EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
自身の膝を抱えて、ユウキは小さく蹲っていた。
彼女が借りた宿屋の部屋の隅、月明かりも照らしてくれない暗闇の中で、ただ一人じっと丸くなる。
しん、と静かな沈黙を、不意に扉を開く音が遮った。
「…ユウキ、大丈夫? 入っても、いい?」
「……うん」
躊躇いがちに、少しだけ扉を開けたアスナが、真っ暗な部屋の中を覗き込む。
きょろきょろと中を見渡し、項垂れるユウキの姿に気付くと、切なげな表情で彼女の元へと歩み寄っていく。
「…例のあの人達のことは、残念に思うわ。あんなの、冷静でいる方が不可能よ」
「…ボク、何にもできなかったよ。守ってあげるなんて言ったのに、肝心な時にそばにいられなくて……手も伸ばせなくって」
か細い声を漏らし、ユウキはますます小さく身を縮める。
短い間ながらも、確かに言葉を交わし合った、五人の仲間達。
そのうちの四人は迷宮内の悪意によって、もう一人は……ケイタは、生き残った二人の告白に、鬼のような豹変と罵倒を返した。
―――お前らなんかが、俺達と一緒にいる資格なんて最初からなかったんだ‼
仲間を返せよ、人殺し共‼
仲間の中で比べ物にならない力を持っていながら、仲間を誰一人救えなかった役立たず。
頼られる存在だと悦に浸って、何も出来ずに生き延びた人間の屑。
そう、言葉にもできない激情をぶちまけられて、呆然と立ち尽くすユウキ達の前で、ケイタは浮遊する城の縁から身を投げ出した。
魂の抜けた人形のように、力なく遥か真下へと堕ちていった……死を選んだ彼の最期を目の当たりにして、ユウキもキリトも愕然と膝をつく他になかった。
ユウキはもう、立ち上がる気力も失くしてしまい、食事も睡眠もとらず縮こまる日々を送っていた。
「…あの人は?」
「わかんない。メッセージ送っても返事してくれないし、探しても避けられてるのか見つからないし……どうすればいいのかもう、わかんない」
姿の見えない、黒の装いの少年の行方を尋ねるも、ユウキは覇気のない声で答え、顔を膝に埋める。
まるで、視界に映る全ての者を拒否したがっているようだ。
(今のこの子に、一体何を言えばいいのよ…!)
あまりにも痛々しい姿に、アスナは思わず目を逸らして悲痛に顔を歪める。
安易に気遣いの言葉も吐けず、その場から立ち去る事もできず、ひたすらに重苦しい沈黙が続く。
そんな時だった。
ユウキの元に、聞きなれた通知音が届いたのは。
「……? アルゴから……?」
誰からの声も聞く気になれなかったユウキは、ふと届いたメッセージが気になり、億劫そうに顔を上げて文面を確認し始める。
つづられた文を読み上げ、内容を理解していくとともに、ユウキの表情は見る見るうちに変貌し始め、ついには勢い良くその場に立ち上がっていた。
「キリトのバカ…! 何考えてるんだ⁉︎」
「ユ、ユウキ⁉︎」
困惑し、眼を見開くアスナを他所に。
ユウキは必死の形相で、部屋を飛び出し走り出していった。
白い、極寒の風が吹き荒れる。
暗闇に覆われた空、猛吹雪が吹き荒れる森の中を、キリトは一人歩く。
剣を腰に佩き、風雪にコートをはためかせ、ただ前一点を見つめて進み続ける。
「やっと追い付いたぜ、キリト」
その背に、一人の男の声がかかる。
キリトはゆっくりと振り向き、何処か虚ろな人形のような目を向け、声の主―――赤い武者の姿を視界に映す。
「……クライン、やっぱりお前か」
「事情は全部ユウキちゃんに聞いた。お前、本気で例のクエストに行く気か」
覇気のない声を返すキリトに赤い武者、クラインは厳しい表情で問う。
無言のまま頷きもしない黒の剣士に、クラインと彼の仲間達が顔を歪める。
少年がどれだけ無謀な事をしようとしているか、自分達を捉えているデスゲームの残酷さを知っている以上、見過ごすわけにはいかなかった。
「キリト、俺達とパーティーを組め。そしてボスを一緒に討伐しよう。アイテムはドロップした者の物で良いだろ」
