外は分厚い雲に覆われ、太陽が差さないことで白い息すらも凍るんじゃないかってくらいの寒さの朝だった。今日は珍しく一人で寝てて、気づかないうちにタイマーでもかかってたのか暖房が切れてるからすごい寒い。布団から出られなくなりそうだからもったいないけど暖房付けてあったまってからリビング行こう。
雪は降らないらしいけど、この天気ならいっそ雪でも降ってくれたら……いや余計に雪が冷たくって嫌になりそう。
「あ、おはよお」
「おはようございます……陽太さん」
「いつの間に炬燵を……」
「あったかいよお」
そんな二人に誘われ、炬燵に入る。やばぬくいダメ人間になれるねコレ。ホントやばい。
そういえば紗夜がいないけど、と言ったら花音が紗夜ちゃんなら羽沢珈琲店だよおとみかんを頬張りながら教えてくれる。こんな朝から一人で?
「おかし教室、ですね……もうすぐバレンタインだから……」
「なるほどね」
紗夜はどうやら自分の料理の腕に自信がないらしく、毎回のように通っているらしい。相当な努力家だからね。ギターでもなんでも、彼女はいつだってひたすらに自分と向き合い、ストイックで……そういうところは本当にいつまで経っても俺の憧れだ。
ところで話戻すけど、どっから持ってきたのコレ。
「こころちゃんがコタツをすっごく気に入ってたから、どうぞーって」
「そうなんだ」
「前にね、コタツでハロハピ会議したことがあって」
それは大変だったでしょう。この魔物は捉えたものを離すことなく挙句、睡魔とオトモダチだからな。俺の予想通りメンバー全滅で昼寝という珍事があったらしい。そもそもあの洋装の豪邸のどこに置いたんだよ炬燵を。というか、もう既に二人が溶けかかってるんだけど。
「それじゃあ俺は練習行ってくるから」
「いってらっしゃーい」
花音と燐子を置いてスタジオまで……ってホントに寒いな今日! まぁでも燐子が選んでくれたロングコートが思いの外あったかいし、花音が選んでくれたマフラーも紗夜が選んでくれた手袋も靴も、俺をあっためてくれてる。
「おはようカンベ」
「おはようトーマ……とリサまでなんでいるの?」
「はぁ? アタシはトーマんち泊まってただけです~」
「なんで当たりキツいの……?」
いや俺が嫌われるようなことをしたのは知ってる。それは高三の時に教えてもらったからね。じゃなくて、それをちゃんと解いたのになんでお前はそんな俺に対して常にケンカ腰なの?
「寂しいんだよリサは」
「寂しい?」
スタジオで別れてからトーマはそんな風に苦笑いをしてきた。寂しいってなんで? トーマいるのに、とは思ったけどそういえば引っ越す前もちょいちょい俺のベッド占領してたなアイツ。こんなこと言ったらトーマは妬く気がするけど。
「ああ」
「やっぱ」
「リサは結局、お前とずっとああいう距離で幼馴染がしたかったんだよ」
なるほどね。だから俺が引っ越しちゃって寂しくて、でもそれを悟られまいとああやって俺にキツく当たるのか。それを裏付けるようにトーマに会いたがる頻度がものすごく上がったらしい。ごめんと謝るとなんかムカつくから謝るなと言われた。
「そーだよカンベ。そこで謝ったらトーマがカンベの代わりみたいじゃん」
「そ、そっか……そうだよな」
ランスに言われてはっとした。カレシの方が代用品だなんて、俺だったら絶対に許せる話じゃない。そう思わせることも嫌だ。だから、俺はトーマに謝ることもなにも言えないまま、ちょっと後味悪く練習が始まった。
「……気にするな」
「アイス……サンキュ」
「ん」
正直集中しきれずにスタジオの外でため息をついているとアイスにコーヒー付きでフォローされた。無口だけどホントにいいやつだ。というかここのメンツに嫌なヤツはいない。ランスはランスで俺がモテないのを煽ってきたところがムカっとしただけだし。
「……よしっ、こうなったら演奏で伝えるしかない」
仕切り直して、休憩後はちゃんとトーマと和解することができた。そもそもトーマにお前はそこまで深く考える頭がねーの知ってるからいいよって言われたし。褒められてない。けど無理してないいつもの笑顔が見れて俺はほっとした。
「あ、カンベさんっ!」
「つぐみちゃん、おかし作り教室はもう終わった?」
「はい! 紗夜さんも一生懸命に作っていましたよ!」
それはよかった、と練習終わりにチラリと羽沢珈琲店の方に寄ったらつぐみちゃんが笑顔で教えてくれた。
──ううん、夏の一件以来、なんだかつぐみちゃんに避けられてる気がしたけど、さすがにもう大丈夫だろうか。そう思っていると俺のスマホが震えて、ちょっとビクっと大げさにつぐみちゃんが反応した。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ……」
「ん?」
変だな、と思った。スマホの振動に、しかも自分のじゃなくて俺のにオーバーリアクションってのが引っかかった。そういえば俺の顔見た時にちょっとほっとしたような反応だった。前だったらちょっと顔を赤くして避けられてたのに。そんな疑問を抱えながら連絡を確認すると紗夜からだった。今羽沢珈琲店の前と返事を送って、すぐさま紗夜が閉店したはずのお店からやってきた。
「陽太」
「お疲れ様、紗夜」
「ええ、そっちも練習お疲れさま」
そうだ、紗夜なら何か気づいてるかなと思いながら俺はもう少し粘って会話しようとつぐみちゃんに話を振っていく。気づいてないなら気づいてほしい。なんかつぐみちゃんの様子が変なんだよ!
