元プロバレー選手は、本気でバレーをしない!   作:turara

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番外編2(体育の授業)

俺は今、及川と向かい合っている。

 

「よし、じゃあやる?あ、あの辺空いてるね。」

 

及川は、楽しそうにボールをポンポンしながら俺のほうに笑顔を向ける。というか、なんで俺を誘ったんだ。もっとほかに、相手はいただろう。

 

俺は渋々及川の後をついていく。空いている場所まで来ると、ある程度の距離を取って、パスが開始された。

 

「いくよ。」

 

及川は、ふわりとしたボールを俺に向ける。

 

その時、俺はボールがスローモーションに見えるほど葛藤していた。

 

トス、トスである。ただトスをするだけだ。とは言っても、普通にトスをするわけにはいかない。経験者は、大体トスのタッチセンスが優れている。アンダーとは違い、一朝一夕で磨かれることのないタッチセンスは、素人と経験者を見分ける最も分かりやすい例だろう。音のないふわりとしたボール。ボールを持っているようで持っていない。何とも表現しがたいバレー部特有のあのトスは、経験とともに磨かれる。

 

絶対ばれるわけにはいかない。

 

俺だって、2週間ぐらいバレーの授業を受けてきている。素人のトスは習得済みだ。焦ることはない。ボールが来た瞬間、手を思いっきり固くしてはじけばいいだけだ。そして、相手が一歩、二歩動かなくてはならないぐらいの場所にボールを散らす。俺が2週間、同級生のバレーを見てきて、平均的な実力を割り出した結果である。失敗はしない。

 

「大丈夫。」

 

俺は、小さい声でそうつぶやいた。

 

「い、いくぞ。及川!」

 

俺は、及川のほうをちらりと見る。そして、及川の2歩左横ぐらいに狙いを定める。

 

(あそこだよな。)

 

俺は飛んできたボールを、思いっきり音を立て、はじく。

 

 

ボールは俺の狙い通り、及川の2歩横へと飛んで行った。

 

「ナイス!」

 

及川は、俊敏にボールの下へと入り込んだと思うと、俺のほうをちらりと見て、そう声をかける。及川はさすがセッターともあり、完璧なトスを繰り出した。俺は一歩も動くことなく、めちゃくちゃ取りやすいいふわりとしたボールを俺に向けてくる。

 

(さすが及川。)

 

俺は、やっぱりきれいなトスを上げる及川に感心する。バレーをしてると、ある程度、基本のトスは一定レベルまで身についてくる。けれどその中で、セッターとしてやっていくには、やはりそのトスはずば抜けてなければならない。確かに、司令塔としての役割も重要だが、それと同時に、トスの純粋なうまさも必要だろう。ある一定を超えたタッチセンスは、それこそ生まれ持った才能だ。

 

俺は、さらに飛んできたボールを今度は右にずらす。そして、後ろ。前。というように、絶妙に散らしていく。

 

正直、かなりきつい。

 

気を抜けば普通にトスをしてしまうのである。あえて、下手な演技をするというのは、それこそ神経を使う。

 

 

「田中って、結構バレーうまいね。」

 

及川は、お世辞かよくわからない言葉を投げかける。

 

「えっ。」

 

俺は、だらだらと冷や汗を流す。

 

あれ?もっと散らすべきか?

 

俺は及川と何回かラリーを続けていたが、及川はここで、あえてボールを散らし始めた。俺の実力を見るつもりなのだろう。

 

俺の気も知らないで、ずいぶんやってくれる。

 

俺の一歩先に飛んできたボールは、あえて少し取りにくくされていた。

 

どうする?もうちょっと散らすか?

 

俺は、ボールの真下に素早く入り込み、ちらりと及川のほうを見る。三歩後ろに飛ばそう。そう決めて、狙いをつける。乱れたボールに動揺して、力を入れすぎた風を装う。

 

バン!

 

少し力を入れて、遠くへ飛ばす。及川のほうを見ると、やはり余裕そうにボールの真下に入り込んでいる。そこで、俺は、あれ?と疑問に思った。今、8回ぐらいラリーが続いているが、このラリーはいつ終わるのかということである。

 

普通なら、相手がどこか取れない位置に飛ばして終わりである。しかし、及川とのラリーにおいてそれは期待できない。少しずつ乱れていって、ラリーが終わるということが存在しないのである。

 

俺がミスらないといけないのか!

