ソードアート・オンライン ~巨狼、虚現に生きる~   作:巻波 彩灯

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第8話:紺碧(こんぺき)の思い出

「リズさん、ヴォルフさん、お世話になりました」

「こっちこそ、色々と手伝ってくれてありがとう」

「俺は何もしていないし、むしろ助けられてばかりだったよ」

 

 イベント戦が終わってから数日後、最前線へ戻っていくアキレアを見送る為に、リズベットとヴォルフは店の外で彼女を言葉を交わす。

 

 再会もイベント戦も昨日の事だと思えてしまうヴォルフは感慨深く感じながら、穏やかに笑って言葉を紡ぐ。

 

「そ、そんな事ないですよ。私だって、お二人のおかげでこうして強化できましたから」

 

 謙遜(けんそん)な笑みを浮かべながら、アキレアは手にしている真新しい盾を掲げて感謝の意を示す。盾は燃えるような紫色を基調とした円形型で、どんな攻撃からも確実に防いでくれそうな雰囲気を醸し出している。製作者は当然リズベットだ。

 

「でも、ボス戦はアキレアさんに助けられたよ」

 

 改めて振り返るが、自分もリズベットも動けない最中、アキレア一人が戦って時間を稼いでくれたおかげで立ち上がれたと思う。スタン状態にかかっていたかはあやふやだが、あの時は体が動かせなかったのは確か。

 

 彼女の奮闘がなければ、今この場にいないと思うと感謝の念しかない。

 

「あ、ボス戦で思い出したけどさ……」

 

 少しだけ考え込む素振りを見せた後、リズベットは口を開き、「ヴォルフ、あたしの事、“リズ”って呼んだわよね」視線をこげ茶の双眸(そうぼう)に向けて疑問を投げかける。

 

「よ、呼んでないよ。気のせいじゃないかな?」

 

 いきなり彼女に呼び捨てで呼んだ事を問い詰められるとは思っていなかった為、桃色の瞳を見つめてヴォルフの目が泳ぎ出す。言った覚えがあるが、まさかその時の声が彼女に聞かれるとは……何も悪い事をしていないと思うが、気恥ずかしさが込み上げてくるから咄嗟に否定の句を述べてしまった。

 

「いや、絶対に呼んだ。あんた、いつもならさん付けなのに、あの時だけ呼び捨てだったでしょ」

「別に呼んでないよ。きっと空耳だって」

 

 首を横に振ってしまった以上は、しらを切るしかないとヴォルフはとにかく否定する。ここまで彼女が食いついてくるとは思いも寄らなかった。気恥ずかしい気持ちが胸一杯に広がるのと同時に、いきなり呼び捨てで呼んでしまった事への罪悪感も少しだけ生まれてくる。

 

 彼の心情をよそに、中々口を割らない事へ(いぶか)しげな態度を浮かべるリズベットは黒瞳と目を合わせて、「“リズ”って呼んでなかった?」と訊ねる。桃色の双眸はいつになく疑念を振り払おうと、鋭い眼光を放っていた。

 

 アキレアは苦笑いをしつつ、「“リズ”って呼んでいましたね……」思い出していくように平静な語調で返答。「ハッキリと聞こえていましたよ」ヴォルフの方へ視線を移し、申し訳なさそうな笑みを向ける。

 

「ほら、あんた、やっぱり呼んでいたじゃん!」

「その時は勢いでついうっかり……何でそれを問い詰めるのさ?」

 

 意中の相手を呼び捨てにしてしまった羞恥を認めて、頬が熱くなっていくのをかんじながら、こげ茶の頭髪を掻きながら目を逸らす。「……もしかして怒っている?」傍目(はため)で恐る恐る彼女の顔を見つめる。いきなりはマズイよなと。

 

「まさか、それで怒る訳ないでしょ! あんたが呼び捨てで呼んだの、新鮮だったから」

 

 心外だと言わんばかりにリズベットは驚嘆の声を立てて、否定の意を口に出す。「それにあたしもアスナと同い年だし、呼び捨てでいいわよ」少し呆れたような口調で言いながらも、僅かに憂いを帯びた目つきの彼へ快活に笑い返した。

 

 変わらない彼女の反応にヴォルフは安堵の息を吐き、「分かったよ……リズ」と少し照れくさそうに返答する。

 