「そういえば、つぐみちゃんはバレンタインとかどうするの?」
「いつも通りですよ? Afterglowのみんなと、知り合いにはたくさん配ってます」
「そっか」
「……陽太?」
たぶん気づいてないだろうけど、お願いだから気づいてほしい。あと俺にトークスキルがないから一緒になって他愛のないことでもいいから話してほしい。頑張ってるけどもうつらいからヘルプ! 紗夜ヘルプ!
「……浮気?」
「違うよ?」
「じゃあどうしてそんなにつぐみさんと話したがるの?」
うわ、察してくれないどころか怒られた。いやでも、つぐみちゃんのリアクションおかしいんだって。ああもうというかこのためなら別に紗夜にいくらでも言い訳できるしこの瞬間嫌われたって怒られたって俺はつぐみちゃんと話すからね。
「あの……もしかして、カンベさん」
ほら! つぐみちゃんに先に気づかれちゃったじゃん。ということで迷うに迷って俺はつぐみちゃんを家に招待することにした。紗夜は最後まですごい怪訝な表情をしたまま、というか明らかに不信感を持ちながらついてきた。
「おじゃまします」
「どうぞ」
もう説明すんのも後でいいやと俺はリビングに招待する。そこで……って花音がまだ溶けてた。さっき入ったばっかりだよおと言い訳をするけど朝とぐでっとした感じが変わってないんだけど。
「それで……どうしてつぐみさんを連れてきたの?」
「ええっと、俺もよくわかってないんだけど」
「……どういうこと?」
めっちゃ怒ってる。そういえば紗夜は俺がつぐみちゃんが一番好みっていうのをずっと言われてるからいっつもヤキモチ妬くんだった。そういうのじゃないんだって本当にさ。
その説明は今からつぐみちゃん本人がしてくれるはずだから!
「実は……最近、困ったお客さんが、いまして」
「困った……」
「なるほど排除しましょう」
「早いよ紗夜!」
結論を急ぎすぎでは? でも俺もなんとなくつぐみちゃんの反応に理由がつけられてほっとしてる。そのお客さんがストーカーになっちゃってたんだね。しかもどうしてかつぐみちゃんのスマホ番号まで入手してしまった始末と。非通知とかで掛けてくるらしくタチが悪いなそれ。
「……それどころか、以前は……その、男性器の……画像が」
「よしちょん切ろうか紗夜」
「ええ」
「もうちょっと待とうねえ」
ダメだよ花音! きっとそのストーカーは下手するとこの家のことまで嗅ぎつけてくるだろうから二度と天使であるつぐみちゃんの目を汚すだなんて考えられないようにするしかないじゃないか! 紗夜も頷いたが、それしたら私たちも危ないからねえと止められる。
「冷静になろ? 紗夜ちゃんも」
「……そうね」
「ところでどういう男なの?」
「えっと」
花音がごめんねと言いながら、身体的特徴とかをメモしていく。なにに使うの? と思ったらそれをえい、と誰かに送信したっぽい。いや誰かはわかった。さようならストーカーさん。あなたは社会的に抹殺されるらしいです。
「いつからそんなことがあったんですか?」
「……12月末頃からです」
クリスマスのイベントかなんかでつぐみちゃんに惚れこんでしまって羽沢珈琲店で出逢って運命感じたらしい。テキトーな運命だね。もっとこう、童貞に悩んでてそこでビッチが現れるくらいの運命じゃなきゃ。
というかそれで着信のバイブレーションすら怖がるなら、もっと早く相談してほしかったと俺が言うと紗夜と花音がうなずいた。
「でも……カンベさんたちに迷惑は」
「俺が迷惑だなんて思うわけないじゃん。紗夜や花音だって同じだよ」
