EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「我ら、月夜の黒猫団に乾杯!」
「乾杯‼︎」
カンッ、と音を立て、五つの盃がぶつけられる。
示し合わせたように、同じタイミングで五人の声が重なり、続いて笑い声が響く。
「そして、命の恩人キリトさんに……乾杯!」
「乾杯‼︎」
「かんぱーい!」
「か、乾杯…」
背の高い少年の音頭で、五人とは別の二人が紹介され、また歓迎の声が響く。
それに対し、一人はやや遠慮がちに、もう一人は元気よく杯を掲げて声を上げ、歓迎を受け取った。
彼らは少数ギルド『月夜の黒猫団』。
同じサークルで仲良くなった五人で、一緒にこのデスゲームに参加してしまい、チームとして活動しているのである。
そこになぜ別の二人、キリトとユウキが参加しているのか。
それはすなわち、レベリング中に窮地に陥った『月夜の黒猫団』に、加勢に入ったからだ。
「ありがとう……凄い怖かったから……助けに来てくれた時、凄くうれしかった……」
「い、いや……」
「気にしないでよ。あのままほっといたら後味悪くなってただろうからさ」
どもるキリトに代わり、ユウキが親しげに話しかける。
妙に居心地悪そうに目を逸らす彼をフォローしつつ、ユウキは好ましい雰囲気の黒猫団との会話を楽しんでいた。
「あの…キリトさん、ユウキさん。失礼ですけど……Lvはいくつくらいですか?」
「に、にじゅう…」
「44だよ」
「……45だ」
「はぁ〜…! やっぱり高レベルになると格が違うってわかるんですねぇ」
「…正直言えば、あまり褒められた立場じゃないんだがな」
キリトの呟きに、ユウキもサッと目を知らして苦笑をこぼした。
高レベルプレイヤーが、レベルの低いモンスターのポップする場所、いわば初心者のエリアに居座ることは、ゲームの使用上敬遠される行為である。
ユウキとキリトが黒猫団の近くを通りかかった理由もこれで、善意による行為ではないことから、二人とも罰が悪い気持ちになっているのだ。
「…ケイタ、敬語はやめにしよう。それに、ソロは常に一匹を狙っての狩りだから効率は悪い」
「キリトってば誘ってもなかなか頷いてくれなくてさ〜。ほんっと根っからのボッチなんだから」
「……やめろ」
「そ、そうか…じゃあ、タメ口でいいかな?」
話題を変えると、黒猫団のリーダーであるケイタは素直に頷き、口調を変えて話しかける。
罪悪感から気を遣う関係が続かずに済んで、キリトはホッと安堵の息をついた。
「本当は勧誘したかったんだけどそこまで差があるんじゃな……」
「勧誘? ギルドに?」
「ああ…」
聞こえた呟きの内容が気になり、ユウキが訝しげにケイタを見つめる。
やや難しい表情で腕を組んだケイタは、他の黒猫団のメンバー、ダッカー、テツオ、ササマルに目を向けた。
「前衛が出来るのはメイス使いのテツオだけでさぁ。こいつ、サチって言うんだけど……盾持ちの片手剣士に転向してもらおうと思ってるんだ。でも勝手が解らないみたいでさ。ちょっとコーチしてやってほしかったんだ」
「なによ、人を味噌っかすみたいに」
「ん?」
「だって、いきなり前に出て戦えなんて……おっかないよ……」
唇を尖らせ、不安気に目を逸らすサチ。
そうしなければならないとわかっているが、元より戦う事に恐怖感があるのだろう。プレッシャーに潰されかけているような印象を受ける。
「うちのギルド、現実では皆同じ高校のパソコン研究会のメンバーなんだよね」
「もともと仲良しだったわけか…いいね、そういうの」
