EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
冬は終わり、温かな風が吹き抜ける季節へと移る。
このデスゲーム世界へ閉じ込められて、もうじき一年が過ぎてしまうのだ、という感慨にプレイヤーたちが浸りだす頃。
キリトもまた、街中で日差しに照らされながら、一人立ち尽くしていた。
「キ〜リトっ!」
そんな彼の肩を、ぽんっと軽く叩く少女が一人。
ぼんやりとしていた彼は、少女が自分の友人である事に気付き、フッと口元を綻ばせた。
「…ユウキか、久しぶりだな。……どうしたんだ」
「うんにゃ、久々に見かけたから声かけただけ。これからレベル上げ?」
「ああ…今日はフィールドに出ようかと思ってな」
「そっかー」
朗らかに話しかけたユウキだったが、会話はそれでぷっつりと途切れてしまう。
開いてしまった間に、顔から冷や汗を噴き出させ、急いで話題を脳内で探す。だが、今の雰囲気を変えられる話題が咄嗟胃思い付かない。
ぎこちない空気に内心あたふたと慌てふためいていた彼女に、キリトは切なげに顔を歪め、背を向けて歩き出した。
「……じゃあな」
「う、うん」
明らかに沈んだ雰囲気を漂わせている少年の背を、黙ってみつめる事しかできない少女。
肩を落とす彼女の元に、白い鎧の少女とフードを被った小柄なプレイヤーが歩み寄る。
「…まだ時間がかかりそうだネ、キー坊の心の傷が癒えるには」
「仕方がないわ。過ごした時間は短くても、顔見知りが死んだんだもの」
深いため息をつくユウキに、アスナとアルゴも切なげにため息をこぼす。
身近な人が死ぬという悲劇。それを体験してしまった人間の心を慰める方法など、人生経験の薄い彼女達には思いつかない。
ふとユウキは、隣に立つアスナの格好に目をやる。
白い鎧と赤い衣服は、最近話題のあるギルドのトレードカラーである事を思い出したからだ。
「―――それで、アスナ…どうしたの? 聞いた話だと、ギルドに入ってソロで出てくるのは珍しくなったって聞いたけど…」
「…元々、あまり集団で行動するのには慣れてないのよ。少しの間だけ息抜きの時間をもらったの。ギルドも発足したばかりで、そんなに人が集まってやることが山積みになったわけでもないし」
「ふーん…」
「忙しそうで何よりだヨ、アーちゃん」
以前は一匹狼のようだった彼女が変わったものだ、と内心でユウキは感心する。キリトとの出会いで、多少気持ちに変化が現れたのだろうか、とも。
しかしやはり、三人の注目はキリトに戻ってしまう。
未だに一人で行動し、他人に頼るという事をしたがらない厄介な性分を持った彼を、ユウキ達は困り顔で見送るばかりだ。
「…あれ、やっぱりどうにかすべきだよね。ほっといたらいつまでもあんな感じかもしれないよ?」
「彼には借りもあるし、手助けしてあげたい気持ちもわかるけど、今の私たちに何かできるとは…」
「我ながら不甲斐ないナー、ふとぐらい聞いてやれればいいんだけド」
再びため息をこぼし、肩を落とすユウキ。
ただ、友達が自力で立ち上がる時を待つ事しかできず、不甲斐なさでいっぱいになっていた。
「でも確かに、あんな最悪のコンディションのままっていうのは見過ごせないわね。…特に今は」
「え?」
小さくこぼれた、アスナの意味深な呟きに、思わずユウキが振り返る。
どういう事なのか、とユウキが尋ねようとしたその時、前を歩いていたキリトがくるりと、眉間にしわを寄せて振り向いた。
「……さっきから何だ?」
「あ、バレてた」
「そりゃあ、ここじゃ特に目立つ二人だからな…」
「え?」
「そうなの?」
首を傾げる二人の少女達に、今度はキリトが肩を落とす。
顔立ちから身体つきまで、そこらの女性とは一線を画す外見をした二人。
