偽りの英雄のヒーローアカデミア   作:ひよこ饅頭

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遅くなってしまい、申し訳ありません……(汗)
今話は『ヒロアカ』の主人公である緑谷出久に対して一部厳しめな文章がございますので、ご注意ください(深々)
また、当小説の主人公であるセフィロスの過去が一部語られますので、『そういったのは良いから』の方もご注意ください……(土下座)


第3話 目指す指標

 早朝6時過ぎ。

 通常は人っ子一人いない市営多古場海浜公園に、三つの人影がそれぞれ佇んでいた。

 一つは屈強で大柄な男のもの。残りの二つはどちらも小柄な子供のもの。

 もじゃもじゃ頭の少年が大柄な男が乗っている巨大な冷蔵庫を縄で動かそうとしており、もう一人の少年はそんな二人の様子を少し離れた場所から眺めていた。

 もじゃもじゃ頭の少年は少しでも冷蔵庫を動かそうと暫く奮闘し、しかし最後には力尽きて地面に倒れ伏してしまう。冷蔵庫の上の男はその様子を笑いながらスマホで連写しており、少し離れた場所から眺めていた少年は呆れたようにため息を零した。少年はやれやれとばかりに首を振ると、徐に足を踏み出して二人の元へと歩み寄っていく。未だ地面に突っ伏している少年を見やると、次には瞳孔が縦に伸びている翡翠色の瞳を冷蔵庫の上の男へ向けた。

 

「……本当にこの子供を後継者にするのか?」

「そうとも! この前も言っただろう?」

 

 男は少年の冷ややかな視線に気が付いているのかいないのか、満面の笑みを浮かべたまま『とうっ!』という掛け声と共に冷蔵庫の上から飛び降りる。逆に地面に突っ伏している少年は顔だけを上げて不安そうに大男と少年を見つめていた。黒に近い大きな緑色の瞳には不安だけでなく恐怖の色さえ浮かんでいる。

 再び大きなため息をつく少年に、大男はそこで初めて笑顔を引っ込めて不思議そうに首を傾げてきた。

 

「HEY、セフィロス君。君は一体何をそんなに気にしているんだい?」

 

 『全く分からない』といった様子で問いかけてくる男に、セフィロスと呼ばれた少年はジト目で男を見上げる。その目はまるで『逆に何故分からないんだ…』と言っているかのように冷ややかだ。

 しかし男はそんな目で怯むほど気弱な性格をしてはいない。

 逆にそんな辛辣な視線など吹き飛ばす勢いで『HAHAHA!』と笑い声を上げ、少年は呆れたようにもう一度大きなため息を吐き出した。

 

「……お前は、この少年がヒーローとしての素質を持っていると言っていたな?」

「YES! その通りだとも、セフィロス君! この緑谷少年は友人を助けるために一人(ヴィラン)に立ち向かったのだ! 実にFantastic! とても勇気ある行動だ!! 何より、彼はヒーローに憧れ、ヒーローになるための力を欲していた。だからこそ、私は彼に私の力を譲渡しようと決心したのさっ!!」

 

 両腕を広げて大声で力説する男に、セフィロスは煩そうに小さく顔を顰めさせる。一方、地面に伏していた少年は漸く上体を起き上がらせると、砂浜にぺたりと座った状態で少し照れたような表情を浮かべた。どこか浮かれたようなその姿に、セフィロスの顔が一層強く顰められる。

 しかし次には緑谷と呼ばれた少年から視線を外すと、身体の向きを変えて男へと真正面から向き直った。

 

「その話は初めに聞いた。彼が“無個性”であることも、それでもヒーローになる道を諦めきれずにいたことも。そして、そのヒーローを志す心があったからこそ、何かを考える前に人を助けるための行動を無意識に起こしていたということも……」

「そう! だからこそ、私は……」

「だからこそ俺は腑に落ちない。何なんだ、この体たらくは」

 

 セフィロスの外見を裏切る子供らしくない口調に呆気に取られていた緑谷は、唐突に投げられた鋭い言葉に思わずビクッと身体を震わせた。まさかこんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう、普段から大きな瞳が零れんばかりに見開かれている。

 しかしセフィロスは全くもって気にも留めなかった。

 彼自身、今から言う言葉はかなり厳しいものだということは自覚している。しかし、それを言わずにこのままぬるま湯のような状態が続くのであれば、そちらの方が大問題だ。

 セフィロスは一つ息をつくと、徐に目の前の養父から目を離して緑谷が引っ張っていた冷蔵庫へと目を向けた。そのままそちらへ歩み寄り、緑谷と冷蔵庫を繋いでいるロープに手を伸ばしてさっさと全ての結び目を解いてしまう。