「……なるほどな、だが断る。もしも俺の邪魔するならクライン、お前と言えども斬るぞ」
「それはボクが相手でも?」
腰に佩く県の柄に手をかけ、脅しをかけるキリト。
だがそこへ、険しい表情をしたユウキが肩を怒らせながらやって来る。
「ユウキ…」
「いくら君でも、ボクを相手に通れるとは思ってないでしょ。…一緒に行こう。そうしちゃいけない決まりなんてないはずだよ」
同じ苦しみを抱く少女を前に、自分と同格かそれ以上の強さを誇る少女の説得に、キリトは一瞬躊躇う様子を見せる。
彼女の提案に乗れば、目的の物を手に入れる可能性は確実に跳ね上がるだろう。
しかし、ユウキが優しい声と共に手を伸ばすと、きつく歯を食い縛り、鋭い目で少女を睨みつける。
「うるさい! 黙れ! 俺のせいで俺以外全員死んだんだぞ!」
「それは違う! キリトだけのせいじゃない! ボクだって何もできなかった…! 君が彼らを見殺しにしたって言うなら、ボクだって同罪なんだ!」
全てを自らの責任だと叫ぶキリトに、ユウキが必死に首を振り否定する。
罠に嵌り、敵に遭遇し、助けに向かうのが遅れた。
彼らを守るべき立場にいたのに、そうできなかった後悔は、ユウキの心にも重く澱みのようにこびりついていた。
「…《背教者ニコラス》の袋の中、死んだ者を生き返らせる事が出来るって言われているアイテム。狙いはそれだろ」
クラインの問いに、キリトは答えない。だが、沈黙は是だと告げているようなものだった。
ゲーム内で死亡した……現実世界においても死んだ者を生き返らせる効果があるというアイテム。
この先に現れる敵を倒す事により、それが手に入るという眉唾物の情報。
一人、仲間も連れずに雪原を進むキリトは、その情報を信じて敵の下を目指していたのだ。
「あぁ、そうだ」
「ただの噂かも知れないんだぞ」
「それでも構わない」
「ソロで挑める相手じゃないよ! 対象が同じなら、誰がやったって…」
「それじゃ意味ないんだよ…!」
本当かどうかも怪しい噂を信じ、無謀に強敵に挑もうとしているキリトを止めようと、クラインとユウキが必死に説きかける。
だが、キリトは悲痛に顔を歪め、決して首を縦に振ろうとはしない。贖罪に固執する彼は、ユウキ達の元に踏み出そうとしない。
埒が明かない、とユウキがキリトの元へ近づこうとしたその時。
彼らの背後で、いくつもの転移による光が発生し、銀の鎧を纏った複数のプレイヤーが現れた。
「⁉︎ 聖龍連合…!」
「マズイ……あいつらレアアイテムのためならPK紛いのことも平気でやる連中だぞ!」
SAO内で噂になっている、行儀がいいとは言えないプレイヤーの集団の登場に、クライン達は焦燥に目を瞠る。
にやにやと不気味に笑う聖竜連合を凝視していたクラインは、突如自身の刀を抜き、彼らに向けて構えだした。
「キリト、ユウキちゃん! 行け!」
「⁉︎ 何を言って…」
「ここでうだうだ喋ってたらあいつらに先を越されるだろ! どっちが手に入れようが、こいつらに美味しいとこ持ってかれてたまるかってんだ!」
キリト達を背に庇い、促すクライン。彼の仲間達も、同じく得物を抜いて続々と聖竜連合と相対していく。
キリトはその光景を呆然と見つめ、やがて彼らに背を向けると、脇目もふらずに節減の先へと走り出した。
「キリト! …ああもう、勝手にしろ! ボクも勝手にやってやる!」
放置されたユウキは、走り去っていくキリトとその場に留まるクライン達を交互に見て、苛立たし気に叫んで駆け出す。
遠く吹雪の中に消えていく黒と紫を横目で見やり、クラインはフッと不敵に笑ってみせた。
それは、節減の先に聳え立つ杉の木の下に現れた。
サンタクロースを、醜悪なモンスターとしてデザインし直したような見た目の、巨大な人型のモンスター。
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『}#>^{|\]\<*+=+%^}][^*<|>$“+#;』
そして、ニコラスの全身はノイズが走り、頭部がオレンジ色の異形へと変貌していく。
忘れるはずもない、第一階層のボスにも現れた謎の異変が、この敵キャラクターにも起こっていた。
