偽りの英雄のヒーローアカデミア   作:ひよこ饅頭

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最後の更新から2年以上が経ってしまった……。
長くお待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした……(土下座)
そしていつもより内容が短い……っ!!
話が進まない……orz


第5話 出会い

 灰色のブレザーに赤色のネクタイ。ズボンは黒に近い紺色で、どれもが新品でピシッと糊が効いている。

 緑谷は早朝家を出る前に母親から言われた言葉を頭の中で反芻させながら、浮き立つ感情そのままに表情筋をだらしなく緩ませていた。

 今自分が着ているのは、憧れ続けたあの雄英高校の制服。そして家を出る間際、制服を着た自分の姿を見つめて『かっこいいよ』と嬉しそうに言ってくれた母の笑顔が頭に浮かび、一気に気分が高揚する。

 一年ほど前までは欠片も想像すらできなかった現在に、緑谷は嬉しさを噛み締めながらこれからの高校生活に胸を躍らせていた。

 

 緑谷はヒーロー“オールマイト”に後継者と定められ、彼の元で身体を鍛え、“個性”を与えられ、雄英高校の一般入試試験を受けてなんとか合格するに至った。

 幼い頃からヒーロー“オールマイト”に憧れ、自身もヒーローになることを夢見て、しかし自分には“個性”がないことを知ってずっと悶々とした感情を抱いていた。

 しかし今では憧れの存在に導かれ、やっと夢のスタート地点に立つことができたのだ。全てはこれからであることは重々承知しているが、どうしても浮き立つ感情を抑えることができなかった。

 緑谷の自宅から雄英高校までは電車での移動であるためある程度時間がかかる。その間にできるだけ気持ちを落ち着かせようと思うも、結局は高校の門に辿り着いた今でも一切落ち着くことはなかった。

 しかし本当にいつまでも浮かれている訳にはいかない。その最もたる原因の顔が二つ頭に浮かび、緑谷は思わずゴクッと大きく生唾を呑み込んだ。

 頭に浮かんでいるのは、一つは幼馴染のものであり、もう一つは実技試験の時に出会った眼鏡の少年のもの。どちらも怖いイメージしかなく、――眼鏡の少年に関しては受験に受かったのかも分からないが――同じクラスになることだけは避けたかった。

 何はともあれ校内へと入り、目的の教室に向かう。

 校内はどこもとても広く、綺麗で、ここが学校だとは思えないほどだった。辿り着いた目的の教室のドアも大きく、見上げるほどに高い。これは一人の力で開けられるんだろうか……と少し心配になってくるほどだ。しかし耳を澄ませてみれば確かに扉越しに小さく多数の話し声が聞こえてきて、緑谷は湧き上がってきた緊張そのままにゴクッと大きく生唾を呑み込んだ。うるさく鳴り響く自身の鼓動を感じながら、手汗をかいて小刻みに震える手をゆっくりとドアに伸ばす。怖い人がいませんように……と心の中で願いながら、そっと開いた扉の隙間から恐る恐る中を覗き込んだ。

 瞬間、目に飛び込んできた“それ”に緑谷は速攻で気が遠くなった。

 

「――……机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ! てめー、どこ中だよ、端役が!」

 

(ツー)トップッ!!)

 

 緑谷の目に飛び込んできたのは正に危惧していた二人の人物が対峙している光景。幼馴染が机に足を乗せ、それについて眼鏡の少年が説教をしている。

 まさか自分が恐れる人物No1とNo2が同じクラスであることを知り、緑谷は早くも家に帰りたくなってしまった。さらば、僕の平和な高校生活……と心の中で哀愁漂うメロディーが流れ始める。

 しかし幸か不幸か、それは長くは続かなかった。

 

「………どいてくれ」

「……え……?」

 

 突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず後ろを振り返る。

 瞬間、自分の後ろに立つ人物と目が合い、緑谷は大きな緑色の瞳を更に大きく見開かせた。

 

「……あっ、セ、セフィロス君!?」

「……ああ、緑谷出久か。……とりあえず、無事に合格できたようで何よりだ」

「う、うん、セフィロス君も……」

 