 一体何をするのかと大男と緑谷が注目する中、セフィロスは一度気を引き締めるように小さく短い息を吐き出すと、次には右足を踏ん張って勢いよく左足を冷蔵庫へ繰り出した。

 瞬間、激しい金属音とも爆発音ともとれる衝撃音が響き渡り、冷蔵庫が大きくひしゃげて砂浜の奥へと勢いよく吹き飛ぶ。

 突然のことに緑谷が大きく目を見開かせる中、セフィロスは再び小さく息をつくと突き出していた左足を元に戻しながらゆっくりと緑谷と大男を振り返った。

 翡翠色の双眸が緑の大きな双眸へと向けられる。

 

「俺は今“個性”を使ってはいないが、それでもこれくらいのことはできる。だが、この子供はこの程度のこともできなかった。そんな子供が本当にヒーローになれるとでも?」

 

 どこまでも冷たい声音に、緑谷の細い肩がビクッと震える。咄嗟に男がフォローするために口を開くが、セフィロスはそれを許さなかった。

 

「俺は別に出来ないことを責めている訳ではない。お前は身体なら今から鍛えていけば良いとでも言おうとしたのだろうが、俺が言いたいのはそれ以前の問題だ。……その子供は“無個性”であっても諦めずにヒーローを目指していたと言っていたな。ならば何故身体くらい鍛えていない? 『ヒーローになりたい』『やってみないと分からない』……、そう口では言いながら、この子供自身がヒーローになることを諦めていたからではないのか?」

「……もしそうだとしても、今の彼はヒーローになるための力を得るチャンスを持っている。今その話をすることはナンセンスだ!」

「いいや、決して“無意味”などではない。俺はこの子供の性根について言っているんだ。……根性だけでやっていけるほどヒーロー業は甘くないことはお前が一番よく理解しているはずだ。逆に、根性があっても行動がそれに伴わなければ、それもまた同じことだ」

「た、確かにセフィロス君の言うことも一理あるが……!!」

「お前も、元は“無個性”だったにも関わらず、平和の象徴になることを諦めずに肉体だけでも鍛えようと努力していたのだろう? 俺にしてみれば、この一点だけでもお前とこの子供との差が目に見えるようだがな。……もう一度聞こう、お前は本当にこの子供を後継者にするつもりなのか?」

 

 シーンっと静まり返る空気。誰も口を開かず身動きすらせず、ただ空気だけがどんどんと張り詰めて重くなっていく。

 息苦しさすら感じられる緊張感の中、一番初めに動きを再開させたのは、やはりというべきかこの空気を作り出したセフィロス本人だった。

 セフィロスは一度大きなため息を吐き出すと、次には踵を返して緑谷たちへと背を向けた。そのまま町の方へ歩を進めて遠ざかっていく背中に、オールマイトは咄嗟に呼び止めようと声を上げた。

 

「ちょっ、ちょっとセフィロス君、どこへ……!?」

「話にならん。俺は帰る」

 

 背を向けたまま返ってきた言葉はどこまでも冷たく容赦のないもの。

 思わず黙り込む男に、しかしセフィロスは一切構うことなく長い白銀色の髪を靡かせながらさっさと砂浜を後にした。

 残されたのは、呆然とした様子の緑谷とオールマイト。

 いつまでも小さな背が去っていった方向を見つめる男に、緑谷は気まずい表情を浮かべながらも恐る恐る男を見上げた。

 

「……オ、オールマイト…、さっきあの子が言ったことは……」

 

 勇気を振り絞って口に出した言葉は、しかし最後まで紡がれることなく途中で力なく萎んで消えていってしまう。仕舞いには顔を俯かせてごにょごにょと口の中で何事かを呟くのに、男は漸く視線を外して緑谷を見下ろした。

 

「そう、だな……。君もいろいろ聞きたいことがあるだろう。君をここに呼んだ目的も踏まえて、まずは順を追って説明することにしよう」

 

 男は小さな笑みを浮かべると、まるで励ますように一度ポンッと緑谷の小さな背を大きな手で叩いた。

 話しが長くなりそうな予感に、オールマイトは取り敢えず負担がかからない姿に戻ることにする。大きく逞しい肉体から不意に蒸気のような煙が立ち上り始め、男の全身を覆っていった。

