偽りの英雄のヒーローアカデミア   作:ひよこ饅頭

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第2話 物語の始まり

「――……ちょっとお話ししようか、セフィロス君」

 

 真剣な表情を浮かべて声をかけられ、反射的に足を止めて振り返る。

 椅子に腰かけた同居人と目が合い、その手に見覚えのある紙が握られていることに気が付いて、俺は取り繕う間もなく顔を大きく顰めさせていた。

 

 

 

 

 

 俺の同居人ことNo.1ヒーロー“オールマイト”――本名・八木俊典に話しかけられた俺は、テーブルを挟んで向かい合うように椅子に腰かけていた。

 男の手には見覚えのある紙。それだけで、この目の前の男が何を言いたいのか分かってしまい、俺はどうにも顰めた表情を元に戻すことができずにいた。

 男の手に握られているのは、数日前に俺が通っている中学校側から配られた提出書類。

 『進路希望書』。まぁ、読んで字のごとく、進路について志望高校を書いて提出する書類だ。

 『ご両親と相談して書いて提出するように』と渡されたこの紙は、しかしそもそもこの世界での俺には両親というものが存在しなかった。代わりに養父なら今目の前にいるのだが、この男が何を考えているのかは言われるまでもなく良く分かっているため、相談する気は毛ほどもなかった。

 

「……セフィロス君、これは一体どういうことかな?」

 

 男が持っている紙の表面をこちらに見せ、記入欄を指さしてくる。

 高校名を入れる場所は空欄。代わりに備考欄の所に『就職活動をして就職します。』という俺の字が刻まれていた。

 

「………書かれている通りだが?」

 

 内心ではどうしてバレたのかと焦りながら、しかし表情にはおくびにも出さずに短く返答する。中学を卒業したら働くつもりだときっぱりはっきり言えば、目の前の男は見るからに驚いたような表情を浮かべ、次には焦ったような表情を浮かべてきた。

 

「いやいやいや、ちょっと待ってくれ! どうしてだい!? 君は頭も良いし、どんな高校でも大体は受かることができるだろう! もしお金のことを心配しているなら、私にも蓄えはそれなりにあるから何も心配する必要はないんだぞ!?」

 

 懸命に言葉を重ねて思いとどまらせようとしてくるのに、思わず大きなため息が零れた。

 確かにお金の面で迷惑をかけたくないという気持ちも勿論ある。しかし、それ以前に俺が高校を受験したくない最もな理由は別にあった。それも、その理由には目の前の男が多いに関わっているのだからため息をつきたくなるのは当然のことだろう。

 しかし当の本人はそれに全くもって気が付いていない。今も、何故俺がこんなにもため息をついているのか分からないという表情を浮かべていた。

 

「………お前のことだ、どうせ“雄英高校”を受験してほしいと言うつもりだろう」

「…うっ…! それは、その……、………はい………」

 

 最初はどうにか誤魔化そうとしていたようだが、すぐにギブアップして正直に認める。首はガクッと垂れ、頭がテーブルに突っ伏してしまいそうになっていた。

 俺の言う“雄英高校”というのは正式名称は“国立雄英高等学校”。目の前の男が卒業した母校であり、偏差値も高い有名高校だった。

 養子に自身の母校に通って欲しいと願う気持ちは一見愛情深いものに思えるかもしれない。しかし、この男がこの高校を勧めるのは決してそういう理由などではなかった。雄英高校は、簡単に言えばヒーローを養成するのに非常に適した学校だった。

 ここでヒーローについて少し詳しく説明させてもらおう。

 まずヒーローとは、通称とかではなくてれっきとした職業だ。

 この世界に“個性”が出現した後、多くの人々が自らの“個性”を使ってあらゆる悪事に手を染めた。“個性”を使って悪事を働く犯罪者……通称“(ヴィラン)”。彼らを取り締まるため、各国は“(ヴィラン)”と同じように“個性”を使ってそれを治める組織を作り出した。それが“ヒーロー”という職業なのだ。