「こいつもか…! 変身!」
【I’m a 仮面ライダー!】
一瞬目を見開くも、ユウキは冷静にアイテム欄を表示し、ベルトとガシャットを手にする。
迷いのない動きでそれらを装着し、ずんぐりとした戦士の姿へと変身した彼女は、隣で背中から剣を抜いて構えるキリトの隣に並び立つ。
「うおおおおおおおおおお‼︎」
「やああああああああああ‼︎」
雄叫びを上げ、走り出すユウキとキリト。
愛用の黒い剣を、白のハンマーを振りかざし、巨大な斧を携えた怪物に向かって挑みかかる。
焦点の合っていない怪物の顔がユウキに狙いを定めた瞬間、ユウキは驚異的な跳躍でニコラスの顔面に接近する。
「やっ! やっ! でやああああああ!」
宙を飛び跳ね、ニコラスの巨体を足場にし、目にも止まらぬ速さで攻撃を叩き込んでいく。
ポコポコとコミカルなエフェクトが発生する下では、鬼の形相となったキリトが鋭く斬撃を放ちまくる。
背教者ニコラスも負けじと斧を振り回すが、段違いの速度を見せつける二人には追い付く事ができず、見る見るうちに頭上のゲージが黄色から赤に近づいていく。
「おおおおおお!」
『(#$+<?_<'(_))"#$#``&('&』
そして、高く彫琢したキリトの斬撃がニコラスの額から顎先までを叩き切ったその直後、ニコラスに走るノイズが強くなる。
大きな一撃を叩き込んだキリトが着地した時には、ノイズがニコラスと異なる形に変わっていき―――。
『…フ、フハハハハ!』
ニコラスの巨体が、赤と白に彩られた、杖を持った道化のような姿になる。
赤い仮面で顔を隠し、魔法使いのローブに似た装いをした敵の姿を視界に映し、ユウキが眉間にしわを寄せる。
「タドルクエストの……アランブラ!」
『よくぞ無謀にも私の前に出てきたな、愚かな人間たちよ! お前たちの勇気をたたえ、私が完全体となるための糧としてやろう!』
赤い魔法使い、アランブラがそう言い、杖を掲げた瞬間、アランブラの周囲に赤い炎が出現し襲い掛かってくる。
キリトと左右に分かれ、放たれたその攻撃を軽々と躱して、ユウキは新たな敵を睨みつける。
「そんなのは、ごめんだね! 大変身!」
【LEVEL UP! マイティマイティアクションX!】
身に纏っていた白い鎧が弾け飛び、マゼンタカラーのスーツに姿を変える。
拳を天に突き上げる構えを取ると、ハンマーのボタンを押して剣の形状へと変形させ、切っ先をアランブラの顔面に突き付ける。
「キリト、あいつはボクがやる! その後に解放される〈背教者ニコラス〉を君が…!」
「うおおおおおおおおお‼︎」
「トドメを…ってちょっと⁉︎」
姿も能力も変化した敵に備えるため、迷うことなく共闘を申し出る。
しかし、ユウキが話し終えるよりも前に、キリトは犬歯を剥き出しにしながら咆哮を上げ、アランブラに飛び掛かっていく。
『愚かな……シビレール!』
アランブラは一切怯まず、キリトに杖を向け、魔法陣を出現させる。
そこから放たれた雷撃を、キリトは勢いよく転がって躱し、剣を振るって無理矢理体を起こす。
唸り声と共に身を起こすその様は、まるで猛獣のようだった。
「キリト! 今の君のレベルじゃ無茶だって!」
「がああああ!」
ユウキの制止も全く聞かず、獣の叫びとともにアランブラの巨体に飛び掛かる。
アランブラはそれに、雪中から蔦を伸ばし、氷柱を生やし、火炎を放って迎え撃つも、剣士の勢いは速く捉える事ができない。
異様ともいえる気迫と速さに、ユウキもアランブラも思わず圧倒されていた。
「嘘だろ、押してる…!」
『ぐぬ…! なんたる気迫! これほどとは予想外だ!』
慄きながら、アランブラは魔法を放つのを止めない。
自身に迫り来る凶刃、自身の首を迷うことなく刈り取りに来る刃を食い止めようと、次から次へと攻撃を放つ。
しかしその尽くを、キリトは最低限の動作で回避し続けた。
「食らえ……うおおおおおおお‼」
『ぬぉっ⁉ よ、よもや…⁉」
ついには、キリトはアランブラの猛攻を抜け、仮面の目と鼻の先にまで跳躍する。
