ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~   作:巻波 彩灯

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第2話:憧憬と恋慕

 数日後、ヴォルフとアキレアは五十一層の鬱蒼(うっそう)とした森林のフィールド内で鈍器を手に持った犬型のモンスター――コボルトの群れと刃を交えていた。

 

「バァァァーニング!」

 

 コボルトの鈍器を軽々と押し返して、がら空きの胴に素早く翠色の輝きを(まと)った刃を(はし)らせ、即身を真っ二つする。

 

 大量の彼らと戦闘している目的は、もちろんアキレアのスキル上げ。既に幾度かモンスターと交戦していたのだが、その度に本当に自分でいいのかとヴォルフは疑念を胸に抱く。

 

 というのも、アキレアは曲りなりにも血盟騎士団に所属しているプレイヤー。ちょっとやそっとの事では、彼女が窮地に陥る事はない。

 

「きゃぁぁぁ! こ、来ないでぇ~!」

 

 悲鳴を上げながらも的確に左手の盾でコボルトの一打を流し、崩したところを右手で握っている片手剣で切り裂いた。ジャンプして上空から襲いかかるもう一体の攻撃もラウンドシールドで受け止め、防具がない腹部に切っ先を突き刺し、硝子片として散らしていく。

 

「駄目ぇぇぇ~! 怖いぃぃぃ!!」

 

 眼鏡のレンズ越しに黒瞳が涙ぐんでいるのが分かるが、悲鳴と裏腹に彼女の動きは非常に洗礼されて無駄がない。突進してきて威勢よく振り下ろしてきたコボルトのハンマーを盾で受けつつ体捌(たいさば)きを行い威力を逃がす。防具が付いていない首筋に片手剣を突き出し、貫いたら捻りを加えて右手側に剣を走らせる。

 

 彼女のように悲鳴を上げる事もできず、コボルトは膝から崩れ落ちて体を飛散させた。実にあっけない最期だった。

 

「……俺、手伝いしなくてもいいような気が……」

 

 ボソリと呟いた言葉は激しくぶつかり合う金属音の中に消え去る。得物を弾き飛ばされて、体勢を崩した覿面(てきめん)のコボルトに対し、ハルバードを脳天へ容赦なく振り下ろす。

 

 頭蓋骨や首の骨が砕ける手応えを感じると同時に、相手は硝子片に姿を変えて消失していた。

 

 右から迫る剣撃を難なく(さば)き、肉薄して死角から大きくハルバードをを振りかぶり、力強い一振りでコボルトの肉体をいとも簡単に断ち切る。硝子片が飛び散る最中、ヴォルフはさらに突進。覿面の相手には、攻撃する間を与えずに穂先で頭部を突き刺して撃破し、次に迫ってきた一体に対しては腹部にハルバードの背を殴りつけ遠くに飛ばす。

 

 人並外れた彼の膂力(りょりょく)から生み出される一打でコボルトの内臓は潰れ、その一体がぶつかった巨木は激しく枝を揺れていた。当然、強烈な一撃を受けたコボルトは、そのまま硝子片となって姿を消した。

 

 もう一度アキレアの方を一瞥。彼女は相変わらず悲鳴を上げながらも淡々とコボルト達を(ほうむ)り去っていく。

 

 盾で相手の打撃を捌き、剣で肉体を切り裂く……至ってオーソドックスな戦法だが、故に極めれば隙のない戦い方となる。

 

 アキレアの動きはそれを証明するかのように、大きく振り下ろされた鈍器を盾で力を逃がしながら相手の体勢を崩し、青色の輝きを纏った片手剣を一筋閃かせて命を絶つ。ダメージも疲労も最小限に抑えられている為、継戦するのも余裕そうだ。

 

 彼女の戦い方に感嘆しつつ、ヴォルフも自身の強靭なパワーを生かして得物を豪快に振るい、次々と迫るコボルト達を一掃していった。

 

 

 

 

 

 戦闘が終わり、森閑とした空気が流れる。森本来の静けさが取り戻されたという事だろう。

 

 武器をしまい、臨戦態勢を解く二人。ヴォルフは穏やかな声音で「お疲れ様、アキレアさん」と労い、アキレアは「ヴォ、ヴォルフさんも援護ありがとうございますぅ~」と気の抜けた語勢で返す。

 

「流石、血盟騎士団にいるだけあって、強いね」

「いえ、そんな事は……この間だって、ドジ踏んでリズさんやヴォルフさんにご迷惑をおかけしましたし……」

「俺は迷惑だと思っていないよ」

 