 まぁ、そもそもは“自警団(ヴィジランテ)”が元になっているという過去や、警察の下部組織或いは嘱託を受ける民間協力者という位置づけになっている現在の状況など、まだまだ細かい部分は多々あるのだが、話が長くなってしまうのでここでは割愛させてもらう。

 とにかく“個性”を使って犯罪者を取り締まる人々がおり、今ではそれは職業として認められ、“ヒーロー”と呼ばれている……。それだけ覚えていれば、普通に生活する上では十分だろう。

 とはいえ、それだけでは不十分である者も多々存在する。それはヒーロー業を行っている張本人たちや、そのヒーローを目指している多くの子供たちがそれに該当していた。

 テレビやネットなどあらゆる情報が溢れている現代において、ヒーローの活躍は否が応にも人々の目や耳に触れる。子供たちにとって、“個性”を使って格好よく犯罪者と戦う彼らの存在は、正に憧れの対象だった。言うなれば俺の前世での世界にあった『○○レンジャー』や『○○ライダー』、後は『アメコミ』のヒーローのようなものだろうか。この世界のヒーローもそれに似たスーツを着て活動しているし、2.5次元が完全な3次元で身近になったという感じだろう。

 そんなヒーローに憧れる多くの子供たちのために、この世界にはヒーローを養成するための数多くの学校が存在していた。

 先ほどの“雄英高校”もその一つで、数多あるヒーロー養成学校の中でもトップクラスの学校であると有名だった。

 イメージは……、やっぱり『東大』とかかな? これは完全な俺のイメージでしかないから、違うかもだけど……。

 と、そんなことはさて置き……、ここまで聞けばこの目の前の男が俺に何を求めているのか誰もが分かることだろう。

 つまり、この男は俺にもヒーローになってほしいと思っている訳だ。

 ある意味英雄になったことで闇落ちしたともいえる“英雄セフィロス”と同じ容姿と名前を持つこの俺に……。

 

「………断固拒否する」

「セ、セフィロスく~~~ん……っ!!」

 

 痩せすぎて落ちくぼみ過ぎた目から涙を流して情けない声が名前を呼んでくるが、ここは完全無視だ。

 何で好き好んで自分から闇落ちフラグを立てなきゃならんのだ。

 確かに俺も原作の“英雄セフィロス”は好きだよ? 無印での回想シーンとか『クライシスコア』での英雄時のセフィロスを見た時は、それはもう感動したし興奮したさ! 『あんな人が上司に欲しい』と割と本気で思ったものだ。戦う姿も格好良いし、『セフィロスが主人公のゲームとか出ないかな~』って思ったり、実際に『ディシディア』が出た時はいつもセフィロスをプレイしては何でもかんでもぶった切りしまくってたよ。セフィロスの姿で転生したと分かった時は、自分も原作みたいに格好よく戦って無双してみたいとも思ったさ!

 でも、ダメです。俺、闇落ちしたくないんです。

 第一、俺には『人を助けたい』というヒーローにとっては最も大切な気持ちが欠如しているので、ヒーローになるのは完全に無理だと思うんだ、本当だよ!!

 

「だ、だが、雄英はヒーローを養成するという点だけじゃなく、“個性”についての扱い方を教えるという面でも非常に優秀だ。セフィロス君が自分の“個性”を極力使おうとしないのは、使うと必要以上に疲れてしまうからだろう? 雄英に入れば、もっと効率よく“個性”を使えるようになるかもしれない!」

「……ぐっ……」

 

 まるで逃がしてなるものかとばかりに食い下がってくるのは非常に鬱陶しいことこの上ないが、確かに男の言葉も一理あって思わず言葉を詰まらせた。

 “個性”を持っていることがほぼ当たり前となっているこの世界において、例えヒーローにならないにしても“個性”はいろんな場面で大きな影響を与えてくる。自分に何ができるのか……という一つの評価や計りにもなるのだ、恐らく“個性”について聞かれる場面は今後多く訪れることだろう。