次に放つ、自身の最大の一撃で全てが決まる。失ったものを取り戻せる。
そう勝利を確信し、刃を大きく振りかぶった時だった。
「―――キリト、助けて」
キリトの耳に、弱々しい少女の声が届く。
彼が失った、取り戻したいと願っていた少女の言葉に、キリトの手は止まってしまう。
「⁉︎」
次の瞬間、キリトは横から凄まじい一撃を受けて、木の葉のように呆気なく吹き飛ばされていた。
「キリト!」
『ハハハハハ…! 無様だな、この程度のことで心を揺さぶられようとは!』
「お前…!」
一気に自身のゲージが減少し、危険な黄色の域に達する。
ユウキが慌てて彼の元に駆け寄り、愉快そうに笑うアランブラを睨みつける。
呻き声をあげ、膝をつく黒の剣士を見下し、赤い魔法使いは下卑た声で哄笑してみせる。
『言っておくがこれはただの偽物などではない……消滅したあの少女のデータをもとに私が生み出した複製、いわば残滓だ。それを攻撃すると言うことが……どう言うことかわかるか?』
その言葉に、ユウキとキリトは同時にびくっと肩を揺らす。
アランブラの言葉が本当なら、声の主の少女は―――サチはあの怪物の中にいる事になる。
となれば、アランブラを倒す事は、彼女を諸共殺す事になるのではないのか。
もし、先程の一撃が決まっていたら。
そう考えてしまったキリトの手から、剣を握る力がどんどん漏れ出ていく。
『ハハハ! 君にこの少女を傷つけられるかね⁉︎ 今度こそ君の手で、彼女を殺せるかね⁉︎ ハッハッハッハッハ!』
人の命を盾にする、外道とおう言葉さえ物足りない敵に、ユウキはきつく歯を食いしばる。
怒りと悲しみと、何より悔しさが込み上げてきて、剣を握る手にギリギリと力が籠もる……だが、それでも手を出す事ができない。
抗う事も、逃げる事もできなくなった少女達に、アランブラが下衆の笑みを浮かべて杖を向けようとし―――
【コッチーン!】
火炎を放つ直前、突如首元に食らいついた炎の斬撃により、赤い魔法使いの体勢が崩れる。
『ぐわああああああ‼︎ な、何だ⁉ 誰だ⁉』
ぐらりと巨体が傾き、節減の上で蹈鞴を踏み、どうにか転倒を防ぐことができたものの、その首には確かな亀裂が走っている。
怒りに燃え、自身に傷を負わせた何者かの姿を探すアランブラ。
するとその足元に、バフッと雪を舞い上がらせて、白い騎士が勢いよく降り立った。
「アスナ‼︎」
「……まさかとは思ったけど、ここまで馬鹿なことをするなんてね」
ゆっくりと立ち上がり、背後で項垂れるキリトに、仮面の奥から鋭い横目を向けるアスナ。
キンッ、と剣を振るい、装甲を纏ったアスナがアランブラに向き直る。ユウキの目に映るその背中は、明確な怒りに満ちて見えた。
「話は聞いていたわ……あんなのが、本当の事を言っていると思ってるの? あなた達を動揺させる嘘だって……普通真っ先に考えるでしょう?」
「…それは」
「邪魔を…するな…!」
ぐっ、と正論を突き付けられ、黙り込むユウキ。
不意に、彼女を押し退け、顔を俯かせたキリトがアスナの元へと進み出てくる。
「わかってる……わかってるんだよ、そんな事は…! あいつは、サチを侮辱したあいつは俺が……俺がやらなきゃいけないんだ…‼︎」
「…そう、覚悟は決めていたのね」
荒く息をつき、肩を上下させ、アランブラの身を見据えて前へ出ようとする少年に、アスナは痛ましげに目を細める。
「でも私は、それを認めるわけにはいかない」
そう言い、アスナはキリトの肩を掴んで後ろに引き倒す。
ほとんど抵抗もできないまま、キリトは仰向けに倒れ込み、それ以降起き上がる事もできなくなる。
ギョッとした顔で、キリトと交互に見つめてくるユウキを放置し……アスナは、自身の腰のベルトに手を伸ばす。
「術式、レベル2」
【ガッチャーン! LEVEL UP!】
レバーを引き、途端に放たれる電子音声。
直後に現れた幾つものスクリーンのうちの一つを叩き、その身に重ねていく。
【タドルメグル! タドルメグル! タドルクエスト!】
そして―――白い装甲が弾け飛び、女騎士の新たな姿が露わとなった。