ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~   作:巻波 彩灯

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第1話:迷子の末に……

 一刻も早く助け出さねば――ハルバードを抱えた大柄な青年は地面を強く蹴り出し、鬱金(うこん)の弾丸と化して少女達を取り囲んでいるモンスターの群れへと肉薄する。

 

「グゥゥゥレイトォォォォー!!」

 

 強勢な雄叫びと共に自身の得物を豪快に振るい、目の前にいる二足のトカゲ型モンスター、リザードマンに向かって金茶の輝きを纏った銀色を走らせる。ハルバードの刃は頑健そうな鱗をいとも簡単に切り裂き、一瞬にして相手の生命を絶った。

 

 硝子片が飛び散る中を(いと)わず、青年――ヴォルフはさらに集団の中に突っ込む。彼の突進を阻もうと一体が躍り出るが、ハルバードの背で腹部を殴りつけられ、直後に脳天をかち割られてしまい消失。

 

 続いてもう一体が右手側から襲いかかるが石突で胸を貫かれ、ひるんだ隙にハルバードの背で頭部を殴打されて壁まで叩きつけられる。壁と衝突した瞬間、壁が亀裂を走らせながら陥没し、ヴォルフの一撃がどれ程のものかと物語っていた。

 

「大丈夫かい!?」

 

 中心に辿り着き、片手棍を忙しく振り回すピンクの頭髪が目立つ少女に声をかける。彼女の傍らに麻痺の影響でへたり込んで体を震わせる少女の姿も視認。

 

 二人ともライフに問題はなさそうで良かったと内心安堵しながら、ヴォルフはメイス使いの少女の背中を守るように立ち回る。左からの斬撃を難なく捌いて、返しにハルバードを振り下ろし、防御させる間を与える事なく一刀両断にした。

 

「ええ、何とかね! ちょっと数が多くて、手こずっているけど……!」

 

 背後の快活な少女の声、リザードマンの肉を打つ重々しく鈍い音。遅れて硝子が勢いよく割れるような音が耳朶を打つ。

 

 後ろの状況に耳を傾けながら、ヴォルフは麻痺で動けなくなっている少女を狙ったリザードマンの一閃を弾き飛ばし、バックラーごと相手の腕を粉砕する。ハルバードを引き寄せ、もう一度銀弧を薙いで首を()ね飛ばし、硝子片へと変貌させた。

 

「確かに多いね。この辺はそんなに多く出る場所じゃないと思うけど」

 

 落ち着いた声音で話ながら、ヴォルフは次に襲ってきたリザードマンの銀弧を弾き飛ばし、がら空きの胴にハルバードの刃を食い込ませる。肉厚な刃は肉や骨をものともせずに断ち切り、頭上で輝きを放つ。

 

 再び硝子片が舞い散り、雪のように静かに消えていく。儚げに光を発する様は、まさしく最期の輝きと呼べるだろう。

 

 しかし、それをじっくりと眺めている程、余裕はない。二つの剣が同時に迫り立て、容赦なくヴォルフの命を刈り取ろうと刃が煌めく。

 

「バァァァァーニィィィング!」

 

 豪快にハルバードを薙ぎ、強風を巻き起こしながら二体のリザードマンの剣撃を弾き飛ばす。横一文字に翡翠の輝きを纏った刃を走らせ、強風に煽られて体勢を崩したリザードマン達の胴を真っ二つに斬る。上半身と下半身が分かれたリザードマン達は悲鳴を上げる間もなく硝子片のようなエフェクトになり、その場から姿を消した。

 

 倒しきった事を見届けると、ヴォルフは肩越しに後ろへ視線を向ける。メイス使いの少女は、赤いエプロンドレスのスカートがはためくのを厭わず、得物を威勢よく振り回していた。

 

 振り回していると言っても闇雲に振り回しているのではなく、的確に相手の一閃を受け止めて、空いた胴や頭に重い一撃を浴びせていく。それを何度も繰り返して、リザードマン達を葬り去っているのだから、彼女の技量が如何に熟達しているのが目に見えて分かる。

 

 一部始終を見ていたヴォルフはこれなら思ったより早く片付けられると考えつつ、覿面(てきめん)から突進してきたリザードマンの剣撃をハルバードの柄で防ぐ。

 