自分の背負うとある事情から、長年の付き合いという者が羨ましく、ユウキはケイタ達にきらきらと輝く眼差しを向ける。
切とも似たような目を向け、しかしすぐに暗い表情で目を逸らした。
「悪い……ギルドには入れない…。でも、手伝いくらいならしてもかまわないけど……」
「そうか……じゃあ、お願いするよ」
必要以上に迫ることなく、ケイタは引き下がる。
そして五人と二人は、さっそく自分達の実力を引き上げようと、フィールドへと躍り出るのであった。
そして、始まったレベリングとサチの戦闘訓練だったのだが。
それは、お世辞にも巧いとは言えず、そして今後巧くなるとも思えないものであった。
「サチ! 目を閉じちゃダメだよ! 仲間に当たっちゃったらどうするの⁉︎」
「ご、ごめんなさいっ」
カマキリの姿をした敵を前に、サチは槍と盾を握りしめたまま後退る。怯えて身を縮めた様は、甲羅に首を引っ込める亀のようだ。
それをみたキリトは思わず、思った以上に酷いという感想を抱いてしまった。
その後も何度か戦闘を繰り返すものの、サチの恐怖感は拭いきれないまま。
着々とレベルを上げていく中も、サチが自ら前に出る機会は、一度も訪れずに終わってしまった。
「なぁ、キリト。僕らと攻略組なにが違うんだろう?」
何度かの戦闘を終え、休憩である草原の岩に腰を下ろしたケイタが、キリトにそう尋ねる。
問われたキリトは考えこみ、自分なりの考えを口にする。
「そうだな……情報力の差かな。あいつらは効率のいい狩り場とか独占してるから……」
それは、自分にも当てはまる事なのだが。
そんな罪悪感を胸の奥に隠し、まだまだ前線には追い付けないであろうビギナー達にレクチャーを続ける。
するとそこで、ケイタが腕を組みながら首を傾げた。
「うーん、それもあるだろうけど……僕は意志の力だと思うんだ」
「意志?」
「仲間を守り、生きて全プレイヤーを助け出そうっていう意志の力みたいなさ。もちろん仲間の命は大事だけど、いつか僕らも攻略組の仲間入りしたいんだ」
「そうか……あぁ、きっとそうだな」
熱血と言おうか、根性論と言おうか。根拠のない理想で、大きな夢を抱いているケイタに、キリトは苦笑交じりに応える。
「ん〜…ボク、思うんだけどさぁ」
そこで不意に、ユウキが半目になりながら振り向く。
彼女の視線の先にいたサチは、びくりと肩を震わせ、首を竦めてしまう。
今日この日の戦闘で、全く役に立てなかった罪悪感からか、ユウキに叱られるのを恐れているようだ。
「何だ?」
「やっぱサチ、前衛向いてないと思うんだよ。技術的にとか経験的にとかいう問題じゃなく」
ズバッ、と言いづらくて黙っていた一言を平然と告げたユウキに、キリトが思わず頬を引きつらせる。
対するサチはぐうの音も出せず項垂れ、しかしおずおずと居心地の悪そうな目を向けた。
「で、でも、私がやらないとみんなが困っちゃうし…」
「向いてるってこととできるってことは違うよ。それに戦いへの意志だって、自分自身が自由にするべきものだよ」
ずいっ、と前のめりになり、サチの目を覗き込むユウキ。
その目に言い表しがたい圧を感じ、息を呑み黙り込むサチに、ユウキは彼女を心から想う眼差しを向け、語った。
「……誰かのために戦うんじゃない、自分のために戦わなきゃ」
有無を言わさない、強く響く言葉に、サチだけではなくケイタ達も黙り込んでしまう。
心、と静かになってしまった彼らに冷や汗を垂らし、キリトが場の空気を換えようと、その場にわざと音を立てて立ち上がる。
「じゃあ、この辺で終わりにしよう。 明日もあるんだし」
「そうだな……みんな、帰ろうか」