しかし本人達は無自覚らしく、周囲の女性プレイヤーからは羨望の眼差しを、男性プレイヤーからはやや下卑た視線が向けられている事が多い。
必然的に、現在最も近くに居るキリトにまで、多数のプレイヤーからの視線が集まってしまうのだ。
「嬉しい事言ってくれるネ、キー坊ったら」
「お前には言ってないんだよ……心配してくれるのは嬉しいけど、できれば今は一人にしておいてほしい」
「うん…ごめん」
色んな意味で注目されたくないと、キリトはユウキ達に断りを入れる。
数ヵ月前の一件で案じられている事も含め、キリトはしばらく、一人で気持ちの整理をつける時間を欲していた。
そのまま立ち去ろうとするキリトを、今度は背にしようとしたユウキとアスナとアルゴ。
だが、ユウキが振り向こうとしたその刹那、彼女はそれに気づいた。
「? ねぇ、みんな」
「何? どうかしたの?」
「あれ…何だろ」
思わず三人を呼び止め、それ―――空に現れた何かを指差すユウキ。
訝し気に立ち止まり、アスナとキリトもアルゴも、ユウキが示す方向を見上げる。
そこに在った何か―――四角く不規則に点滅する、空というよりも空間の異変に、三人は目を見開く。
「…ノイズ、よね。まさか、SAO内で不具合が…⁉」
現実とほぼ際のない才限度を誇るVR空間、そこに起きた
多くの人々の視線を独占する中、空に現れたノイズが大きくなり。
―――一人の少女を、ノイズの中から吐き出してみせた。
「なっ…!」
「おォ⁉︎」
「ひ、人…人が降ってくるわ‼」
「何で⁉」
突然の事に、一気に騒然となる周囲。
誰もが棒立ちになる中、いち早く我に返ったユウキが、最も近くにいる男性であるキリトに目を向けた。
「ヤバ…GO! キリトGO‼」
「ぐおっ!? 蹴るなよ、ああもう‼」
何が何だかわからないが、落ちてくる人がいるのならば受け止めて助けなければ。
ならば受け止めるのは男の役目だと、キリトの背中を蹴りつけて早く向かうように促す。
納得がいかない顔をしながら、キリトも即座に少女の真下に向かって思い切り駆け出す。
「間に合えっ…‼」
きちんと物理法則にのっとったらっかっ速度で迫る少女に、キリトは力強く跳んで、何とか少女を横抱きに受け止める。
おぉ…と周囲から感嘆の声が上がるのも気づかず、キリトは腕の中の少女をまじまじと凝視した。
「イェ〜イ! ナイスキャッチ!」
「お前…! 人を足蹴にしといてその態度か!」
「えー、だってこのメンツで落ちてきた女の子を抱きとめるポジっていったらキリトしかいないじゃん? 親方〜、とか言ってもいいんだよ?」
「言うか‼」
何処の映画だ、と駆け付けるや否や茶化してくるユウキに吠えるキリト。
同じく近づいてきたアスナも呆れた目を二人に向け、頭が痛いとばかりに額に手をあてて項垂れていた。
「そんなことより! …この子は、一体何者なんだ?」
「プレイヤー…なのは間違いないっぽいみたいだけど。何で空から…?」
「転移途中でバグに引っかかったとかじゃないのかイ?」
「わからない、本人に聞いてみないことには…」
表情を切り替え、少女を見下ろす三人。
頭の上のカーソルは確かにプレイヤーのもの、格好も自分達が纏っているものと大差ない、ゲームらしい装いだ。
一体何者なのか、と三人の視線が少女に集中した時だった。
「…ところであなた」
「ん?」
「…いつまでその子を抱きしめているつもりなの?」
不意に、アスナがキリトのじとりと冷たい眼差しを送り始める。
先ほどからずっと、少女はキリトの腕に抱かれたまま。地面に置くなりすればいいのに、ずっとそのままの体勢で跪いていたのだ。
「あ、いや…下ろすタイミングが掴めなくて」