 軽々と剣を押しのけたら、袈裟に銀色を閃かせ、骨ごと体を二つに断ち切って倒す。こげ茶の双眸(そうぼう)は次の獲物を捉え、目尻を鋭くさせる。相手が動作を開始する前にハルバードを突き出し、穂先で腹部を貫く。引き抜いた直後に振りかぶり、相手の頭蓋骨を粉砕するかのように振り下ろして、骨が砕く音を立てながら一閃を(はし)らせた。

 

 当然、頭部を砕かれたリザードマンは膝から崩れ落ち、そのまま硝子片へと姿を変える。ようやく周囲を落ち着いて見渡せる程の数になり、改めて周りを一瞥して状況を確認。

 

 残り数体となったリザードマンの集団、変わらず片手棍を振るい蹴散らす少女――もうすぐに終わるなと確信を得て、ヴォルフは自分に迫る剣撃を絡め取るように捌き、そのまま穂先を頭部へと突き刺す。

 

 穂先を素早く抜いた後、最後に残った一体に向かって、鬱金のコートをはためかせながら疾駆。逆袈裟からハルバードを奔らせ、一撃を受け止めようと掲げられた相手の盾を砕き、体を大きく捻って得物を引き寄せて再度銀弧を薙ぐ。

 

 対面するリザードマンは為す術もなく頭を切り裂かれ、呆気なく頽れる。最後の一体が硝子片に変わった時、辺りは静寂を取り戻し、人の活動音だけが耳朶を打つ。

 

 倒した事を視認した後、大きく息を吐き、少女達へと向き直る。先程、一緒に戦ったメイス使いの少女は得物を肩に担ぎ、安堵しような笑みを浮かべていた。

 

「助かったわ。ありがとう」

「礼には及ばないよ。君も大丈夫?」

 

 穏やかなに口元を緩めつつ、地面にへたり込んでいた少女と向き合ってしゃがみ込み、手を差し出す。麻痺状態は解除され、ようやく身動きが取れるようになった黒髪の少女は、彼の手を握って引かれるまま立ち上がる。

 

「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

 

 折り目正しく一礼した後、眼鏡を掛けたおさげの少女は地面に落ちている自分の剣や盾を拾い上げる。赤のハイネックワンピースに、白のメタルプレート、盾は白をベースに赤のアクセントライン……どことなく最強ギルドの一角である“血盟騎士団”を彷彿させる出で立ちだ。

 

「君、もしかして血盟騎士団の人?」

「はい、そうです。情けないですけど……って、ヴォルフさん!?」

 

 少女の意外な反応にヴォルフも驚き、目を大きく見開く。「アキレアさんでしたっけ?」記憶を手繰り寄せ、目の前にいる少女の名前を口にする。そこまで面識という面識はなかったが、一緒に最前線で並び立っていたのは覚えていた。

 

「覚えてくれていたんですね!」

「俺の方こそ、よく覚えていましたね。ギルドにいなかったのに……」

「当然じゃないですか! 一緒に攻略組に参加していた人は覚えていますよ!」

 

 アキレアの嬉々とした表情を見て、「アキの知り合い?」メイス使いの少女はピンクの頭髪を揺らしながら会話に割って入る。少しだけ驚嘆している様子で、彼女の事を見つめていた。

 

「ええ、昔一緒に攻略に参加していた人です」

「なるほどね。あれだけ強いのも納得だわ」

 

 アキと呼んだ少女は、返答を受けて納得したように頷く。「流石、攻略組ね」と賞嘆の声を立て、真っ直ぐに桃色の瞳をヴォルフへと向けた。

 

 目を合わせたヴォルフは、あまりにも真っ直ぐな瞳と賞賛に「俺は今攻略組じゃないけど……」頬を少しだけ赤らめながら少女から目を逸らす。久々に面と向かって褒められるのは少々照れくさい。おまけにここ数日は人と会わなかったから、言葉を聞けるだけで心が満たされる。

 

 ただアキレアは、彼の発した一言で表情を一変。八の字にしていた眉を逆八の字する程、険しい顔つきでヴォルフに迫る。「五十層目を攻略してから姿が見せなくなって、心配していたんですよ!」大人しそうな姿からは想像もできないぐらいに語気を強めていた。

