ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~   作:巻波 彩灯

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第5話:告白

 朝方、目を覚まして支度を済ませ、居間に向かうとリズベットやアキレアが既にいた。アキレアは料理スキルがこの中で最も高い為、台所を担当しており、現在朝食の調理している。

 

「おはよう、昨日は眠れた?」

 

 お茶を淹れながらリズベットは快活な調子で質問を投げかける。まだ夜中の事を気にしているのか、桃色の瞳はどこか心配そうに揺らめていた。

 

「ああ、眠れたよ……心配かけちゃったね」

 

 ヴォルフもできるだけ平静を装い、努めて穏和な語勢で言葉を返す。テーブルの支度を手伝い、準備を整えるとゆったりとした動作で椅子を引き、席に着く。なるべく普段と変わらないようにと、心に巣食っている悶々とした気持ちを抑えながら。

 

「あんたが元気なら何よりだわ」

 

 いつも通りの様子だと見て取れたのか、リズベットは安心しきった顔で言う。「今日もビシバシ働いてもらうからね」快活に笑いかけては、強気な語勢で言葉を紡ぐ。

 

 彼女の言葉に、ヴォルフはただぎこちなく苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

「リズさんと何かあったのですか?」

 

 朝食や開店準備が終わった後、素材採集も兼ねて、スキル上げの為にヴォルフとアキレアは五十四層のフィールドを探索していた。戦闘がない落ち着いた時間に、アキレアが唐突に口を開き、眼鏡のレンズ越しの黒瞳は不安げに見上げる。

 

「へっ!? な、何にもないよ!?」

 

 いきなり訊ねられて、気が動転しながらも平静を努めながらヴォルフは返答した。片想い中の相手に好きな人がいて、落ち込んでいた――なんて言ったら、噴飯物(ふんぱんもの)間違いなし。それにまだ自身の気持ちを持て余してしまい、整理が付いていない。

 

「そうですか……今朝、リズさんに対する態度が少しぎこちないように見えたので、てっきり……」

「いやいや、大丈夫だよ。ごめんね、何か心配かけちゃって」

 

 愁眉(しゅうび)を寄せていくアキレアをなだめようと、ヴォルフは柔らかい語勢で言葉を発する。同時に今朝の様子を見て、何かに気付かれてしまったかと忸怩(じくじ)たる思いが込み上げていく。上手く隠していたつもりでも、バレてしまったかと。

 

「……ヴォルフさんが悩んでいる事と全然関係ないですけど、私にも悩みがあるんです」

 

 彼の言葉を聞いてもまだ眉根は寄せたままのアキレア。少しだけ間を開けた後、おもむろに口を開き、真剣な眼差しで顔を合わせる。黒の双眸(そうぼう)はこれまで以上に悲愴(ひそう)な決意を宿し、強くも悲しげに光瞬いていた。

 

「悩み? 俺で良ければ、聞くけど……?」

 

 目を丸くさせ、驚嘆しながら承るものの、今までの自分の経験からそこまで胸を張れるようなものがない故に「アドバイスとかはできないかもしれないけど」と弱気な言葉を付け足してしまう。

 

「解決自体は自分でしなくちゃいけないので、お話を聞いてくださるだけでも充分です」

 

 弱気なヴォルフに、アキレアは柔らかく微笑み返して、黒の双眸を細める。そして大きく一息吐いた後、悩みを口に出していく。「私には憧れ……通り越して恋している人がいるんです」重々しく紡がれた披歴(ひれき)は、悲愴な色を表していた。

 

「強くて、優しくて……閃光のように駆け抜けるあの人にいつしか目を奪われていました」

 

 一つ一つ丁寧に発せられる言葉に、ヴォルフはだたじっと耳を傾けるだけ。彼女の想い人は、この前話していた時から察していたが、より強く確信した。同時に、自身の心も似たような境遇だと騒めき出す。

 

「その人を見る度に胸が高鳴り、そして騒めき出すんです」

 

 頬を上気させながらも黒瞳は今にも泣き出しそうなくらいに歪められ、彼女の悲痛な想いを懸命に表しているかのよう。

 

 ヴォルフも意中の相手を見た時の事を思い出し、つられて泣きそうになるが何とか堪えて、アキレアの話に注聴(ちゅうちょう)する。

 

「憧れだと思っていたんです。けれど、あの人の笑顔を見る度に胸が苦しくなっていくんです」

 