 そして数十秒後。

 徐々に煙が晴れて姿を現したのは、先ほどの姿とは一変した、まるで骸骨のように痩せ細った一人の男。

 “マッスルフォーム”から“トゥルーフォーム”へと戻ったオールマイトは、まるで一息つくかのように砂浜へと腰を下ろして胡坐をかいた。

 

「緑谷少年も座りたまえ。……さて、どこから話したものか……。まず、君をこの場所に呼んだのは、君の身体を鍛えて器を作るためなんだ」

「器を作る、ですか……?」

 

 言葉の意味が分からず、緑谷は男の前に腰を下ろしながら首を傾げる。

 オールマイトは一つ大きく頷くと、まるで教師のようにピッと人差し指を立ててみせた。

 

「“ワン・フォー・オール(私の個性)”はいわば何人もの極まりし身体能力が一つに収束されたもの。器である身体が生半可なものでは、受け取りきれずに四肢がもげ、爆散してしまうんだっ!!」

「四肢が!!?」

 

 最後には声高に宣言する男に、緑谷は想像もしていなかった事実にひどく動揺した。

 しかしよく考えてみれば男の言葉は尤もなことだった。

 男が言うには、この“ワン・フォー・オール”という“個性”は宿主の力を蓄積させながら今まで何人もの人間に受け継がれてきたのだと言う。つまり、今の“ワン・フォー・オール”は複数の人間の力が一つに集結している状態であるということだ。考え方……イメージを変えれば、一人の人間の中に何人もの人間がギュウギュウ詰めに詰め込まれている感じだろうか……。そう考えれば、強靭な肉体()でなければ内側から弾け飛ぶというのも納得できる話だった。

 冷や汗を流しながらも頷く緑谷に、オールマイトも満足げな笑みを浮かべた。

 

「理解してくれたようだね。……そう! だからこそ、この場を掃除しながら、身体を鍛えちゃおうって寸法なのさ!!」

 

 親指を立ててニッと白い歯を輝かせる男に、緑谷は思わず顔を引き攣らせた。

 この海兵公園は海流の関係で漂着物が多く、それに加えて不法投棄をする者も多いためゴミが海のように広範囲にわたって溢れ返っている。普通に考えて、一般人がゴミ拾いをした程度で綺麗になるレベルを優に超えていた。

 それを自分たちは今やろうとしている……。

 途方もないことに一瞬気が遠くなりそうになり、しかしふと新たな疑問が頭に浮かんできて、緑谷は表情を気弱なものに戻した。

 

「………あの、オールマイト……。その……、さっきの子が言っていたこと……、オールマイトも元々は“無個性”だったっていうのは本当なんですか?」

「うん、本当だとも!」

「ず、随分あっさりと……」

「HAHAHA! まぁ、別に君に隠す必要もないからね」

 

 こちらは勇気を振り絞って質問したというのに、男からは何ともあっさりと頷かれ、逆にこちらの方が困惑してしまう。しかし男は穏やかに笑うだけで、それだけでも懐の深さや人間的な器を見せつけられたような気がした。

 また、先ほどの少年が言っていたことは全て本当なのだということも理解する。

 オールマイトは自分と同じ、生まれつき“無個性”だった。そして自分のようにヒーローを目指し、しかし自分と違って前向きに将来を見据えて励み、身体を鍛えてきたのだろう。“ワン・フォー・オール”を引き継ぐ時も、自分とは違って器を鍛える必要もなく力を受け止めたに違いない。

 緑谷はセフィロスと呼ばれた少年から向けられた冷たい視線と鋭い言葉を思い出し、思わず両拳を強く握り締めた。掌にくっ付いていた細かな砂が押し潰されてジャリッと音を鳴らし、掌の肉に食い込んで鈍い痛みを伝えてくる。こんな事にすら痛みを感じてしまう自身の掌のか弱さに緑谷は無性に悔しさが込み上げてきた。

 けれど、それよりもまだ気になることが残っていた。

 そもそもあの少年は何者なのか、ということ……。

 緑谷が少年に会ったのは今日が初めてだ。この海兵公園で待っていると突然オールマイトと共に現れ、こちらが問う間もなくオールマイトから冷蔵庫を動かしてみろと言われてしまったのだ。

 

「オールマイト……。そもそも、あの子は一体誰なんですか?」

 