 “個性”について聞かれることはまだ構わない。だが、『“個性”を使うつもりはありません』『“個性”は少ししか使えません』と言ってみたとして、その後の他者からの評価などは簡単に想像することができた。

 『“個性”を正しく扱うことができる。』

 それは多くの人間が思っている以上に大きなアドバンテージになるだろう。

 

「確かに、セフィロス君にヒーローになってもらいたいという思いがあることは事実だ。しかし、例え雄英高校のヒーロー科に入れたとしても、誰もが実際にヒーローになれるわけじゃない。雄英高校のヒーロー科に入学したら必ずヒーローにならなければならないと言う訳でもないんだ」

「……………………」

「まずは“個性”の扱いを学ぶために、受験してみても良いんじゃないかな?」

 

 いつにない真剣な表情を浮かべて提案してくるのに、俺は反論の言葉も浮かばず黙り込んだ。

 確かに男の言葉には説得力があり、自分にはメリットしかないように思える。流されるままにヒーローにさせられる可能性もなくはないだろうが、こちらに強い意志があれば無理強いされることもないだろう。ならば“個性”を使いこなすために利用してもいいのではないか……。

 雄英高校はヒーロー業だけでなく他の職種に対しても大きな影響力を持っている。将来どんな職業に就くにしても、中卒よりかは断然有利になるはずだ。

 

「………俺は、ヒーローが好きじゃない。お前や他のヒーローたちの様に『人を助けたい』という気持ちも持っていない」

「分かっているよ。それでも……いや、だからこそ、セフィロス君にも少しでも分かってもらいたいんだ! 多くのヒーローや、ヒーローを志す同年代の子供たちと触れ合って、理解する機会を持ってほしい!!」

「……………………」

「それに、来年から私はヒーロー業の傍ら、雄英高校の教師として教鞭を振るうことにもなっているからね。学校にセフィロス君がいてくれれば、とても心強いんだ!」

 

 真剣な表情を崩して笑顔を浮かべてくる男に、俺は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。どうやら自分でも気づかない内に少し緊張していたらしい。ほぅ…と小さく息をついて意識して身体から力を抜くと、改めて目の前の養父へと目を向けた。

 先ほどの言葉の通り、この男は来年、雄英高校の教師になることが決まっている。俺としてはこれを機に独り暮らしを始めようかと考えていたのだが、どうやらこの男はまだまだ俺を離してくれるつもりはないようだ。いい加減子離れしろよ……と思わないでもなかったが、それでも『心強い』と言われればやはり少なからず嬉しくなるわけで……。

 

「………考えておく……」

「ああ、考えておいてくれ!」

 

 苦し紛れに言ったセリフも、笑顔のままあっさり受け止められては少々ムッとする。

 子供っぽい自分自身に少し呆れながら、俺は男に一つ頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあった数日後……――

 

 

「――……ねぇねぇ、そこの君~。お兄さんたち、今お金なくしちゃってさ~。ちょっと恵んでもらえないかなぁ~」

「てか、もう一緒に連れてっちゃった方が良くね? 見た目も十分可愛いしさ~」

「だな。折角だからお兄さんたちに付き合ってよ。楽しいところに連れて行ってあげるよ」

 

 おい、何だこのデジャブ……。

 学校からの帰り道、目の前で行く手を妨げている三人の男を無言で見上げながら、俺は先ほどから既視感を覚えて頭を痛めていた。

 途中でスーパーによってたから、普通の学生の帰宅時間は既に過ぎている。周りに人通りはなく、これで狙われたのだとすぐに分かった。

 というか、こんな既視感などお呼びじゃないんだが。何でこうも連日不良やらゴロつきやら何やらに絡まれるんだ。

 あれか、この整い過ぎているセフィロス・フェイスがいけないのか? いや、別に“セフィロス”の容姿をディスるつもりは毛頭ないけど……。

 にしても、これはひどすぎる。これは絡まれ過ぎて闇落ちする付箋ではなかろうか。

 そんな馬鹿なことを無言のままつらつらと考えていたのが不味かったのかもしれない。

 恐らく男たちの言葉を尽く無視する形になっていたのだろう、気が付けば目の前の男たちの顔がどれも怒りの形相に変化していた。

 