あと燐子が出てこないけど燐子だってそうだよ。それに俺がつぐみちゃんの状況に気づいて手を伸ばさないわけない。
いつだって、つぐみちゃんは癒しだったんだもん。羽沢珈琲店で彼女に会ってから、そしてワンドルのファンなんですって言ってもらえたことも、ひっくるめて、俺が今こうして幸せでいられる大事なヒトの一人だから。
「……そんなこと、言わないでください」
「なんで?」
「紗夜さんや、花音さん、燐子さんなんてみんなキレイで素敵なカノジョさんに囲まれてるカンベさんを見るたび……わたしは、この胸にあった気持ちを消そうと頑張ってきました。でも……消えないんです……っ!」
だからずっと避けてきた。夏頃に気づいてしまったその気持ちをなくすために。そっか、つぐみちゃんはずっと……俺のことを見ていてくれた。俺がなによりも大事にしている高三の一年間を見てくれたヒトだもんね。
紗夜に目配せをする。不承不承といった様子で頷いてくれた。花音に目配せをする。まるでこうなることがわかっていたように優しい顔で頷いてくれる。スマホが震え、ちょっとつぐみちゃんがビクっとしたのを申し訳なく思いながら確認すると。燐子からグッドの絵文字が……って聞いてたんだね燐子も。
「それじゃあ、俺はその火に風を送るよ」
「火を消すために……?」
「まさか……だって俺、つぐみちゃんのこと好きだし」
「──っ!」
なにせ理想の女の子だ。好きにならないわけない。というかもう俺への想いを語ってくれた時点で腹は決まってたよ。ストーカーとかでヒトが怖いんだったら俺が一緒にいてあげたい。一年間、ついにはいつもの、で通じるようになった小さな幸せをくれた縁の下の彼女に、とびきりの幸せをあげたい。
「ここで暮らしてくれませんか?」
「……でも、わたし」
「遠慮することないよ、ね?」
「うん、これから毎日つぐみちゃんの紅茶飲めるのかなあ、ふふ、楽しみ♪」
「朝弱いので……その、コーヒーを淹れて、起こしてくれると嬉しい、かなと」
ほら、燐子からもホットミルクがいいですって来たよ。俺だって毎日つぐみちゃんのコーヒー飲みたいよ。それでも戸惑うつぐみちゃんに俺は、大丈夫だよと声をかけた。ビッチじゃないけど、ただの天使で間違いなく処女だけどさ、俺はそもそもビッチ嫌いだったはずなんだよ。
「好きで……いても、いいんでしょうか?」
「もちろん」
「渡せる気がしなかった本命チョコを……渡してもいいんでしょうか?」
「……最初から告白する気満々じゃん」
「強かだねえ」
でもそのくらい強い想いを持ってくれてるなら、俺は応えたい。手を伸ばして、つぐみちゃんのこともちゃんと、抱きしめていきたい。
──だからもう遠慮なんてしなくていいよ。そもそもここに遠慮してくれるヒトなんて、誰もいないんだからさ。
「そ、それでは……今すぐはムリですけど、不束者ですが……よろしくお願いします!」
こうして、バレンタイン当日に、四人から五人へと住居者が増えることになった。そして安定した料理担当が二人に増えて花音は満足気だったことも追記しておく。特につぐみちゃんは朝に強いので冬になるとさらに低血圧でぼーっとしてしまう紗夜が助かっていた。こういう生活な以上、また色々あるだろうけど、俺はここで過ごすみんなとの時間が幸せで幸せでたまらないんだ!
「ところでつぐみさん。陽太は責めがねちっこいところがあるので気を付けた方がいいわよ」
「うん、あと無駄にもちがいいから最初は大変かも」
「……サド役の方が、上手、です」
「いやだから台無しだなこのビッチーズ!」
紗夜のBはBitchのB! B‐After:THE END!