幸せ」
「ん? 改まってどうしたの?」
「ずっと一緒に……こんな楽しくて、賑やかな時間を、見つけられたんだもん」
それはこっちのセリフだよ。あの日、燐子の気持ちを汲み取ってきたからこそ、今の幸せがあるんだから、俺はそれをひとつひとつ、燐子にあげるだけだよ。愛おしくて大切な日々を、なんでもない日々を俺はこれからも過ごしていきたいから。
──だからあの、コスプレは控えようね? 俺はそれから数ヶ月後、燐子のクローゼットの中身を見てそのツッコミをせざるを得なくなることになる。いやまぁ何着かは手遅れなんだけどさ。