EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「ふぅっ…んっ!」
気の抜けた掛け声とともに、振り上げた剣が空を切る。
刃はへろへろと頼りない軌跡を描き、目前の青い猪に迫るも、容易く躱されザクッと地面にぶつかるだけで終わる。
それだけではなく、攻撃された猪は鼻息荒く振り返り、剣の持ち主である少女に向かって突進を始めた。
「ブルッ…! ブキィィッ!!」
「ひぃっ!?」
砲弾のような勢いで迫り来る青い猪に、シノンは悲鳴をあげて思わず尻餅をついてしまう。
避ける事も逃げる事もできなくなってしまったシノンに向け、猪が容赦なく牙を振り上げ、無防備な腹に強烈な一撃を叩き込もうとする。
「あらよっと」
「ピギィッ!?」
しかし、その寸前で割り込んだ紫の影が剣を一閃し、猪の胴を叩き斬る。
猪は甲高い悲鳴をあげてのけぞり、やがて青いポリゴンの欠片となって砕け散る。
キラキラと宙に溶けていく青い欠片を見上げ、剣を肩に担ぐと、ユウキはシノンに意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「いやー、いやいや……見事なへっぴりごしだったね〜」
「ぐっ……」
自分でもかなり情けない姿を見せたと自覚があり、シノンは頬を赤く染めて目を逸らす。
腰が引け、力も入っていない剣撃など、子供でも避けられるだろう。わかっているからこそ、他人に言われるのは無性に気になった。
「仕方ないじゃない! 剣や斧を振り回すなんて事、生まれてこのかたやった事がないのに!」
「そりゃそうだ」
「…こっちの人達は、ほとんどみんな体で覚えちゃってるんだけどね」
恥ずかしさを誤魔化すように抗議の声を上げるシノンに対し、ユウキはけらけらと気楽に笑う。
キリトとアスナだけが、シノンに同情の視線を向け、どうしたものかと頭を回らせている。
そもそもが刀槍剣戟の世界で戦うゲームなど、しようとさえ考えなかった初心者だ。十分に戦えるようになるまで、どれだけかかるか。
「この辺の敵キャラは大抵がスライムレベルだし、初心者のシノンには妥当だと思ったんだけど……道は長くて険しそうだねぇ」
「言い出しっぺはお前なんだから、しっかり最後まで面倒見ろよ」
「そんなペットじゃないんだから……」
他人事のように語るユウキに、巻き込まれた立場にあるキリトがじろりと冷たい目を向ける。
注意勧告のつもりで口にした彼の言葉には、今度はアスナがやや困った顔で待ったをかける。本人を目の前にしてのこの言い草は、流石に見逃せなかった。
息を整えている間に言われ放題だったシノンは、ムッとした様子でユウキ達を睨み、やがて挑発的に笑ってみせる。
「だったら、じっくりレッスンしてもらえるかしら? そこまで言うんだったら、さぞ素晴らしい剣技をお持ちなんでしょうね?」
「あたぼうよ! じっくり教えてやるからしっかり見ててよ?」
あからさまな誘いに、ユウキは喜んで剣を抜き、手頃な獲物を探しに向かう。
それをふんと鼻を鳴らしながら眺めるシノンに、キリトが遠慮がちに話しかけに行く。
「……あの、考え直した方が」
「? 何よ、手本ぐらいないとわからないじゃな―――」
何を止めようとしているのか、とシノンが振り向きかけたその時。
ゴゥッ!と。
ある一体の青い猪を前にしたユウキが、凄まじい速度で刺突を繰り出し、相手の全身に赤い跡を刻みつけていく。
目にも止まらぬ、流星のような連撃を受けた青い猪は、苦悶の様子を残して粉々に砕け散る。
一連の戦闘、一度の瞬きとほぼ変わらない速さで終わったそれを目の当たりにし、シノンは呆然と立ち尽くしてしまった。