 後ろに立っていたのは、また会いたいとずっと思っていた少年。海浜公園で初めて出会い、その時に厳しい言葉を言われ、それからは全く会うことがなかった人物。実は試験当日も密かに彼がいないか探していたのだが、残念ながらその時は姿さえ見つけることができなかった。

 しかし今彼がここにいるということは、彼も無事に試験に合格して入学したということなのだろう。

 そして何より、道を空けるように言ってきたということは、彼も自分と同じクラスなのではないだろうか。

 

「あっ、えっと……セ、セフィロス君も、1-A?」

「ああ」

 

 勇気を振り絞って尋ねた問いかけに返ってきたのは、どこまでも感情がこもっていない平坦な声。

 しかし緑谷は、肯定された事実に大きな歓喜を湧き上がらせた。

 養子とはいえオールマイトの子供であり、現在自分のことを認めてもらいたい人物の内の一人である彼が同じクラスであることが単純に嬉しかった。思わず頬の筋肉が緩み、だらしない表情を浮かべてしまう。

 目の前のセフィロスが無表情のまま小さく首を捻る中、不意に二つの声が緑谷の鼓膜を勢い良く打った。

 

「――……君は、あの時の少年っ!!」

「――……あーっ! やっぱり、いたぁーーっ!!」

「っ!!?」

 

 一つは聞き覚えのあるものだが、もう一つは全く聞き覚えのないもの。

 一体何事かと反射的にそちらを振り返れば、先ほど幼馴染と言い争っていた眼鏡の少年ともう一人、こちらは赤毛を逆立てた少年がこちらに駆けてきていた。眼鏡の少年は赤毛の少年の大きな声と行動に、思わず赤毛の少年を驚愕の表情で見つめながらこちらに向かおうとしていた動きを止める。しかし赤毛の少年は眼鏡の少年や緑谷には目もくれず、一直線にセフィロスの前まで駆け寄っていった。

 

「やっぱり合格してたんだな! また会えて良かった! あっ、もしかしたら覚えてないかもしれねーけど、俺、実技試験の時に一緒の試験会場にいて……!!」

「………。……ああ、あの時の……。……しかし、確かお前の髪は実技試験の時は黒色だったと思うが……」

「っ!! そうっ、そうなんだ! 入学を機に心機一転で髪染めたんだよ! ……っと、悪い、自己紹介がまだだったな」

 

 暫くのマシンガントークの後に漸く我に返ったのか、赤毛の少年は無意識に乗り出していた身体を慌てて元に戻す。一つゴホンッとワザとらしく咳払いすると、次には人好きするような満面の笑みを浮かべた。

 

「俺の名前は切島鋭児郎。えっと、同じクラスなんだよな? これからよろしく!」

 

 満面の笑みはそのままに、切島と名乗った少年がセフィロスへと右手を差し出す。誰がどう見ても握手を求めているその行動に、しかしセフィロスは少し不思議そうに小さく首を傾げた。

 長い白銀の髪がサラッと揺れ、頭の動きに従って肩から滑り流れる。

 セフィロスは暫く自身に差し出されている手を見つめた後、徐に自身の手を伸ばしてそっと切島の手を握り締めた。

 

「……八木セフィロスだ」

 

 セフィロスが口にしたのはそれのみ。

 不愛想にしか思えないその返答に、しかし切島はニカッと笑顔を弾けさせた。繋がった白い手に更にもう片方の自分の手を重ねて握り込む。

 まるでテンションが上がってはしゃぐ子供のようにブンッブンッと繋いだ手を激しく振る切島に、緑谷は戸惑いと共に目の前のセフィロスと切島を交互に見つめた。

 その視線に気が付いたのか、不意に切島の赤い眼がこちらに向けられてドキッと心臓が跳ねる。思わず視線が右往左往する中、突然再び背後から新たな声が響いてきた。

 

「――……あっ、そのモサモサ頭は……地味めの……!」

 

 驚いて振り返ってみれば、そこには実技試験の時に同じ試験会場にいた少女がホッとしたような笑みを浮かべながら立っていた。自分が無事に試験に受かったことを純粋に喜んでくれている少女の様子に、その優しさと可愛らしさにムズムズとした羞恥にも似た感情が湧き上がってきて顔は勿論のこと全身が熱くなる。恐らく全身が真っ赤になってしまっているだろうことが分かる。

