紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Bとの日常/新しい春の日に

 ──新しい春がやってきた。紗夜たちと過ごす……と言っても紗夜以外とはもう少し後になってからなんだけど。でも紗夜たちと過ごす二度目の春がやってきた。桜がキレイな外を眺めていると、んん、と広いベッドの隣がもぞもぞと動いた。

 

「陽太……?」

「朝だよ紗夜」

「……もうちょっと、寝たいわ」

 

 本来は低血圧で朝にすごく弱い紗夜が俺に抱き着いてくる。こういう時はいつもクールでキリっとしてる紗夜も、あり得ないくらいかわいいんだよな。気分は懐いてくれる大型犬をあやす感じだろうか。

 

「つぐみちゃんの朝ご飯食べ損ねたら大変だよ」

「……それは、よくないわね……顔洗ってくるわ」

 

 俺の部屋は何故かほぼ完全に内装がラブホのような仕様になってるので浴室には当然洗面台がついてる。そこで顔を洗っていく。全員分のアメニティもそこにあるしね。文句があるとすればラブホに泊まってる感覚がしばらく抜けなかったことだろうか。途中まではそこから間仕切りで隔てられたテレビのある部屋のソファで寝てたこともあるからね。そんな回想をしているとコンコンコンとドアを叩かれる。入りますよーと言うのはハウスキーパーさんではなく……そもそも雇ってないし、茶髪のボブカットを揺らす清楚で素朴でどことなく小動物のような愛らしい雰囲気と天使のような癒しオーラを放つ羽沢つぐみちゃんだった。

 

「朝ご飯ですよー」

「今紗夜が顔洗ってる。それが終わったらすぐ行くよ」

「はい……あ、うん。わかった」

 

 まだちょっとぎこちないけどこうして敬語じゃないつぐみちゃんという新たな概念をちょっと前にもらっていた俺は朝から最強の癒しをもらい、目を覚ました。そのタイミングで紗夜が洗面室から出てきて、行くわよと微笑む。さっきまで目をしぱしぱさせて俺に抱き着いてきた人と同一人物とは思えないけど、またそういうところも紗夜の魅力なんだよね。

 

「あ、おはよお」

「……おはよう、ございます……」

「おはようございます!」

 

 そしてダイニングテーブルのある共同スペースに降りてくると三人が挨拶をしてくれる。それに合わせて定位置に座りながら挨拶を返していく。同居、同棲……ううんと、なんて言ったらいいのかわかんないけど、彼女たちと……つぐみちゃん以外の三人とは過ごし始めて半年になるからもうずいぶんと最初のぎこちなさはなくなった。いいことだろうと思うけど、やっぱりまだつぐみちゃんが浮いてる気がするのは問題だよな。

 

「いただきます」

「うん、お味噌汁おいしい」

「ホントですか? やった!」

「……おいしい、です」

「これはいいですね」

「是非毎日ほしい一品」

「あ、ありがとうございます……っ」

 

 いやでも本当においしい、と絶賛しているとつぐみちゃんが真っ赤になっていて花音がそれに気づいてつぐみちゃんと結婚するってこと? と冗談交じりに言ってくる。そういえばお味噌汁を毎日飲みたいって迂遠な結婚しましょうって常套句だったなぁと思いながらいいねそれとか言ってみる。

 

「痛っ! 紗夜、足踏んだな?」

「さぁ」

「ごまかすの下手か?」

 

 まぁ実際はごまかす気なんてさらさらないんだろうけど。紗夜はつーんとそっぽを向いて拗ねてる。その一点に関してだけはとことん強欲だ。選べなかった俺に選ばなくていいと言ってくれた彼女は、やっぱり変わらずに覚えていてほしいわねと微笑んでくる。

 

「あなたのハジメテは私なのだから」

「ちょっとぐらい譲ってくれてもいいと思うんだけど」

「……松原さんの、言う通りです……」

「ダメです。これは絶対に譲れないことなのよ」

 