「……言うだけあって、速いわね」
「ああ、そうなんだよ……やる分には凄いんだ」
「? どういう事?」
素直に感嘆の言葉を吐くシノンに、キリトが何とも言えない難しい顔で呟く。
訝しげに振り向いた彼女の元に、剣を鞘に収めたユウキが戻ってきて、得意げな顔で喋り始める。
「えっと今のはね、こう…ズバッとやって、ズザザッ!って感じで剣を突き出して、そのあとしゅぱってして引っ込んで―――」
身振り手振りを交えて、一生懸命に自分の剣技について語り出すユウキ。
しかし、語られる内容は擬音語ばかりで要領を掴めず、動きは独自の物ばかりで理解がしづらい。
真剣に話を聞こうとしていたシノンは、すぐに困惑の表情に変わった。
「…え? え? 何? もう一回言って?」
「わかっただろ……ユウキはな、なまじ物事を身体で覚えるもんだから、説明がどヘタクソなんだ」
「ウソでしょう…!?」
この特別指導の責任者たる人物が、指導能力が壊滅的だと知り、シノンは愕然と目を見開き棒立ちになる。
キリトもアスナも申し訳なさそうに目を逸らすだけで、身内の恥を晒す事となり、それ以上何も言えなくなってしまう。
三人が固まったまま黙り込む様に気付く事なく、一通りの説明を終えたユウキが満面の笑みを浮かべて振り向く。
「―――って感じ! わかった?」
「「「わかるか‼」」」
直後、多くの青い猪が寛ぐ草原に、シノンたちの怒号が響き渡るのだった。
「むー、なんで誰もボクの説明で理解できないのさー!」
「……あれで理解しろって方がむずかしいわよ、ユウキ」
頬を膨らませ、半目で友人達を睨むユウキ。
自身の指導能力の欠如を自覚していない彼女に、若干信じられないものを見る目でアスナが告げる。
しかし、ここまで言っても尚、彼女は自身の血管に気付いている様子はなく、アスナは深いため息を吐くばかりであった。
「剣はダメみたいだな……身体が振り回される。慣れればなんとか行けるかもしれないが、それじゃ遅い」
「……重ね重ねご迷惑を」
「いいって、気にするな。…あとで何か適した武器を探すといい」
始終、うまく武器を扱う事ができなかった事を思い出し、自身を情けなく思う気持ちを募らせるシノン。
そんな彼女の肩を叩き、キリトが慰めの言葉をかける。
βテストで経験を積んだ自分とは異なり、彼女は初心者も初心者。急に自分達と同じくらいうまくできるはずがないのだ、と。
「こうなったらさ、もう銃とか弓とかあったらよかったのにね! それなら多分、力とかいらないんじゃない?」
「…お前、舐めすぎだろ。警察の訓練とか何だと思ってるんだ」
「あれはあれで、相当な訓練がなければ使いこなせないと思うわよ?」
「えー、そうかな?」
自分の思い付きを自慢げに語るユウキに、キリトとアスナからこの日何度目かの冷めた目が向けられる。
提案を即座に否定されたユウキは、唇を尖らせ不満をあらわにしていたが、不意にシノンの方を向いて声をかける。
「シノンもそう思わない? こっちの方がいいって……パーン! ってね!」
人差し指を立て、銃に見立ててから撃つ動作をしてみせる。
彼女にしてみれば、友達同士でやるような軽い冗談の仕草であり、新たな友人の気持ちをほぐすつもりでやってみせた行為だ。
だが、ユウキがそれを行った直後、シノンは顔色を真っ青に変え、ぶるぶると身体を震わせ始める。
ぎょっと目を見開くユウキ達の前で、シノンはその場に膝をついてしまう。
「……え、あれ!? ちょ……シノン、大丈夫!?」
「どうした…? しっかりしろ!」
「…! ご、ごめんなさい……ちょっと疲れが出ちゃっただけみたいだから」
駆け寄るアスナに、荒い呼吸を繰り返しながらシノンが首を振る。