 一度ゴクッと大きく唾を飲みこみ、意を決して目の前の男へと問いかける。

 しかし、こちらに向けられたのは驚愕の瞳。

 オールマイトは呆然とした様子でこちらを見つめた後、次には細すぎる首が折れるのではないかと心配になるほどに大きく頭を傾げてきた。

 

「……あれ、説明してなかったっけ?」

「説明してもらってませんよっ!?」

 

 『まさか忘れてたんですか!?』と声を上げれば、オールマイトは片手を後頭部に当てて『HAHAHA!』と笑い声を上げる。誰がどう見ても忘れていたのだろうと分かる反応に、緑谷は思わず大きなため息と共に両肩をガクッと落とした。

 

「いや~、申し訳ない。すっかり説明した気になっていたよ!」

「い、いえ。別に良いですけど……」

「それなら、相当気になっていただろう」

 

 男はうんうんと何度も大きく頷くと、次には明るい満面の笑みと共に超弩級の爆弾を落としてきた。

 

「彼の名前はセフィロスと言うんだが、歳は少年と同じで、ぶっちゃけて言うと私の自慢の息子だよ!」

「む、息子っ!!?」

「あっ、でも血の繋がりはないんだけどね。いわゆる養子という奴さ」

「養子っ!!?」

 

 次々と明かされる予想外の事実に、開いた口が塞がらない。

 オールマイトが養子を迎えたという情報は聞いたことがないし、そもそも息子がいたという情報すら聞いたことがなかった。

 

「し、知りませんでした……。いつから養子を迎えていたんですか?」

「う~ん、四年程前かな」

 

 オールマイトはそこで一度言葉を切ると、当時のことを思い出しているのか、どこか懐かしそうな笑みを浮かべた。

 

「と言っても、出会い自体は五年ほど前なんだけどね。……五年前、銀行を襲った複数の(ヴィラン)が近くにあった孤児院に逃げ込むという事件が起きたんだ。近くにいた私と他の何人かのヒーローたちがすぐに駆けつけたんだが……、そこでセフィロス君と出会ったんだよ」

 

 何でもない事のように話すオールマイトに、しかし緑谷は話を聞きながらも頭を混乱させていた。

 確かに銀行強盗は意外とよくある話である。悪事を働いた(ヴィラン)が現場から逃げ、近くの建物に逃げ込むというのもそう珍しいことではない。

 しかし熱狂的なオールマイト・ファンであり、これまでオールマイトが解決した事件は全て調べ上げて覚えていると自負している緑谷自身ですら、今オールマイトが語った事件は初耳だった。

 

「……銀行強盗が孤児院に…、ですか……? それも五年前の事件……。僕、そんな話、初めて聞きましたけど……」

「ああ、それは当然さ。実は事件に巻き込まれた孤児院の子供たちの精神的負担や孤児院と周辺住民との関係性に配慮して、この事件については一切マスコミには公表しなかったんだ。事件を解決したヒーローや警察関係者たち全員に緘口令が出され、被害を受けた銀行側や孤児院の人たちにも他言しないよう要請したのさ」

「そう、だったんですか……」

 

 思わぬ事実に驚きながら、しかし緑谷は納得して一つ小さく頷いた。

 この世界に“個性”というものが生まれ、“(ヴィラン)”という存在が出てきてから、この世界の犯罪率は急激に上昇している。オールマイトがヒーローとしてデビューしてからは犯罪率も急激に下がってはいたが、それでも決してゼロになったわけではない。ヒーロー飽和社会と呼ばれる現在ですら(ヴィラン)は当然のように現れ、尊い命を奪われる人々は後を絶たなかった。そのため、単なる事故や自殺だけでなく(ヴィラン)が起こす事件によって親を奪われ孤児となる子供も多く発生しており、ちょっとした社会問題になっていた。

 (ヴィラン)被害にあった子供たちは周囲の目や(ヴィラン)に対する反応が普通の孤児たちに比べて非常に敏感であると、昔テレビで言っていたことを思い出す。

 緘口令を出して情報漏洩をこれだけ完璧に防いでいたのだ、恐らく五年前に事件に巻き込まれた孤児院も、そういった子供たちが多く保護されている場所だったのだろう。

 と、いうことは……。

 

「じゃ、じゃあ、もしかして……、セフィロス君は親を(ヴィラン)に……?」

 

 先ほどもあったように(ヴィラン)被害にあった子供たちはあらゆる部分において敏感である傾向が強い。そのため、(ヴィラン)被害にあった子供たちは一つ処に集められ、彼らを対象とした専用の施設に保護される場合が殆どだった。事故や自殺などで親を失った子供たちと同じ場所で保護するというのは滅多に聞かない。