 花音と燐子の言葉に頑として首を横に振る。氷川紗夜にとってのアイデンティティは、俺のハジメテであること。それこそ、紗夜が俺の優柔不断を赦すためのものだから。そうして朝ご飯を食べ終わったところで、それぞれの予定に向かう。休日だけどなんだかんだで休日の方が忙しいことの方が多い。つぐみちゃんは実家のお手伝い、花音は介護施設でのライブ、燐子は……ネトゲのイベントがあるとかで速攻で部屋に引きこもった。

 

「それじゃあ行きますか」

「そうね」

 

 俺と紗夜はショッピングモールに買い物をしに、まぁ普通にデートだ。デートってあれなんだよね、色々なシチュエーションとか考えるのって最初の数ヶ月なんだなぁというのをありありと感じさせられる。もちろん偶にはロマンチックなところに行ってみたり、特別なことをしたりするんだけど、毎回のデートは基本的にはこうして二人でちょっとした買い物とかそんなのばっかりだ。

 

「さて、下着を選ぶところからね」

「なんで?」

「なんで……偶には選んでもらった下着がいいわ」

「それならせめてネット注文とかにしませんかね?」

「手に取った方が確実よ。脱がせるのは誰なの?」

「俺だよ! じゃなくて!」

 

 わかるよ、わかってるよ。ショーツやらブラがセックスを盛り上げる色彩だってことくらいはさ。白いスキニー系のボタン取ってジッパー降ろした時に黒のちょっと透けたやつが出てきた時とかなんかもうわかんないくらい興奮したもん。でもここで他の人が見てるのに選ぶのは恥ずかしいから嫌です。

 

「紗夜って大体黒系か青系だよね」

「なら赤を買うわ」

「そ、そうですか」

 

 いいのかなその決め方で、そしてわざわざこれはCサイズよとドヤってから試着室に向かった。うんそのネタで一年やってきたけどそろそろ俺はCサイズの方しか見たことないということに気づいてほしい。そういえばつぐみちゃんはBサイズですよーって言ってた気がする。マジかみんなバラバラだ。

 

「言葉通り白金さんが頭一つとびぬけてますからね」

「確かに」

 

 ところで紗夜曰く燐子と花音は胸のサイズを偽ってる疑惑があるらしい。ワンサイズプラスしてもいいってそれを俺に言われても困るよ? 俺別にセックスしてる最中とか事後にブラのタグとか見ないし。

 

「質感でわかってほしいわね」

「ごめん、無理」

 

 だいたい花音と燐子が同時に偽ってるとしたら俺の質感も訂正しようがないと思うんですよ。例えばロックさんはDですよとか言われて知るか! って言いそうになった。というか紗夜より大きいんだ。

 

「……って、紗夜」

「なに?」

「こんな往来の場で話すことではない気がする」

「今更ね」

「そうだね!」

 

 というか紗夜にとっては今更すぎるツッコミだったね。性講座は大体いつもファストフード店だったし。でも最近じゃその性講座を展開することもなくなっていた。紗夜はそれに対して当然よと言い切る。

 

「もう童貞ではないのだから」

「……なくなった?」

「立ち振る舞いは全く変わっていないけれど」

 

 上げて落としたな今! 紗夜の言葉から察するにどうやら俺はあまり変わってないようで、それがいいことなのか悪いことなのかはひとまずおいといて。でもその童貞ムーブが何かを救う手掛かりにもなるんだよ、たぶん。というか今回だけはそうでしょ。

 

「まぁ……認めざるを得ないわね」

「不承不承なのがすっごい引っかかるんだけど」

「難しい言葉を知ってるわね、すごいわ陽太」

「ありがとう!」

 

 あんよが上手、ってか。めちゃくちゃムカっとしたよさすがに。というかその煽りかたが若干花音っぽいなぁとか思うんだけどどうなの? 問いかけに紗夜は陽太が喜ぶと思ってなどと供述し始めた。喜びませんしマゾじゃないんだけど。

 

「そうね」

「そうねじゃなくて」

「でも松原さんにこうやっていじめられて喜ぶのよね?」

「喜ばないって言ってるでしょ」

 

 花音は俺がどう反応しても嬉しそうにつやつやするだけだから。あと紗夜には母性(バブみ)が足らないから。花音と燐子はその辺すごいよ。特に花音ってどうしようもないくらいビッチだった気がするけど自然とあの人が子育てして健やかにならないという未来が全く思いつかないもんね。

 

「子どもも、最初は私がいいわ」

「それは……無理ない?」

 

 というかほら、子どもって話まですると色々とどうすんのってなるじゃん。そりゃあいいなぁとは思うけどさ。というか、子どももってまさか花音のとんでも理論を実行に移そうとしてる? 