明らかな異常を無視する事などできず、肩を何度も上下させるシノンの背中を優しく撫でる。
急な事態に呆然となっていたキリトは、やがて隣のユウキに咎めるような目を向けた。
「おい、ユウキ…」
「え、いや……ボクの所為かなこれ⁉ ご……ごめーん!」
慌てるユウキだが、自分が話した直後にこのような事態になったのだから、まず彼女の所為である可能性が高いと、キリトがじとりと睨みつける。
すぐさま手を合わせ、シノンの深々と頭を下げるうユウキを横目に、シノンは震える自身の手を見下ろし目を細める。
「……やっぱり、ここにきてもダメなのかしら……?」
小さくこぼれた呟きは、その場の誰の耳にも届く事はなかった。
やがて日は暮れて、多くのプレイヤーたちが借りた宿屋に戻る頃合になり。
ユウキ達も約半日を使った指導を一旦終え、その日の疲れを取りに宿に戻ろうとしていた。
だが、四人は無言で町を歩き、何処か気まずげな空気が漂っている。明らかに何か間違ったことを察したユウキは、頬を引きつらせて小さく呟いた。
「……なんか、全然役に立てなかった気がする。なんで?」
虚空を見上げ、自分の行為が他人を助けるどころか心に負担を重ねた気がすると、自身への不甲斐なさで思わず天を仰ぐ。
そんな彼女に、心底疲れた様子を見せるキリトが、深いため息とともに言葉を吐いた。
「結局、俺とアスナで教えたし……言い出しっぺのくせして何してんだよ」
「だからさー、ズバッとやってズザザッ!でしゅぱっ!なんだってば」
「とりあえずその擬音語使った説明はやめろ」
何度聞いても理解ができない説明に、げんなりと肩を落とすキリト。
本人が一生懸命に技術を教えようとしているのはわかっているのだが、わからなければ意味がない。
あまり厳しいことを言いたくはないのだが、止めなければ彼女一人が満足する結果にしかならなそうだった
「なんか……あんまり力になれなくて悪かったな」
「ううん、気にしないで。こうして付き合ってもらってるだけで、随分助けられてるから」
不甲斐なさそうに頭を下げるキリトに、シノンはうっすらと笑みを浮かべて首を横に振る。
そうしてから、シノンは自分の腰に佩いた剣を見下ろし、不満げに眉間にしわを寄せると、小さくため息をこぼす。
「だけどやっぱり、剣は苦手だわ……短剣とかなら、多少はマシだけど」
「今度、シノンの手に馴染む武器でも探しに行こうか。あ! お金はボクが出すから気にしないでね⁉︎ 二人は出さなくていいからね⁉︎」
小さな呟きを微塵も聞き逃さず、シノンのすぐそばに駆け寄るユウキ。
驚いて後退る彼女の方にぐいぐいと詰め寄り、必死の形相で腕まくりをしてみせる。引かれているのも気づいておらず、眼がぐるぐると渦を巻いているように見えた。
煩く喋り続ける紫の少女を見やりつつ、キリトとアスナは同時に肩を落とした。
「…ほぼ役に立たなかった事、気にしてるみたいだな」
「必死ね…」
滑稽に見えるどころか、いっそ憐れみさえ誘う姿を晒すユウキに、キリトとアスナが切なげに目を細める。
それに気づき、はっと目を見開いたユウキは居住いを正し、わざとらしく咳払いをしてみせる。
「んんっ……まぁとにかく! シノンの今後はしっかり考えよう。色々マジで危ないせかいだから、きちんと考えなきゃいけない。いいね?」
「ああ、わかった」
未だ生温かい眼差しを向けてくるキリトとアスナに確認し、期待通りの返事が返ってきたことで満足げに頷く。
やがて、一同は目的地に、シノンの為に借りた宿に到着し、部屋の入り口前で一旦立ち止まる。
鍵を手にドアに手をかけるシノンに、ユウキが手を振りにっと笑う。