 しかし幸か不幸か少女はこちらの様子に気が付いていないようで、まるで仲のいい友人に接するようになかなかに近い距離で親しげに話しかけてきた。

 

「今日って式とかガイダンスだけかな?」

「うっ、えっと……その……」

「先生ってどんな人だろうね。緊張するよね」

「そっ、そそそそそそう、だね……!」

「……ん……?」

「……? ……ど、どうしたの、セフィロスく……――」

 

「――……お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

「「「っ!!」」」

 

 不意に隣に立っているセフィロスが何かに気が付いたような素振りを見せ、それに気が付いて咄嗟に声をかけようとする。しかし問いの言葉は最後まで紡がれることなく、その前に今まで聞いたことのない低い男の声が聞こえてきて、緑谷は思わず開いていた口を閉ざした。少女も男の声に反応して緑谷と一緒に扉の外の地面へと視線を向ける。

 瞬間、中年の男が何故か寝袋に包まった状態で地面に横たわっているのが目に飛び込んできて度肝を抜かれた。

 これはどう見ても変質者だ。

 突然のことに誰もが動きを止めてこの場が静まり返る中、男は寝袋から出てきて立ち上がると、あろうことか自分がこのクラスの担任であると言い出した。

 この雄英高校に在籍している教師たちは全員が元ヒーローだ。クラスの担任で教師であるというのなら、この男も元々はヒーローだったのだろう。しかしこれまで多くのヒーローを調べ研究し記録してきた緑谷は、この男の姿に全く覚えがなかった。

 思わず困惑の視線を向ける緑谷や他のクラスメイト達に、しかし男は少しも気にした素振りすら見せずに自分が入っていた寝袋から体操着を取り出した。

 

「早速だが、体操服(これ)着てグラウンドに出ろ」

 

 有無を言わせぬ強い声音で指示する男に、緑谷は勿論のこと他のクラスメイト達も『入学式はグラウンドでするんだろうか……』と思いながら慌てて着替えるべく動き出す。

 誰もが自分の荷物を漁る中、ただ一人セフィロスだけが男に歩み寄って声をかけた。

 

「先生、一つだけよろしいでしょうか」

「……お前は…、八木セフィロスだな。どうした、さっさと準備をしろ」

「準備はこれから早急に行います。その前に一つだけ。……これからは先ほどのような行動は慎んだ方が良いかと思います。先ほどのように女子生徒の後ろの床に転がった状態で登場すれば、悪くすれば“教師が女子生徒の下着をのぞいた”と問題になりかねません」

「ひぇっ!?」

 

 セフィロスと男の会話が聞こえたのだろう、先ほど男の前に立っていた少女が頬を真っ赤に染めて反射的にお尻部分のスカートを両手で押さえる。

 ぴょんッと飛び退って男と距離を取る少女に、男は初めて気まずそうな表情を浮かべた。

 

「……あー、それは悪かった。心配しなくても下着は見えてなかったから安心しろ」

 

 どこかフォローするような男の言葉に、少女は未だ真っ赤になってスカートを両手で押さえた状態ながらもコクコクと何度も首を縦に振る。

 ものすごく気まずい空気が教室内に漂う中、誰のものかも分からないため息の音が響いて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体操着に着替えてグラウンドに出た1-Aのメンバーに待っていたのは、個性をフルに使って行う体力テストだった。

 中学校の保健・体育の授業でもあったであろう体力テストは、しかし各々の個性については使うことを禁止して行われていた。しかしそれでは個性を使っての現在の自身の限界を把握することはできない。個性を含めての今の自分の限界を知らないというのは、ヒーローにとっては致命的だ。ヒーローになるのなら、入学式やガイダンスといった行事に出る時間的余裕は存在しない。

 体力テストは『ソフトボール投げ』『立ち幅跳び』『50m走』『持久走』『握力』『反復横跳び』『上体起こし』『長座体前屈』の八種目。

 総合成績が最下位の者は除籍処分にすると言い渡したためか、生徒たちは死に物狂いで各種目に取り組んでいた。各々、己の個性を時に工夫しながら最下位にならないように努力していた。

 まぁ、除籍処分というのは口からの出まかせで嘘だったのだが、この言葉のおかげで生徒たちは今の自分たちの限界を知ることができただろう。

 