「……さっきから無視しちゃってさァ~、傷ついちゃうな~~」

「なめてんのかァ、クソガキがァァ……!」

 

 なめてません。いい歳した大人が十五歳の子供に絡むとかどういう神経してんだ……とは思うが、断じてなめてはいません。

 なんだ、無言が駄目なのか。何か言えば絡まれることもなくなるんだろうか……。

 

「なめてはいませんが、そろそろ帰っても良いでしょうか。あまり遅くなっては心配されますので」

「いやいや、帰られると思ってんの?」

「完全になめられてんじゃん、俺ら……」

「ちょっと礼儀を教えてやらなといけないな~」

 

 おい、何故こうなった。ちゃんと丁寧語で話したし、無視しなかったじゃないか!

 いや、落ち着け俺、第一不良に常識など通用するわけがない。

 幸い、この場には今人の目は一つもない。人目がなくて好都合なのは、何も不良たちばかりではないのだ。

 俺はこちらに放たれた一人の男の拳を難なく躱すと、持っていたエコバックを右手に持ち替えて左手に長刀を具現化させた。

 身の丈を越える美しい長刀・正宗。

 男たちの真横に移動すると、そのまま首元に長刀の刃を添えた。

 

「ひっ!?」

「貴様らに渡すものなど何もない。さっさと消えろ」

 

 この姿からも年齢からもかけ離れた口調とドスの効いた声で言い捨てる。ついでに首に添えていた正宗を少し動かして刃を首の皮膚に食い込ませた。

 瞬間、男たちの顔色が一気に蒼褪めたのが見てとれた。『ひぃ~~っ!!!』という情けない悲鳴を上げながら我先にと逃げていく。

 どんどんと遠ざかっていく背中に再び既視感を覚えながら、俺は無言のままその背を見送った。

 取り敢えず左手の正宗を消し、一つ大きな息をつく。

 その時、不意にポケットに入れていたスマホから軽いメロディーと振動が伝わってきて、俺は咄嗟にポケットを見下ろした。

 聞こえてきた歌詞のない協奏曲風のこのメロディーは、着信用に俺自身が設定したものだ。折角なら『片翼の天使』を着信用の曲に設定したかった。

 いや、やっぱり駄目だ。自分の名前を連呼される羽目になるから、流石にそれは恥ずかしい。やっぱりここは『JENOVA』の方が良いだろうか。

 まぁ、どれだけ考えたところで曲自体がこの世界には存在していないから、いくら考えたとしても意味がないんだけどね、コンチクショウ……。

 取り敢えずポケットからスマホを取り出して見てみれば、ディスプレイに『父』という文字がでかでかと表示されていた。

 その文字によって頭に思い浮かぶのは、ガリヒョロの方の養父の姿。

 確かあの男は今日は田等院に行っているはずだ。

 何かあったのかとスマホを操作して耳に近づければ、瞬間、聞こえてきた大音量に思わず反射的にスマホを勢いよく耳から離した。

 

『セ、セフィロスくーーーーんっっ!!!』

「ぐっ!? な、なんだ……、どうかしたのか?」

 

 いつにない状況に、再び恐る恐るスマホを耳に近づけながら電話の向こうへと声をかける。どうやら相手は屋外にいるようで、ザワザワとした外野の音が聞こえてきていた。

 

『セフィロス君、大変なんだ! (ヴィラン)が出てきて子供を人質に取っていてっ!!』

「……? なら、いつものようにさっさと倒せばいいだろう」

『それが制限時間を既に越えちゃってて……、“マッスルフォーム”になれないんだよぉぉ!!』

「……………………」

 

