EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜   作:春風駘蕩

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‐10‐ I’m a 仮面ライダー!④

 第二階層最初のエリアは、夕暮れに照らされて美しく輝く草原が広がっていた。

 高く伸びた木々も岩場もない、ただただ平原が広がるその場所は、キリトの心境を表しているかのように静かだった。

 

「キリト!」

 

 だがそこに、聞こえるはずのない声が聞こえてくる。

 まさか、と目を見開いたキリトは、不満げに腰に手を当てて睨んでくるユウキの姿に、思わずため息をついていた。

 

「…来るなって、言ったのに」

「言ってないわよ。死ぬ覚悟があるなら来い、って言ったんじゃない」

「…そうだったか、ごめん」

 

 続いて顔を見せたアスナに言われ、キリトは困ったように頬をかく。

 その態度に、先ほどのような最低な人間の面影は微塵も感じられない。完全に、元のキリトに戻っていた。

 

「ボクらは伝言を伝えに来たんだ。二人分ね」

「伝言?」

「エギルさんとキバオウからね。エギルさんは『また一緒にボス戦をやろう』って。キバオウさんは『今回は助けてもろたけど、ワイはやっぱジブンのこと認められん。ワイはワイのやり方でクリアを目指す』…ですって」

 

 キリトは言葉を失い、伝言を預かってくれた二人を凝視する。

 エギルが気を遣ってくれたのはもちろん嬉しいが、意外だったのはキバオウもキリトの意図に気づいていたことだ。

 言葉こそぶっきらぼうだが、彼なりの励ましに心が温かくなった。

 

「…そっか。伝えてくれて、ありがとう」

 

 遠い目で立ち尽くすキリトの儚さに、ユウキは深いため息をつく。

 相談も何もせずに、勝手に損な役回りを引き受けた相棒に、ユウキは思わず呆れた口調でつぶやいていた。

 

「君は、嘘つきだよね」

 

 キリトは訝しげに、半目で睨んでくるユウキを見つめ返す。

 ユウキは腰に手を当て、肩をすくめてキリトへの不満を表していた。

 

「何も悪くないのに悪ぶって、みんなの嫌悪を自分一人に集めて、他のβテスターに向けられないようにして…平気で他人を蹴落とすわる〜いプレイヤーを作り出した」

 

 スケープゴート。

 悪意を別の箇所に向けるために用意された生贄、新たな敵。

 自分がそうなることで、他のβテスターが苦しまないように選択したキリトを、ユウキは厳しい目で咎めていた。

 

「……そして、苦しいくせに自分で自分に嘘ついて、誰にも心配かけないようにしてる」

 

 もしユウキがβテスターだったとしても、そんな解決方法は望まない。

 アルゴもディアベルもきっと望むことはないだろうと、ユウキは不器用なキリトを見て困ったように苦笑を浮かべていた。

 

「そういう生き方はさ、すごく辛いし苦しいよ」

「……わかってる。覚悟はしてるよ」

「わかってない。わかってないからそういう道を選んじゃったんだよ、君は」

 

 すでに苦しげに視線をそらすキリトだが、ユウキはその覚悟を否定する。

 ただの普通の少年に、周りの人間から悪意を持たれ続ける苦しみを背負えるだろうか。ユウキはとてもそうは思えなかった。

 

「苦しみとか悲しみとか、全部自分一人でまとめて抱え込もうとしたらね、いつか絶対パンクしちゃうよ。…ボクらにぐらい、少しだけでも重荷を背負わせてくれてもいいんじゃないかな?」

 

 目を見開き、ユウキを凝視するキリトに、ユウキだけでなくアスナも困り顔で微笑みを見せる。

 少なくともここに、キリトの敵は一人もいなかった。

 

「前に言ってたじゃない? …また一緒に冒険しようって」

「……ああ、そう、だな。そう……だったな」

 

 最初に出会い、そして無捨てようとした時のセリフをもう一度聞かされ、キリトは熱くなる目を隠すように目をそらす。

 涙がこぼれそうになるのを必死に耐え、キリトはどうにか絞り出すように告げる。

 

「じゃあな……お前たちも、生き残れるように頑張れ」

「うん!」

「またどこかで……会いましょう」

 

 望む答えを聞けたことで、ユウキは嬉しそうに、アスナは安堵したように笑みを浮かべる。

 キリトはわずかに肩を震わせ、次なる街に向かって歩き出していった。

 

「……行っちゃった」

「……そうね」

 

 小さくなっていく黒衣の少年の背中を見送り、ユウキとアスナは少し寂しげに言葉を交わす。

 また会おうという言葉が、どれほど頼りになるかはわからない。しかしそれでも、一度くらいはまた顔を合わせたいと思っていた。

 

「…ちょっと意外だったわ」

「ん?」

「あなたのことよ」

 

 さて自分はどうしようかと考えていたユウキは、不意にアスナにそう言われて首をかしげる。

 やや間抜けな表情で固まっている彼女に吹き出しながら、アスナは先ほどの戦闘中のことを思い出していた。

 

「あなたって、ゲームでノってくると性格変わるのね。驚いたわ。急に自分のこと『俺』なんて呼び出すんだもの」

「…へ?」

「下に戻るわ。……またいつか会いましょう、ユウキ」

 

 指摘された事実に、ユウキはぽかんとした様子で立ち尽くす。

 そんなユウキに気づかず、アスナは軽く手を振ると一旦下の階層で出直すために、ユウキに背を向けて去っていってしまった。

 

 残されたユウキはアスナに言われたことを考え、戦闘中のことを思い出そうとする。

 しかしすぐに諦め、首を傾げながら自分のメニューを再び確認した。

 

「とりあえずはこれで、最初の関門をクリア……ってわけにもいかないよね」

 

 ユウキの目に映っているのは、メニュー欄の中で異様な存在感を放つ二つのアイテム。

 そして脳裏に蘇るのは、βテスターでさえ見覚えのない、理不尽とも思えるフロアボスの変貌と戦闘パターンの変化。

 

「豹変した敵…キリトも知らないゲーム展開…世界観に合わないアイテム……わかんないことだらけで正直理解ができないけど、コイツとは…長い付き合いになりそうだな」

 

 アイテムを見つめるユウキの目が、厳しく細められる。

 敵は未知、状況は先を読めず、次の瞬間にも何か事件が起こるかもしれない。

 だがそれでも、ユウキは現実から逃げるという選択肢を選ぶつもりは、毛頭なかった。

 

「……でもこれ、プレゼントって出てたけど、一体誰から送られてきた物なんだろうなぁ?」

 

 ユウキのふとした疑問に答える者は、まだどこにもいなかった。


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