EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
月夜が照らす、町中を流れる川。
穏やかな流れが夜の静寂を彩り、水面に映った月光がゆらゆらと輝き、揺蕩う。
その輝きを覆うように渡された橋、その下に少女はいた。
「サチ」
膝を抱え、項垂れていたサチは、自分を追ってやってきた二人、ユウキとキリトの方にのろのろと顔を上げる。
「キリト…ユウキ…」
「皆心配してるよ?」
彼女の浮かべる悲痛な表情に唇を噛みながら、ユウキは平静を装って語り掛ける。
しかし、サチは膝を抱えて小さくなったまま、その場から動こうとしない。
ユウキとキリトはサチの左右に腰かけ、それ以上急かす事なく無言で佇む。
するとやがて、サチがか細い声をこぼした。
「ねぇ、キリト……私、逃げたい」
「な、なにから?」
「……この街から……モンスターから……黒猫団の皆から……ソードアート・オンラインから」
左右からサチの顔を覗き込み、案じる眼差しを送るユウキ達。
抱え続けていた暗い気持ちが止まらなくなったのか、サチはぽろぽろと涙をこぼし、想いの吐露を続けた。
「どうしてここから出られないの? なんでHPがなくなると死んじゃうの? こんな事に……何の意味があるの?」
その問いに、二人とも答えられない。
一万人もの人間をゲーム世界に閉じ込め、ゲームでの死を現実での死と結び付けた犯人は、この場にいない。
その意志を問う事は、今この場にいる誰にもできはしないのだ。
「多分……意味なんてない……と思う」
「私……死ぬのが怖い……怖くて、この頃あまり眠れないの……」
それは、この世界に閉じ込められた人間ならば、誰もが抱くはずの想いだ。
現実世界での生活、謳歌しきれていない人生、家族や友人、不安な事が数えきれないほどにある。
暗い思考の渦に嵌りつつあるサチに、不意にキリトが笑みを携えて向き合った。
「大丈夫、君は死なないよ。黒猫団は十分強いギルドだ。安全マージンも取れてるし、嫌なら無理に前に出る必要もないよ。俺からも皆に言うからさ」
サチの肩を掴み、真正面から目を覗く。
本心ではない。戦闘時のサチの怯える癖は改善されておらず、お世辞にも安心できるとは言えない。
しかし、気持ちで負ける事こそ本当の敗北だと、キリトはサチの気持ちを奮い立たせようとしていた。
その想いが通じたのか、サチは縋るような目でキリトを見つめ返した。
「ホントに私は死なずに済むの? いつか現実に帰れるの?」
「ああ、君は死なない」
ほんの少しの嘘を見破られないよう、力強く頷くキリト。
その隣でユウキも、サチの手を引いて優しい笑みを浮かべていた。
「最後まで、一緒に戦おうよ。ね?」
一人ではないのだと伝えるように、サチの手をしっかりと握る。
そうしてようやく、サチの表情はフッと柔らかく―――まるで親を見つけた迷子のように、安堵を浮かべるのだった。
ユウキとキリトが月夜の黒猫団の手伝いに入ってから数日後。
きちんとした拠点を得るために、団員で集めた金銭を使ってホームを購入しようと、ケイタが一時仲間の元を後にした時だった。
「ケイタが帰ってくるまでに迷宮区で金を稼いで、新しい家具を全部揃えちまおうよ」
リーダーがいない間に、大きなプレゼントをしてやろう、そんな悪戯っぽい気持ちで提案が上がる。
メンバーはそれに賛同し、すぐに迷宮へ向かう用意を始める。
「で、何処の迷宮区で金を稼ぐんだ?」
「えっと、第二七層の迷宮区にしようと思っているんだ」
自分達のレベルでいえば、妥当という難易度の迷宮。
さして困った事態にもならないだろう、と高を括る彼らに、ユウキ達は思わず待ったをかけていた。
「いや、でも、やめた方がいいと思うぞ……」
「うん、キリトの言う通り、やめた方がいいかも……」
「この一週間でレベルもかなり上がったし、大丈夫だよ」
心配そうな表情で止めに入る二人だが、全員あまり気に留める様子がない。
キリトとユウキ、二人の高レベルプレイヤーの助けにより、実力が上がったと油断していることは明白である。
しかし、こうもやる気に満ちているようでは止められそうになかった。
「…どうする?」