 恐らく非常に切羽詰まった状況にあるのだろう、スマホ越しに聞こえる男の声も外野の音も緊迫感に満ちている。

 養父はこれまでの度重なる(ヴィラン)との戦いによってオールマイトに変身できる時間が短くなっており、そのリミットを既に使い切っているということは何かしらの不測の事態が起こったのだろう。恐らく目の前で(ヴィラン)が暴れ、子供が人質に取られているのに変身できず助けることができないことに相当焦っているのだろう。それなりに距離のある場所にいる俺にわざわざ電話をかけてきたのが何よりの証拠だ。

 しかし、ここは敢えて言おう……。

 

「………で、俺にどうしろと?」

 

 男がいる田等院と俺が今いる場所はそれなりに距離がある。今から急いで向かったところで相当時間がかかってしまうだろうし、到底間に合うとも思えなかった。

 第一、田等院には男の他にも数多くのヒーローがいる筈だ。わざわざ俺に助けを求めなくてもそのヒーローたちが事件を解決するために動くだろうし、もしそのヒーローたちが解決できないような難事件だったとしても、俺が出しゃばるようなことではないと思った。

 しかし流石はヒーローと言うべきか、人命救助という名目の前では俺の感情など二の次、三の次であるらしい。

 

『頼む、救けに来てくれっ!!』

「No.1ヒーローが唯の中学生に助けを求めるな」

 

 切実な願いを一刀両断にぶった切る。

 というか、これは相当テンパってるな。これまでも俺のことを何かと頼りにするような素振りは見せてたけど、流石にこんな風に助けを求められたのは初めてだ。

 

「プロなら自分で何とかするんだな」

『あっ、ちょっと待っ……』

 

 プツッ ツー ツー ……

 

 まだ何か言っていたようだが、構わず耳からスマホを離して電話を切る。暫くスマホの画面を見つめた後、徐に頭上の空へと目を向けた。

 視線の先には青々とした空が広がっているが、時間的には徐々に夕暮れの赤に変化していくだろう。この時間帯ならば人通りも少なく、ある程度は目撃数も減るはずだ。

 俺は暫く空を睨んだ後、諦めて一つ大きなため息を吐き出した。

 正直に言って、今も全くもって気乗りはしない。ただ、子供が人質に取られていると言われては、どうしても多少は気になってしまう。

 それに俺は兎も角、“英雄セフィロス”なら一体どうしたか。英雄時の彼ならば、もしかしたら間に合わないと知りながらも現場に急行するんじゃないか、なんて……。そんな考えが頭を過ぎっては、セフィロスの名と姿を持つ俺が動かないわけにもいかないような気がした。

 俺は覚悟を決めると、周りに人の目がないことを確認して“個性”を発動させた。

 具現化させたのは背に広がる大きな翼。

 夜の闇のように広がる漆黒の片翼。

 とはいえ、ここはゲームなどではなく現実世界だ。当たり前ではあるが片翼で空が飛べるわけがない。

 漆黒の片翼がない左側の背には右翼と同じくらいの大きさの左翼が……しかし目には見ることのできない透明な翼を具現化させていた。これで問題なく空も飛べるはずだ。

 えっ、何で普通に黒の両翼を具現化しないのかって?

 バカヤロウ、“セフィロス”と言えば黒の大きな片翼だろうが! 片翼っていうところが良いんだよ、両翼なんてありきたり過ぎるだろう。俺がセフィロスである以上、原作を崩すような真似は断じて許すまじ!!