 傍らでアキレアが珍しく呆れたような視線を送っていた事を二人は気付かない。ヴォルフが彼女の視線に反応した時には、既に柔和な笑みを湛えて開口した。

 

「私もアキと呼んで構いませんよ。アキレアだと少々言いづらくありませんか?」

「そんな事ないけど……でも、アキレアさんがいいなら、これからはアキさんって呼ぶよ」

 

 言われるまで気にしてなかった……いや、それで慣れているから特に問題という問題はなかったのだが、リズベットには呼び捨てにしているのだから同じように言ってもいいかと内心で納得しながら答える。

 

 ただリズベットの時みたいに躍り上がるような羞恥心はないのだが、異性を呼び捨てにするのは照れくさい為、まだ敬称を付けてしまう。自分の不器用さに嘆息を吐くしかない。どうして、異性と上手く話せないのかと。

 

「あ、そうだ! ヴォルフさん、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

 

 話題を切り換えて、アキレアが穏やかな笑みをそのままに真面目な声音で質問を投げかけた。「別にいいけど、何だい?」神妙な顔つきでヴォルフは眼鏡のレンズ越しに見える真剣な眼差しと視線をぶつける。聞かれる事なんてあっただろうか。

 

「ヴォルフさんが前話していた青い髪の女の子についてです」

 

 一旦黒の双眸は別の場所へ視線を移し、アキレアは考え込むように顔を俯きながら言葉を継ぐ。「クエストにも協力してもらいましたし、恩返ししたいので」顎に指の腹を添えて、思考の海に潜り込むように語調は段々と硬くなっていく。「もしかしたら知っている人に会えるかもしれません」一つの答えを見つけたのか、改めてこげ茶の瞳に目を合わせる。

 

「いいよ、そこまでしなくても。俺一人で捜すからさ」

 

 流石にそこまで手助けしてもらうのは申し訳ないと思い、断りの句を述べていくが、「でも、あんた、今金欠でしょ?」隣にいる店主兼宿主の一言でまたもや撃沈。「こういう時こそ、人に頼るもんよ」明るく優しげに紡がれた言葉を受けて、ヴォルフは彼女に頭が上がらないなと思いつつ、一つ大きく息を吐いてから答えを言う。

 

「分かったよ……お言葉に甘えて、アキさんに頼もうかな」

「はい、お任せくだささい。それで、まずはお名前は……?」

「彼女の名前はリオンだよ。ハルバードを使っている子なんだ」

 

 かつて隣にいた少女の面影を探して、記憶を探る為に上目を向きながら思い出しながら言葉を紡ぐ。「目は紫だったかな……生まれつきなのか、カスタマイズなのかは分からないけど」ハルバードを肩に担いで快活に笑って、手を差し伸べてくれた強き青の獅子――紫瞳はとても力強く見た者を惹きつけるような魔力みたいなものがあった気がする。

 

 彼女の不思議な魅力に惹かれ、彼女がハルバードを振るう姿に憧れを抱き、自分もハルバードを使うようになったと思い返す。出会った時の話を話せば、噴飯(ふんぱん)物間違いなしの笑い話なのだが。

 

「他に特徴ってありますか? 身長とか着ている服とかで構いませんので……」

 

 彼の話を聞きながら、メモを取るアキレア。黒の双眸はいつになく真剣で、一字一句聞き逃さないと言わんばかりに熱誠(ねっせい)な眼光を灯らせていた。

 

「身長はリズよりも……いや、アスナさんよりも少し高いかな」

 

 ふとリズベットの方へ顔を向けて、隣にいた少女の幻影を重ねる。自分が長身なせいで、あまり高さが分からないのだが、こうして他の女の子と比べると何となく彼女は背が高いのだなと妙に納得する。

 

「髪はあまり手入れしていないというか、野性味溢れる感じだったね」

 

 覿面(てきめん)にいるリズベットよりも外ハネが激しい髪型……いや、彼女の比ではないぐらい、全体的に髪の毛が跳ねていた。まるでライオンのように。今目の前に彼女がいたら、考えている事を見透かされて、重いボディブローを一発受ける羽目になっていたかもしれないと同時に思い立って苦笑する。

 