 自分もそう思っていた。そうだと感じていたと共感しながら続きを聞く。「これを“恋”と呼ばずに、何と呼ぶんだろうと……」アキレアの言葉は徐々に熱を帯び、より痛ましさを増しながら継がれる。「だから、私は盾と剣を使って傍にいようと努力しました」力強い語勢とは裏腹に、彼女の表情は苦悶に満ちていた。

 

「けれど、その人には好きな人がいたんです。黒くて、何もかもを切り裂く剣士が」

 

 悲愴な声色で語るアキレアの目尻には、薄っすらと涙が溜まっていく。声音が力を失い、段々と震え出しながら、次の句を継ぐ。

 

「私がやってきた事は無駄だったんだろうかって、その時は本当に苦しみました」

 

 今抱えている胸の痛みは彼女も感じているものなんだと、ヴォルフはようやく気付く。いつも自分は周りを見ていない。なんて、ちっぽけな人間なんだと自嘲の念が次に押し寄せてくるのを感じて。

 

「でも、その人の笑顔を見る度に自分がやってきた事は無駄じゃないって思えたんです」

 

 静かに笑みを湛えて、「私は決めました。その人を幸せにすると……」アキレアは悲壮(ひそう)な決意を口にする。

 

「例え、彼女の傍にいなくとも、彼女が好きな人と添い遂げられるように」

 

 重々しい響きながらもどこか吹っ切れたかのように、爽やかな風が通っていく。浮かべている笑みもこれまで以上に清々しいものだった。

 

「それが私なりの告白です。大好きな人が笑ってられる未来があるなら、それでいいんだって」

 

 芯が通った力強い言葉。その重みは確かにヴォルフの悶々とした気持ちを打ち払い、一筋の光を照らし出す。

 

 今ここにある“本当”の気持ちを否定したくない、今まで感じた熱を否定できる訳がない。前からあったじゃないか、誰かの願いを叶える為に手伝うという答えが。

 

「アキレアさん……」

「すみません、こんな事を滔々(とうとう)と語ってしまって……」

「大丈夫だよ。話してくれて、ありがとう」

 

 意中の相手に対する想いを前向きに認めて、ヴォルフは穏和に笑いながら告げる。「話を聞いて俺も決心したよ……イベント戦、頑張ろうね」誰かを幸せにしたいという願いが今目の前にある……それを叶える手伝いはできるはず。

 

 例え、意中の相手が自分ではない他の誰かの隣を願ったとしても――悔いが残らないように、力になりたいという希求がハッキリと芽生えていくのを感じながら。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 アキレアも口元を優しく緩めて、黒の双眸に力強い決意の光を秘め、言葉を返した。

 

 

 

 

 夜中、街中がしんと静まり返った時間帯に自室でベッドに腰かけていたヴォルフは、改めて胸中に抱えているものを思い返す。

 

 本人の前では決して言えないのだが、彼女に惹かれている自分がいる。鍛冶場で作業している時の真剣な横顔、快活に笑いながら誰よりも真面目で、他人が悩んでいる時は手を差し伸べてくれる優しさ。

 

 夜中二人きりで話している時が何よりも楽しい。どうしても眠れなかった時に彼女と話していたら、無茶をしてきた心が安らぎを感じて、落ち着きを取り戻していた。

 

 彼女と一緒にいる時が一番心地いい。手を繋いだ温かさは、自分達が確かにここにいるという証明にもなって、また一つ“本当”はあると信じられるようになった。

 

 思い返せば、思い返す程、やはり自分は彼女の事が好きなんだと自覚する。だからこそ、自分の気持ちに正直になりつつ、彼女が笑えるような未来を手伝いたい。

 

 大きな息を一つ吐いて、こげ茶の双眸に決意の光を強く宿す。伝えに行こう――剥き出しになった“本当”を抱えながら、ヴォルフは部屋を出て、リズベットがいるであろう居間へと足を運んだ。

 

 

 

 

 居間に入るとリズベットが温かいお茶を飲みながらくつろいでいた。「あ~……昨日の事、ごめんね?」ヴォルフが部屋にやってきた事に気付くと、申し訳なさそうな笑みで迎える。

 

 ヴォルフは首を横に振って、「リズさんが原因じゃないから」と言いつつ、彼女と対面するように椅子に座った。手元には自分が来る事を予想していたのか、既に温かいお茶が置いてある。

 

「やっ、何か変な事言っちゃったかもって……ほら、ちょっと話もあれだったし」

「それは俺も同じだよ。無遠慮であんな事訊いちゃったからさ」

 

 まだ仄かに湯気立っているお茶に口を付けた後、「お互い様ってヤツだよ、きっと」双眸を緩やかに細めて、穏やかに笑い返す。ちょっとだけ熱いお茶が喉元を通り、余計な言葉を焼いていくような感覚が胃に届いていく。