 

 これにはヴォルフも「ええと、すみません。何かご心配をおかけしてまって……」と謝る事しかできず、その先の言葉が見つからない。自分が抜けたとしても精鋭揃いの攻略組に大きな穴は開いていないと思っていたが、こうも心配してくれる人間がいて驚くばかり。だからこそ、頭が混乱して何も言えないのだが。

 

「アキ、それぐらいにしたら? 困っているじゃない」

 

 言葉を詰まらせている彼に助け舟を出すかのように、アキレアをなだめるメイス使いの少女。冷静さを取り戻したアキレアは「すみません!」と大慌てで謝罪し、眉尻を下げていく。

 

「へ、平気だよ。俺も黙って攻略組から抜けたのも悪いしね」

 

 苦笑いしつつも返して気持ちを切り換えたら、「ところで君は?」まだ名前を知らない少女の方へと目を向けて訊ねる。

 

「あたしはリズベット。普段は鍛冶屋をやっているんだけど、アキに頼まれてね」

 

 言葉を言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、リズベットと名乗った少女はピンクの瞳をアキレアの瞳と合わせるように移す。彼女と顔を合わせたアキレアは、先程ヴォルフに迫った勢いが嘘のように消え失せ、俯き加減で話を継ぐ。

 

「リズさんに素材採取を同行してもらっていたんです。スキル上げも兼ねていましたけど……」

 

 忸怩(じくじ)たる思いが声音に乗って、先程の失態を自責しているのが聞いて取れる。アキレア自身も自嘲しているかのように苦笑いを浮かべていた。最強と名高い血盟騎士団に所属しているプレイヤーが攻略組でもない人間に助けられる様は、噴飯物(ふんぱんもの)として捉える人間もいるだろう。

 

 せせら笑う事もなく、憫笑(びんしょう)する事もなく「それでも無事なら良かったよ」ヴォルフは安堵の笑みを零し、穏やかな語勢で言葉を返す。過程がどうであれ、生きているのなら大丈夫だと自分の事のように胸を撫で下ろしていた。

 

 穏やかな笑みはそのままに、リズベットの方へと顔を向け、「君にはまだ名乗ってなかったね」と前置きを言って次の句を継ぐ。「俺はヴォルフ、よろしく」無骨で大きな左手を差し出し、こげ茶の双眸をリズベットの瞳と合わせる。

 

「こっちこそ、あたしの店を贔屓にしてくれると嬉しいわ」

 

 勝ち気な笑みと同時に彼の手を握り返すリズベット。すると、握った手の感触に驚き、「手デカイわね」率直な意見を口に出す。今まで握った事のない手の大きさだからか、まじまじと握った先を見つめ、目をしばたたかせていた。

 

「あはは、背が大きいだからかな?」

 

 ストレートな物言いに穏やかに笑い声を立て、苦笑いするしかない。実際、ヴォルフは百八十センチは優に超えている長身な故に、目の前にいるリズベットの背丈は彼の胸元ぐらい。リズベットよりも少し背が低いアキレアとの差も歴然だ。

 

 昔から人より背があり、なおかつ体格に恵まれていて、初対面の人に驚かれる事は多かったと振り返る。と同時に、特に気にしていなかったのだが、彼女の反応から自分の背丈はやはり大きいのだなと改めて実感していた。

 

 握手を解いた後、「じゃ、俺はこれで」ヴォルフはハルバードを肩に担ぎ、その場から立ち去ろうと踵を返し、すぐ手前にあった通路へと足を進める。

 

 彼の背を見届けるリズベットは神妙な顔つきをして、その背中に一言投げかけた。

 

「そっち、行き止まりだけど?」

 

 

 

 

「いやぁ~、もう一生出られないかと思ったよ」

「それは良かったわね……」

 

 ダンジョンを抜けて四十八層にある主街区リンダースの街中を歩ている最中、リズベットはげんなりとした表情を浮かべ、「あんなダンジョンを三日も四日も迷子になっていた方が驚きよ」呆れたような口調で言い返す。

 

