EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
それは、水色の鎧に身を包んだ西洋の騎士だった。
黒いボディスーツを水色のラインが走り、白いスカートが揺れる女騎士。
胸にはユウキと同じゲーム画面のような甲冑が張り付き、コミカルな目が映り込んだ兜をヘルメットのように被る。
風雪に裾をはためかせ、〝力〟を手に入れたアスナは炎を纏う剣を構えた。
「…はぁあああああ‼︎」
雄叫びと共に、剣を振りかざし走る。
ボッ!と足元に積もった雪が爆発したように吹き飛ぶほどの勢いで、嘲笑を向けるアランブラに向けて一直線に向かう。
『小癪な!』
「はっ‼︎」
嘲りの声と共に、杖を振るって雷を落とすアランブラ。
ゴロゴロと雷鳴を轟かせ、雨のように降り注ぐ雷の槍を、アスナは目にも止まらに速さで躱していく。
閃光の如き速さで接近した彼女は、一直線に赤い魔法使いの足を斬りつける。
『おのれ小娘が! ちょこまかと!』
残像を残すほどの凄まじき速さに、アランブラは苛立ちと焦りを抱き始める。
雷だけでなく、炎や風、地面からはつたを伸ばしてアスナを追わせるも、攻撃が発動した時にはすでに彼女の姿は消えている。
「すっご……オレもいくぞ!」
かなりの時間、アスナの戦闘にぽかんと呆けていたユウキは、我に返ると慌ててその場から跳躍する。
空中に浮かぶブロックを足場に、アランブラの周囲を縦横無尽に駆け回る。
上にはマゼンタの戦士が、下では水色の騎士が。
二方向から翻弄され、傷を負わされ、しかしアランブラは余裕の態度を崩さなかった。
『ハハハハハ…! そんな攻撃など効かん! どれだけ来ようと無駄なことだ‼︎』
「…それはどうかしらね」
【カッチーン!】
アランブラの哄笑に、アスナが小さく笑みを浮かべながら呟く。
直後、彼女の持つ剣の刀身が反転し、炎から氷の衣装へと変化する。
アスナがそれを鋭く薙ぎ払えば、アランブラの片足がバキバキと巨大な氷で覆われ、固められ始めた。
『何⁉︎』
「足元がお留守よ、魔法使いさん……それに、上もね」
「どっせい‼︎」
『ぐおっ⁉︎』
さすがに動揺し、眼を見開くアランブラの脳天に、ユウキによるハンマーの一撃が叩き込まれる。
体勢を崩し、よろめくアランブラ。
傾いだ巨体の肩を蹴り、宙を舞ったユウキは、空中のブロックの一つを壊し、中にあったメダルを受け止める。
【高速化!】
「いやぁああああああ‼︎」
メダルが体の中に鳩首された瞬間、ユウキの姿が一瞬で掻き消える……いや、凄まじい加速で視界に捉えられなくなる。
移動と同時に振るわれる殴打と斬撃が、上と下で無数に延々と襲い掛かる。
応戦しようとするアランブラだが、彼の魔法は一つも間に合ってくれなかった。
『くっ…ザコが二人も、ちょこざいなぁ……っ⁉︎』
忌々し気に吐き捨てる赤い魔法使いは、その声に確かな焦燥を滲ませる。
自身の頭上に表示されたHPバーは確実に削られ、次期に危険な域に達してしまうだろう。
その前に何とかしなければ、そう考えたアランブラの視界に、黒い人影が映る。
『ならば…こうするまでだ!』
悪意に満ちた呟きを残し、軍と勢い良く手を伸ばす。その先で一人項垂れたまま、一歩も動かずにいたキリトに向けて、文字通りアランブラの魔の手が迫る。
この男さえ人質に取ってしまえば、もう手出しは叶うまい。
誇りも何もない下衆の思考で動き、自身の勝利を確信したアランブラが、キリトの目の前にまで迫った時。
「―――読めているのよ、そういうのは」
ザンッ!と。
アランブラの視界に一筋の線が走る。
何が起こったのか、アランブラが理解した時には―――魔法使いの顔に、左目と頬を一直線に斬り裂く傷跡が刻まれていた。
『ぐぎゃああああ!?』
悲鳴をあげ、凄まじい轟音を立てて倒れ込むアランブラ。
怒りを滲ませた呟きを漏らし、アランブラの目の前に降り立ったアスナは、氷のように冷たい目で魔法使いを睨みつける。
『う、嘘だ! この私が、こんな失態を⁉︎』
「よそ見するなよ!」
『がはぁ‼︎』
激痛とノイズが走る顔の傷を押さえ、慄くアランブラの右顔に、今度はユウキのハンマーによる殴打が叩き込まれる。
途端にアランブラの巨体が浮き上がり、俯せから仰向けへと無理矢理転び直された。
「これで終わりよ‼︎」
【ガシャット! キメワザ!】
間髪入れずに攻撃を受け、雪上に倒れた無防備な敵。
アスナは一切の情けをかけず、ベルトから青いガシャットを抜き出すと、剣の鍔部分に差し込み、再び跳躍する。
見る見るうちに、アスナの剣に膨大な量の炎が纏わりつき、どんどん膨れ上がっていく。
