ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~   作:巻波 彩灯

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第3話:そよ風、吹き渡って

「駄目だ……眠れない」

 

 夕食や入浴も終え、寝床についたはいいものの寝つけないヴォルフ。微弱な振動や音で体や神経が勝手に反応して、彼の眠りを幾度も妨げていた。「やっぱり今まで野宿していたのがいけなかったのかな」ここに来るまでの事を振り返りながら上体を起こし、窓辺に視線を向ける。

 

 外は既に暗く、明かりを灯している所は指で数えられる程。人影一つもなく森閑(しんかん)とした空気が、窓越しでも伝わってくるよう。

 

「ちょっとだけ外の空気を吸えば、少しは寝られるかな」

 

 そう思い立つと、老竹(おいたけ)色のシャツの上に鬱金(うこん)のコートを羽織り、ハルバードを手に持って部屋の外へと歩き出した。

 

 誰も起こさないように廊下を静かに歩いていると、「あんた、この夜中にどこ行くつもりよ?」背後から聞き慣れた声が。恐る恐る振り返り、声の主と顔を合わせる。覿面(てきめん)にいる少女は普段のエプロンドレスではなく、寝間着をラフに着こなしていた。

 

「ちょっと散歩に出かけようと思って……」

「だからって、その割にはガッツリと外に出る装備しているけど?」

「あはは……フィールドに出ちゃうかもしれないから」

 

 リズベットの指摘に苦笑いを浮かべるヴォルフ。街から出る予定はないが、万が一に備えて装備は可能な限り整えている。自分の方向感覚は昼間でもあてにならないが、夜になるともっとあてにならない。

 

 彼の心情を察してか、リズベットは一息吐いて言葉を紡ぐ。「話し相手ぐらいなら付き合うわよ」少し呆れたような語調に加え、ピンクのショートヘアを無造作に掻いて、さらにその意を示しているかのよう。

 

「いや、それは悪いよ。明日も早いんでしょ?」

「それはあんたもでしょうが。どちらにせよ、あたしはまだ起きているつもりだし」

 

 強情なヴォルフに対して、僅かにしかめっ面を浮かべて、「なら、あたしの話し相手として付き合って。これならいいでしょ?」リズベットは少し険しくもどこかおどけたような調子で提案する。

 

「そ、そうだね。分かったよ」

 

 彼女には悪いなと思いつつ、これ以上は折れてくれないと感じて二つ返事で承諾。装備を自身が泊まっている部屋に置いてきたら、リズベットがいる居間の方に足を運んだ。

 

 

 

 

 

「へぇ~……そんな事があったのね。あんたの話、面白いわ」

「そうかい? 俺はそんなに面白い事を話しているつもりないけど」

 

 温かいお茶を飲みながら談笑する二人。ヴォルフが話した内容は、旅の途中で出会ったパーティーと一緒にクエストに挑んだ時の事だ。道に迷ってパーティーメンバーとはぐれたり、メンバーの一人がトラップを作動させてモンスターに囲まれたりと思い返せば大変だった事ばかり。

 

 けれど、どれも楽しかったと思える。苦労した気持ちは絶えないが、仲間と一緒に攻略できた達成感は今でも残っていた。

 

「あたしは基本的に店にいるから、あんたみたいに旅をしている人の話が新鮮なのよ」

「俺で良ければ、いつでも旅の事を話すよ」

 

 そこまで自慢できる程の伝説を打ち立てた訳ではないが、楽しそうに笑うリズベットの顔を見て、こんな自分の話でも楽しみにしてくれていると思うと心なしか嬉しくなる。こうして人と話し込むのも久々だと感じながら。

 

 彼の言葉を受けてリズベットは桃色の双眸(そうぼう)を楽しげに細め、「楽しみにしている」と告げて、弾んだ語勢のまま次の言葉を継ぐ。

 

「商売をしていると、色んな人の話を耳にするからね」

「リズベットさんのお店、結構人がいたね。中には攻略組の人もいたぐらいだし」

「ええ、皆、あたしの腕を信頼してくれている」

 

 先程の笑顔から一変して、真剣な表情になるリズベット。目尻は鋭利に吊り上げられ、「だから、生半可な事は絶対にしたくないわ」口調もいつになく真面目になる。

 

