EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
ユウキ達が宿を借りている町の中心、十字路の隅でキリトとアスナが佇んでいた。
キリトは肩を組んで建物の壁に寄りかかり、アスナは辺りを見渡して、二人と持ちつかない様子を見せる。
なかなか現れない待ち人に苛立ちながら、呼び出した少女の到着を待つ。
そして、ようやく慌てた様子で駆け込んでくる待ち人の姿に、二人は同時にため息をこぼした。
「…やっと来たのか」
「ちょっとキリトにアスナ! シノンが攫われたってどういう事なのさ⁉」
「言葉の通りよ……完全にしてやられたわ」
血相を変えて詰め寄るユウキに、アスナが腹立たしくて仕方がないといった様子で応える。
彼女はおもむろにメニューを開くと、アイテムの欄からあるものを取り出し、ユウキに見せる。示された八面体のそれに、ユウキは訝しげに首を傾げた。
「部屋に行っても誰もいなかった……代わりにこれが残されていた」
「スフィア?」
困惑の眼差しを向けるユウキに、アスナは無言でスフィアをつつき、起動させる。
【―――よぉ、真面目な偽善者プレイヤーの諸君……】
スフィアが光を放ち、次いで聞き覚えのない男の含み笑いが聞こえてくる。
あからさまに人を馬鹿にしたような、悪意のたっぷり詰まったその声に、自然とユウキの表情が険しくなる。
【残念だが、お前さん方のお友達は俺達が預かってるぜ。なに、まだ死んじゃいないが……時間の問題かもなぁ】
挑発的な言葉に、意味がない事だとわかっていても、ついスフィアに向かって一歩踏み出してしまうユウキ。
それを片手で制すキリトだが、彼女の顔も嫌悪で歪んでいて、声の主に対する怒りを堪えている事がわかり、ユウキは渋々引き下がる。
興奮する二人を横目に、アスナはただ黙ってスフィアを睨み、発せられる男の声に耳を澄ましていた。
【こうしてわざわざ置き手紙を残したのは、ちょっとしたゲームを提案したかったからさ】
「ゲームだと…⁉」
【ルールは簡単だ……この階層のどこかに隠れている俺達を探し出し、お友達を救い出せばお前さん方の勝ち。制限時間内に見つけられなければ、お前さん方の負け……お友達はポリゴンの破片になってThe endだ】
声を聞くだけでも、送り主の醜悪な笑顔が視界に浮かび上がるかのようで、アスナの表情も険しくなっていく。
ぎり、と歯を軋ませながら、顔の見えない狂人に怒りを燃やす。この、ただでさえ命が死と近くなりやすい世界において、あまりにも凶悪過ぎる思考の持ち主だ。
「何がゲームだ……本気で人殺しをするつもりか⁉」
【はっ、何でこんな事を? って聞きたげな視線を感じるな……理由はそうさな、その方が楽しそうだからだ。わかりやすいだろう? Boys and girls.】
声の主はまるで、ユウキ達がどんな顔をしているのかわかって録音をしているかのようで、それがますますユウキ達を苛立たせる。
しかし、この場にいない相手を殴り飛ばすことなど不可能であり、ただ力のこもった拳を握りしめる事しかできずにいた。
【午後6時まで、せいぜい地獄を楽しむがいいぜ。
そんな、意味の分からない言葉を最後に、スフィアは光を失い、アスナの手元に戻る。
しん、と静まり返る中、がんっ!と音が響く。
目を吊り上げたユウキが、荒れ狂う自身の感情を抑えきれなくなり、手近にあった建物の壁を殴りつけたのだ。
「くそっ! 何を考えているんだ、こいつは⁉」
「ここまで堂々と挑発してくるなんて……真っ当な精神の持ち主じゃないわ。だけど……こいつの事は後回しでいいわ」
怒り狂うユウキを他所に、アスナは比較的冷静に思考する。
音声の送り主の狂いぶりは勿論の事だが、今は何よりも攫われたシノンの行方について考えるべきである。
だが、このような相手がどこに友人を隠すかなど、アスナには想像する事もできなかった。
「どうしたらいいの…⁉ こんな広大な世界で手掛かりも無しに、それも日が暮れるまでに一人の女の子を探すなんて…‼」
このままでは、知り合ったばかりの友人まで魔の手に掛かり、帰らぬものとなってしまうかもしれない。