(……いや、個性を一回しか使わなかった奴と、まったく使わなかった奴がいたか。)

 

 このクラスの担任教師となった男……相澤消太は生徒たちの数値を記録した用紙を眺めながら二人の男子生徒に視線を移した。

 個性を一回しか使わなかったのは、もじゃもじゃ頭に気弱そうな態度が目立つ男子生徒、緑谷出久。

 そして個性を一度も使わなかったのは、白銀の長い髪を背に流し人形のような整った容姿を持つ男子生徒、八木セフィロス。

 どちらもまったく個性を使っている様子がなく体力テストを受けていたが、二人の結果は真逆だった。

 緑谷出久は個性を使った『ソフトボール投げ』以外の七種目全てが最下位。一方八木セフィロスの方は『握力』と『ソフトボール投げ』以外の六種目全てが一位だった。

 『握力』は障子目蔵に次いで第二位。『ソフトボール投げ』は、最初は最上位の麗日お茶子と同じく数値が“(無限)”で同一一位だったが、数十分後に投げたボールが(そら)から戻ってきたため最終的に二位となっていた。

 全種目の総合得点での順位は、当然八木セフィロスが最上位である一位。個性を最大限使っているメンバーの中で個性を使わずどうやってこの結果をたたき出したというのか……。そのずば抜けた身体能力に、実際にこの目で見ている相澤自身ですら未だ信じられない心境だった。

 しかし、いくら結果の数字が良くても『“個性”での限界を知る』という第一の目的を達成できていない以上、このままにしておくわけにはいかない。

 相澤は自身の武器である捕縛布で拘束していた爆豪勝己を解放すると――何やら緑谷出久と因縁があるらしく、緑谷が『ソフトボール投げ』で“個性”を発動した時に暴れたため拘束したのだ――、生徒たちに後片付けを指示してセフィロスを呼んだ。

 丁度ストップウォッチなどの小物系を片付けようとしていたセフィロスがこちらを振り返り、無表情のままこちらに歩み寄ってくる。

 相澤は目の前まで来た人形のような少年を見下ろすと、生徒の体力テストの結果が記載されている紙と、それをまとめているクリップボードをヒラヒラと振ってみせた。

 

「八木、何故“個性”を使わなかった? 俺は“個性”を使って体力テストを行うように指示したはずだぞ」

 

 学校に提出された生徒情報によると、この八木セフィロスという少年が持っている“個性”は『具現化(マテリアリゼーション)』。自身の体力と引き換えに、イメージしたものを創造することができるという能力。

 この“個性”を使えば、いくらでももっと上手いやり様はあったはずだ。

 意図的に“個性”を使わなかったのか、はたまた上手い活用方法が思い浮かばなかっただけなのか……どちらにせよ今後のことを考えれば注意深い指導が必要になってくるだろう。

 友人にも『不気味だ』『威圧感がすごい』と言われたことのある眼でじっと見下ろす相澤に、しかしセフィロスは一切動じる様子もなく無機質な翡翠色の瞳を真っ直ぐにこちらに向けてきた。

 

「申し訳ありません。しかし今回行ったのは体力テスト。そして俺の“個性”は発動すれば体力を消耗します。なら“個性”を発動させるよりも、体力をコントロールしながらテストを受けた方が良いだろうと判断しました」

 

 そして返されたのは淡々とした声音と理路整然とした言葉で、相澤は思わず言葉を失って黙り込んだ。未だ十五歳の少年でしかないというのに、この思考回路や口調や落ち着きようは何だというのか。まるで大人と……それも経験をそれなりに積んだ大人と話しているような感覚に、相澤は顰めそうになる表情筋を何とか抑えながら一つ頷いて返した。

 

「……そうか。だが今回は“個性”を含めた己の限界を知るためのテストだった。お前の判断は正しいだろうが、第一の目的を考えれば不合格だ。これからは、何が一番の目的であるのか……裏の意図なども考えながら判断しろ」

「……分かりました……」

 