 しかし緑谷の予想に反して、オールマイトは神妙な表情を浮かべながらも首を横に振ってきた。

 

「いや、セフィロス君は(ヴィラン)被害者ではないよ。……とはいっても、少し特殊と言えば特殊なんだが……」

 

 オールマイトは少し躊躇うような素振りを見せた後、すぐに何かを思い直したように真っ直ぐに緑谷を見つめて口を開いた。

 

「……これはあまり口外しないでほしいんだけど……、………セフィロス君は“無個性”だと思われて親に捨てられた子供なんだ……」

「……えっ……!?」

 

 言われた言葉の意味が分からず、心も理解することを反射的に拒否する。しかし頭蓋の奥に納まっている脳は持ち主の心そっちのけで言われた言葉を分析し、否が応にもその意味を緑谷に知らしめてきた。

 瞬間、湧き上がってきたこの感情が何であるのか、緑谷自身にも分からない。

 ただ胸が苦しくて、呼吸が不規則になるほどひどく息苦しくなった。

 

「セフィロス君の元々の親は有名な科学者だったらしくてね……、常に世間からの目や耳があり、少しの醜態や気の緩みが今後の人生に大きな影響を与えてしまうほど注目されている人たちだったらしい。セフィロス君は五歳になっても“個性”が出現せず、ご両親は世間の目を気にしてセフィロス君を孤児院に捨ててしまったんだそうだ」

「そんな! で、でも……、子供を捨てるだなんて、それこそ世間に非難されるんじゃ……」

「それが、ご両親は“個性”が出現してからセフィロス君を世間に出そうと考えていたらしくてね。幸か不幸か、セフィロス君の存在はずっと周囲から隠されていたんだよ。……だから、彼らはこれを幸いとでも思ったのかもしれないね」

「……そんな………」

 

 あまりのことに思わず言葉を失う。しかし同時にある疑問が脳裏に浮かび上がった。

 先ほどの話が本当ならば、セフィロスは緑谷と同じ“無個性”ということになる。しかし、それでは先ほど起こったことについて説明がつかなかった。セフィロスが冷蔵庫を蹴り飛ばした後、彼本人が言っていたはずだ、『俺は今“個性”を使ってはいないが……――』と。

 一体どういうことだ…と思わず首を捻る中、オールマイトも同じところに思考が行きついたのだろう、骸骨のような痩せこけた顔に苦笑めいた表情を浮かべてきた。

 

「……ああ、少年が気付いた通り、今のセフィロス君にはきちんと“個性”がある」

「えっと、それじゃあ……セフィロス君も誰かから“個性”を貰ったってことですか?」

「いいや、彼が持つ“個性”は彼自身のものだ。……ただ、発生する時期が遅かった……、それだけだよ。セフィロス君本人の話によると、七歳になった頃に自然と出現したらしい」

 

 苦笑を深めて何とも言えない表情を浮かべる男に、緑谷は咄嗟に口を開きかけ、しかし声として出す前にそれを喉の奥へと呑み込んだ。

 “個性”が出現したのなら、何故本当の両親にそれを知らせて帰ろうとしなかったのか……。

 咄嗟にそう聞きそうになり、しかしよくよく考えてみれば、それも当然のことであると思い至った。

 “個性”が出現して、それを両親に伝えることができ、なおかつ両親がそれに喜んで迎えに来たのだとして、果たして誰が自分を捨てた人間の元に再び戻りたいと思うだろうか。

 親に愛された過去があり、親をひどく恋しがる幼い子供であったならそれもあり得たのかもしれない。しかし緑谷が感じた印象的に、セフィロスという少年はとても大人びた雰囲気を持っており、いくら七歳という幼い子供であったとしても自分を捨てた親を恋しがるような人物には思えなかった。

 

「セフィロス君を始めて見た時、私は彼に大いなる可能性を感じたんだ! だからこそ彼を養子に迎えようと決心したのさ! ……まぁ、セフィロス君本人には何度も断られて、実際に養子に迎えられるまでに一年もかかっちゃったんだけどね」

「い、一年も……!? それもオールマイトの子供になることを断るだなんて、僕には考えられません!!」

「あはは、ありがとう、少年」

 