 緩やかに口の端を上げながら「そういう時こそ、助け合わなきゃ」こげ茶の双眸(そうぼう)に力強い光を宿して細める。

 

 体力が尽きたら死ぬこのゲームにおいて、可能な限り手助けしたい。目の前で人が死ぬ光景を見るのはもう懲り懲りだ。

 

 過去の記憶の中、今まで死んでいった人の顔が浮かぶ。皆、生きたいと足掻(あが)いて命をを散らしていった……だからこそ、その想いを無駄にはできないと心から思う。

 

 彼の穏和な一言にアキレアは笑みを(こぼ)し、「ヴォルフさんは優しいですね」温かく穏やかな語調で言葉を吐く。

 

「そうかな? 普通だと思うけど?」

「ふふっ、助けるのが普通と思えるから優しいんですよ」

 

 アキレアは喉を柔らかく鳴らして微笑する。先程、泣き叫びながら剣を淡々と振るっていた姿は嘘のよう。

 

 彼女の変わりようにヴォルフは面を食らいつつも、「そういえば」と次の話題へと切り換えた。

 

「君が挑むイベントボスって、どんな感じなの?」

 

 質問を聞いて、アキレアは顎に指の腹を添えて考え込むような素振りをする。少し間を空けて、思い出すかのように口を開いていく。

 

「情報によると、スケルトン系のボスで仲間を呼び出すような感じらしいです」

「仲間を呼び出す能力か……厄介そうだね」

「強力な一撃を持っている訳ではなさそうですが、周りの敵を含めるとそれなり整える必要があると感じています」

 

 真面目な声音で説明するアキレア。黒瞳も涙を一切見せず、真剣な眼差しをヴォルフに向けていた。

 

 ヴォルフも指を顎に添えて、「なるほど」と理解の意を示す。ここ最近通っている戦闘エリアが、敵が大量に出てくる所ばかり。イベントボス戦を想定しているのかと料簡(りょうけん)を立て、次に湧いた疑問を口にする。

 

「イベントボスだからドロップするものは、やっぱりレア度が高い素材なのかな?」

「ええ、盾を作る素材としてはかなり良質なものらしいですよ」

 

 言葉を言い終えるタイミングで自身の盾を軽く掲げ、「これからの攻略に向けて盾を新調しようと思っています」アキレアは視線を盾の方へと向けて話す。

 

 今は攻略組ではないものの、ヴォルフも共感して首を縦に振る。未知の領域を切り開く為に、武器の強化や新調の頻度は激しいのは火を見るよりも明らか。今を突破しても、次を突破できなければ意味がないのは嫌でも身に染みているつもり。

 

 話も一区切りしたところで、ヴォルフは先程から抱えていた疑念を明かす為に、話柄を切り出していく。

 

「ずっと気になっていたけど、何で盾と片手剣にしたんだい?」

 

 平穏な声音で率直に「怖いなら槍にすれば良かったに」と心中を披歴。口に出した途端、流石に言葉が悪かったと思い、「ごめん」即座に謝る。「あまりにも不躾だったね」申し訳なさそうな表情をして、それ以上は答えなくてもいいという意をこげ茶の瞳に込めて彼女の顔を見つめた。

 

「大丈夫です。気にしていませんから」

 

 特に気を悪くする事もなく、アキレアは微笑みを崩さないまま返答する。直後、恥ずかしげに視線を足元の方へ向け、はにかみながら言葉を継ぐ。

 

「この怖がりなところを直す為ですよ。本当にお恥ずかしいところをお見せしました……」

「いやいや、そんな事ないよ」

 

 即座に彼女の言葉を否定し、ヴォルフは温厚な笑みを浮かべて、「凄く頼もしかったさ」温かくも力強い語調で伝える。

 

 悲鳴はともかくとして、動きは本当に前線に戦ってきたプレイヤーそのもの。名だたるプレイヤーと比べ、派手さはないかもしれないが、それでも並みの人間では彼女の堅実な戦い方を崩す事はできないだろう。

 

 それぐらい安定感があり、血盟騎士団の中でも前線に立っているだけの説得力を持っている。伊達に攻略組にいないなとヴォルフは内心で感嘆するばかり。

 

 彼の賞嘆を「ありがとうございます」と素直に受け取り、アキレアは頬を上気させながら弁舌をさらに動かす。

 

「片手剣と盾を使っているのには、もう一つ理由があるんです」

「それはどんな理由だい?」

 

 優しく訊ね、ヴォルフは返答を待つ。怖がりな一面を直したいと思っている以外にも、理由があってもおかしくはない。

 