 

「まぁ、あんたがそれでいいってなら、別にいいけど……」

 

 乱雑にピンクの頭髪を掻き、愁眉を寄せたままリズベットは視線をヴォルフから逸らす。「一応、弟子の悩みを聞くのが師匠の役目だし……」口を尖らせて生真面目な口調で言葉を吐いた。

 

 あまりの生真面目な彼女の声音に思わず噴き出してしまい、「俺、いつの間に助手から弟子になったの?」ヴォルフは穏やかに笑い声を立てる。

 

 確かに主従関係なのだろうけど、弟子入りした覚えはない。けれど、彼女がそれだけ自分の事を大切に想ってくれている事には嬉しさが込み上げてくるばかり。

 

「何よ、それだけ元気なら心配して損したわ」

「ごめんごめんって、まさかここまで真剣に考えてくれているとは思わなくてさ」

「手伝わせるって言ったの、あたしだし、それなりの責任があるに決まっているでしょ」

 

 不機嫌そうに眉を(ひそめ)め、リズベットの語勢が真面目なトーンを保ったまま段々と荒くなっていく。

 

 店主としての責任感と元来の真面目さが織り交ざった言葉に、ヴォルフは嬉しさを(うち)に秘めながら柔和に笑う。「本当、リズさんは真面目だね」安堵したように嘆息を吐きつつ、「責任感のある店主さんで良かったよ」落ち着いた声色で述べながらもの柔らかな笑顔でさらに言葉を継いだ。

 

「べ、別にそこまで真面目じゃないわよ」

 

 のどやかなに紡がれた言葉に、照れ隠しするかのようにまた口を尖らせながら否定の句を述べる。「あたしよりも責任感のある人間は、いっぱいいるし」そこまで自分は特別じゃないと言いたげに、桃色の双眸が鋭く細められていく。

 

 これまでリズベットと一緒に仕事をしてきたから分かるのだが、彼女ぐらい真面目な職人は今まで見た事ないとヴォルフは苦笑いしながら振り返る。皆、真面目に熱意を持って仕事をしているが、彼女はそれ以上だと感じている程だ。

 

 またほぼ見ず知らずの人間を泊める事を許す程、ここまで面倒見のいい人間もいないと思う。普通は泊めないと思うのだが、店を手伝う事を条件だとしても無償で宿泊させてもらえるなんてあり得ない事だろう。

 

「そうかな? 俺はリズみたいに、とことん鍛冶に打ち込んでいる人は見た事ないよ」

「ま、まぁ、あたしにはそれぐらいしかできないからね」

「それでも充分だよ。一つの事を極めようとしている事は本当に凄い事なんだから」

「あんたに言われちゃ、何かむず痒いけど悪い気はしないわね」

 

 変わらずリズベットは不機嫌そうな表情を浮かべているが、心なしか口元が緩んでいる。声音も僅かに弾んでおり、嬉しく思っているのだろう。

 

 彼女の表情から何となく察して、ヴォルフは失礼な事を言っていないようで良かったと安堵の笑みを漏らす。やはり彼女と言葉を交わす時間が、最も心が温かくなる。昨夜はあんなに“本当”であって欲しくなかったと、願っていたのに。

 

 けれど、否定しきれない。信じたいと強く願う自分が確実にいる。だからこそ、今想いを一つだけ吐き出そうと決めた。

 

「その、ちょっといいかな?」

「何よ?」

 

 話柄が唐突に切り換わった事を機に、リズベットは体の向きを正面に直し、少しだけ眉根を寄せてヴォルフを見つめる。

 熱誠(ねっせい)な桃色の瞳をしっかりと焼きつけ、ヴォルフは勢いよく彼女の右手を両手で包み込んで握り締めながら、真剣な眼差しを向けて決意の言葉を紡ぐ。

 

「これからも君の事を手伝わせて欲しい」

 

 店の手伝いはもちろんの事、彼女が好意を向けている人と一緒に笑っていられるように背中を押すという意味を含めて。

 

 ヴォルフの告白に最初意味が分からなかったらしく、リズベットは鳩が豆鉄砲を食ったように目をしばたたかせて、呆然としていた。やがて、意味を理解したかのように固まった表情を氷解(ひょうかい)していくと、噴き出して哄笑(こうしょう)し始める。

 

「それ、今大真面目に言う事?」

「い、今大真面目に言う事だよ。……そこまで笑う事ないだろ」

 