 隣で歩いているアキレアに疑い目を向けては、「本当にこいつ、前線組にいたの?」(いぶか)しげな顔をして訊ねた。

 

「はい、ちゃんといましたよ」

 

 疑問に丁寧に答えつつ、アキレアもまた苦笑して「時々、道を間違えるところも見てましたし……」過去の出来事を振りかのように言葉を継ぐ。「本当かしら……?」信用のある人物からの返答を聞いてもリズベットはまだヴォルフに疑いの眼差しを向けて、怪しいと言わんとばかりに眉根を(ひそ)める。

 

 彼女の疑念に「あはは……」とヴォルフはただ乾いた笑いを発する事しかできない。正直、あの道の迷い方をしたら、疑われても仕方のないとさえ、諦観の念を抱いている程。

 

 今までいた五十三層のダンジョンは道に迷いやすい程入り組んでいないと言われているのだが、何故か道に迷って数日は外の空気が吸えなかった。本当に出口がどこかさえ分からず、一生彷徨い続けるのかと思っていたぐらい。

 

 運良くリズベット達と出会う事ができて、心の底から安堵している。日の光も久々に浴びて、心地いい。

 

 

 

 

 それから三人は他愛ない会話をしながら、目的地へと歩く。そして目の前に建物が見え、リズベットが腰に手を当てて胸を張りながら「ここがあたしの店よ」と言い、「リズベット武具店へようこそ!」勝ち気な笑顔で二人を店内へと迎えた。

 

「へぇ……ここがリズベットさんのお店かぁ~……何だか凄いね」

 

 初めて訪れる武具店で様々な武器を眺めながら、ヴォルフは感嘆の声を立てる。女性の鍛冶職人でここまで武器を鍛えていた人は、そこまでいない印象がある……いや、男性でも中々いない程だろうか。

 

 ともかく、リズベットが仕上げた品物の数々は一目見ただけで大業物だと確信できる程に、鋭い輝きを放ちながら堅牢そうな造りをしていた。ここは常連さんも多そうだと何となく感じながら。

 

「そりゃ、あたしの店だからね」

 

 自信満々にリズベットは返答し、ヴォルフに向かって不敵に笑いかける。「攻略組の人も多く利用してもらっているから、半端な仕事なんてできないのよ」誇らしげに胸を張って叩きつつ、「元よりする気もないけど」快活に、けれど生真面目な語調で弁舌を動かす。

 

 彼女の泰然とした態度に頼もしい限りだとヴォルフは穏和に笑顔を浮かべて感心するばかり。こんな彼女だから信頼している人も多いだろうなと。

 

「さて、色々と素材も集まったし、注文されたものも含めて作業していかないと」

 

 注文リストの方へ目を向けつつ、真面目な声音でリズベッドは言葉を継ぐ。「あんたの武器も特別にタダで面倒見てあげるわよ」改めてヴォルフと目を合わせ、手を差し出して武器を受け取る準備を整える。

 

「いや、何か悪いよ。俺の武器、そこまで壊れそうじゃないし」

「何言ってんの。さっき助けてもらったお礼ぐらいさせなさいよ」

 

 断ろうとするヴォルフに対し、リズベッドは少しだけ語勢を強め、「助けてもらったのに何も恩返ししないのは失礼でしょ?」真剣な眼差しを向けて生真面目に言葉を吐く。

 

 熱誠(ねっせい)な桃色の瞳とぶつかり、気恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてきて、「そういう事なら……お言葉に甘えて、見てもらおうかな」彼女から目を逸らしながら折れる事に。

 

 苦手……という訳ではないが、惹き込まれそうな感じがする。少しだけ頬を上気させ、ヴォルフは自分の裡に感じる僅かな温かさを感じていく。流石に一目惚れはじゃないよなと心中で可能性を否定しながら。

 

「あれ……? これ、あたしが鍛えたハルバードじゃない」

 

 ハルバードを手渡されたからリズベットが驚嘆の声を立てる。渡された物をじっくり観察し、「しかも、結構古い物だわ。よく持ったわね」続けて感嘆の言葉を呟く。

 

「昔、友達と一緒に露店で商売している鍛冶屋で買ったものなんだけど……」

 