 夕方頃に見た彼女の姿をまた思い出して、ヴォルフは「君なら大丈夫だよ」と背中を押すように優しい声音で言い、穏和に笑いかけた。

 

「それだけ真剣に考えているんだから、きっと想いは伝わっているさ」

「想いだけじゃ駄目なのよ。ちゃんとした武器も作ってこその鍛冶職人なんだから」

 

 あまりにも真面目な彼女の意見に、もう充分立派な職人なのにと感嘆しつつ苦笑い。だが、そんな彼女だからこそ、信頼を寄せていくのも分かる。ヴォルフもまたリズベットなら大切な武器を預けても大丈夫だという確固たる信頼が心中にあった。

 

 ……まだ夕方に見た彼女の横顔が忘れられない。とても真剣で真っ直ぐな眼差しが焼き付いて、頭から離れないでいる。

 

 もしかして彼女に――いや、抱いているのは憧れという感情なのだろうと乱雑に思考を片付けた瞬間、ふいにあくびが出た。僅かだが頭の回転も鈍くなっているような気がするし、まぶたもちょっとだけ重い。

 

 あくびした姿を見ていたリズベットが、「眠い?」穏やかな口調で問いかける。ヴォルフは素直に頷いて、ゆっくりと立ち上がりながら言葉を継ぐ。

 

「君と話していたら、落ち着いてきたのかな。もうちょっとしたら、寝るよ」

「なら、あたしも寝ようかな。流石に寝坊はできないし」

 

 リズベットも立ち上がり、飲み干したお茶のコップを二つ分手に持ち、手早く洗ってしまう。そして振り返ってヴォルフと目を合わせ、穏やかに口元を緩めながら温かな語調で口を開く。

 

「ずっと気になっていたけど、あたしの事はリズって呼んでいいから」

 

 桃色の瞳を優しげに細めながら温かく喉を鳴らして、「それにあたしで良かったら、いつでも話し相手になるわよ」悠然とした態度で告げた。

 

 どこか心地の良さを感じつつもヴォルフも柔和に笑い返して頷き、「今日はありがとう。リズ……さん」少しだけ戸惑いながらも彼女の愛称を口にする。

 

 まだ呼び捨てにしていい程の仲ではないだろうと、僅かな照れくささと遠慮が胸中に居座り、発する言葉に迷いを生じさせた。ああ、どうしてもこんなにも器用に距離を測れないだろうかとつくづく自分の情けなさを実感するばかり。

 

 ほんのちょっとだけ顔が熱を帯びてきたのを隠す為に、そそくさとリズベットに背を向けて「じゃ、おやすみ」と声を少しだけ上擦りながらも告げ、退出しようとドアノブに手をかける。

 

「おやすみ、ヴォルフ」

 

 背中に投げかけられた優しく温かい彼女の声が耳朶を打ち、そのままヴォルフの心の中へと染み込ませていった。

 

 

 

 

 それからまた数日が経ったある日の事、ヴォルフが倉庫の整理をし終えると、カウンターに顔を出す。普段ならアキレアがカウンター業務を請け負っているのだが、今日はリズベットが担当している。

 

「あれ? アキレアさんは?」

「アキなら攻略会議に出ているわよ。あの子も攻略にイベントって、大忙しねぇ……」

 

 遠くを眺めるようなリズベットの瞳。彼女の言う通り、血盟騎士団で攻略に積極的に参加しているアキレアは、私事以外にもやらないといけない事がある。

 

 ヴォルフがスキル上げ中に聞いていた話は、団員の士気や実力のチェック、ギルドの金銭管理など雑務が多い印象だった。あれだけ多い人員を一人一人確認しているとは、アキレアも中々働きすぎなのではないかと思ってしまう。

 

「本当に休む暇なんてないって感じだね」

「でも、本人に言わせてみれば、この時期を乗り越えたら楽なんだって」

「ああ、イベントの事か。リズさんは参加するの?」

「そりゃ、参加するに決まっているでしょ。大切な友達なんだから」

 

 当然と言わんばかりに胸を張り、リズベットは泰然とした態度で答える。面倒見のいい彼女らしいなとヴォルフも笑って頷く。

 

 またリズベットがいてくれると助かるとさえ思っていた。彼女の実力は攻略組レベルとまでいかなくとも、肩に並べるには充分すぎる程だと出会った時の戦闘を思い返す。

 