「やめろ…! 頼む、やめてくれ!」
アランブラに迫る炎の剣を凝視し、キリトが途切れそうな声で懇願する。
だが、アスナはほんの一瞬切なげに顔を歪めただけで、すぐに険しい鬼の形相となり、剣に備わるトリガーを引き絞った。
【タドルクリティカルフィニッシュ‼︎】
「はぁあああっ‼︎」
咆哮を上げ、烈火に燃える剣を頭上に振りかぶる。
じりじりと豪雪さえも焼き焦がしそうな一撃が、アランブラの脳天に狙いを定める。
そして……アランブラの上で追撃を行っていたユウキが、迫り来る炎の光にぎょっと目を見開いた。
「…え、ちょっ、アスナ⁉︎ 待って待ってオレまだ退避してない‼︎」
あわあわと手を振り回し、跳んでくるアスナを凝視し叫ぶ。
だが時すでに遅く、必殺の剣を携えたアスナはアランブラの目と鼻の先にまで近づき、剣を振り下ろしていた。
大急ぎで脱出したユウキの背後で、アランブラの顔面が炎の剣で両断された。
『ぐわああああああああああああああああああ‼︎』
「またかぁああああああああああああああああ‼︎」
断末魔の悲鳴をあげ、脳天から股下までを綺麗に斬り裂かれる、赤い邪悪な魔法使い。
HPバーが一気に減少し、赤い表示が完全に消え去ると、アランブラの全身でオレンジの火花が弾けだす。
そして次の瞬間、雪原を揺るがすほどの大爆発が発生し、アランブラの巨体は木端微塵に吹き飛んでしまった。
【GAME CLEAR】
【Congratulations】
火の粉が飛び散り、キラキラと輝く風雪の中、文字が浮かび上がる。
ひゅん、と剣を振り、脱力したアスナは深く長く息を吐く。
数秒か数分か、長い間黙り込んでいた彼女は、ベルトからガシャットを抜き取り、騎士の鎧を脱ぎ去った。
【ガッシューン】
「…………」
「ちょっとちょっとアスナ⁉︎ 今またボクごと斬ろうとしてなかった⁉︎ 危うくボクまで一刀両断されかけたんだけど⁉︎ ねぇってば‼︎ なんかボクに恨み持ってんの⁉」
どどどどっ、とそこへユウキが駆け込み、抗議の声を上げるのだが、アスナはそれに何も答えない。
冷たい目で、雪原に転がっていた物体―――件の蘇生アイテムであろうそれを拾い上げ、キリトに冷たい目を向けるだけだった。
「……ボスを倒したのは私よ。ドロップアイテムは当然、私が貰っていくわ。そういうものなのでしょう? MMORPGって…」
「っ…くっ…」
「……キリト」
悔し気に歯を食いしばるキリトに、ユウキは痛ましげに顔を歪める。
危険を承知の上で、彼が自身の手での入手に拘ったアイテム。
それを目の前で別の人間に掻っ攫われるなど、どれだけ悔しい事かは想像するに難くない。
「残念だけどさ、クラインがさっき言ってたみたいに獲った者勝ちだよ。悔しいだろうけど、あれはもうアスナの……」
「俺が…! 俺ができるせめてもの償いだったんだよ‼︎」
慰めの言葉をかけるユウキに、雪を殴りつけながらキリトが吠える。
ビクッ、と思わず後ずさる少女の前で、悔恨に苛まれたままの少年は何度も雪を叩き、自身の不甲斐なさを恨む。
「俺のせいでサチは死んだ……ダッカーも、テツオも、ササマルも、ケイタも! 俺のせいで死んだんだ!」
「それはちがっ…」
「違わない‼︎ 俺がちゃんと教えていれば…向き合うことを拒まなければ、あいつらがあんな罠に引っかかることだってなかったんだ‼︎」
あの時こうすれば、こうしなければ。
もしもの話をすれば、もう数えきれないほどにやり直したい事が出てくる。
だが、それらは決して叶う事はないのだ。
「…そうやってずっと、悲劇の主人公を気取って俯き続けるつもりなの」
哭く声を漏らすキリトに、不意にアスナがそう告げる。
慰めなどではない、弱り切った男に追い打ちをかけるような、怒りを滲ませる酷く厳しい声だ。
「犯した過ちは消えない。ここはゲームの中だけど、遊びじゃない……現実よ。死に直結するあらゆる可能性を想像できなかったのは、貴方じゃなくてその人達」
「アスナ……」
「貴方がそうして、贖罪を建前にした自殺紛いの行為を繰り返しても、誰も貴方を許さない! 許してくれる人なんていない! 望む人もいない! 無意味なだけよ!」
今の彼にはあまりに辛すぎると、ユウキが制止のつもりで呼びかけるも、アスナの言葉は止まらない。
いつしか、アスナの目にも涙が溜まっている事に気付き、ユウキは何も言えなくなってしまった。
「それでも貴方が罪だと思うなら、好きにしなさい…でも、死ぬことで許されるなんて思わないで! 最後まで生き残って……その罪を記憶に刻み続けなさい!」
自身の罪ばかりを見つめる少年に、今できる限りの叱咤激励を送る。