「何であたしの顔を見て言うのよ」

「ごめん、リズみたいに気が強くて、髪の短い子だったからつい……」

 

 リズベットに睥睨(へいげい)されて、思わず腹筋に力を入れながらヴォルフは顔を強張らせていく。確かにさっきの発言を振り返れば、殴られても仕方はないかもしれないと内省。けれど、彼女にも殴られるのは流石に勘弁と思うところ。

 

「気が強いって……まぁ、あんたに拳骨かました子だもんね。確かに気は強いわ」

 

 乱雑にピンクの短い頭髪を掻きながら、リズベットは過去の事を思い出したのか、納得したような口調で賛同する。

 

 あのリズベットにすら、“気が強い”と言わせているのだから、相当なのだろうと思いつつ胸を撫で下ろす。嘆息を吐き終わった後、ヴォルフは再び追憶の旅に出て話を続けた。

 

「ええと、服装は青いジャケットと白いマフラーが印象的だったよ」

 

 彼女の代名詞のような青の疾風を織りなす鮮やかな青色のジャケット、誰の色にも染まらない意志を示す白のマフラーをはためかせ、豪快にハルバードを振り回す姿が甦る。誰よりも近い場所で見ていた自分は、背中を預けてもらえる程、強くなっただろうか。そんな問いかけをしても、彼女がいなければ意味がないものながらも。

 

「これぐらいで大丈夫かな? まだ何か言った方がいい?」

「いいえ、これだけあれば大丈夫ですよ。年齢って、ヴォルフさんと同い年ぐらいでしょうか?」

「多分、そうじゃないかな? 聞いた事ないけど」

 

 妹に「女性に年齢は聞いちゃいけません」と口酸っぱく言われていたせいか、はたまた単純に聞く機会がなかったのか、いずれにせよ彼女からは年は聞いていない。だが、顔立ちからして、恐らく同年代ぐらいだと思われる。何となく雰囲気的にそんな感じがするというだけだが。

 

「ご本人に会った時は、ヴォルフさんがリンダースのお店で待っているって伝えますね」

 

 聞いた話をまとめてメモをしまったアキレアの生真面目ながらも活気溢れる言葉に、「うん、よろしく頼むよ」とヴォルフも穏やかに返事をする。頼るべきは仲間かと、改めて実感しながら。

 

「それでは私はこれで」

 

 しっかりとした足取りで出立するアキレアの背に、リズベットは「またウチに寄ってね!」快活な言葉を、ヴォルフは「アキさん、お気を付けて!」彼女を気遣う言葉をそれぞれ投げかける。二人の声に反応して、アキレアは一度足を止めて振り返って穏和に笑い返すと、そのまま歩き出していった。

 

 彼女の背中を見届けた後、「さぁて、あたし達は店の準備をするわよ!」リズベットが元気よく声を立て、「今日も一日頼んだわよ、ヴォルフ!」自身よりも大きい助手の背中を力強く叩く。聞いただけでも痛みが走りそうな音が響いた。

 

「ああ、任せてくれ」

 

 痛みを何とか堪えて、ヴォルフは彼女の期待に応えようと柔和な笑みで返す。今まで親友から受けた鉄拳と比べて軽い方だとはいえ、痛いには痛い……これは流石に“本当”じゃない方が良かったなと思ってしまう。

 

 けれど、好きな人の力になりたい。それだけは、今ここにある“本当”の心だとリズベットの生真面目な横顔を見て、胸の中を温かく満たしていった。確かに“ここに在る”のだと感じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、アインクラッド内の迷宮区にて――まだ未踏の地なのか、プレイヤーらしき人影は一つもなく、ただモンスター達が唸り声を上げて徘徊していた。

 

 その中で紺碧(こんぺき)色のジャケットに着こなし、首に巻いている白のマフラーが目を引く青髪の少女が、岩に腰かけてメニュー画面を操作。メールの画面を開いており、フレンドの一人に向かって本文を打ち込んでいたが、全て消して閉じてしまう。

 

「そんなに彼が気になるなら、会いに行けばいいじゃないかしら?」

 

 突如、目の前に現れた着物姿の女性が(たお)やかな口調で語りかける。純白の喪服に、首元でざっくばらんに切り揃えられた黒髪、雰囲気的には青髪の少女より年上に見えるが顔立ちは存外まだ若い。同い年ぐらいだと言っても過言ではないだろう。

