霧が覆う闇夜の中、マドラス基地は静寂に包まれている。そこへ到着した車列があった。乗っていたのはイーサン・ライヤー大佐。彼はアジア方面軍司令でありペキン基地司令でもあった。しかしペキン基地はジオンに奪取され、ライヤーは少数の部下と共に南アジアへと撤退するしかなかった。ペキン基地陥落から数日後にはマドラスはアジア方面軍の本部となり、沢山の人員と戦力が配備されることになる。最前線に司令部が置かれることに反対する者は多かった。だがジオン憎しと燃えるライヤーは全ての批判をはね除けて、司令部設置を強行した。その真の目的は戦功を上げてジャブローへと栄転することであり、その為ならどんな犠牲も構わないという彼なりの覚悟であった。
「ジャブローのエアコンは快適だ。まあ今は修理中だろうが、ここよりはマシであろう。君もそう思わんかね?」
「私はエアコンというものが苦手です。それにここよりもジャブローの方が生活しづらいと思いますがね」
部下のコジマ中佐はライヤーの誘いを否定した。中佐の生活しづらいというはそのままの意味で、連邦本部ジャブローは全機能を現在の場所から東100キロの地点へと引っ越しさせている最中なのだ。普段なら最前線に司令部を設置するという暴挙を許すことは絶対にしないであろうが、現在引っ越しで忙しいため隙が生まれてしまった。その隙をライヤーは見逃さず、配備を完了させた。
今日はエデン基地の視察に出掛けていたが、ジオンが南下しているとの一報を受け急遽戻ってきたのである。数分後敷地内に入った車列が司令部の建物の前で停車し、彼らが車両から一歩出たときだった。霧の中を飛んできた物体が目の前の建物を粉砕したのである。飛び散った破片の雨はまだ車両から出ていなかった他の幕僚たちを押し潰し、ライヤーの左腕をも吹き飛ばした。
「ライヤー大佐!」
「ふん、またジオンか・・・ククク、つくづく私の野望を邪魔してくれるな」
左肩を押さえながら立ち上がった彼はふらふらと歩き始める。
「コジマ中佐、すぐに兵を出撃させろ。出来るだけ被害を押さえつつ撤退の準備を整える。アジア方面軍はエデン基地まで後退。そこを最終防衛線として抵抗を続ける。」
「分かりました。すぐに命令を出します。」
コジマは直接宿舎へと赴き、右往左往している部下に活を入れる。戦車隊は隊列を組ませ基地後方へと展開。航空隊はこの霧では飛べないので機体を放棄し、予備として置いてある車両で先に退避した。あらかたの事を終えてライヤーのいる場所まで戻ってくると、彼は今にも倒れそうなほど青ざめていた。
「大佐、まずは治療を!」
「周りを見てみろ。どこで治療が出来ると言うのかね?」
コジマが顔を上げるとすでに基地内の至るところで炎が上がり、断続的な爆発音が聞こえ続けている。どうやら焦りで周りの状況が見えていなかったようだ。とりあえず持っていた布を使ってライヤーの止血を行い、使える車を探す。
「この霧と闇は撤退する側にとっては有利に働きます。今のうちに下がりましょう。」
近くにあったバギーを拝借し瀕死のライヤーを乗せると、エデン基地へ向かって移動を開始した。
「アス、砲撃はもういいよ。さすがの腕だね。ご覧の通り基地は満身創痍さ」
コックピットを開け双眼鏡で基地を覗いていたトップは、あまりの正確な射撃に思わず舌を巻いた。アス少尉が駆るグフには背中に280ミリのキャノン砲が搭載されている。デル機と合わせて運用されるこの機体は索敵データを共有することにより高精度な砲撃を可能にしていた。
「ここからは私の出番だ!あまちゃんども、まとめて掛かってきな!」
トップはスラスターを最大で吹かし、一気に基地内へと着地する。背部のガトリングを前方へ展開し、分厚い弾幕を戦車隊に向けて発射し始める。対するマドラス守備隊は先手を取られて数を減らしつつあったものの時間差射撃で応戦を開始した。相手からの砲撃を目視したトップは最小の動きで全て避けつつ、戦車隊との距離を詰めた。右手に携行していたバズーカを構え、ありったけの砲弾を辺りに撃ち込んだ。
「手応えがないねぇ、もう終わりかい?」
爆発の煙が晴れた時、辺りに残っていたのは戦車であったはずの残骸と霧の中不気味に立つグフのみだった。一部の戦車隊の決死の玉砕により時間を稼ぐことに成功した連邦軍は、マドラス基地戦力の実に80%を温存したままエデン基地までの退路を確保したのである。
「おい、まじでマドラスを落としたのかよ...」
戦闘の光を捉えたユーリは本隊を率いてその地点へと急行する。そして到着した彼らが見たのは半分廃墟となったマドラス基地とそこに佇む3人の部下の姿だった。無傷で生還した彼女らは英雄と呼ばれ、尊敬の眼差しで見られることになる。
「ユーリ閣下、迷った挙げ句勝手な振る舞い申し訳ありませんでした。」
トップは素直に謝罪する。隠密作戦の途中、独断での戦闘行為は重大な作戦妨害に繋がる可能性もあり許されることではない。
「気にするな。お前たちはマドラス基地を落とした。これは必ず戦局を左右する事に繋がるはずだ。よくやってくれた」
戦局はこちらが圧倒的に優勢だと語るユーリを見て一安心したトップは、自分の愛機を整備するために戻っていった。
サイド7
地球から見て月の反対側にある建設途中のコロニー、それがサイド7である。ここはルナツーの庭と言っても過言ではなく、開戦前から連邦の息の掛かった会社が建設を進めていた。ルナツーがジオンの手に落ちた今もその関係は続いており、連邦製MS開発に利用されることになった。また一年ほど前から民間人の移住も始まり、カモフラージュは完璧だった。そしてこの日、サイド7へ向かう複数のシャトルがあった。民間企業のためジオンのパトロール艦隊に目をつけられることもなく無事に大気圏を離脱した機内には、所狭しと機材が積まれている。
「サイド7・・・確か少佐のご子息も移住されていたと記憶しておりますが」
「アムロのことか。あいつは機械いじりが好きでね、今もサイド7にある自宅の部屋に籠もって何かしているはずだ。」
「仲はよろしいので?」
「昔は懐いていたが、今はさっぱりなんだ、母親と離してしまったからかな。まあ私の身の上話はここまでにして、仕事の話に戻ろう。V作戦の第一開発目標であった長距離支援MS完成だ。まあMSと呼ぶには乖離しすぎているかもしれんが、大きな一歩であろう。」
「そうですね、このまま順調に進めばあっという間にジオンの技術を追い抜くでしょう。故郷で待つ家族のためにも、早期の完成を目指さなくてはいけませんね」
テムは窓の端に見える青く輝く星を見つめながら、アムロの事を気にしていた。
一年戦争が終わった後の戦乱
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