宇宙船の中から青い星を眺める特徴的に左右非対称に外跳ねをさせた髪型の男がいた。
表が黒、裏地が赤のマントを止めた大きな肩当て付きのモノトーンの戦闘服を上衣に、下衣は白い道着のようなズボンに戦闘服と同じデザインのブーツを履いている。
両手にはモノトーンの籠手が前腕まで付いたグローブを嵌め、その尻から伸びた猿に似た茶色の尾は腰にベルトのように巻かれている。
彼の左目には、赤いグラス製のスカウターと呼ばれる機械が装着されていた。
「…夢? いや、この感覚はサイヤの波動が見せる幻か?」
静かに男ーーサイヤ人ターレスは声を上げた。
「ターレス様、アレが地球でっせい」
彼の傍らから、長い黒髪を三つ編みにした巨漢が声を上げてきた。
赤い肌をした巨漢はかつて、ナッツ星に収容されていた囚人ーー名をアモンド。
「…フ。妙な夢だが、もう少し楽しめそうだな」
笑うターレスに青みがかった髪に地球人によく似た肌色のカボーチャ星人の元王子ダイーズが声をかけてきた。
「ターレス様、どうされましたか?」
「……気にするな。それよりもお前ら、あの星には俺と同じサイヤ人ーーカカロットと、その仲間達が居る。見くびって殺されちまうような、みっともないマネだけはしてくれるなよ」
揶揄するようなターレスの口調に彼の仲間クラッシャー軍団はニヤリと笑みを返してきた。
ーーーー
場面は変わる。
星の4分の1程に広がる枝と樹冠。
大気圏に迫る高さの巨大な一本の木の幹の上。
ターレスは静かに腕を組んで立っていた。
「…ふん。やはりヤツの仲間は倒せても、カカロット本人には敵わない、か。このターレス様の仲間にしちゃ、ちと不甲斐ない話だな」
目の前には、自分と瓜二つの顔をした山吹色の道着を身に纏うサイヤ人が立っている。
サイヤ人は青いインナーシャツと黄色のラインが入った黒に近い紺色のブーツを赤い紐で結んで固定している。
左胸には「亀」、背中には「界王」と書かれた山吹色の道着上下に、腰の辺りで青い帯を前で結んでいる。
道着を着たサイヤ人の足下に転がる自分の仲間達を一瞥してターレスは告げた。
「…さすがに強いな、カカロット」
「カカロットじゃねぇ! オラ、孫悟空だ!!」
即座に言い返してくるサイヤ人にターレスの黒目が鋭く細まった。
その口元の笑みはさらに深まる。
「…サイヤ人の誇りを捨てたか、カカロットよ」
「オメエ等サイヤ人は、平気で他人の星をめちゃくちゃにしちまう! オラ、そんな悪りいヤツの仲間になんか、絶対ならねぇぞ!!」
拳を握り、地球育ちのサイヤ人はターレスに構えを取る。
「オラ、頭ぁ打ってホントに良かったと思ってっぞ! オメエ等みてぇな悪りぃこと、死んでもやらねぇ!!」
「安心しろ。俺もお前みたいな甘ったれを仲間にするほど、お人好しじゃねぇよ」
気を纏い、パワーを開放するサイヤ人にターレスは面倒そうに告げる。
「なら、このふざけたデケェ木を退かしてーーとっとと地球から出てけ!」
サイヤ人の男の足下には尻から猿に似た尾を生やした短髪の少年が幼い顔ながらも必死に睨み付けてくる。
「お父さんは強いぞー! 宇宙一だぁ!!」
男の息子にニヤリと笑みを返した後、ターレスは首を鳴らしながら肩当ての付いたマントの留め具を外す。
金属音を立てながら肩当てとマントは外れ、戦闘服はベルトタイプへと変わった。
「…これ以上、言葉は必要ねぇだろ。お前もサイヤ人の端くれなら、お前の力で気に入らねぇ敵をねじ伏せてみろ」
「…!」
「……来いよ、カカロット」
ターレスは右手を前に出し、男に手招きをして見せた。
「サイヤ人の真の強さをーー教えてやる」
「…行くぞ!!」
地球育ちのサイヤ人の男は、真っ直ぐに脚を踏み出した。
懐に入り込んだサイヤ人は、左の拳をターレスの顔に向かって放つ。
乾いた音と共に放たれた左拳はターレスの右手に掴み止められていた。
「……っ!」
拳に力を込めて押し込もうとするサイヤ人ーー孫悟空であったが、ターレスの右手は微動だにしない。
押しても引いてもビクともしないのだ。