 男は軽く笑ってはいるが、オールマイトの熱烈的なファンである緑谷にとってはとんでもない一大事だった。

 緑谷に限らず、オールマイトのファンであれば誰でも彼の子供になりたいと思うだろう。彼からの誘いを断るなど考えられない。

 一体全体何故断るという選択肢が出るのかと頭を悩ませ、ふと一つの可能性に思い至った。

 

「……もしかして、引き取る当初はセフィロス君はオールマイトのことをオールマイトだと気づいていなかったとか……?」

「いや、普通にセフィロス君は私がオールマイトであることを知っていたよ。というか、セフィロス君に初めて会った当時はまだ普通の姿も“マッスルフォーム”と同じ感じだったしね」

「っ!!」

 

 またもやあっけらかんとした口調で投下された爆弾に、緑谷は大きな衝撃を受けた。

 男の言葉が本当であるなら、正にヒーロー・オールマイトがキラッと白い歯を輝かせながら『私の息子にならないかい?』と大きな手を差し出している光景が脳裏に鮮やかに浮かび上がってくる。

 何それ羨まし過ぎる……っ!!

 緑谷は自分の想像した光景に大ダメージを受け、思わず内心でセフィロスに対して羨望の声を上げた。これを断るなんて本当に信じられない。

 それとも、セフィロスというあの少年はヒーローに一切興味がないのだろうか……。

 

「あの……、セフィロス君は僕と同い年なんですよね? えっと、セフィロス君は雄英高校の入試は受けるんですか?」

「Yes! 受けてくれるって!」

「……それじゃあ、ヒーローに興味がないわけじゃないのか……」

「いや、実は彼はヒーローには全く興味がないんだ。雄英高校の入試を受けるのも、私が必死に説得したから仕方なくだろうし……」

「え? そう、なんですか……?」

 

 雄英高校は偏差値がトップクラスの最難関高校だ。仕方なく受けるようなレベルの高校ではない気がするが…と頭を悩ませながら、しかし緑谷は気持ちを切り替えてグッと拳を強く握りしめた。

 血は繋がっていないとはいえ、オールマイトの息子が自分と同じく雄英高校を受験すると聞いて、胸に熱い何かが込み上げてくる。

 同時に、セフィロスから向けられた冷たい視線と言葉が再び頭に蘇ってきた。

 ヒーローになりたいという気持ちは今も変わってはいない。

 オールマイトのようなヒーローになりたい。自分のことを認めてくれたオールマイトに後悔はさせたくない。

 この感情は今も同じ熱量で胸の内で爛々と燃え上がっている。

 しかし今はそれに加えてもう一つの思いが強く胸の内に湧き上がってきていた。

 

「オールマイト、鍛錬を始めましょう! ご指導、よろしくお願いしますっ!!」

 

 緑谷は大きな双眸に強い意志を宿らせると、目の前の男に深々と頭を下げた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ジュゥゥ…と肉が焼ける音がキッチンに広がる。

 俺は薄力粉を軽くまぶした肉がフライパンにくっつかないように軽く揺すると、そのままフライパンをIHコンロの上に降ろして包丁を手に取った。まな板の上に載せた野菜を手に持ち、一口大に斜めにぶつ切りにしていく。根野菜は熱が通るのが遅いから一度軽く水を含ませて耐熱容器に入れて電子レンジに放り込み、一度フライパンの中の肉をひっくり返してからまな板に向き直ってキャベツを細かく千切りにしていった。

 今夜の献立は白飯と生姜焼きと根野菜の煮物。

 千切りにしたキャベツを平皿の外側部分に盛り付けると、次はタレ作りに移る。その際電子レンジがチンッと軽い音を鳴らしてくるが、今はそちらに手を伸ばす余裕はなかった。

 冷蔵庫から引っ張り出したのは摩り下ろした生姜と醤油と砂糖と酒。

 それぞれ分量を量ってボウルに入れ、箸を使って手際よく混ぜていく。左手の小指を軽くタレにつけると、そのまま口へ移動させて小指を濡らすタレを舐め取った。

 う~ん、個人的にはもう少し生姜を効かせた方が良いけど、これ以上味を濃くしたら胃に負担がかかるかもしれないしな~……。仕方ない、このくらいにしておくか。

 肉の状態を確認すれば、丁度良い焼き加減。

 ボウルの中のタレを一気にフライパンの中に流し入れると、フライパンを軽く揺すりながら肉にタレを絡ませていった。タレが熱せられたフライパンによってジュゥゥッと音をたて、熱が加わったことで一気に食欲を誘う香ばしい香りが漂ってくる。