 

俺は、予想外の事態に冷や汗を流す。こんなきれいなボールを、どうやってミスれというのか。どんな失敗を起こしたら、四方八方に飛んでいくというのだろう。

 

及川は、俺のボールを余裕で受けると、やっぱり少し乱してボールを飛ばしてきた。

 

今か?今なのか!?

 

俺は覚悟を決め、不自然のないよう装い、ボールをはるか後ろへ飛ばす。

 

どうだ?

 

俺は、及川のほうを見る。しかし、あろうことか、及川はやっぱり簡単にそのボールを捕らえてしまう。そして、変わらない精度で俺のほうへトスを返してきた。

 

 

くそ。あの程度の散らしかたでは駄目なのか。

 

 

俺は今度こそ、及川にボールを落とさせようと、後ろへ下がった及川に対し、圧倒的前にボールを落とす。それも、軌道を低くしてである。

 

これでどうだ?

 

しかし及川は、あっという間にフォームを立て直し、前に走り出す。ギリギリ滑り込んだと思うと、アンダーでボールを返してしまった。ある意味、執念を感じるほどきれいに上がったボールは俺が一歩も動くことなく返せるボールである。

 

何故だ!?

 

体育であると油断している及川では、絶対取れないボールを出したつもりだったのである。

 

そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。

 

俺は、飛んできたボールに対し、一歩下がりアンダーで迎え撃つ。トスでミスるには少し演技が難しい。アンダーなら、変なところにあてた風を装いいくらでもミスができる。

 

俺は、組んだ手の先にボールを当て、超低空飛行、超高速ボールを及川のはるか後ろへ飛ばす。

 

ボールは、高速で飛行し、派手な音を立てて壁にぶつかった。

 

案の定、さすがの及川もとる事を諦めたのか、後ろへ飛んで行ったボールを無言で見つめる。

 

やべえ。やりすぎた。あまりに及川がミスらないからって明らか、やばいボールを返してしまった。いや、でも俺は悪くない。ミスらない及川が悪い。

 

及川は、俺のほうへ振り向くと申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「・・・・ごめん。疲れた?」

 

及川は、終わらないラリーにつかれたと思ったらしい。謝られると、こっちが申し訳なくなる。

 

「そ、そうだな。及川うまいから。」

 

そういうと、及川は、「ちょっと休憩しよ。」と俺に笑顔を向け、飛んで行ったボールを回収しに行った。

 

戻ってきた及川は、ボールをポンポンしながら俺に話しかける。

 

「めっちゃバレーうまいね。なんかやってた?」

 

俺は、どきりしながら誤魔化す。

 

「いや、初めて。及川が上手だからうまく見えたのかも。」

 

「へー。じゃあ、運動神経いいんだ。普通に経験者かと思ったよ。」

 

及川は、何の裏もなさそうな顔をしてそう俺に言う。俺は、冷や汗ものである。さっきのどこを見て経験者と思ったのだろうか。

 

「えっ。そうか?俺、思ったところに全然飛んでいかないし。下手だったよな?」

 

及川は、うーん。と少し考える。

 

「・・・一番はトスかな。めっちゃ飛んでたから。初めてだと、トスであれだけ遠くまで飛ばせないよ。」

 

及川は、俺の顔を覗き込む。経験者と疑っているのだろうか。俺は、ドキドキしながら必死にごまかす。

 

「ま、まあ、力だけは強いからな。」

 

「ははは」と乾いた声を出す。及川は、「へー。」と何の疑いもなさそうにしている。

 

「練習すれば、すごくうまくなりそうだな。トスだけじゃなくて動きとか、もろもろ、才能あるよね。」

 

及川は、なぜかいろいろ俺をほめてくる。俺は、なぜか後ろめたい気持ちになる。なんせ、何十年もやっているのだ。

 

「お、お世辞はいいよ。続きやろーぜ。」

 

俺は、及川からボールを奪い、無理やり練習を再開させた。

 

 

 


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