EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
真っ白なシーツのかけられたベッドの上で、少女が窓の外を眺めている。開かれた窓から吹く風に長い黒髪を揺らし、やがて柔らかな意味を浮かべた。
ベッドの脇の机の上に置かれたデジタル時計が、12:59を示しているのに気づくと、少女はその隣に置かれている大きな機械を手に取った。
ヘルメットのような、少女が身に付けるには少々無骨すぎるそれをすっぽりと被り、ごろりとベッドの上で仰向けに寝転がる。ヘルメットとケーブルが繋がっていることを確認すると、ワクワクとした様子のまま目を閉じた。
最後に見た時計の時間から数えて、時刻が13:00になった瞬間、少女は目を閉じてそのフレーズを呟いた。
「リンク・スタート!」
閉じた瞼の裏に真っ白な光が灯り、いくつものメッセージが表示されながら景色を一変させていく。
しばらくその不思議な光景を眺めていると、一瞬の閃光のうちに、少女の視界は大きく変貌していた。
右を見て、左を見て、上を見て、下を見て。普通の家の部屋の中から、初めて見る景色が広がっていることを確認する。
「…………!」
まるでファンタジー小説や歴史の教科書に出てきそうな街並みが見渡す限りに続いている。
しばらく辺りを見渡していた少女は、やがておもむろに空に向かって手を伸ばし、眩しい太陽に重ねるように手のひらを広げる。
有名なあの歌のように、透かして見える自分の血潮がはっきりと流れている光景に、少女はみるみるうちに、興奮で顔を真っ赤に染め上げていった。
「ついに来たんだ…! この世界に!」
どこまでも広がる空、眩しい太陽の光と熱、吹き抜ける柔らかな風の感触、その全てがまるで本物のようだと錯覚してしまう。
勿論、視界の端に映るアイコンやHPバー、ユーザーネームがこの景色は全て0と1の組み合わせによるバーチャルリアリティなのだと証明している。
だがそれでも、つい現実世界だと勘違いしてしまうほどに、その景色は造り込まれていた。
「ここが……浮遊城アインクラッド、ソードアートオンラインの世界! VRMMOってこんなにスゴイんだ!」
少女が舞い降りた世界、そこはある天才科学者が作り出したデータで作られた世界。
ナーヴギアというハードを使い、人間の意識を現実の肉体から切り離し、広大な仮想空間でゲームをプレイする、人類が長年夢見てきた世界だった。
少女がダイブしたゲームソフトの名は『ソードアート・オンライン』。
剣を使い、モンスターと戦って、全100層からなる浮遊城の中の広大な世界を冒険するRPGだ。
「スゴイスゴイ‼︎ ほんとに異世界に来ちゃったみたいだ‼︎ アハハハッ‼︎」
少女は思わず、その場でクルクルと回って周囲の景色を堪能してしまう。
見れば、周りには少女と同じように初心者らしい装備に身を包んだプレイヤーたちがいて、少女のことを微笑ましそうに、あるいは気恥ずかしそうに見つめているのが見える。
少女は気にせず、現実でも見せないぐらいにはしゃぎ続けていた。
しかしふとした瞬間に、少女はハッとした様子で固まった。
「ってこんなことしてる場合じゃなかった。いっけね」
この世界にきただけでここまで大いにはしゃいでしまっていたが、
ゲームを始める際に、最初の所持金としてある程度は与えられているが、ちゃんと考えなければすぐになくなってしまう。
前知識もないままにフィールドに挑むのは、即座にゲームオーバーになってしまう危険性が高かった。
「ん? あれは…」
そんな中、ユウキは視界の端を過ぎていく人影を目にする。
少女が目を向けるとその先には、精悍な顔立ちの黒髪の青年が、颯爽と街中を走り去って行く姿があった。
「「ちょいとそこのあんた!」」
全速力で追いかけ続け、ようやく青年の背中が近づいてきた頃に、ユウキが大きく声をかける。
だが、ふとその声が重なって聞こえてきたことに目を丸くした。
「え?」「お?」「ありゃ」
青年が振り向き、ユウキが首を傾げ、同じように声を発したバンダナの青年が固まる。
しばらく見つめ合っていたユウキとバンダナの男性は、やがておずおずと互いに手を差し出し合った。
「お、お先にどうぞ」
「いえいえそちらこそ…」
「え…えっと、俺に何か用かな?」
勢いよく声をかけておいて、互いに前を差し出し合う二人に、青年が戸惑ったように問いかける。
こう着状態に陥った男性に代わってユウキが尋ねた。
「あのさ、お兄さんってもしかしてβテスターじゃない?」
「っ…なんで、そう思ったんだ?」
「みんなどこの店で剣を買おうかって悩んでるのに、お兄さんまっすぐに何処かへ向かおうとしてるんだもん。だから、ああこの人経験者なんだなって」
「おお! 俺もそう思って声をかけたワケよ」
ユウキのおかげでようやく本題に入れると、バンダナの男性は申し訳なさそうに手を合わせた。
「なぁ…悪いんだけど少しだけレクチャーしちゃくんないか? VRMMOは初めてでよ、ダチと合流する前にちょっとでも慣れておきたいんだわ」
「ごめんね。でも、ちょっとでもアドバイスが欲しいんだ!」
二人の見知らぬプレーヤーに突然頼まれ、青年もやや困ったように頭をかく。
しかしやがて、観念したようにため息をついた。
「……まぁ、いいぜ。一人も二人も同じようなものさ」