 むしろ、あった方がより直そうという意志が強くなるだろう。ともかく、彼女からの言葉を静かに待つ事に。

 

「強くて優しい……閃光のように駆け抜けるあの人の背中を守りたいと思ったから」

 

 今までにないぐらいアキレアの声音は優しげに、けれど力強い。眼鏡のレンズ越しに見える黒瞳は、強い決意を宿すと同時にどこか恋慕(こいぼ)にも似た感情を映し出す。心なしか彼女の頬は先程よりも赤くなっていた。

 

 彼女の想い人はきっとあの人だろう……脳裏でそれらしき人物の姿を思い浮かべ、ヴォルフは真っ直ぐにこげ茶の双眸をアキレアに向ける。「そういう事なら俺ももっと協力するよ」誰かを大切に想う人の手伝いがしたい。胸に確かな想いを秘めて、さらに言葉を紡ぐ。「イベントボス戦、参加してもいいかな?」これぐらいしか手伝える事はないけども。

 

 思わぬ一言だったのか、アキレアは大きく目を見開いて、「い、いいに決まっているじゃないですか!」ヴォルフの手を両手で握りながら提案を承諾し、「むしろ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」威勢のいい語調で言い切る。

 

 アキレアの反応に面食らいつつもヴォルフも柔和な笑顔を浮かべて、「俺の方こそもよろしくね」と穏やかな語勢で返した。

 

 

 

 

 それからしばらくスキル上げをしていた二人は、日が傾いてきたのをきっかけにリズベットの店へ戻る。

 

 店主であるリズベットはカウンターでリストや金銭の整理を行っていた。そして、帰ってきた彼らに気付いて声をかける。

 

「おかえり~、調子はどうかしら?」

「順調ですよ。ヴォルフさんのおかげで大分捗っています」

「いや、俺が手伝う必要なんてないぐらいだったよ」

 

 ヴォルフは苦笑いを浮かべて答える。何度も彼女と戦闘をこなしたが、手助けがいらないぐらいに奮闘してしまった為、ほとんど自分に迫ってきた相手を倒しただけだった。それだけアキレアの技術は熟達しているとも言えるが、果たして自分がいるのかと疑問に思わなくもない。

 

「そりゃ、アキだって伊達に前線に立っていないからね」

 

 まるで自分の事のようにリズベットは勝ち気な笑みで言葉を返す。「強いでしょ?」桃色の双眸をヴォルフのこげ茶の瞳と合わせて、答えは決まっているかのような調子で訊ねる。

 

「ああ、本当に強いよ」

 

 彼女の問いに首肯して、返答するヴォルフ。その目で確かめたのだから、なおさら否定しようもない。

 

「ヴォルフさんもリズさんも買い被りすぎですよ」

 

 二人の賞賛の言葉にアキレアははみかみながら、「ドロップした素材を渡しますね」今回の戦闘で得た強化素材をリズベットに渡す。リズベットもお礼の言葉を返しつつ、強化素材を受け取り、今得たもので何ができるのかを確認する。

 

 真剣な目でメニューを眺める鍛冶職人をよそに、アキレアは「では、私は食材の買い出しに出ます」と言って、足早にもう一度店の外へと出ていく。

 

 その背を追うようにヴォルフも「あ、俺も……」続けて店の外に出ようとするが、リズベットにコートの袖を掴まれ、「あんたは店の手伝い!」言い渡されてしまった。

 

「すぐ近くでしょ? 大丈夫だって」

「それでも迷子になったでしょうが」

 

 あっさりと言い返されて、ぐうの音も出ない。近くにあった店におつかいを頼まれたはいいものの、道に迷った挙句、リズベット達に捜索されて連れ戻されたという記憶が甦る。確かに信用はされないなと諦念(ていねん)を抱き、肩を落とした。

 

「そこに重い武器があるから倉庫まで運んでくれるかしら?」

 

 少し落ち込んでいるヴォルフを気遣ってなのか、リズベットはため息を吐いた後、壁に立てかけてある重量武器を指差す。

 

 彼女が指し示した方向を確認すると、「分かったよ。お安い御用さ」気を取り直し、ヴォルフは穏和な笑みで承諾して斧や大剣類を倉庫内へと運んでいく。

 

 

 

 

「リズベットさ……あれ? いないな」

 

 頼まれていた武器の運び込みが終わり、カウンターの方へ顔を出すが、リズベットの姿は見当たらなかった。「鍛冶場の方かな」鍛冶場へ通じる通路へ目を向け、報告する為に足を運ぶ。