「じゃあシノン、おやすみ! ここの宿はボクの奢りだからね! また明日レッスンするからね!」
「ええ…わかったわ。あと、アルゴさんにもよろしく」
「ああ……あいつ先に帰ったらしいから、礼を伝えておくよ」
まだ少し不安気に、しかし最初のころよりはマシな顔になった師のんが頷き、ドアにカギを翳して解錠する。
入室するシノンを見送り、肩を竦めたユウキ達は、踵を返し自分達の宿に向かって歩き出す。
その時、閉じられようとした扉が再び開き、シノンがもう一度顔を出した。
「キリト! アスナ! …ユウキ!」
「ん?」
「何だ?」
立ち止まったユウキ達に、口を開いたシノンははたと止まる。
もじもじと落ち着かない様子で、ドアの陰に隠れながら視線をあちこちに彷徨わせ、その後何度も深呼吸をする。
そして、頬を真っ赤に染めて、小さな声で告げた。
「その…えっと…あ、ありがとう」
「……ああ、そうだな…どういたしまして」
素直になれない女の子そのままの姿で礼を言う少女に、キリトはぎこちなく頷き、急ぎ踵を返し歩き出す。
彼の態度を見ていたユウキとアスナは、やれやれというように肩を竦め、キリトの隣に追いつくと横腹をつつき始めた。
「キリトってば、本当にコミュ力ひっくいんだからもー」
「うるさいっての…! 言われ慣れてないんだよ……こういうのは」
「うん、やっぱりあなたはぼっちね」
「やめろっての!」
左右から投げつけられる揶揄いの言葉に、目を吊り上げて声を荒げる。しかし照れを示す淡く染まった頬のせいで、殆ど迫力というものがなくなっている。
わいわいと騒ぎながら、夕日の街の中に溶けていく三人の姿を見送りながら、シノンはフッと呆れた様子のため息をついた。
「本当……お人好しばかりなんだから」
そう呟きながら、しかし胸の内に宿る温かいものを自覚しつつ、宿屋の部屋に入る。
明日も指導に付き合う、というユウキ達の誘いにほんの少しだけ期待を抱き、やわらかな笑みを湛えて寝具に横たわるのだった。
……しかしそんな彼女を、物陰から覗く二つの人影があった事に、シノンは気づかないでいた。
『さぁ、始めようか…!』
「―――It’s show time.」
不気味に響く、二つの男の声。
悍ましく、大きな悪意のこもった言葉を残し、謎の人影は夜に近づく町の闇の中に消えていった。
―――あくる朝の、ある宿屋の一室にて。
ベッドの上で心地よさそうに寝息を立てていたユウキは、不意に聞こえてきた笛のような音に薄く瞼を開いた。
「んんん……?」
眼に差し込んでくる朝の光に、唸りながら眉間にしわを寄せ、断続的に鳴り続ける音の正体を探ろうとする。
そしてやがて、メッセージが届いた時になるように設定してある通知音である事に気付く。
「なんだよ、うるさいなぁ……って、ああそうだ。今日はシノンのレッスンするって約束してたんだった。ヤバいヤバい…」
おそらくは、自分が寝過ごさないようキリト達がメッセージの通知音を目覚まし時計代わりにしているのだろう。
寝ぼけ眼で起き上がり、メニューを開いてメッセージを返そうとする。
しかし、徐々に覚醒し始めた彼女の脳は、寝坊寸前の自分を起こすには過剰な程のメッセージの量を訝しむ。
ここまで信用されていないのか、と思いながらメッセージの一つを開き、内容を確認する。
「…ん?『起きろ』『早くして』『ぐずぐずするな』『急いで、お願い』……何だこの内容―――はぁ⁉」
ずらりと並ぶ大量のメッセージに顔をしかめつつ、短い文の下の方に埋まっている一番最初のメッセージを探す。
そしてようやくそれを見つけ、中身を確認したユウキは、ガバッとベッドの上で立ち上がり、眼を見開いた。
「シノンが攫われたぁ!?」