キリトに促され、ケイタが若干ありがたそうに応える。
未だに不安気な表情を浮かべるサチ、難しい顔で視線を逸らしている月夜の黒猫団の面々をそのままに。
デスゲームからの脱出を願う少年少女達は、街へ戻っていった。
その夜、とある階層にて。
数体の狼が他のモンスターと戦う、赤い甲冑の一団がいた。
赤いバンダナを頭に巻いた、野武士面の男と、彼の仲間らしき侍の装束の五人。
幾度かの剣戟の後、狼達を青いポリゴンの欠片に変えた彼らは、刀を鞘に納めてフッと息をつく。
その時、赤いバンダナの男がふと、近くで見覚えのある二人が戦っていることに気付いた。
「おう、キリの字、ユウキ。 久しぶりだなァ」
「クライン! いつぶりかな?」
丁度相手をポリゴンの欠片に変え、剣を鞘に収めたユウキが、バンダナの男―――クラインに気付き、パッと顔を輝かせて走り寄る。
その傍にいたキリトもクラインに気付き、こちらは気まずげな様子で顔をしかめた。
「…久しぶりだな。 レべリングか?」
「おうよ。 近い内オレのギルドも、攻略組に仲間入りするからなァ。 やっとキリの字たちに追いついたぜぇ」
「そうか……じゃあ、頑張れよ」
ぐっ、と力瘤を作る仕草を見せるクラインに、キリトは目を逸らしたまま答える。
そのまま一度も目を合わせずに去っていく彼に、クラインは呆れた様子で、クラインの仲間達は胡乱気な視線を送る。
「あんにゃろー、まぁ〜だ気にしてんのか」
ため息交じりに呟き、目を細めるクライン。
久しぶりに会い、お互いに生き残っていたことを知れたというのに、すごすごと勝手に逃げられてしまった。
勝手に壁を作られて、流石に一言二言言いたい気分になっていた。
「…む〜」
彼と同じように、ユウキもまた頬を膨らませ、去っていくキリトに不満げな眼差しを送るのだった。
「……って感じでさぁ、ずーっと気にしてるみたいなんだよね。キリトってば、ほっ!」
ギャリン!と二振りの剣が互いに噛みつき、薄暗い建物の中で火花を散らす。
片方は白いレイピア、片方は黒い細剣。
栗色の髪を揺らすアスナと、暗い夜空の色の髪を揺らしてユウキが、最近日課となっているスパーリングを行っていた。
「ふっ…! あの状況なら、そんな決断に至ってもしょうがなかったように思えるけど…はっ! 一度は一緒に行こうって誘ったんでしょう?」
「そーなんだけどさぁ? 結局は置いていったのを、自分は人を見捨てた最低野郎だーって悔やんでるみたいでさぁ…やっ!」
「難しい人ね……気持ちは、ふっ! わからないでもないけどっ!」
「キー坊はナー、そう言うコミュ力が悲しいほどにないからナー」
二人の剣戟を眺め、そう呆れた声を漏らすのは、偶然近くに寄ったという鼠のアルゴ。
かれこれ数分は続いている戦いに、彼女は時折気の抜けた感嘆の声を上げ、双方に応援の声を送っていた。
「やぁっ!」
「うっ…!」
やがて、アスナとユウキのスパーリングが決着する。
ユウキの剣がアスナの剣を弾き、体勢を崩した彼女の喉元に剣の切先を突き付ける。それを見て、アスナはがっくりと肩を落とした。
「参りました…」
「いぇい!」
「…やっぱり強いネ、ユウちゃんは。やっぱ現実世界でも何かスポーツやってたのカ?」
「ん〜ん、むしろ結構長い間入院してたぐらいだよ。ゲームぐらいしかやることなくってさ〜」
それぞれで剣を鞘に納め、健闘を称える。
いつの頃からか初めて、高齢になりつつある県の鍛錬で勝ち越しているユウキは、アルゴに誇らしげに胸を張る。
「…それで?」
「ん?」
「あなた達のこれからよ」
心地よい疲労に浸りつつ、息をついていたアスナは、不意にユウキに問いかける。
