この腕に抱いた君を   作:なんじょ

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決して離さないと決めていた

「さて……これでどうにかなるかしらね」

 ひょんな事から縁が出来たマスターの危機を救った凛は、マイルームへ向かいながら独り言をつぶやいた。と、そのそばでランサーが不意に実体化し、

「やれやれ、うちのマスターはとんでもねぇお節介焼きだな」

 高い背を折って顔をのぞき込んできた。妙に近くまで迫る顔を押しのけ、凛は口を曲げた。

「うるさいわね、わたしのやり方に文句があるっての?」

「いんやぁ? ただ、マスターが手ェ出さなきゃ、敵が一組減って楽だったのにと思ってな。そこのところは、あんたも分かってんだろ」

「…………」

 もちろん分かっている。

 今回の聖杯戦争の舞台は学校。アバターは学生を模しており、一見ここはふつうの学園生活のようだ。

 だがその実体は、互いの命を賭けた戦場。例えどれほど気の抜けた風に見える人間でも、彼らは皆サーヴァントを従えた魔術師であり、競いこそすれ、助け合うなど、ましてや一方的に手助けするなど、あってはならないことだ。

「……分かってるわよ。でも、物は考えようでしょ」

 赤い葉脈が蔓草のように張り付いたドアの前にたどり着き、開く。

「話に聞いた限りでも、今回のサーヴァントは強敵だわ。姿の見えない、拳法の達人――おまけにマスターがあのユリウスだなんて、やっかいにも程がある」

 マイルームの中へ足を踏み入れて、凛は続けた。

 ちなみに、参加者一人一人に割り当てられたマイルームは、各人の好みで改装することが出来る。凛は、地上の家の自室と同じ内装に作り替えていた。シックなセピアの壁紙に覆われた壁には出窓が据え付けられ、年季の入った机とドレッサー、ベッドが配置されている。

「以前、今回の奴によるものと思われるマスター殺し事件のデータを調べてみたけど、皆一撃で殺されてた」

 すとん、とベッドに腰掛けた凛は、向いの壁に寄りかかるランサーを見据えた。

「でもあの子達は生き延びた。あのユリウスとサーヴァント相手によ? それが単に運が良かったって言うだけなら簡単だけど」

 そこで、ひょいと肩を竦める。

「けど――分かるでしょ? あの子、ふつうのマスターじゃないわ。わたしがNPCと見間違えるほど影の薄い子だったのに、絶対に勝てないだろう戦いをいくつもくぐり抜けて、ここまで生き残ってきた」

「ふん……」

 ランサーは鼻を鳴らした。絨毯を踏んですたすた歩み寄り、凛の隣に腰掛ける。

「なるほど。じゃあ連中にやっかいな相手をつぶしてもらうってわけかい」

「そうよ。もしあの子達が負けても、決戦のデータは収集出来るようにしておいたわ。もし同じ相手と当たったら、今度はわたし達があいつらの鼻をあかしてやればいいのよ」

 どうだ、といわんばかりに胸を張ると、ランサーはぱちぱちぱち、と拍手をしてみせた。に、と口が大きく笑みの形になる。

「そういう建前だってのはよーく分かったぜ、マスター。あんたのよく回る頭に免じて、これ以上の追求は勘弁してやるよ」

「ちょ、何よそれ!?」

 反論は許さないつもりで弁を重ねたというのに、根底から無視されて凛は声を高めた。この軽薄なサーヴァントは契約してからこの方、真面目に語るつもりなど全く無いようで、時々無性に腹が立つ。

「今言った事のどこが建前だってのよ! あんた、わたしがあの子に個人的に肩入れしてるとでも言うわけ!?」

「そうじゃなきゃ、マスターみたいな魔術師然とした奴が、あんな頼りない連中に手を貸すわきゃないだろ」

「ち、違うわよ! わたしは、わたしはただっ……」

「あーはいはい分かった分かった。もういいって、マスター。これについちゃあ、どんだけ話し合ったって結論出ちまってるんだ。不毛な言い合いになるだけだ、やめようぜ」

 まるで子供をあやすようにぽんぽん、と頭をたたかれる。凛はとっさにうるさい! とその手を弾き――返そうとして、逆に捕まれる。

「んな事より、なぁ、マスター。せっかくふたりっきりなんだ、もうちょっと色気のある話でもしねぇか?」

「えっ……って、ちょっ……!!」

 抵抗する間もなく、いきなり押し倒される。凛は背中がベッドに触れるのと同時に起きあがろうとしたが、それより早く、青い槍兵がのしっと上に乗ってくる。

「な、あ、あああああんた、何するのよ!!」

 体が近い。体温が服越しに伝わってきて、ざわりと肌が粟立つ。なんだこの体勢は、よりによってベッドの上で、こんなこと。焦って叫ぶ凛を見下ろし、ランサーはにぃ、と肉食獣を思わせる笑みを浮かべた。