 あれだけメイスを巧み扱って一撃を当てられるプレイヤーは中層の中ではそうそういない。また麻痺状態で動けなかったアキレアを守りながら、多数のリザードマンを葬り去ったのだ。そんな彼女を表すとしたら、頼もしいの一言に尽きる。

 

 それからしばらく何気ない会話を続けながら、二人は店の業務をこなしていく。天気は晴れているが、いつもは人だかりができる武具店に人影がない。攻略会議で時間がかかっているのだろうか。

 

「在庫の確認や注文の品の鍛錬も終わったし、今日はあまり人が来ない日だからどうしようかしら?」

 

 自分の仕事を終えたリズベットは体を大きく伸ばして、やや退屈そうな口調で口を開く。「もう一回店を見て回ろうかしら?」伸びを終えたら、腰に手を当てて生真面目な調子で言葉を発しながら店の外を見ていた。

 

 ヴォルフもどこか手持ち無沙汰な様子で店内を見渡す。何も手伝える事はなさそう。自分のメニュー画面を開いて、持っているアイテム欄を確認。何か暇を潰せるものがないかと、画面を睨みつけて、ある物を見つけた。

 

 流石に店を空けるという事になるから気が引けると思いつつも、勇気を振り絞ってリズベットに声をかける。

 

「あの……リズさんさえ良ければ、釣りにいかない?」

「いいわねぇ~、アキレアに食材買ってきてもらってばっかりで悪いし」

 

 見上げてヴォルフと目を合わせて、活発な笑みを浮かべる店主は「たまには自分達で調達しましょうか」楽しげに喉を鳴らしながら提案を認めた。

 

 

 

 

「ここ静かで風が気持ちいいわねぇ~」

「でしょ? この間、アキレアさんと一緒にスキル上げしていた帰り道に見つけたんだ」

 

 リズベットの賞嘆を聞いて、ヴォルフは自慢げに笑い返す。自分一人でも良かったのだが、どうしても誰かと一緒に来たかった。丁度いい機会に恵まれたと同時に、心なしか胸の中が温かい。きっと二人で釣りをしているからだろうと、それ以上は追及する事なく水面を見つめる。

 

 彼らが釣り糸を垂らしている湖は、道が少し険しく、鬱蒼(うっそう)とした森の奥にあるせいか人気がない。それ故に森閑とした空気が流れ、穏やかに時間を移っていく。そよ風がピンクやこげ茶の頭髪を撫で、木々の騒めきや小鳥の囀りが心地よく耳朶を打つ。

 

「何というか釣りって、あんたらしいわね」

 

 あまり要領を得ないが故に「そうかな?」とヴォルフは首を傾げる。現実世界では違うものに打ち込んでいたし、こんな大柄な人間を見たら、ほとんどの人が肉体を激しく動かす事が趣味だと思うのではないかと。

 

 実際、このゲームを始める前はバスケットボールをしていたし、もし閉じ込められる事がなかったら強豪校に進学していたつもりだ。ほぼ釣りとは無縁の世界を生きてきたと言っても過言ではない……父親や祖父は釣りを趣味していたけども。

 

「あんたって、何だかのんびりゆったりするのが好きそうだもん」

「そうだね、こうしてのんびりするのは好きだよ」

 

 意図を把握して、穏やかに双眸を細める。忙しなく動き回るよりかは、今みたいにゆっくりとしている方が性に合う。

 

 ただのんびりをしすぎて、よく妹に怒られていたなという思い出も甦ってきて苦笑い。彼女も元気にしているといいのだが……。

 

 ふと、水面から目を離し、隣で座っているリズベットの横顔を見つめる。遠くを眺める穏やかな桃色の瞳、口元に浮かんでいる普段とは違う柔らかな微笑み、そよ風がふわりと撫でていく瞳と同じ色の髪。

 

 ほんの一瞬だが、今まで以上に胸の高鳴り、心臓が弾け飛びそうになる。完全に心が奪われた瞬間、鍛冶場で見かけた横顔と重なり、体が熱くなっていく。――好きだ。その一言がハッキリと現れた。

 

「ん? 何か言った?」

 

 彼女の耳には届いてはいないものの、口に出していた事に驚き、思わず目を逸らす。「あ、いや、何も……こうして風が吹くと気持ちいいね」今言った言葉が伝わらなくて良かったという安堵の想いと、伝わって欲しかったという落胆の思いが複雑に混ざり合う。