 

「今の私には……できない」

 

 黒髪の女性に驚く事なく、青髪の少女は視線を傍らのハルバードに向ける。メールの宛先の人物と一緒に買った代物、随分と使い込まれていて、あちらこちらに汚れや傷が目立つ。かなりの年季ものだと窺わせるが、彼女は大事そうに紫の双眸を細め、声色に寂しさや悲しみを混ぜていく。

 

「そう……あなたって、本当に真面目ね」

 

 彼女の隣に座りつつ女性は穏やかに、けれど憂いを帯びた表情で返す。切れ長の黒瞳は古びたハルバードを感慨深そうに見つめ、「別に会いに行ったって誰も怒りはしないわよ」まるで子をあやす母親のような優しい語勢で言葉を継いだ。

 

 しかし、青髪の少女は首を強く横に振って、彼女の好意を拒絶する。「だって、今の私は“リオン”じゃない。この――」紫の瞳が悲痛な想いを秘めて揺らめき、悲愴(ひそう)な秘密を口に出そうとした途端、「その先は口にしては駄目。あなたはまだ“リオン”よ」と女性に人差し指で口元を制され次の句を止められてしまう。

 

 少し間が空いて、女性が青髪の少女――リオンの口元から指を離す。今にも泣きそうな表情を浮かべながら、リオンはハルバードを見つめながら口を開く。

 

「どうして、あなたは私に……あなたにも与えられた役割があるのに」

「まだその時ではないからよ。でも、逸脱者が少しづつ増えているわ」

 

 女性は眉尻を下げて困ったような笑みで言葉を紡ぎ、「もしかしたら、違ったタイミングで来るかもしれないわね」そうならないで欲しいとも願っているような響きを含ませた語調で返す。黒の双眸は憂いを湛えて、儚げに細められていく。

 

「逸脱者……どうしても良からぬ者が入ってくるんだ」

 

 先程の悲しみに閉ざされた表情から一変、憤慨しているかのようにリオンは眉間に皺を寄せ、顔を(しか)めながら語気を強める。紫の瞳に義憤の炎が灯り、鋭い眼光を宿していく様は、まさしく獅子そのもの。今にもその人間達を狩らんとばかりに動き出しそうな雰囲気を醸し出す。

 

「仕方のない事よ。そういう人間も出てくる事は」

 

 諦観(ていかん)と取れる言葉を吐き、女性は悲しみに満ちた嘆息をつく。「だから、抑止力が生まれた……まだ活発に行動している訳ではなさそうだけど」左手でコンソールを操作して、現状を確認する目つきは厳しくもどこか温かみがある。

 

「私はこれでお暇するわ。ちょっとやる事ができたから」

 

 僅かな映像を眺めた後、女性は画面を閉じて美しく整った所作で立ち上がり、リオンに背を向けて別れを告げた。

 

 静かに立ち去っていく彼女の背中を見送り、リオンはもう一度右手でメニュー画面を開き、フレンドリストを見つめる。

 

「……ヴォルフ、上で待っているよ……」

 

 たった一人しかないフレンドの名前を、愛おしそうに呟く。紫の双眸には確かな親愛が込められていた。




 とりあえず今回のお話は以上となります。
 まだまだお話自体は続ける予定ですし、これで完結にはできません。

 ただ出会いとか惹かれていく過程とかは何とか書き切った感じですね。
 ……こっちの作品、くっつく気配が今のところねえんですけど、どういう事ですか?()

 特にリズベットがヴォルフの好意に気付いてんだが、気付いてねえんだが……アキレアさんが現状を見て、呆れてしまうレベルとはこれ如何に。

 キリトへの想いも含めて、色々と決着できるところは今後も書いていこうかと思います。ただくっつく気配がない。何でか知らんけど、くっつく気配がない()


 戯言はさておき、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
 まだお話は続ける予定ですが、一旦こちらの方は筆を休めようと思います。

 他にも書きたい作品がありますし、更新したい連載作品もありますから。
 では、しばしのお別れを……しかし、希望して待っててください。
 感想を書いていただけると、とても嬉しいです。気長に待っています。
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