「仕方がない。何があってもいいように、常に近くにいることを心がけておこう。よほど無茶をしない限りは安全なはずだ」
「おっけー」
こっそり耳打ちし合い、自分達の方針を決めると、渋々ユウキ達も同意する。
テツオを除くメンバーはそれに喜び、意気揚々と歩き出す。もうすでに彼らは、手にした金銭で何を買うか、想像に耽っているようだ。
それを見て、ユウキとキリトはまた一段と不安になっていた。
「…大丈夫だよね」
「ああ、そのはずだ…もしもの時の転移結晶もあるしな」
「…まあ、そうだけど」
何か起これば、即座に街に転移してしまえば危険はないだろう。
いざとなったら、自分達が彼らを守るのだと気を引き締め、ユウキ達は黒猫団の後についていった。
「ちぇすとー!」
ザンッ!と、ユウキが振り下ろした刃が、ゴブリンを真っ二つに切り裂く。
ポリゴンの欠片に砕ける様を見届けてから、ユウキはフゥ吐息をつく。
汗を拭う仕草をしてみれば、既に数体の敵を倒している彼女に、ササマルが呆れた目を向けてくる。
「おいユウキ、こっちの獲物まで狩るつもりじゃないだろうな?」
「あはは〜ゴメンゴメン。でもこう……迷宮ってなんかワクワクしない?」
「言いたいことはわかる」
「同じく!」
石造りの壁や天井が続く空間を見渡して、ユウキがそんな事を語ると、キリトを含む男子陣が苦笑と共に頷きを返す。
しかし、サチだけが困り顔で首を傾げていた。
「ごめん…私はちょっとわからないかな」
「えっ…⁉︎」
「気にするなサチ。ユウキの感性が男子寄りなだけだからな」
「ひどくない⁉︎」
秘密基地や洞窟に反応する男子と同じ反応だと暗に言われているようで、ユウキが思わず泣き顔になる。
「そんなこと言うなら先行っちゃうぞ! 置いてってやるぞ!」
「悪かったよ。まぁ…この程度のレベルが相手ならサチたちだけでも……いや、楽観視はダメだな」
頬を膨らませて、目を吊り上げるユウキを宥めながら、彼女の後についていくキリトと黒猫団。
しばらく歩いているうちに、一向は何やら違和感のある壁を見つける。
いろいろといじっているうちに、壁の一部がガコンと動き、ゆっくりと開き始めた。
「お、隠し扉!」
「ホントだ!」
「お宝があるかもな」
迷宮らしいギミックに興奮気味の声を上げるテツオ達。
ぞろぞろと、四人が中に入っていく姿を見つめていたユウキとキリトは、次第に険しい表情になって行った。
「迷宮区で隠し扉か〜…そこはかとなく嫌な予感がするね」
「止めるか」
「うん。みんな、ちょっと待っ―――」
騙しや奇襲、罠は迷宮の十八番。
下手をしたら、一瞬で全員が死亡する可能性もあると、安易に謎の部屋に足を踏み入れる事はあまりに危険である。
そう思い、ユウキが中に向かったテツオ達を呼び止めようとした時。
突如、ユウキの足元に円陣が現れ、眩しい光が迸った。
「強制転移…⁉︎ ユウキ‼︎」
「ヤバ…‼︎」
乗った者を一瞬で別の場所に移動させてしまう罠、それを踏んでしまったのだと気付いた時には既に遅く。
ユウキはキリト達の目の前から、一瞬で消え失せてしまっていた。
「やられた…! ここはどこだ⁉︎ まだ迷宮区内⁉︎」
周囲を見渡し、ユウキは戦慄の表情を浮かべる。
壁や天井、置かれたモニュメントを見る限り、通ってきた途中のどこでもない。完全に知らない場所に転移させられている事を思い知る。
「マップは……肝心なときに役に立たないなぁ!」
転移されたせいで、自分が今いる空間しか表示されていないマップに悪態をつき、ユウキは思考を巡らせる。
一刻も早くキリトの元に戻らなければ、サチ達の身に何が起こるかわからない。こんな罠があるくらいだ、もっと危険な代物があってもおかしくはない。
急ぎ、手探りでも仲間の居場所を突き止め、助けに戻らなければ、と走り出そうとした時だった。
聞き覚えのある、今この時には絶対に聞きたくなかった声が、ユウキの耳に届いた。
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『>};}’+$>{#%>*#<|{;\}<』
気味の悪い鳴き声と共に向かってくる、ノイズが全身に走るモンスター達。
ゴブリンの胴体に、オレンジ色の頭部を乗せた、明らかにバグとしか思えない見た目の敵キャラクターが、再び徒党を組んでユウキに近づいてきていた。