「やだー、キリトくんってば女の子をそんなにベタベタ触っていやらし〜」
「キー坊君のえっち〜」
「人聞きの悪いことを言うな! あんたも引かないでくれ!」
「だったら早く下ろして…」
ユウキとアルゴにまた囃し立てられながら、キリトはすぐに少女を下ろそうとする。
だがその直前、それまでずっと気を失ったままでいた少女が身動ぎをし、ゆっくりと瞼を開き始めた。
「……ぅ、ん」
何度か目を瞬かせ、瞳に飛び込む光に馴染もうとする少女。
意識もゆっくりと再起動を始め、視界に映るものを認識しようと努める。
そして、ようやく脳が覚醒を果たしたその時、目と鼻の先から自身の顔を覗き込んでいる少年に気付き、さっと表情を変えた。
「なっ、い、いやぁああ‼」
「ぶへっ⁉」
即座に、少女の張り手が飛び出し、キリトの顔面に炸裂する。
吹っ飛ばされる少年の姿に、後ろの少女達が目を見開いた。
「あ、クリティカルヒット」
「厄日ね…」
「…っ! 怒るのもわかるが、少しは俺の言い訳も聞いてくれないか…!」
「あなた…誰なの。ここは…一体私に何をしたの…⁉」
「まごうことなき冤罪だ!」
痛む頬を抑えて蹲るキリトから、少女は尻餅をついたまま後退る。
荒く息を吐き、キリトを睨みつける少女を見て、流石に不憫になったユウキが歩き出し、少女の傍にしゃがみ込む。
「落ち着いて、この人全身真っ黒でいかにも怪しく見えるけど、基本は特に害のないヘタレさんだから大丈夫だよ〜」
「ええ…女の子を襲うような度胸はないわ」
「キー坊はまぁまぁ無害だから安心しなヨ」
「フォローがフォローになっていない…! 俺は受け止めただけだ!」
キリトを指差し、けらけらと笑うユウキとアルゴ、それと頷くアスナ。
キリト本人がもの言いたげな顔になっている事を無視し、ユウキは少女に敵意がない事を示す快活な笑みを浮かべてみせる。
それを見て、少女は徐々にユウキ達に対する警戒をわずかにだが緩めていった。
だが少女は、不意にユウキ達の頭上を見やると、困惑の表情を浮かべ始めた。
「……何なの、あなた達の頭のそれ…? というか、ここはどこなの…? 私、私は……どうしてこんな所に」
「……頭の上? カーソルの事? あと、ここは《アインクラッド》第二十二層南南東の村《コラル》だけど」
頭を抑え、困惑の声をこぼす少女に、ユウキが訝しげに首を傾げて応える。
やはり転移の失敗で、何処かもわからないような場所に転移してしまったのだろうか、とそう考えて。
しかし、少女が返した返答は、ユウキの想像を遥かに超えたものだった。
「かーそる? あいんくらっど? だいにじゅうにそう? それ何の事?」
「ん?」
「え?」
眉を寄せ、本気でわからないと言った様子で聞き返してくる少女。
ユウキだけではなく、キリトやアスナも目を丸くし、座り込んだままの少女をまじまじと凝視してしまう。
「…一応確認するけど、SAOって聞いたことある? 正式には、ソードアート・オンラインのことなんだけど」
「…入ったらもう出られない、VRのゲームのことでしょう? ニュースでやってたのは見たわ」
「ソレがココだね」
「……え?」
少女の戸惑いの表情が、徐々に引き攣り恐怖に歪んでいく。
少女は慌てた様子で辺りを見渡し、次いで自分の格好を見下ろし、やがて呆然と肩を落としてしまう。
「ここが…VR…⁉ 私の服まで変わってる⁉」
「えっとさ…こっちもいろいろ確認させてほしいんだけど、いいかな?」
信じられない、といった様子で固まる少女に、ユウキもまた困った様子で尋ねる。
多くの人々の注目を浴びながら、ユウキはひとまず彼女を自分が借りている宿に連れていく事に決め、彼女を伴って歩き出した。
―――それを人混みの中から見つめる怪しい人物に、誰も気付く事はなく。