 

「合理的……ではないかもしれないけれど、少なくとも私はそれで納得したわ」

「そうですか……」

 

 結婚したい。ドレス着て、花嫁さんになりたい。そんな風に言ったのは花音だった。それは難しいなぁと俺が苦笑いしたところで彼女はだったら最初は紗夜ちゃんに譲って、燐子ちゃん、それで私かなあと笑った。俺にバツ三になれと要求してきたのだった。なによりそのトンデモ発想を燐子も紗夜も肯定したことで、俺は改めて紗夜も女の子なんだなと思わせることだった。

 

「今ではバツ四の予定になってしまったわね」

「そうだね」

 

 まさかこうなるだなんて、一年前には思わなかったよ。あの時はてっきり、紗夜と……燐子や花音の想いを引きずり、後ろ髪を引かれながらも紗夜だけと一緒に付き合いを深めていくものだと思ってた。

 それが、今じゃ紗夜や燐子、花音、そしてつぐみちゃんも一緒に暮らして、毎日笑顔で過ごせている。こんなに楽しい日常になるなんて。

 

「ただいまー」

「おかえりなさいっ」

 

 それからのんびりとカフェで過ごして、途中で紗夜が偶にはホテルでとか言い出したので()()して、日が暮れる頃に帰ってきた。ちょうど花音もつぐみちゃんも帰ってきたところだったようで、今紅茶とコーヒー淹れますね~とつぐみちゃんがキッチンに立ってくれる。彼女が来てからカフェイン摂取量が増えた気がする。でもおいしいんだよ、彼女の淹れるコーヒーは絶品だ。

 

「ふう……んーっ」

「燐子、ただいま」

「あ……おかえり、なさい」

「終わりましたか?」

「いえ、休憩です……あこちゃんが一旦落ちる、というので」

「でしたら後からは私も参加させてくださいね」

「はい……」

 

 俺と紗夜がコーヒー、花音とつぐみちゃんが紅茶、燐子がホットミルクで一息を入れる。そんな全員がいるタイミングで俺はつぐみちゃんにはい、と紙袋に入ったものを手渡した。開けてみてと促して、彼女はその中に入っていたネックレスに目を輝かせた。

 

「わぁ……い、いいんですか?」

「いやほら、あんまりプレゼントとかそういう恋人っぽいことしてあげられなかったから」

「……あ、ありがとうございます、カンベさん」

「うん、だから……ほら、恋人ってわけだからさ」

「……あ」

 

 これはちょっとしたわがままみたいなものだ。紗夜も燐子も花音もいつの間にか俺のことをカンベって呼ばなくなってただけなんだけどさ、俺はつぐみちゃんにもそうあってほしいって思うんだよ。

 

「それにほら、あの時は呼んでくれたじゃん?」

「そ、そうだけど……うう……恥ずかしいよぉ」

 

 頑張れえ、と花音が微笑む。燐子は燐子で陽太さんは時々、サドですとか言い出す。そして紗夜は、そんなつぐみちゃんの肩に手を置いて。大丈夫よ、とまるで姉妹のように……って言ったら本当の妹が怒るかもしれないけど、優しい声で背中を押した。

 

「よ、陽太、さん……!」

「うん」

「今日は、一緒に……寝てほしい」

「わかった」

 

 それが始まりで、俺は天使だったつぐみちゃんに悪魔的なものを教えてしまった。そういえばハジメテをもらったのはハジメテだと笑うとつぐみちゃんは、そういうこと言ってると、もう一回ってなるよと言った時の微笑みは、まさしく小悪魔のそれだった。

 

 

 

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