 

「本当にその通りだわ。まだ一匹も釣れない事以外は最高よ」

 

 いつものように快活に笑うリズベット。彼女が発した一言にヴォルフはただ苦笑いをするだけ。

 

 確かに釣れていないから否定しようもない。先程考えていた事を誤魔化すかのように、釣りの方へ思考を切り換えていく。とりあえず今は何も言わないでおこうと、心の中にある熱をできるだけ冷ましながら。

 

「ヴォルフが釣りを始めたきっかけってあるの?」

 

 まだ一匹も釣れていない最中に投げかけられた何気ない問い。「うーん、そうだな……」自分が釣りを始めた頃を少しだけ思い返していく。攻略組を抜けた直後に、時間を持て余す事が増えてしまっていたあの頃を。

 

「特にはないけど、強いて言えば“寂しさ”を紛らわす為かな」

 

 強烈に感じていた渇き、胸の中がぽっかりと穴が開いてしまっていた感じ……今では薄れていっているが、思い出す度に飢えているような感覚に襲われる。その渇きや飢えの正体が、今口に出してようやく掴めた。

 

 “寂しさ”、“人恋しさ”と言った方が適切か。ともあれ、心の中で渇望していたものが判明して、腑に落ちる。

 

「“寂しさ”って、ここにはたくさんの人がいるのに?」

 

 笑う事なくリズベットは、真面目な声音で訊ねる。ヴォルフに向けている双眸も極めて熱誠(ねっせい)で、まるでかつての自分を思い重ねているかのよう。

 

 彼女の心中は察せないものの、真面目に話を聞いてくれる態度に安堵しつつ、ヴォルフは水面に目を落として答える。

 

「でも、所詮はゲームの世界だからね。何もかも虚構で塗り立てられた世界でしかない」

 

 滅多にしない嘲りを混ぜた笑み。この世界に向けたものだが、そう思ってしまう自分にも向けていた。だけど、今は少しだけ違う。嘲笑からいつも通りの温厚な笑顔になりながら話を続けていく。

 

「そう思っていた時期があったんだよ。“本当”なんてどこにもないって」

 

 ゲームの世界だから何もかも作りものにしか見えない。攻略組を抜ける直前は、無機質の塊でできた世界だと感じていた。例えプレイヤー同士であっても、所詮は作りものの体だから、温もりはないとさえ。

 

「友達がいなくなって、攻略も段々厳しくなってきて、目の前で人が死んでいくばかりで虚しい世界だと」

 

 思い返される寂寞(せきばく)とした背中、無力さを感じる日々、そして自分の眼前で硝子片となって散っていく人々。生きている実感がいつの間にか感じなくなり、どうして自分がここにいるのだろうと考える瞬間が増えていた。

 

 だから、攻略組を抜ける事を決心したのだと思い至る。行方をくらました友人から理由を聞く為に、ここに生きる理由を見つける為に。

 

「だけど、攻略組から抜けて旅をして、少しだけ“本当”はあるって信じられるようになったんだよ」

 

 流浪の旅を続けて、たくさんのプレイヤーと交流していく中、ようやく生きている実感が湧いた。様々なプレイヤーが様々な思いや痛み、苦悩を抱えていていたのを知り、攻略組を抜けだした自分に忸怩たる思いが込み上げてくる。

 

 自分だけではない――皆、どこかで苦しみながらも生きているんだと。当たり前な事に気付き始めて、前へと進めた気がした。あまりにも情けなく、遅すぎる一歩だが。

 

「釣りも続けていたら、こうしている時間だって“本当”なんじゃないかって思い始めたんだ」

 

 語調が少しだけ明るくなる。時折吹くそよ風の心地良さに身を委ねながら、顔を上げて遠くを眺めた。

 

 攻略組にいた時には感じられなかった穏やかで緩やかな時の流れ。満腔(まんこう)で味わいつつ、今度はおどけたような口調で言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、今はそれよりもアキレアさんやリズさんの方を手伝わなきゃね」

 

 隣で話を聞いてくれる少女へ穏やかに笑いかける。やっと見つけた居場所に、親愛の念を心に秘めて。

 

 一通り話し終えるまで閉口していたリズベットは、神妙な顔つきになり、一旦視線を水面に移して考え込むような素振りを見せる。少しの空隙を経て、こげ茶の双眸をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。