 武器を買った時の記憶を思い起こしながら、ヴォルフは言葉を返す。隣に自分と同じくハルバードを扱いながらも、自分より強かった青髪の少女の姿が脳裏に浮かぶ。彼女は今どこにいるだろうか……。

 

 思い出に耽っているヴォルフをよそに、リズベットは首を傾げ、うーんと呻る声を上げる。「どこかで見た事あるのかもしれないねえ……」と口に出した瞬間、勢いよく目を見開き、声を張り上げて言う。

 

「ああ、思い出した! あんた、青い髪の女の子と一緒にいたデカイの!」

「ええ!? もしかして、君がその時の店主さん!?」

 

 ヴォルフも彼女につられるような形で驚き、まじまじと見つめる。買った当初の店主は茶髪だったような気がするし、服もそこまで華美ではなかった気も……けれど、そばかすや童顔な顔立ちを見て、当時の姿と重なる。

 

 そして、先程の真剣な眼差しを思い出し、ようやく()に落ちた。自分に武器を売ってくれた熱意の籠った双眸は変わらないと。

 

「不思議な縁があったものね……まさか、昔自分が作った武器の持ち主と再会するなんて」

「俺もびっくりだよ。ずっと使っていた武器の作り手とまた会えるなんてさ」

 

 あれから随分と時が経ったと感慨しながら、「あの時と見た目が違っていたから気付かなかったよ」口元を緩やかにしながら温厚に笑う。買った時と違い、隣にあの子はいないけれども。

 

 二人の会話に微笑みながら、「お二人も知り合いだったんですね」アキレアも口を開き、会話に参加する。

 

「知り合いというか、昔の客かしら?」

 

 少し言葉を探すような口調で返答し、リズベットは「ところで」と話柄を切り換えて、次の句を継ぐ。

 

「あんたと一緒にいた青い髪の女の子は? 結構仲良さそうに見えたから、一緒にいると思ったけど」

 

 質問を聞いた途端、何と答えればいいのか分からずにこげ茶の瞳は揺れる。悲しみや悔恨が入り混じったような複雑な表情で足元に目を落とす。何度も思い返される別れの言葉、「私は役目を思い出したから」と悲しみに暮れた華奢な背中が甦り、今でもどんな言葉を投げかければ良かったのか分からない。

 

 彼の雰囲気が一変した事を察し、「あっ……ごめん、その先は言わなくていいから」リズベットも申し訳なさそうな語調で気遣う。アキレアもまた悲しそうな表情で見つめ、無言で時を待っていた。

 

「大丈夫だよ。死んではいないから」

 

 顔を上げ、穏和な笑みを湛えて答えるヴォルフ。自分が今まで旅していた理由を思い返すように、「でも、ずっと行方が分からないんだ」今までよりも硬い語調で話を続け、「数ヶ月前から姿を消してね」こげ茶の双眸に悲壮な決意の光を宿す。

 

 話を聞いたアキレアはヴォルフが攻略組を抜けた理由に気付いたかのように目を見開き、「もしかして、ヴォルフさんが攻略組を抜けたのは……」推察を立てていく。

 

 彼女の言葉に「その友達を捜す為だよ」首肯し、「色々と旅をしているんだけど、見つからなくてさ……」苦笑いを浮かべてこげ茶の頭髪を掻いて、困り果てたかのような調子で話を継いだ。

 

 攻略組から抜けたから、下の階層にいるものだと思っていたが、全然彼女らしき人影が見つからない。誰に聞いても彼女の事を知らないと口を揃えて言うのものだから手がかりすらもないという状況。それでもきっとまた会えると信じて、捜していた……今回ダンジョンに訪れていた理由は少し違うが。

 

「そうだったんですね。すみません、事情をよく知らずに声を荒げてしまって」

 

 改めて謝罪の意を述べて、頭を下げるアキレアに「いや、大丈夫だよ」となだめ、「さっきも言った通り、黙って抜けちゃったから誰だって心配するよ」申し訳なさそうに、かつ穏和に笑いかける。

 

「アキはヴォルフの友達の事、知らないの?」

 