一刻も早く、助けに行かなければならないのに、居場所が全く見当がつかない。
どうすればいいのか、と頭を抱え、深く悩むアスナの耳に、はっと息を呑む少女の声が届いた。
「……いや、そこまで悲観する事はないようだ」
「え…?」
「ゲームをするというのは本気らしい……あいつ、一言だけヒントを残していったんだ」
確信を持った表情で、頷くキリト。
キッと引き締まった表情で、ユウキとアスナを見つめる彼に、二人は困惑しながらも微かな希望を抱いた。
暗い、夕日が全く差し込まないような深い森の中。
高く聳え立つ木が万人のように周囲を取り囲んでいる空間の中心で、ぎしぎしと音が響く。
両手と腰を纏めて縄で縛られ、身動きの取れなくなったシノンが、藻掻きながらちっと舌打ちをこぼした。
「くっ……! まさか、ゲームの中で誘拐されるなんて、思いもよらなかったわね」
「そりゃまた災難だったなぁ、Girl?」
悔しげに虚空を睨む少女の元に、一人の男が不気味に嗤いながら近づいていく。
ぼろぼろのポンチョコートで全身を隠した、年齢も顔立ちも不明な謎の男。
シノンを攫い、ゲームと称してメッセージを残したその男は、にやにやと口角を上げてシノンの顔を覗き込む。
「どうだい、気分は……いいわけがねぇけどな、ハハハ!」
じろり、と鋭く見つめ返すシノンに、男は気を悪くするどころか愉しげに声を上げて笑う。
会って一日も経っていない相手だが、シノンはこの男が非常に危険で、関わるべきではない人間であることを察していた。
この状況も含めて当然の話ではあるが、デスゲームの所為で気が狂ったわけでも、追い詰められた者というわけでもないのだと、そう感じ取っていた。
「……一体あなたは、何がしたいのかしら。こんな事、正気の沙汰じゃないと思うんだけど…?」
「Ha……ゲームだよ。ただしプレイヤーは俺で、これからここへ来る奴らこそが
上機嫌に話しかけてくる男から、シノンは少しでも距離を取ろうと身をよじる。
だが、そうした瞬間男はシノンに手を伸ばし、アイテム欄から取り出した鉈のような凶器を首元に突き付けてくる。
「動かねぇ方がいいぜ。下手に動けばお前さんを殺す……お前さんは待ってるだけでいい。なんせゲームの景品だからな」
「…勝手に人の命を賭けないでもらえるかしら…!」
机上に言い返すシノンだが、冷や汗は吹き出し、肩は震え、怯えが全身に表れてしまう。
あと少し、男が力を入れれば容易く首を刈り取ってしまう。そしてHPが全損し、ポリゴンの欠片となって、現実世界でも死を迎えてしまうのだ。
目前に迫っている〝死〟を恐れながら、シノンはなおも男を睨みつける。
生死を握られていようとも、ただ怯え徹されるがままになる事は、彼女の矜持が許さなかった。
「イかれてるの…⁉ ここで死んだら現実世界でも死ぬのよ! それをまだ信じていないっていう―――」
相手がふざけている、あるいは現実から目を逸らしているものと考え、正気に戻そうと声を荒げる。
だが、そんな彼女に男が返したのは。
「知ってるよ。だからいいんじゃねぇか」
という、正気でありながら根本的に狂った、悍ましい一言だった。
ごくりと息を呑み、引き攣った顔で黙り込むシノン。
その時、森の奥から草木が擦れ合う音が響き、次いで三つの人影が飛び出し、シノンと男の元に姿を現した。
「―――よぉ、よく来たなぁ。お友達はここだぜ」
「シノン…! 無事⁉」
「そう見えるかしら…!」
ユウキとキリト、アスナの登場に、男はまた笑みを浮かべ、身を案じられたシノンは皮肉を口にしつつも、内心で安堵の息を吐く。
ユウキは五体満足でいるシノンにホッと安堵し、すぐさま彼女の傍で凶器を構えている男を睨みつけ、剣を抜く。
「よくここが分かったと、褒めてやろうなかなかのタイムだったな」
「……お前が言っていた、〝フクロウ〟ってのが気になってね」
心にもない賛辞を口にする男に、キリトは険しい表情のまま答える。
音声を録音していたスフィアを取り出し、男の元に放り投げ、耐久限界を迎えて砕ける様を見せる。