「いやぁ、俺も調子がいまいちなんでな。マスターからちょいと魔力を融通してもらいたいんだよ」

「ば、ば、ばか、うそつき! あんたどっこにも異常なんて無いでしょうが!!」

「それがあるんだな、マスター」

 身を屈めて、ランサーが顔を近づけてくる。手足を押さえつけられて身動きできない凛は、びくっとして顔を背けた。

(こいつが女好きなのは知ってたけど、こんな乱暴なやり方で迫ってくるなんて)

 もしこのまま事に及ぶつもりなら、仕方がない。令呪をもって、今後一切マスターに手出ししないように命じなければなるまい。命も大事だが、乙女の貞操だってそれと同じくらい大事なのだから。

(こんな事に使うのは癪だけど、背に腹は代えられないわ!)

 意を決して拳を握りしめ、絶対の命令権を発動すべく、令呪を宿した腕に意識を向けた時――

「――俺の心臓はお前のせいで狂いっぱなしなんだよ。凛」

 耳元でいきなり、真剣極まりない、低く甘い声で囁かれた。

「なっ……」

 いきなり名前で呼ばれて、雷に打たれたように体が震えた。

 凛は反射的にランサーを見た。見て、後悔した。ランサーは真摯な眼差しで凛を見つめている。いつものふざけた調子など、どこにもない。体温が伝わるほど近づいた胸の鼓動は確かに、跳ねるように早く、凛の腕を掴んだ手も、燃えるように熱い。

「凛。俺は、あんたを死なせたくねぇ」

 吐息がかかるほど間近で、ランサーは呟く。

「ら……んさー……」

 どうしよう。真っ直ぐな瞳から、目が離せない。抵抗しなければ、令呪を使わなければと思うのに。舌がしびれたように声が出ず、凛は呆然とランサーを見つめ返した。

「あんたに免じて連中は見逃したが――もしこれから先、あいつらとぶつかっても、俺は容赦するつもりはねぇ。例えあんたが、あいつらに好意を持ってたとしてもだ」

「そ……そんなの、当たり前じゃない」

 話が聖杯戦争に戻ってきたので、わずかに硬直がとける。凛は声が震えるのを情けなく思いながら言う。

「わたしだって、死ぬつもりはないわ。今は今、戦うとなったら手を抜くつもりなんて、ない。わたしは――あの子を殺す覚悟、とっくの昔に持ってるんだから」

 するとランサーは体の力を抜き、苦笑した。

「そいつはよく知り合う前のもんだろ? こんだけきっちり関わり合いになっちまったんだ。あんたの性格からして、ぎりぎりで情けをかけないとも限らねぇ」

「そんな事……」

 しない、と言い切れなくて、唇を噛む。

 自分でも、理解っているのだ。凛は優れたハッカーであり、その実力は一流の魔術師と称されるに相応しい。

 しかしその一方で、どこまでも冷酷であれという魔術師としてのエゴを、どうしても貫き通せない。それは若さ故なのか、あるいは自分の性格だからなのかは分からないが、今更治しようもない事だって、理解もしている。

「ま、そこがマスターのいいところだけどな」

 黙り込んだ凛の額に素早く口づけて、ランサーはベッドを下りた。

「とりあえず今のところは、友達ごっこにつきあってやるよ。いざって時、あんたの身は俺が守ってやるからさ」

「ちょ、ちょっとランサー!」

 一方的な事だけいって、ランサーの姿がかき消えた。凛はかっとなって何度も名を呼んだが、もう彼女のサーヴァントは現れようとしない。どうやらマイルームの外に出てしまったようだ。

「な……何なのよ。何なのよ、もう!」

 一人取り残された凛はむきになって、枕に拳を打ち付けた。あまりにも一方的な振る舞いに怒りが収まらない。

 自分がごまかそうとした心の内を的確に言い当てられたのが悔しいし、おまけにあんな……自分は女で、ランサーは男なのだと、いやがおうにも意識させるような事をするなんて。

(ばかランサー、明日どんな顔で会えばいいってのよっ!!)

 凛は真っ赤になって、唇を押し当てられた額を押さえた。

 たかがサーヴァントのくせに、全く、あのろくでもない女たらしめ!!

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