 二人のやりとりを聞いていたリズベットが口を開き、アキレアへ顔を向けて質問を投げかける。「一緒に前線にいたって事でしょ?」話の筋から妥当だと思われる意見を述べ、詳細を聞こうと体勢を整えていた。

 

「いえ……私は知りませんね」

 

 顎に指の腹を添えて首を傾げるアキレア。眉を顰め、「見ていたら、覚えているんですけど……」考え込むように俯き、記憶を手繰っていくかのように呻り声を立てていく。

 

 彼女が深く考え込まないようにか、「まぁ、いいわ」と話題を切り上げ、リズベッドは改めてヴォルフを見つめる。そして真剣な眼差しで彼を認めながら、次の話題を話し始めた。

 

「またお願いするようで悪いんだけど、アキのスキル上げを手伝ってあげてくれない?」

 

 アキレアの方を一瞥(いちべつ)し、「今度イベントボスに挑む予定なのよ」彼女の目的を代わりに説明する。「あたしも参加するから、武器を新調する予定だけどね」明るい語調でさらに付け足す。

 

 特に断る理由はない為、ヴォルフは二つ返事で承諾し、「大切な相棒の面倒を見てもらっているし、それぐらいは平気さ」穏やかに弁舌を動かしていく。むしろ自分にはそれぐらいの事しかできないと。

 

「ありがとうございます。ヴォルフさんがいれば、百人力ですよ!」

「流石にそれは言い過ぎですよ……俺、そんなに強くないし」

 

 攻略組から抜けた自分の実力はそこまで高くないと両手を前に出して横に振り、否定の意を示す。確かにある程度のモンスターなら倒せる実力と自信はある。けれど、流石に百人力と呼ばれる程の高い実力はないだろう。

 

 それこそ、“黒の剣士”や“閃光”などと呼ばれるトッププレイヤーを表すのに相応しい言葉だとさえ思っている程。

 

 と、思考の海に潜りこんでいる内に、アキレアが何かを思い出したのかのような口調で話題を切り換える。

 

「そういえば、ヴォルフさんって、泊まる宿は決まっていますか?」

「まだ決めていないよ。リンダースに着いたばっかりだし」

「ですよね……もし、よろしければ私が宿まで案内しましょうか?」

「あ、いや、別にそこまでしなくていいよ。一応、道分かるから」

 

 ダンジョンから街まで案内してもらったのに、これ以上はお世話になる訳にはいかない。申し訳なさが再び込み上げていき、何とかやんわりと断ろうと試みるが、「さっきの迷子の話を聞いていると、不安しかないんだけど?」というリズベットの訝しげな口調で紡がれた一言で慌てふためく。

 

「い、いや、本当に大丈夫だってば! 俺、この辺、よく利用しているから!」

 

 しどろもどろになりがら苦し紛れに反論する。しかし、「だったら、ダンジョン内を三日も四日も彷徨う事なんてないでしょ」彼女の得物のように重い一撃で返され、「ううぅ……ごもっともです……」意気消沈するしかない。

 

 それでも迷惑をかけたくない一心で気を持ち直し、何とか言葉を続けていく。

 

「でも、本当に大丈夫だよ。宿に辿り着けなくても、その辺で野宿すればいいから」

 

 今度はアキレアが声を荒げて、「それは危険です!」穏やかそうな目尻を吊り上げて強勢な語調のまま話を継いだ。

 

「睡眠PKとか遭ったら、ヴォルフさんの命がなくなっちゃうかもしれないんですよ!?」

「人が来たら起きればいいんだよ。ダンジョンで彷徨った時もそんな感じだったし」

 

 ここ数日の過ごし方を思い出し、心配かけさせまいと穏やかな語勢で言い返す。宿に行ったとしても門前払いされるだろうし、それだからダンジョンに潜り込んだのだが……そこで数日間も彷徨う羽目になるとは思いもしなかった。

 

「実はあんた、宿に泊まるお金がないから断っているんじゃないの?」

 

 ヴォルフの挙動不審な言動から察したのか、リズベッドはおもむろに口を開き、こげ茶の双眸を見つめて訊ねる。

 

 鋭利な質問が薄い懐に突き刺さり、「あ、あははは」乾いた笑いしか出てこない。よく分かったなと彼女の顔を見つめ返して。

 