 恥ずかしさのあまり、ヴォルフは顔が赤くなっていくのを感じながらリズベットから目を逸らして、珍しく不機嫌そうな声音で呟く。顔だけじゃない、体全体が熱くなる。多分きっと茹でたタコのように赤くなっているのだろうなと思いながら。

 

「いや、ごめん。あんたが物凄く真面目な顔をするから何かと思ったら……」

 

 普段温厚に話す彼が、珍しく拗ねている表情を見せている事に苦笑いしながら、「そういうのは、ここでする顔じゃないでしょ?」リズベットは少しだけ呆れの調子を交えながら真面目な声音で返答する。

 

「そ、そりゃ、そうだけど」

 

 一世一代の告白のつもりでいたから、何か上手く伝わっていない事に少しだけ落胆。言った言葉が、どう聞いても告白という感じではないだろうし、大真面目に言ったのだから笑われて当然か。

 

 しかし、奇妙に真剣に返されるよりかは、笑い飛ばしてくれた方が心は楽だとも感じていた。少しだけ期待していた自分に対して忸怩たる思いが湧いてくるが、その笑い声を聞いて少しだけ払拭できた気がする。

 

「でも、驚いたわ。まるで好きな子に告白するみたいな感じで真剣な顔をするんだから」

「あはは、えっと、もしかして期待してた?」

 

 穏やかに笑いながら恐る恐る訊ねてみると、リズベットの頬に朱色が差す。「ば、バカね! そ、そんなんじゃないわよ!」さっきの豪快な笑いから一変、今度は言葉尻が荒くなっていく。予想外な一言を聞いたかのように。

 

「あ、あんたの事は嫌いじゃないけど、そういう意味じゃないからね!」

 

 鋭い剣幕でまくし立てながら、彼女の頬はさらに赤く染まっていくばかり。「あくまで助手とか人間的によ! いいわね!」語気を荒々しくしつつ、強く念押しの言葉を吐き出した。桃色の双眸はいつになく鋭利に細められている。

 

「分かっているよ。信頼してくれているようで良かったよ」

 

 もう一度、ヴォルフは安堵のため息を吐く。告白の真意が伝わったかどうかよりも、彼女に信頼されている事への嬉しさが勝り、先程の落胆など忘れてしまった。我ながら単純だなと思いつつも、好きな人に、どんな形であれ信頼されている事を喜ばずにはいられない。

 

「まっ、あんたの働きぶりは信頼できるからね」

 

 まだ頬に赤みを帯びながらも普段通りの快活な笑みを浮かべ、「だから、ここにいる間はビシバシ働いてもらうわよ!」リズベットはこげ茶の瞳をしっかりと見つめながら明るい語調で言ってのけた。

 

「ああ、俺で良ければ、いつでも力になるよ」

 

 ヴォルフもつられて温厚な笑みを湛えて、言葉を返す。その意に嘘偽りはない、“本当”だと熱を込めながら。

 少しの空隙(くうげき)、神妙な顔つきでリズベットが考え込むかのように俯き、「あんたばっかりだと不公平だし、あたしの話も少ししようかな」やや硬い声音で言葉を発した。

 

「いやいや、別に大丈夫だよ。俺は問題ないし」

「でも、何かあんたばっかり繊細な話しているんだから、あたしも少しは話さないと……何か申し訳ないのよ」

 

 本当に申し訳なさそうに、罪悪感に駆られたかのように相好(そうごう)を硬くするリズベットを見て、「……君がそう言うなら……俺で良ければ、聞くよ」ヴォルフは一度目を軽く閉じて気持ちを落ち着かせる。そして、こげ茶の双眸に強い光を宿しながら彼女の顔を真剣な眼差しを向けた。

 

「……あたしもさ、好きな人いたのよ」

 

 一呼吸置いてから、リズベットはおもむろに口を開く。「あんたが言っていた“黒の剣士”って奴なんだけど」いつになく声音が震えており、「でもさ、そいつの事が好きな人が他にもいたのよ」ヴォルフが握っている手からも震えが伝わってくる。

 

 彼女の頬は依然上気していたが、桃色の双眸は恋慕(こいぼ)を秘めつつも悲しみや悔恨に似たような色を混ぜて、複雑な光を灯して揺れていた。

 

 初めて見た苦しそうなリズベットの相好に、ヴォルフはただ言葉を失うばかり。彼女も年頃の女の子だから誰かに恋して当然だと思っていたが、まさか自分と似たような苦しみや痛みを抱えているとは思わなかった。

 