 こちらの指示に一切反論することなく大人しく頷いてくるセフィロスに、本当に男子高校生かとツッコみたくなる。

 まるで感情のない人形のようなセフィロスの様子にだんだん心配になってきながら、しかし相澤は一切そういった感情は面に出さずに片付けに戻っていいと言葉をかけた。

 セフィロスは何も言わずに一度小さく頭を下げると、さっさと踵を返して未だ片付けをしている生徒たちの下へ歩み寄っていく。

 だんだん遠ざかっていく小さな背を暫く見つめた後、相澤もまた小さなため息と共に踵を返した。グラウンドを出て真っ直ぐに職員室に向かう。

 しかしその道中、大きな影が目の前に現れたことで相澤は咄嗟に足を止めた。

 

「相澤くんのウソつき!」

 

 相澤の目の前に現れたのは、パッツパツのスーツに身を包んだオールマイト。

 高身長で体格も大きなオールマイトは目の前に立つだけでも相当な圧迫感がある。

 オールマイトは上等でいて伸縮性はあまりないスーツの布の中で太い腕を折り曲げながら、右手の人差し指をビシッとこちらに向けてきた。

 

「『合理的虚偽』って!! エイプリルフールは一週間前に終わってるぜ!」

 

 冗談めかしく指摘され、思わずイラっとして黙り込む。しかしピクリとも表情を動かさなかったためか、こちらのちょっとした苛立ちは相手には伝わらなかったようだ。オールマイトは先ほどまでの高いテンションを落ち着かせると、指を突き付けたまま言葉を続けてきた。

 

「君は去年の一年生……一クラス全員除籍処分にしている。『見込みゼロ』と判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回っ! それってさ! 君も緑谷君(あの子)に可能性を感じたからだろう!?」

「……。……君も? 随分と肩入れしてるんですね……? 先生としてどうなんですか、それは……」

 

 瞬間、オールマイトの大きな両肩がギクッとばかりに小さく跳ねる。

 恐らく図星をつかれたのだろうその反応に、一気に男に向ける視線が冷めたものになった。

 先ほども言ったが、それは一教師としてどうなんだ……。

 教師としての心積もりや在り方について言いたいことが山のように頭に浮かぶも、しかし今はそれよりも言いたいことがあることを思い出して相澤は誠に遺憾ながらもそちらを優先することにした。

 

「“ゼロ”ではなかった、それだけです。見込みがない者はいつでも切り捨てます。半端な夢を追わせることほど残酷なものはない」

「……………………」

「それよりも、あの八木セフィロス……でしたか、あの子供はどうなんですか?」

「セフィロス君? どう、とは……?」

 

 相澤が何を言っているのか思い当たらないのか、オールマイトは先ほどとは打って変わってキョトンとした表情を浮かべて小さく首すら傾げている。

 しかし相澤からすれば、それこそが問題な様な気がした。

 

「先ほど少し話しましたが、まったく子供らしくない……まるで冷静な大人と話しているような感覚でした」

「……………………」

「確かに子供らしくない子供はいるでしょう。だが、八木の場合はそれとも違う。一体どんな育て方をしているんです?」

 

 まさか相澤からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだろう、オールマイトは困惑したように『どんな育て方と言われても……』と言葉を濁して考え込んでいる。

 暫く無言の時間が過ぎた後、何をどう考えたのか、オールマイトは先ほどとは打って変わって明るい満面の笑みを浮かべてきた。

 

「確かにセフィロス君は少々子供らしくない部分はあるけど、でもとても素直で良い子なんだよ。今回雄英高校に入学したことで、ヒーローを志す同年代の子供たちとの交流も増えるだろう。彼はとても聡い子だから、きっと今の環境が彼に良い影響を与えてくれることを信じているよ!」

「………子供たちや環境に任せるだけでなく、あなたもきちんと教育してください」

「うっ、わ、分かっているよ。頑張るとも!」

 

 きちんと釘を刺せば、オールマイトは再びビクッと両肩を跳ねさせながらも何度も頷いてくる。

 少々頼りなさは感じるものの、一気に色々言っても何にもならないだろう。逆に相手を混乱させて面倒なことにもなりかねない。

 相澤は一つ大きなため息を吐くと、今回はこのくらいにしてさっさとこの場を後にすることにした。

 職員室に向かう自身の背にオールマイトの視線が突き刺さっているような気がしたが、相澤はそれを無視して振り返ることはしなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 美しい朱金色に染まる夕方頃……――