「こいつら…! こんなとこにまで、しかもこのタイミングで出てくるなんて!」
第1層のボス戦で現れたバグ、本来のボスキャラを乗っ取るような形で現れた謎多きそれらが、今度は騎士のような格好をしてじりじりと迫り来る。
ユウキは歯噛みしながらそれらを睨みつけ、アイテムボックスを表示する。
「……やるっきゃないか」
【マイティアクションX!】
取り出したアイテム―――ゲーマドライバーとガシャットを手にし、ユウキは改めて敵と相対する。
ドライバーを腰に巻き、ガシャットのボタンを押す。
そしてガシャットの持ち手を逆手に持ち、ドライバーの左側に開いた穴の一つに、勢いよく差し入れる。
「大変身!」
【ガッチャーン! LEVEL UP!】
最後にドライバーの右側のレバーをひっくり返し、叫ぶ。
直後、周囲に現れた複数のスクリーンのうちの一つを押し、広がったそれと身を重ねる。
一瞬のうちに、ユウキの格好は件のマゼンタカラーの衣装に変化し、腰布が大きくはためいた。
【マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションⅩ!】
「どりゃあああああああ‼︎」
【ガシャコンブレイカー!】
手元に現れたハンマーを振るい、バグを起こしたキャラクター達を叩き伏せる。雄叫びと共に、片っ端から邪魔者達を吹っ飛ばしていく。
しかし、倒しても倒しても次々にバグは現れ、ユウキは徐々に押され始めていく。
「ああもう…! こいつらの相手してる場合じゃないのに!」
言いながらもハンマーを振るうが、やはり数は一向に減らない。それどころか、分裂でもしているのか増えているようにさえ見える。
焦りが生じ、ハンマーを振るう手に動揺が伝わりだす。ついにユウキが、壁際まで追いつめられようとした時だ。
とある一人の剣士が、まるで閃光のような速さで剣を振るい、ユウキを囲んでいたバグ達を吹き飛ばしてみせた。
「―――ユウキ! 大丈夫⁉︎」
ざっ、とどよめくバグ達を前に立ちはだかり、背を向けるその剣士―――アスナを目にし、ユウキははっと目を見開いた。
「アスナ⁉︎ なんでここに⁉︎」
「あなたこそ……どこから入ったの⁉︎ 入口の方ではすれ違わなかったはずよ⁉」
「黒猫団と迷宮区に入ったら、オレだけ転移トラップくらっちゃったんだ! そしたらこいつらと出くわしてこのざま!」
アスナに問われ、同じくハンマーを構えて応えるユウキ。
大体の事情を察したアスナは、再びお目にかかったバグ達を前に眉間にしわを寄せ、何かを躊躇うような素振りを見せる。
「…! だったら…!」
するとアスナは、唐突に剣を鞘に納めたと思うと、アイテムボックスをいじり始める。そして、とある二つのアイテムを顕現させる。
彼女の手の上に現れたもの―――ゲーマドライバーと水色のガシャットを目の当たりにし、ユウキは目を丸くする。
「アスナ、それ…!」
【タドルクエスト!】
絶句するユウキの前で、アスナはガシャットのボタンを押し、ゲーマドライバーを腰に巻きつける。
アスナはガシャットを見つめ、逡巡するような険しい表情を浮かべていたが、やがてキッと鋭くバグ達を睨みつける。
「…どうしてこれが私の元にまで現れたのかはわからない。でも、ユウキのように、これが力になるのなら…! 変身!」
【ガシャット! レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム⁉︎ I'm a 仮面ライダー!】
ガシャットをドライバーに突き刺し、直後に現れる幾つものスクリーン。
アスナはそのうちの一つ、ユウキが選んだものとは異なるものを押し、広がったそれを己の身に纏う。
一瞬のうちに、アスナは騎士をデフォルメしたような、に刀身の格好に変化していた。
「さぁ……行くわよ!」
【ガシャコンソード!】
「お、おう!」
着ぐるみのような姿で、どこからともなく現れた炎のような刀身を持つ剣―――ユウキのものと似た、ゲームのボタンがついた武器を握るアスナ。
ユウキは一瞬呆けるも、すぐさま我に返ってアスナに追従する。
姿の変わったアスナに臆することなく、バグ達は槍を構えて突撃してくる。隊列を組み、一糸乱れぬその動きは、軍隊のそれに相違なかった。