「…お、お父さん…?」
冷や汗を全身から流す悟空の姿に、彼の幼い息子悟飯が目を見開く。
自分の信じる最強の父が、動けない。
「…クッソォ!!」
白い気を全身に纏い、孫悟空は右の拳を放つ。
ターレスは左拳を掴んでいた右手を離すと、目の前に迫る右拳を紙一重で左に躱した。
瞬間、悟空が両手脚を使って嵐のような連撃を放つ。
「だだだだだだだ、つぅおりゃあ!!」
左右の拳の連打から、左の上段回し蹴りを顔に放つ悟空。
対するターレスは左右の拳を紙一重で次々と見切ると右腕を顔の横に上げて蹴りを簡単に止める。
「…な!?」
冷や汗をかきながら黒目を見張る悟空に向かってターレスは余裕の笑みを刻んだまま告げた。
「…どうした、カカロット。もう少し、楽しませてみろ」
止めた蹴りを片手で押し返し、ターレスの目が細まる。
悟空は軸足に蹴り足を引き付けて地面を踏み締めながら構えを取ろうとするも目の前にターレスが踏み込んできていた。
目の前に踏み込みながらも敢えてターレスは笑みを浮かべて腕を組むに留める。
「コイツ……!」
不敵な笑みを浮かべるターレスの無言の挑発に悟空は気を高める。
「界王拳…! 10倍だぁあああ!!!」
真紅の炎のようなオーラを身に纏い、孫悟空の力が一気に膨れ上がった。
瞬間、ターレスも紫色の気を纏って組んでいた腕を解く。
同時に地を蹴って拳をぶつけ合う両者。
正面からぶつけ合う拳は、動かない。
(…! コイツ、ホントに強ぇ!!)
目を見開く悟空の表情を見た悟飯が目を丸くして自分の父とそっくりな浅黒い肌のサイヤ人を見る。
「う、うそだ。お父さんが、お父さんが…!」
震える自分の声を聴いて自覚する。
大好きな父が、負けるかもしれないと。
強烈な音が響き渡り、鍔迫り合いのように拳を押し合っていた悟空とターレスの内、悟空が正面から弾き飛ばされる。
「ぐああああ」
うめき声を上げながら後方に弾かれる悟空の背後にターレスは既に回り込んでいる。
(こいつ。何てスピードとパワー!)
吹き飛ばされた拳は力任せに弾かれたのではない。
悟空の呼吸を把握し、悟空が引いてから弾き返そうとしたのを見切って体勢を完全に崩してきた。
(それにーー技だ!!)
目を見開きながら背後に回り込まれたのを悟って、回し蹴りを放つ。
だが、悟空が捉えたその気配は残像。
「コイツーー残像拳を!?」
目を見開く悟空の眼には、ターレスの不敵な笑みが映っている。
強烈な膝蹴りが悟空の腹を射抜いていた。
「ぐぉおお!?」
身体をくの字に折り曲げて呻く悟空の背にターレスの強烈な左肘鉄が叩き込まれ、地面に伏せられる。
うつぶせに倒れた悟空の横顔をターレスが見下ろしてくる。
「どうした、カカロット? それがお前の限界か?」
「ふざけんなぁああ!!!」
問いかけに即座に応えながら真紅の気を纏って悟空が立ち上がりざま右拳を繰り出す。
悟空渾身の右ストレートを簡単に左手でターレスは掴み止めた。
「………っ!?」
「フ、いい気味だぜ。貴様にそんなツラをさせられるなんてよ」
ターレスの強烈な右ボディが悟空の腹にめり込み、掴み止めていた拳を離すと天を衝くかのような強烈な後ろ回し蹴りが顎に叩き込まれる。
「ぐぁっ!」
短い悲鳴と共に地面に仰向けに倒れ込む悟空を見下ろしてターレスは静かに告げた。
「だが、なんだろうなぁ? この苛立ちは…!」
叩きのめされ、何もできずにいる孫悟空を見下ろして。
自分が望んでいた光景を目の当たりにしているのにも関わらず、ターレスは苛立ちを持って見下ろしている。
「そんなもんなのかよ? カカロット」
「…! ち、ちくしょう…!」
肩で息をしながら立ち上がってくる悟空を見据えてターレスは静かに問いかけた。
「お前の限界は、そんなもんか? この星が俺に滅茶苦茶にされてもいいのか? カカロットよ」
ターレスは自分で自分の言葉を聞いて、驚きと納得を感じていた。
(…! そうか。俺は、こんな弱いカカロットを倒したいんじゃねぇ。俺が倒したいのは…!)