 生姜の良い匂いに満足すると、俺はIHコンロの火力を下げてフライパンを置くと、そこで漸く電子レンジへと手を伸ばした。鍋を出して温めた根野菜を全てぶち込み、ダシの素と醤油と砂糖とみりんと酒を順に入れていく。

 最後に落し蓋をして一息ついたところで玄関から大きな物音が聞こえてきた。

 ドアが開き、一拍後に閉まる音。続いて一人分の足音が徐々に近づいてくるのを聞きながら、俺はフライパンをIHコンロから離して中に入っている肉を皿へと移し入れた。リビングの扉が開く音が聞こえてくるもそちらには目もくれず、フライパンを傾けて中に残っているタレも皿の上に垂れ入れる。

 そこで漸く顔を上げれば、丁度リビングに入ってきた男とバッチリと目が合った。

 

「ただいま、セフィロス君」

「………おかえり……」

「えっ!?」

 

 帰宅の挨拶から数十秒後、少しの間を空けて言葉を返せば、途端に男から驚愕の表情と声を向けられる。その大きすぎる反応に、驚愕の理由は理解できるものの釈然としない思いが込み上げてきた。

 確かに俺は今までこういった挨拶に対してきちんと返事をしてこなかった。というのも、原作の“セフィロス”が誰かの挨拶に返事をする姿がなかなか想像できず、“セフィロス”のイメージを崩すような言動をとりたくなかったのだ。

 しかし、そんな自分が今何の予兆もなく挨拶に返事を返した。誰がどう考えても、相手が驚くのは無理もないことだろう。

 普段共に住んでいる者であれば、尚のこと……。

 

「セ、セフィロス君!? どうかしたの? 何かあったのかい??」

 

 予想通りというべきか、案の定というべきか、男は何かあったのかと問いかけてくる。しかし男の心配に反して別段何かがあったわけではなく、ただ少しだけ今後について考えを巡らせただけだった。

 俺はこの世界に転生してから四年後……つまり四歳の頃にこの人格を目覚めさせた。それからはずっと、この姿と名に恥じない言動をしていこうと心がけてきた。つまり……、いうなればずっと『セフィロス・ロールプレイ』をしていたわけだ。ただ正直に言うと、俺は未だにちゃんとしたイメージを持てずにいた。

 原作のモノホンの“セフィロス”には、大きく分けて二つのイメージがある。

 一つは、言うなればラスボスになる前の“英雄・セフィロス”。そしてもう一つは、原作無印以降の“ラスボス・セフィロス”だ。

 どちらも非常に格好よく魅力的ではあるのだが、いかんせんどちらも正反対な部分が多くあり、またどちらも子供の外見では違和感ありまくりなイメージ(性格)をしていた。そのため、俺はこの人格が目覚めた四歳の頃から今までの十一年間、ずっと“英雄・セフィロス”と“ラスボス・セフィロス”の中間あたりの言動を続けていたのだ。

 しかし、ずっとこのままと言う訳にはいかなくなった。

 なんせ、あのヒーロー育成高校である雄英高等学校のヒーロー科に入学することになったのだ、こんなあやふやな状態でずっといるわけにはいかない。ということで、俺はこれからは二つの中間という曖昧なものではなく、“英雄・セフィロス”のイメージの言動を取っていくことに決めたのだ。

 

「……別にどうもしていない。雄英高校に入学するのであれば、これからはそれなりの言動を心がけるべきだと考えただけだ」

「な、なるほど……。というか、雄英高校の偏差値は79で倍率も例年300を超えるのに、入試に合格するのは当然なんだね……」

「なんだ、当たり前だろう」

 

 男からどこか呆れたような言葉を投げかけられるが、俺からしてみれば逆に『何を当然のことを言っているんだ』という心境だ。それだけ、先ほどの男の言葉は俺にとっては愚見でしかなかった。

 俺が“セフィロス”であるのは、この容姿だけではない。身体能力は勿論のこと、頭の出来も“セフィロス・スペック”なのだ。

 つまり、自分で言うのもなんだが俺は滅茶苦茶頭が良い。

 大抵のことは一度聞いただけで、一度見ただけで頭に記憶されて理解できる。この“セフィロス・スペック”のおかげで、俺は勉強の復習などしなくても試験の点はいつも満点が取れていた。改めて“セフィロス”恐るべし、である。