「それがあたしの親友。ほら、この間、アキレアといたでしょ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で全てが繋がった。と同時に、何とも居たたまれない気持ちが襲ってくる。リズベットは“黒の剣士”で、アキレアは“閃光”にそれぞれ恋をして……でも、二人はアスナの為を想って身を引いた。

 

 聞いているだけで当事者かのように胸が苦しくなっていく。何と言葉をかけていいのか分からない。ただ次の言葉を待つ為に、彼女の顔をじっと見つめるだけ。

 

「どう見てもお似合いだし、親友の幸せを願わないなんて人として廃るでしょ」

「リズさんは……それでいいの?」

 

 おもむろに開口して出した言葉は、決めた事への納得をしているのかの疑問。こげ茶の双眸は()いを湛えて、覿面(てきめん)の少女をただ見つめるだけ。握り締める両手は、少しだけ力を強めていた。

 

「いいのよ。あたしは、あいつを危険に晒しちゃうからさ」

 

 諦観(ていかん)したかのような表情でリズベットは嘆息を吐く。「それにさっきも言ったけど、親友の幸せを願ってなんぼでしょ」諦念(ていねん)していた顔が嘘のように相好は崩れ、勝ち気な笑みを浮かべて、力強い語勢で告げた。

 

「それならいいけどさ……」

 

 眉尻を下げて、困惑や落胆が入り混じった複雑そうな表情で呟くヴォルフに、「もう、辛気臭い顔しないの!」リズベットは明るい口調でたしなめ、言葉を継ぐ。「まぁ、あたしが暗い話しちゃったのが悪かったけど」桃色の双眸を穏やかに細めて苦笑すると、一瞬だけ目を逸らして考え込むと再びこげ茶の瞳を見つめて口を開いた。

 

「もしかしたら、あんたにも手伝ってもらうかもしれないけど……」

「それぐらいお安い御用だよ。君には返しても返しきれない程の恩があるぐらいだし」

 

 どうであれ彼女の力になれるなら、それで充分。ヴォルフはいつもの柔和な笑みを浮かべつつも、穏やかで強勢な口調で返す。自分の手より小さいのに、たくさんの武器を鍛えてきた職人の手から勇気をもらいながら。

 

「もう、大袈裟なんだから。あたしだって、あんたには充分助けられているわよ!」

 

 呆れたように笑いながらリズベットは「んじゃ、今日はこれでお開き!」と言って立ち上がろうとするが、自分の右手がずっと握られている事に気付き、「ヴォルフ……手」何とも言えない当惑した表情で離すように目配せをする。

 

 忘れていた訳ではないものの、ずっと握っていたという事実にまた顔が熱くなるのを感じながら「ごめん」と告げて、ヴォルフは両手を離した。まだ両手には温もりと柔らかい感触が残っている気がした。

 

 

 

 

「明日イベント戦に挑むんだから、寝坊しないでよね!」

「分かっているよ。ちゃんと起きるって」

 

 片付けをした後、居間を出た二人は廊下で言葉を交わす。そして「おやすみ」の句を告げると、リズベットは踵を返して自室の方へと戻っていく。

 

 その背を見届けながらヴォルフは、誰の耳にも聞こえないように小さく告白する。――俺は君が好きなんだよ。静かに時が流れている間で、放った言葉は夜の静寂の中に溶け込んでいくと信じていた。

 

 けれど、リズベットの耳には届いていたらしく、少しだけ目を丸くしながら「何か言った?」振り返ってヴォルフの方を見つめる。

 

「い、いや何も。明日、一緒に頑張ろうね」

 

 中途半端に音が響いていた事に忸怩たる思いが胸中に込み上げてくるのを抑えつつ、ヴォルフは穏和な笑顔で桃色の瞳を見つめ返した。あの話の後に、今の言葉は流石に聞かれたくない。何だかズルイような気がするから。

 

「ええ、期待しているからね!」

 

 元気よく返答したリズベットは、そのままヴォルフに背を向けて自室の方へと姿を消していく。小さな背中を見送った後、ヴォルフも「俺も頑張らなきゃ」と口の中で決意の言葉を呟き、自分の部屋に戻って寝床についた。




 ……え? 何でこんなに近づけないんでしょうね?
 というより、抱えている想いが重たい……重たいんだけど、うちの子()

 それはさておき、次回からイベント戦に挑みます。久々の戦闘シーンです。
 ……果たして、ヴォルフ達は無事に生還できるだろうか?


 次回は8月19日の18時を予定しています。何もなければ、明日も無事に投稿できると思っています。

 では、今回はこの辺りで筆を休めたいと思います。
 感想の方、お待ちしております。
 次回もお楽しみに。
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