 

 鍛冶場の出入り口付近、少しだけ覗くと意中の少女が素材を叩いて形作りしたり、研磨したりと作業を行っている。

 

 武器に向ける熱誠(ねっせい)な眼差し、初めて会った時に見つめられて気恥ずかしかった真っ直ぐな桃色の双眸(そうぼう)が細められていく。

 

 普段の快活な笑顔を浮かべている勝ち気な少女の姿はなく、誰よりも武器制作に情熱を注ぐ職人がそこにいた。

 

 こげ茶の瞳は自然と彼女の真剣な横顔へ向き、ずっと眺めてしまう。……格好いい。率直に浮かんだ所感が、単純にそれだけだった。

 

 声をかけず、じっと見つめる。どうしても目が離せないし、口を開こうとしても声が出ない。心の中にまるで彼女が注いでいる熱情のように、温かな風が吹いていく。

 

 穏やかで心地いい風。どうして今吹いているのかは分からないけど、ずっと彼女の横顔を見ていたい。自分でもよく分からない感情を持て余しながら、ヴォルフは作業が終わるまでずっと静かに佇んでいた。

 

 しばらくして、リズベットが一息ついて出入り口の方へと目を向ける。そこに呆けているように立っているヴォルフの姿が。仰天の声を立てながらも自分の作業をずっと見られていたのが恥ずかしいのか、顔を赤らめていく。

 

「あんたねえ……そこに突っ立っていないで、一声かけなさいよ」

 

 怒ったように睨みつけられ、ヴォルフはすぐに「ご、ごめん」と謝り、そのまま理由の言葉を継いだ。

 

「頼まれた物、運び終わったから報告しようと思って来たら、作業中だったから……」

 

 彼の言葉に納得したのか、リズベットは「なるほどね」と頷き、「ありがとう」いつもの朗らかな笑顔でお礼の言葉を述べる。「やっぱりあんたみたいな力持ちがいると、色々と捗るわね~」強勢な語気と同じぐらいの勢いでヴォルフの逞しい腕を叩く。

 

 痛いには痛いのだが、彼女に褒められた嬉しさの方が勝っていた。少し照れくさそうにヴォルフははにかみ、「力仕事ならいつでも任せてくれ」と返して、穏やかにこげ茶の双眸を細める。

 

 そして、ちらりと視線を部屋の奥へと向ける。先程、作業していた時の彼女の姿を思い起こしながらヴォルフは口を開いた。

 

「凄いね。格好よくて、つい見惚れちゃったよ」

 

 初めは何の事だが分からず目を見開くリズベットだが、やがて視線の先と言葉の意図を理解したかのように、口の端を再び吊り上げて言い返す。「ほ、褒めても何も出ないわよ!」また彼の腕を強く叩きつつ、「あんた、いい助手になるわ!」誇らしげに笑う。

 

 ヴォルフもつられて穏和に笑い声を立てる。今まで様々な人と会ってきたけれど、今までよりも心が温かくなって落ち着いていく。心のどこかにあった渇きにも似た感情が満たされていくのを感じる。

 

「あ、もしかして作業中でした?」

 

 食材の買い出しを終えたアキレアが、ひょっこりと顔を出す。少しだけ間が悪かったと言わんばかりに、ばつ悪そうな表情をしていたのは気のせいだろうか。 

 

 リズベットは首を横に振って「今終わったところよ」勝ち気な笑みで告げ、「さっ、夕食にしましょうか」と二人に呼びかけた。




 何か知らないけど、戦闘が多いですね……どうしてなんでしょう?()

 そして戦闘中の音量が騒がしい事になってきました。オリキャラ二人が叫びまくるって、どういう事なのよ?(汗)

 それはさておき、ここで一つ宣伝を……うちの作品で主役張っているヴォルフがジャズさんの『ソードアート・オンライン~二人の黒の剣士~』に登場させてもらっています。
 原作では敵対していたジェネシスが、キリト達と一緒にアインクラッドを攻略していくお話です。また原作では叶わなかったジェネティアの幸福な行方も追えますよ。
 ジェネティアが大好きな方は、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか?

作品ページ→https://syosetu.org/novel/206996/

 では、今回は筆をこの辺りで休めます。
 次回の更新は8月15日の12時ぐらいを予定しております。もしかしたら、早くなるかもしれないし、遅くなるかもしれないです。一応、この日の投稿を目指します。

 感想の方、お待ちしております。次回もお楽しみに。
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