 まぁ、それは兎も角として、“セフィロス”である以上、ワザと手を抜かない限り雄英高校の入試で不合格になることはまずないだろう。そして俺がセフィロスである以上、ワザと手を抜くなんて原作の“セフィロス”に申し訳ないことを出来るはずがない。

 よって、俺は雄英高校に合格して通うことになるだろう。

 ならば、それ相応の言動を取っていかなければ、やはり原作の“セフィロス”に申し訳なかった。

 しかしそんな俺の裏事情など知るはずもなく、目の前の男は純粋に俺の変化に喜び感動しているようだった。

 

「……いや、嬉しいな。セフィロス君はそういう子なんだって思ってはいたんだけど、やっぱり返事してもらえるのは嬉しいものだね」

 

 うん、正直すまんかった。俺も本音はずっと返事したかったんだけどね。原作の“セフィロス”のイメージを崩したくなかったんだよ、許してくれ。これからは“英雄・セフィロス”のイメージでいくから、少しは気さくにできるんじゃないかな!

 養父の言葉に心の中でひたすら謝罪しながら、俺は生姜焼きとキャベツの千切りが載った二つの皿を手に取る。リビングのテーブルの上にそれぞれ置きながら、改めて男を見上げた。

 

「……それで、また出かけるのか?」

「あ、ああ、……夕飯を食べ終えたらまた出かけるよ」

「そうか」

「……緑谷少年、必死に頑張ってるよ」

「……………………」

 

 男の言葉に、緑谷出久という少年と初めて顔を合わせた時のことを思い出す。

 オールマイトに認められたと浮かれていた、貧相な身体つきの少年。

 あれから一度も会わずに7カ月ほど経つが、どうやらあの子供は諦めずに肉体作りに励んでいるらしい。

 

「この前、少年が僕が考えたプランを守らずにオーバーワークしていたことに気が付いたんだけど……」

「……ああ、『目指せ合格アメリカンドリーム・プラン』とかいう奴か」

 

 言われて、そういえば7カ月ほど前にこの男が必死に頭をこねくり回しながらプランだてをしていたことを思い出す。あのヒョロヒョロな体型を短期間で何とかしようと随分と悩んでいたようだったが、どうやら当の少年がそのプランを破っていたらしい。

 しかし、破られた本人は怒るでもなく何故か嬉しそうな笑顔を浮かべていて、俺にはどうにもそれが解せなかった。しかも、心なしかその笑顔の矛先が自分にも向けられているように思えてならない……。

 

「………なんだ……」

「いや、オーバーワークをしていたことを注意したんだけどね、その時、緑谷少年がなんて言ったと思う? “オールマイトみたいなヒーローになりたいんだ”って言ったんだよ」

 

 まるで嬉しくて仕方がないようにニコニコとした笑みを浮かべてくる。

 だがなるほど、つまりこの男は『あの少年は遥か未来を見据えて頑張っているのだ』と俺に伝えたいらしい。

 『努力できることは、それ自体が才能である』とは誰の言葉だったか……。

 思わず前世での世界に思いを馳せる中、不意に男の表情が少し変化したことに気が付いて反射的に思考を引き戻した。

 

「それから、『セフィロス君に認めてもらいたいんだ』とも言っていたよ」

「……………………」

 

 続けてかけられた言葉に、だが俺はそれには無言で返した。

 恐らく目の前の男は、俺にも緑谷という少年を認めてもらいたいと思っているのだろう。そしてできるなら、力になってやってほしいとも思っているのかもしれない。

 しかし認めるかどうかは実際に今の少年の姿を見てみないと何とも言えないし、例えその努力を俺が認めたとしても、その少年に力を貸してやるかどうかはまた別問題だった。力の貸し方にもよるし、第一緑谷自身も自分と同い年の子供にあれこれ口を出されたくはないだろう。

 ここは一つ、何か具体的なことを言われる前に話を終わらせてしまおう。

 

「……認める認めないはさて置き、まずは雄英に入学できるかどうかが問題だろう」

「ま、まぁ、それはそうなんだけど……」

「なら早く行ってやれ。さっさと夕飯にするぞ」

 

 まだ何か言いたそうにしている男を無視して、俺はさっさと踵を返してキッチンへ向かう。男が後ろをついてくる気配が伝わってくるが、それも今は無視だ。

 鍋に歩み寄って落し蓋を取れば、中では根野菜がぐつぐつと煮えて食欲をそそる香りを漂わせている。

 俺はその香りを楽しみながら器にそれらをよそうと、未だすぐ後ろにいる男へと問答無用で器を手渡した。

 

 

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