 と言う訳で、人が来る前にさっさと行くとしよう。漆黒の右翼と透明の左翼を大きく羽ばたかせるのと同時に地面を強く蹴った。

 瞬間、フワッと身体が宙に浮き上がる。

 翼を何度も羽ばたかせてぐんぐんと高度を上げながら、俺はスマホをいじって田等院付近のニュースをネットで検索し、ナビのアプリを起動させた。

 (ヴィラン)の出現やヒーローの活躍が日常茶飯事のこのご時世、ネットニュースはいつでもあらゆる情報を目まぐるしく掲載している。数分もかからずにこれだと思わしき情報を見つけると、場所をナビアプリに登録した。

 場所さえ分かれば後は余裕だ。

 下手に公共交通機関を利用するよりも飛んでいった方が早い場合も多々あるため、このまま飛んで目的地に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 とは言っても、間に合う訳がないんですけどね~。

 案の定目的地に到着した頃には事件が終わっており、今は警察と数人のヒーローが後始末に右往左往していた。

 因みに俺はその様子を遥か上空で眺めている。

 普通の人間だと良く見えないかもしれないが、俺はセフィロス・ハイスペックでこの距離でもきっちりはっきりと見ることが出来ていた。一人一人の顔の造形もばっちりだ。

 しかし、どんなに見てみても見知った顔はどこにもない。

 というか、俺を呼んだ張本人がいないとかどういうことなんだ。

 スマホでネット情報を調べてみれば、どうやら(ヴィラン)に人質に取られたのは一人の中学生で、その中学生を助けるために同級生の中学生が(ヴィラン)の元へ単身突撃。その後、二人仲良く捕まりそうになっていたところを、突如現れたオールマイトが(ヴィラン)を撃破し、無事に救出したらしい。

 電話では制限時間を使い切って“マッスルフォーム”であるオールマイトに変身できないと言っていたが、オールマイトの姿で救出したということはまだ制限時間が残っていたということだろうか。

 というか、本当にどこに……。

 途方に暮れて遥か上空で右往左往し、取り敢えずそこら辺を見て周ってみることにした。

 折角ここまで来たのだから完全な無駄足は嫌だったし、何だか意地でも見つけ出したくなってくる。翼を羽ばたかせ、随分と朱色になってきた夕暮れの空をそれなりに速い速度で駆け抜けた。地上に視線を走らせ、見知った人影がないか目を配る。

 それから、十数分後くらい時間が経った頃だろうか……。

 住宅街に差し掛かった頃、漸く見知った影を見つけて宙で制止した。

 目を凝らして見てみれば、どうやら今は“トゥルーフォーム”であるらしく、ガリヒョロの姿で一人の子供と何かを話しているようだった。真剣な話でもしているのか何だか緊迫したような空気がここまで漂ってきている気がして、何とも姿を現しづらい。

 ここは取り敢えず地上に降りて、話でも聞いてみるとしよう。

 俺は二人がいる場所からは少し離れた場所に降り立つと、並び立つ家々の影に隠れながら二人の会話を盗み聞いてみることにした。

 

「――……君なら私の“力”、受け継ぐに値する!!」

「……へ……?」

「なんて顔をしているんだ!? 『提案』だよ!! 本番はここからさ。良いかい少年……私の“力”を、君が受け取ってみないかという話さ!!」

 

 血反吐を吐きながら何やら叫んでいる男に、思わずギョッとする。

 っていうか、こんな住宅街で何を大声で言ってんだ、あのオッサンっ!!

 えっ、それ秘密じゃなかったっけ? 俺に話した時も、『絶対誰にも言わないでね』って念押ししてなかったっけ?? それなのに、いくら人通りがないからって住宅街のど真ん中で何言っとんじゃぁァァっ!!