「やっぱりね……何か、金欠そうな顔をしていたから、そうじゃないかと思ったわよ」

「だから、ダンジョンに潜っていたんだけどね。そこまで貯まらなかったけど」

 

 そんな顔をしていただろうかと疑問に思うが、自分よりたくさん人を見ている彼女ならそれぐらい察しても当然かと納得した。同時に、これだけ人を見ているなら、鍛冶職人としての腕も信頼されて当たり前だと感嘆する。

 

「んじゃ、あたしの家に泊まれば?」

 

 何気ないような口調でリズベットがさらりと提案。「もちろん、宿泊費代わりにお店を手伝ってもらうわよ」勝ち気な笑顔で付け加える。

 

 あまりにも唐突な提案に、ヴォルフは最初言っている事が理解できなかった。頭の中で彼女が言った言葉を反芻し、理解すると「いやいやいや、流石にそれは悪いよ!?」大慌てで提案を拒み、「というか、男の俺が泊まっていい訳ないって!」自身の倫理観に沿って言葉を発する。

 

 いくらゲーム内で対策があるとはいえ、年端もいかない女子の家に泊まり込むのは非常に気まずい。しかも、恋仲でも何でもないのに、

 

「何よ、あんたって、そういう奴だったの? 変な事しないって、信じていたのに」

 

 ヴォルフの発言を受けて、リズベッドは眉を顰めながら訝しげな表情で返す。彼女なりに信用を寄せていたらしく、声音には若干落胆の色が混ざっていた。

 

 流石に簡単に異性を家の中に上げる人物ではないと分かって安堵したのも束の間、「そういう事しないけど、色々とマズイって!」やっぱり提案は呑み込めないと首を大きく横に振り、「だって、女の子の家に男が上がり込むんだよ?」これが夢であってくれと切実に願いながら反論する。

 

 傍から見れば、男にとっては僥倖な出来事だろう。だが、ヴォルフは素直に喜べる程、欲望に忠実ではない。むしろ心配しかなく、愁眉を寄せていくばかり。

 

「だから、何よ。泊まる所、ないんでしょ? それだったら、うちの空いている部屋、使っていいわよ」

 

 ヴォルフの言葉をあっさりと言い破り、リズベッドはさらに話を継ぐ。「一人だと部屋の数が余るからね」住居スペースの方へ目を向け、淡々とした口調で話しながら指折りで数える。「あんた一人分ぐらいなら問題ないわ」少し間を空けた後、大らかな語勢で言葉を紡いで穏やかにピンクの双眸を細めた。

 

 もう一度、リズベットの提案を反芻し、考え込むヴォルフ。ここまで良くしてくれていると断り辛いし、野宿するよりかはよっぽどいいのは確か。背に腹は代えられないと思い直し、一呼吸を置いてから口を開いた。

 

「……しばらく泊めさせてください。変な事しませんから……」

「うむ、よろしい。という事で、今日からあんたはあたしの助手よ!」

 

 ようやく折れて頭を下げたヴォルフの肩を強く叩き、「アキの手伝いもしてもらうけどね」これまた快活な笑みを浮かべて物を言う。

 

 ヴォルフは苦笑いしつつ、顔を上げて家主と目を合わせる。強引な人だなと思う反面、本当に良い人だと感じて。

 

「私もしばらくはリズさんの家に泊まりますよ」

 

 静かに見守っていたアキレアも言葉を発し、「とても賑やかになりますね」ヴォルフに向かって微笑みを見せる。

 

 二人の少女に囲まれ、「はは……きょ、今日からお世話になります。リズベットさん」少しだけ当惑しながら、改めて泊まる意を示した。




 初めましての方は初めまして、どこかで見た事ある人はどうも、雑多に書き散らす駄文製造機こと巻波です。

 今回、初めて『ソードアート・オンライン』を題材にした作品を書いてみました。
 ……巻波、まともに戦闘シーン書いたの久々すぎて、迷子になっていましたが。

 これ以上書く事ないので、この辺りで筆を休めます。

 次回は恐らく8月14日の18時ぐらいに更新すると思います。何も問題がなければ……。
 では、感想の方、お待ちしております。

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