 

「……今は“本当”があるって信じられる?」

「それは……まだちょっと分からないかな」

 

 今でこそ“本当”はあると信じられるようにはなってきた。けれど、まだ心のどこかで虚構の世界だと思っている自分がいる。“本当”なんてどこにもないと、そんなの嘘でしかないと。

 

「でも、こうしてリズさんと釣りをしながら話していて、楽しいと思える気持ちは“本当”だって信じているよ」

 

 それでも今この瞬間に感じている心は“本当”だと信じたい。こんなにも温かく優しい風を嘘だなんて思えないから。

 

 しばらく無言の間が続き、「そっか」とリズベットは意味を噛み締めるように呟く。「変な事訊いちゃって、悪かったわね」申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

 ヴォルフも「俺の方こそ何か暗い話をしてごめん」と謝る。釣りを始めたきっかけなんて、簡潔に言えば良かったのに、何故か自分の事を滔々と語ってしまった。振り返ってみれば、今言った通りとは言えども。

 

「別にいいわよ。あたしは気にしていないから」

 

 穏やかに桃色の双眸を細めて、「むしろ、あんたがそうして話してくれた事の方が嬉しい」落ち着いた調子で返す。

 

 彼女の快活な笑みにまた胸が騒めき出し、顔が少し熱くなっていくのを感じる。悟られないように、ヴォルフはリズベットから目を逸らして、垂らしている釣り糸の方へと目を向けた。

 

 ぎこちないヴォルフの挙動に、リズベットは少しだけ目を丸くして首を傾げるが、やがて柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「……あんたの心が“本当”で満たされるなら、いつでも話に付き合うわよ……」

 

 優しげな語勢で紡がれたリズベットの言葉は彼の耳に届く事なく、そよ風の中へと消えていった。

 

 

 

 

 それから時が経ち、日が傾いて景色がオレンジ色になり始めた頃、二人が持ってきたバケツには釣った魚が少しだけいた。

 

「そろそろ帰ろうか。日も暮れてきたし」

「ええ~、もうちょっとだけ釣ろうよ。まだ釣れると思うし」

 

 まだ釣ろうとするヴォルフに対して、リズベットは「そしたら、完全に夜になるでしょうが」と彼の頭を小突く。

 

 小突かれた場所を擦りながら、ヴォルフは空を見上げて時間を察する。流石にのんびりしすぎかと思いながら立ち上がり、釣り道具を片付けていく。

 

 持ってきた道具を片付けたら、リズベットが「ほら、手出して」と何気なく手を差し出す。彼女の意図を理解できないヴォルフは「へっ!? な、何で!?」驚嘆の声を上げるしかない。

 

 彼の驚きをよそに、リズベットは眉を顰めながら「ここまで暗いとはぐれちゃうでしょ」語気を強めて、要求する。

 

「俺は子供じゃないよ。そう簡単に迷わないって」

 

 少しだけ反抗するが、「あんたの“迷わない”っていう言葉ほど、信用ならないのよ」睨めつけられながら言い返され、あえなく撃沈。「……そうだね。分かったよ」仕方なく彼女の提案を飲み込み、手を握る。

 

 初めて握手した時は意識しなかったが、柔らかくて小さい彼女の手の感触にドギマギして、心臓の鼓動が早くなっていく。と同時に、彼女の手から伝わる温もりが、今二人がここにいる事を証明しているとも感じた。

 

 ――こんな近い場所に“本当”があったんだ。ヴォルフの心に確かな熱が伝播(でんぱ)し、渇きを着実に癒していった。




 ……え? 何でこんなに神妙な話になってんの、これ?
 もうちょっと明るい話にする予定だったのに、何でこんなに妙に暗いの?

 と巻波は自分の作風に首を傾げるしかなかったとさ()

 後、アキレアさん、地味に優秀すぎるなぁ~……そしてリズさんは、難聴系主人公ならぬヒロインになっている事について()

 それはさておき、次回は8月16日の12時ぐらいを予定しています。
 また今後の投稿時間はアンケートを取って、決めようかなと思います。
 ご協力いただけますと、嬉しい限りです。

 では、今回はこの辺りで筆を休めます。
 感想の方、短くとも書いてくださいますと、作者が泣いて大喜びします。
 次回もお楽しみに。
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