 心の中で激しくツッコムも、当然彼らに届くはずがない。俺の心配を余所に、男はぺらぺらと世間には秘密にしている筈の自身の“個性”について目の前の子供に話して聞かせていた。

 前にも言ったように、この男が持つ『ワン・フォー・オール』という“個性”は『増強系』に分類される。筋力などの力などが格段に上がる“個性”だと言ったが、本当はもう少し複雑な“力”だった。

 『ワン・フォー・オール』は一言で言えば“譲渡”の“力”。何人もの人間に譲渡され、その力を蓄え、次に継承していく“個性”だった。

 あの男もまた『ワン・フォー・オール』を引き継いだ八代目であり、器である肉体が度重なる戦闘でボロボロになった今、次の九代目となる継承者たる人物を探していたのだ。

 つまり、この男は目の前の少年を次の継承者に選んだということだろう。

 だが…、しかし……。

 俺はチラッと男と対峙して何故か号泣している少年へと目を向けた。

 どこからどう見てもヒーローになれるようには見えないひ弱そうな姿。何故あの男がこの少年を選んだのかがさっぱり分からなかった。

 漸く話が終わったようで、離れていく二人に俺はやっと隠れていた影から出ることにした。

 帰宅するのだろうか、こちらに背を向けて去っていく少年の小さな背を男が独りでポツリと見送っている。

 その背に、俺は静かに歩み寄って男の横に並ぶように立った。

 

「………それで……?」

「っ!!?」

 

 こちらの存在に気が付いていなかったのだろう、声をかけた瞬間、横に立つ男の細い身体がビクッと大きく震えた。次には弾かれたように勢い良くこちらを振り返り、落ちくぼんだ目を目一杯広げてくる。

 

「セ、セフィロス君!? い、いつからここに……っ!!」

「つい先ほどからだ。……それで? 俺を呼んでおいて事件現場にいないとは、一体どういう了見だ?」

「うっ…、い、いや、セフィロス君は来てくれないと思っていたから……」

 

 チラッと目だけで男を見上げれば、男は再びビクッと身体を震わせてくる。

 No.1ヒーローがそんなんで良いのか。子供の睨みに簡単に怯むとか、どういうことだ。

 

「でも、セフィロス君が来てくれて嬉しいよ。ありがとうね」

「……ふんっ……」

 

 にっこりとした笑みを向けられ、気恥ずかしい感情が湧き上がってくる。顔も何だか熱く感じて、咄嗟に顔を背けて見られないようにした。

 しかし、相手には俺が恥ずかしく感じているのがバレバレなのだろう。頭上からクスクスと小さな笑い声が聞こえてきて、八つ当たりしたくなる気持ちが猛烈に湧き上がってきた。

 目の前の男に腹パンしてやりたい。何なら脛に蹴りをお見舞いしてやりたい。

 しかし俺はセフィロスだ、そんな子供のような真似ができるわけがない。例え今の実年齢も見た目も十五歳の子供だとしても論外だ。俺は大人の態度でグッと堪えると、明るい様子で声をかけてくる男の話に耳を傾けた。

 

「そうそう、聞いてくれよ、セフィロス君! 漸く後継者を見つけたんだぜ!」

「……先ほど話していた中学生か?」

「YES! 実はあの少年、先ほどの事件で……――」

 

 随分と興奮しているのか、少年のことや事件について矢継ぎ早にハイテンションに話してくる。それに無言のまま耳を傾けながら、俺は先ほどの少年の姿を再度頭に思い浮かべた。

 どう見てもどこにでもいるような、ヒョロッとしたひ弱そうな少年。猫背気味に立ち去っていったその姿は、どこまでも気弱さばかりが目立っていて力強さは一切見られなかった。

 あれが本当にヒーローになり得る存在なのか。この男がずっと探し求めていた人材であるのか。

 俺にはさっぱり分からなかったが、しかしこの男はNo.1ヒーローとして多くの人物を見てきた経験がある。もしかしたら俺には分からない何かがあの少年にはあるのかもしれない。

 俺は男の話をぼんやりと聞きながら、じっと少年が去った無人の道を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「構わないが、俺の隣を歩くのは止めてくれ。ヘドロ臭い」

「ひ、酷いっ!!」

 

 




当小説の主人公君は『ヒロアカ』の存在は全く知らないので、原作知識は皆無です。
あと、オールマイトこと八木さんとの関係や馴れ初めなどは次回以降に書く予定なので、今しばらくお待ちください(深々)

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