お願いだから、こんなところで折れないでほしい。
そんな願いを感じさせる、痛々しい掠れた声を張り上げ、アスナは涙を流して言葉を吐く。
「あなたが私にそうさせたように! 死ぬまであがき続けなさい!!」
キリトは、何も答えない。
アスナもそれ以上は無意味と悟ったのか、悲痛に顔を歪めて踵を返す。
歩き出した彼女の背を追い、ユウキはやや言いづらそうに彼女の耳に口を寄せた。
「…何も、そこまで言わなくても」
「…ユウキ、これ見て」
「え?」
アスナは唐突に立ち止まり、手に入れた蘇生アイテムを見せる。
もともとが眉唾物の代物だからと、期待通りではない事を予想しながら、説明欄を流し見る。
そこにあった「五秒以内ならば蘇生が可能」という文に、ユウキの表情は凍り付く。
「ごっ…」
「こんなもの、彼に見せられないわ……最後にすがろうとした希望がこんなに残酷なものだなんて知ったら、どうなるか」
「…! うっ…!」
無情すぎる真実に、叫びそうになるのを必死に抑え込む。
恐る恐る振り向けば、キリトは未だ項垂れたままで、アスナの声が聞こえた様子はない。
少しだけ安堵をしながら、それでもやはり、形容しがたい負の感情にユウキの表情は曇ったままであった。
武器を雪原に立て、座り込んだ武士達が肩で息をする。
聖竜連合のプレイヤー達を追い払い、ほっと一安心していたクライン達の元に、三つの人影が近づいてくる。
そのうちの一人、アスナが一つのアイテムを見せると、クラインの眼がはっと見開かれた。
「…アイテムは私が手に入れました。では…失礼します」
ぺこりと頭を下げ、去っていくアスナを呆然と見送ったクラインは、続いてユウキとキリトに目を向ける。
キリトは虚ろな目で覚束ない足取りで、ユウキはそんな彼に対し、痛々しい表情を浮かべて目を逸らしている。
同様に暗い二人の雰囲気、そしてそれぞれの表情の異なりに、クラインは雪原の先で何があったのか、全て理解してしまった。
「ユウキちゃん……」
「…ごめん」
俯き、唇をかみしめるユウキ。
彼女の隣を、キリトが無言のままよろよろと立ち去ろうとする。
そんな彼の袖を、クラインはギュッと握りしめて引き留め、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で縋りつく。
「キリト……お、お前はぁ、生きろよ! 頼む、生きてくれよ!」
聞いているだけで苦しい、男の懇願。
キリトはそれすら何も反応を返さず、掴まれた袖を振り払って歩き去る。
残されたクラインが崩れ落ちるのを横目に、ユウキもまた虚ろな目を暗い空に向け、深いため息をこぼした。
宿に帰ったユウキは、寝台に寝ころんだままずっと沈黙していた。
何をする気にもなれず、何も感じたくもなく、ただ渦を巻いている心が落ち着くのを待つばかり。
だがある時、顔を手で覆って光を遮断していた彼女の元に、一通の通知が届いた。
「……サチからの、メッセージと…プレゼント?」
メニューを開き、表示された贈り物の欄に目を見開くユウキ。
クリスマス当日に届くように設定されていたのか、と驚きながら、ユウキは怯えた表情でスフィアを見つめる。
サチは何を想ってこれを遺したのか、不安になったユウキはしばらくの間悩み、やがて意を決したように目を瞑り、スフィアを起動させる。
―――そして、その中に遺されていた想いを知り、ひたすら泣き続けた。
メリークリスマス。キリト、ユウキ。
あなた達これを聴いているとき、私はもう死んでいると思います……なんて説明したらいいのかな。
えっとね、ほんとのこと言うと、私…はじまりの町から出たくなかったの。
でもそんな気持ちで戦ってたらきっといつか死んでしまうよね。それは誰のせいでもない私本人の問題です。
キリトもユウキも、あの夜からずっと毎晩毎晩、私に絶対死なないって言ってくれたよね。
だからもし私が死んだらキリトはすごく自分を責めるでしょう。だからこれを残すことにしました。
私よりずっとずっと強い二人が、なんで私達を助けてくれていたのかは、頑張って考えたけどわかりませんでした。
でも二人が一緒にいてくれて、私はすごく安心できたの。
だからもし私が死んでもキリトは頑張って生きてね。
生きてこの世界の最後を見届けて、この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そしてあなた達と私が出会った意味を見つけてください。
じゃあねキリト、ユウキ。あなた達と会えて、一緒にいられて、ほんとによかった。
ありがとう。さよなら。
ライダーとSAOのクリスマスは不吉……(泣)