 雄英高校での一日を無事に終えた子供たちがワイワイと楽しく会話をしながらそれぞれ帰路についている。

 賑わいを見せる学校の通学路で、幾つもの小さなグループを作って会話しながら歩く子供たちの間を縫って、一人誰とも連れ立つことなく歩く子供がいた。

 長い白銀の髪や白皙の肌を夕日色に彩らせ、自身に集まる多くの視線をものともせずに歩を進めるのは、今日から雄英高校に通うことになったセフィロス。

 周りにいる子供たちはこの後学校から出された宿題に取り組んだり、或いは自分の趣味や楽しみの時間を過ごしたり、中には家には帰らずに友人と一緒にちょっとした遊びの時間を過ごすのかもしれない。しかしセフィロスにはこれから買い物と夕食づくり、その後にも他の家事や宿題といった作業も待っている。彼の頭には友人を作るということも“遊びたい”といった欲求も欠片もなく、ただ『今夜の献立は何にすべきか……』という献立のレシピのみが目まぐるしく浮かんでは消えるを繰り返していた。

 まずは最寄りのスーパーに寄ろうと、住宅や人通りの少ない閑散とした道を選んで進む。

 しかしそんな彼の視界に、不意に一つの小さな影が映り込んできた。

 

「きゃんっきゃんっ!」

「っ!!」

 

 聞こえてきたのは甲高い大きな鳴き声。

 思わず足を止めて自身の足元を見下ろせば、そこには黒い毛並みに青空の様な鮮やかな瞳を持った子犬がこちらに駆け寄って見上げていた。ハッハッと笑っているように口を開けて小さな舌を出しながらじゃれついてくる子犬の姿は非常に可愛らしい。

 セフィロスは翡翠色の瞳を驚愕に見開くと、一度周りを見まわしてから再び子犬に視線を戻した。

 

「……お前は……」

 

 そこまで言い、しかし口を閉ざして黙り込む。

 セフィロスは徐にその場にしゃがみ込むと、子犬に手を伸ばして小さな頭を撫でた。

 

「……どうした? 迷ったのか?」

 

 一応聞いてはみるものの、子犬が言葉を話すはずもない。また子犬は首輪も何もつけておらず、誰が見ても野良犬であることは明らかだった。

 子犬は撫でるセフィロスの手に自らも頭を擦りつけながら、小さな尻尾を千切れんばかりに激しく振っている。セフィロスが手を離そうとすればきゃんっきゃんっと鳴いては擦り寄ってきて、こちらにじゃれついてくる。どこか必死さすら感じられる子犬の様子に、もし立ち去ろうものなら何度も鳴いてはしつこく後をついて来そうだ。

 セフィロスは暫く子犬の頭や背中を撫でてやりながら考え込むと、次にはどこか諦めたような小さな苦笑を顔に浮かべた。

 

「……仕方がない、俺と一緒に来るか?」

 

 こちらの言葉は分からないだろうに、子犬はまるで返事をするように元気よく一鳴きする。

 セフィロスはクスッと小さく笑うと、子犬に両手を伸ばして優しく抱き上げた。

 

「ほら、行くぞ。……まずは風呂と食事だな。お前の名前は何にするか……」

 

 腕の中に抱きかかえられていても変わらずじゃれつこうとする子犬を撫でて落ち着かせながら優しく言葉をかける。スーパーに向かっていた足を別方向に向け、セフィロスは一度家に帰るために歩を進め始めた。

 

「………子犬のザックス……、か……。まさかこんなことになるとはな」

 

 セフィロスの顔には苦笑が浮かび、しかし翡翠色の瞳には柔らかな光が宿って楽しげに細められている。

 セフィロスは先ほどとは違い少し軽い足取りで家に向かって歩を進めていった。

 その夜、同居人であり養父であるオールマイトと子犬に関して一悶着あるのだが、今のセフィロスには知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……えっ、このワンちゃんどうしたの、セフィロス君!?」

「飼うことにした。ここはペット可だから問題ないだろう?」

「そ、そうだけど! えっ、どういうこと!?」

「世話は俺がするし、金のことが心配ならバイトなりなんなりして用立てる。心配するな」

「いや、お金のことは大丈夫だし飼うのは別に構わないけど……ちゃんと説明して!」

 

 

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