何のことか、と首を傾げる少女に呆れつつ、アスナはじろりと咎めるような視線を向ける。
「ずっとそれぞれソロのまま行くつもりなの? 流石にそれは限界があるってわかってるでしょ?」
「うあー…痛いところを」
第一層の攻略から幾日、プレイヤー達はそれぞれ力をつけ、いくつかギルドが発足し始めた。
アスナも〝血盟騎士団〟という名のギルドに名を連ね、副団長として日々、攻略のために精力的に活動している。
故に、いつまでも二人だけで組み、時に一人だけでフィールドに出るユウキとキリトの事を心配していた。
「そりゃあさ? ボクもいつかはギルドに入ったり仲間を作ったりはしないととは思うんだよ? キリトは……まぁ、人見知りだから時間かかるだろうけど」
「…そうね」
「でもボクは、ちょっと事情が変わってきちゃうからさ」
苦笑交じりに頭を掻くユウキは、よくつるんでいる少年の事を思い出し。
そして、自分のアイテムボックスに眠っているある者の事を思い出し、遠い目で虚空を見やる。
アスナとアルゴも、少年の難儀さと目の前の少女が持つ不安の種の事を思い、何とも言えない表情になった。
「ああ、例のアレかイ?」
「そうだったわね……ごめんなさい、余計なこと聞いて」
「いーのいーの、アスナが気を遣ってくれるの嬉しいから。…にしてもこのアイテム、謎なんだよねぇ」
メニューを開き、アイテムの欄を眺めていけば、一番下にそれが名を連ねているのが見える。
《ゲーマドライバー》と《マイティアクションXガシャット》。
謎しか呼ばないこの二つのアイテムの存在感に、ユウキは思わず眉間にしわを寄せてしまっていた。
「いつの間に送られてきたのか、そもそもこれ見た目の世界観が違いすぎて、SAOの正式なアイテムなのかすらも怪しいんだよね」
「……GM、でいいのかしら? 茅場晶彦も想定していない未知のアイテムってこと?」
「あんにゃろうの考えまではボクもわかんないけど、おそらくね」
リアルを追求したゲームであるのに、露わになったこのアイテムの力はその理念から乖離していた。
謂わば、RPGゲームで格闘ゲームのキャラクターや、レースゲームの車が登場するようなものだ。
これを紛れ込ませた者は、SAOを作った物とは全く異なる人物である可能性が高い。
「あの時、敵キャラやプレイヤーのみんなに起こった異常といい、タイミングよく使えるようになってたことといい、不確定要素が多すぎる。……こいつをどうにかしないと、ボクは他のプレイヤーとは関われそうにないよ」
「そうね…本当に気味の悪い話だわ」
現に二つのアイテムを使用し、異常が起きたボスモンスターを討伐したユウキにも、疑いの目が向けられた。
キリトがその視線を肩代わりしてくれたものの、また同じような事態が起きれば、自分は再びこれらを使用しなければならないだろう。
ただでさえデスゲーム中なのに、どうしてこんな厄介事が起きるのか、と悩むユウキ。
腕を組んで唸る彼女に、アスナが近づき耳に口を寄せた。
「…実はねユウキ、スパーリングに誘ったのは、相談したいことがあったからなの」
「え?」
何だろうか、と聞き返した時。
ユウキの脳裏にピコン、と聞きなれた通知音が鳴り響いた。
「ん? あ、ちょっと待って。キリトからメッセージだ…」
アスナに手を合わせ、頭を下げたユウキはすぐにメッセージの欄を開く。
こんな夜中に何の用事だろうか…と訝しみながら、ユウキは送られてきた内容に目を通す。
そして、そこに書かれた内容に、ギョッと目を瞠った。
[From:Kirito サチがいなくなった]