「はぁぁぁぁ‼︎」
しかし、今のアスナにそれらは通用しなかった。
二頭身の身体でありながら、変身する前よりも鋭く速い剣捌きで、バグ達を斬り裂いていく。
果敢に挑みかかるバグ達だが、突き出された槍の穂先を尽く切断され、無防備になった胴体を薙ぎ払われていく。
「やぁああ!」
【カッチーン!】
雄叫びと共に、オレンジ色の刀身が炎を纏う。
凄まじい熱を放つそれが振るわれると、騎士のバグ達は一瞬で胴を断たれ、真っ二つになって宙を舞う。
【コッチーン!】
「ふっ‼︎」
アスナが剣の鍔部分に備わったボタンを押すと、刀身部分がひっくり返り、水色の刀身が露わになる。
冷気を放つそれを振るえば、剣圧の直線状にいたバグ達が纏めて凍りつき、氷の彫像となって地面に縫い付けられてしまう。
「一掃するわ! 躱して!」
「え⁉︎」
【ガッチャーン! キメワザ!】
別の場所でハンマーを振るっていたユウキに告げてから、アスナは一度ドライバーのガシャットを抜き取る。
それを、剣に備わったスロットに差し込み、柄部分のトリガーを絞る。その瞬間。
【タドル・クリティカルフィニッシュ!】
凄まじい炎が刀身に宿り、轟々と嵐のように吹き荒れる。
アスナは剣を両手で構え、全身でゆっくりと振りかぶり、力を溜めていく。
そして、キッと眼光を鋭くし、視界に映る全てのバグ達に向けて、刃を振り抜く。
「はぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「おわ――――っ⁉︎」
ゴウッ!と放たれる業火の一閃。
空気さえ焼き焦がすような勢いの一撃が、バグの全てを一直線に焼き切ろうと宙を行く。
間一髪、慌てて背中をのけぞらせたユウキの真上を炎の刃は進み、バグ達の胴体に食らいつき、あっと言う間に両断する。
【会心の一発!】
バグ達は斬り裂かれると、直後に爆発し粉々に砕け散る。
視界に映る敵全てが、今の攻撃で粉砕され、迷宮の一室は静寂に包まれる。
自分とユウキ以外に何もいなくなった事を確認すると、アスナは構えを解き、ガシャットを剣から取り外した。
「フゥ…」
「ちょっとアスナ! 今のものすごい危なかったんだけど⁉︎ かすったよチッて!」
「ごめんなさい…でもそれどころじゃないでしょう⁉︎」
「ってそうだった!」
変身を解除し、息をつくアスナのもとに、危うくまとめて排除されかけたユウキが猛抗議に向かう。
が、アスナの一言で我に返り、同じく変身を解除し猛然と駆け出す。
どこもかしこも同じように見える迷宮内を、微かな記憶を頼りに走り、ユウキは仲間の元へ急いだ。
「急げ…もっと早く! 早く!」
冷や汗を流し、呼吸を荒くし、ユウキは急ぐ。
胸中で渦巻く嫌な予感を無理矢理に無視し、一刻も早く辿り着こうと、必死に前を目指して走る。
そしてようやく、見覚えのある個所へと辿り着いた。
「キリト! サチ! みんな!」
開きっぱなしになっている隠し扉を見つけ、飛び込む。
嫌な予感が外れてほしい。臆病な自分が抱く幻想であってほしい。そんな願いを抱き、5人の姿を探す。
しかし、開かれたその扉の中にいたのは―――キリト一人だけであった。
「……キリ、ト? ねぇ、みんなは…どこ…?」
「っ…! ごめん、ごめん…ユウキ……!」
狭い部屋の中心で膝をつき、項垂れるキリトが、掠れた声を漏らして身を震わせる。
ユウキはふらふらと部屋の中に進み、きょろきょろと辺りを見渡す。
サチも、テツオも、ダッカーも、ササマルも、キリトと共にいた筈の誰も見当たらなかった。
「嘘だよね……冗談にしてはちょっと、タチが悪すぎるよ…? ドッキリなんでしょ…? そう、なんでしょ…?」
ユウキの縋るような問いに、キリトは嗚咽の声だけを漏らす。
それが全てを物語っていて、ユウキはがくりとその場に膝をつく。がしがしと頭皮を掻きむしり、自らの心を苛む痛みに、くしゃりと顔を歪ませる。
「ぅぁあ…! うああああああ…!」
こぼれ出る、悔恨や怒り、悲しみに満ちた悲鳴。
全身の震えが止まらず、視界が揺れて真面な思考ができなくなる。
響き渡る絶叫を耳にし、少女の後を追ってきた白い女剣士は、痛ましげな表情で目を逸らす事しかできなかった。