瞬間、ターレスの身体から黄金の炎が吹き上がり一気に爆発した。
「…! な…、なんだと…!」
天井知らずにパワーを引き上げていく目の前の存在に悟空が震えを露わにした。
自分よりも遥かに強い実力を持つ男は、更に強大な力を隠し持っていた。
「な、なんだ…! コイツは! ただでさえとんでもねぇ気だってのに! どんどん膨れ上がってく…!」
逆立つ黄金に燃えて輝く髪、翡翠に黒の瞳孔が浮かんだ冷たい瞳。
褐色の肌は美しい透き通るような白い肌に変わっている。
「お、お父さんが、殺される……!」
恐怖に震える拳を握り、怒りを持って悟飯は黄金の戦士へと変わったサイヤ人を睨みつけた。
殺させてたまるか、と。
「あ、悪魔だ…!」
震えながらターレスを睨みつけて悟飯は言った。
悟空は自分の道着を睨みつけると服をビリビリに破いて、上半身裸になると拳を握る。
とてつもない、途方もない、圧倒的な力を前にして孫悟空はーー笑った。
「…なに笑ってやがる?」
「へへ、さあな。オラにも分かんねぇ。とんでもねぇ、どうしようもねぇ状況だってのに。嬉しくてよ。オメエの姿が、オラなんか嬉しいんだ…!」
訝しげに瞳を細めるターレスを悟空はクールに燃える黒い瞳で見つめる。
「なんだろうな? こんな強ぇヤツが居るなんてよぉ……! オラじゃ、どう逆立ちしても勝てねぇ。それでもオラは負けるわけにはーー行かねぇ!!!」
吠えながら悟空は界王拳の倍率を上げていく。
「体…! もってくれよ。20倍界王拳ぇええええん!!!」
筋肉が膨れ上がり、身体の所々から血管が浮き上がって血が噴き出ている。
「お、お父さん!!」
父の異様な姿に悟飯が涙を流しながら叫んでいる。
筋肉が断裂し、骨にひびが入り、砕けていくのをターレスの瞳孔が浮かんだ翡翠眼は見通していた。
「…! 死ぬ気か、貴様?」
「言ったろ。負けるわけには、行かねぇってよぉ!!」
どれだけ倍率を上げようと、焼け石に水だというのは分かっている。
アリのような戦闘力しかない自分では、目の前の悪魔と化したサイヤ人には勝てない。
それでも孫悟空は逃げない。
話す暇も惜しいとばかりに拳を握って突っ込んでくる。
瞬間、ターレスはまともに顔で悟空の右拳を受け止めた。
「…なに!?」
表情すら変わらないターレスの瞳を見て驚きで目を見開く悟空。
次の瞬間には、ターレスの右拳が悟空の左頬を打ち貫いていた。
悲鳴を上げる暇もなく、闇が悟空の視界を覆って地面に殴り倒されたのを背中で感じながら悟空は遠くなる意識の中で己によく似た男の声を聴いた。
「…それでこそ、戦闘民族サイヤ人だ。カカロット」
その声が、孫悟空の中にある何かを震わせた。
ーーーー
「ーーさん! お父さん!!」
揺さぶられる感覚と、聞き覚えのある声に悟空はゆっくりと意識を取り戻していく。
目を開けると、そこには自分の息子がいた。
「よかった! お父さん、目が覚めたんだね!」
「ご、悟飯…? アイツは?」
身体がボロボロになっているのが分かるが、それは界王拳で肉体に無理をさせたツケだろう。
自分を一撃で倒した男の拳は、まるで自分を救うかのようだった。
「お父さんを倒した後、凄い気で地球に生えてたあの木を消し飛ばしちゃって。そのまま、どっかに行っちゃったんです」
「…アイツ、いってぇ何がしたかったんだろうな?」
地球を滅ぼそうとしてきたのかと思ったが、自分を倒したと同時に自らが植えた神精樹を吹き飛ばしてどこかへと旅立ったという。
ふと自分の右手を見れば、黄金の気の粒子が微かに右手から吹き上がったように見えて悟空は目を見開いた。
「…今のは、まさか?」
ゆっくりと痛む体を起こしながら、自分の掌に生まれた感覚を悟空は噛みしめるように握る。
自分を見上げる息子と、自分の名を呼びながらボロボロの身体で飛んでくる仲間達に笑顔を返した後、孫悟空は空を見上げた。
ーーーー
瞳を開けるといつもの宇宙船のブリッジにターレスは立っている。
天井の覗き窓から外には星の海が広がっている。
「どうしたの? そんなに外に面白いモノが映っているのかしら?」
自分の腕の中には深い緑色の肌をした美女が抱かれている。
自分を揶揄するような女の顔に笑みを返したのち、ターレスは星空の海にある一つの青い惑星を思い浮かべて笑った。
「…この俺が倒したいのは、やはりヤツだけだって理解したのさ」
不思議そうに首を傾げる美女を置いてターレスは自分を真へと導いた地球育ちのサイヤ人を思い浮かべていた。