「この階層の有名なクエストの名は……〈森の賢者の騒乱〉。フクロウ型モンスターが守る秘薬を取りに行くって内容だ。だからそのクエストをこなすエリア……つまりボスの巣に近いこの場所しかないって思ったんだ。…そうだろ、Poh」
「Great…! 正解だ、Boy and girls.」
辿り着いた答えについて語り終えると、男―――Pohは手を叩きながら少年少女達の健闘を称える。
本気でこの状況を愉しみ、面白がっている様を見て、ユウキ達の怒りはさらに燃え上がる。命を賭けの代償にした狂ったゲームに付き合わされ、苛立ちはとっくに限界に達していた。
「おい、お前! こんなことやるなんて何考えてんだ! 拉致監禁なんて完全に違反行為どころか犯罪だぞ! わかってんのか⁉」
「ククッ……当たり前じゃねぇか、Little girl.」
「……え?」
声を荒げて怒りを見せつけるユウキに、Pohは小馬鹿にするような態度でかえし、少女達を困惑させる。
Pohは気にすることなく、まるで部隊役者のように大仰に手を広げたまま、シノンの周りを歩き回る。
その間もちらちらと凶器が掠り、シノンがびくびくと身体を震わせる。その様すら、狂人は心の底から愉しんでいた。
「こんな面白ぇ遊び場があるってのに、わざわざお行儀よく遊ぶなんてもったいねぇと思わねぇか? 何だってできるオモチャなんだからよ…!」
「……お前、何を言ってるんだ」
「せっかく
意味深な一言に、キリトがぎょっと目を見開く。
「さてはお前だな…! 殺人《レッド》プレイヤーってのは‼︎ Pohとかいうお前!」
「ご明察……人殺しが楽しくて仕方がないわる〜い大人達だよ」
Pohは鉈を横に薙ぎ、シノンの頬に一筋の赤い筋を刻んでみせた。
「ひっ……キャアアアア‼」
「シノン!」
顔を刃が走ったという事実に、シノンが目に涙を溜めて悲鳴をあげる。
痛みはなく、少しHPが減っただけだが、着実に近付きつつある死を前に落ち着いていられるはずもなく、縛られたまま暴れ出す。
どうにか狂人から離れようとして、まったく動けずないで恐慌状態に陥る少女を見下ろし、Pohは悪魔のように顔を歪め、ユウキ達向けて叫んだ。
「さぁ、第2ゲームの開始だ。ここまで来て俺からこいつを取り返してみろ……残り3分までにできなきゃ、こいつは死ぬ。お前らの負けだ……Ha!」
「野郎…ふざけんな!! お望み通りそっちに言ってぶん殴ってや―――」
友人に、それも女の顔に傷をつけられるという最低な行為を目の当たりにしたユウキは、怒りに思考を支配され迷わず前に進む。
隣でキリトとアスナが呼び止める声が聞こえても構わず、ずんずんと荒々しい足取りでPohの方へ踏み出したその瞬間。
凄まじい轟音と共に、近くに生えていた木が吹き飛ばされ、ユウキに向かって降り注いだ。
「おわーっ⁉」
「何だ⁉」
慌てて飛び退るユウキの目の前で、半ばからへし折られた気がポリゴンの欠片に砕けて消えていく。
そして、大きく開けられた森の隙間から、大きく翼を羽搏かせる怪物が姿を現した。
見上げる程の巨体に、体格の倍以上の大きさを誇る翼。正面を向いた顔には、猛禽類の目が備わっている、フクロウのモンスターだ。
「こいつは……〈森の賢者の騒乱〉のボスキャラ⁉」
「ゲームクリアまでには、妨害がお約束だろう? そいつを退けてここへ来られりゃ、ゲームクリアだぜ……!」
フクロウ型モンスターの顔を見れば、見慣れたノイズが走り、オレンジ色の異形の顔が形成され始めている。
その上、眷属らしき小型の蝙蝠たちが飛び出してきて、ユウキ達を取り囲んでくる。
厄介な毒性を持つウィルスの再登場に、ユウキ達は険しい顔で身構える。
「まさかこいつもアレに感染するなんて……いや、問題はそこじゃない!」
「さぁ、ゲームの始まりだ……俺様を退屈させてくれるなよ? ほら……あと2分30秒だぜ」
『@<;%^]{+\^+${].*$――!』
にやにや笑うPohがそう呟いた途端、フクロウ型モンスターは大きく翼を羽搏かせ、ユウキ達に襲い掛かる。
四方八方から眷属が爪を振るい、隙を見せた途端にボスが飛び掛かってくる。一体を攻撃すれば他の者が攻撃してくるという、意地の悪い陣形が作られる。
だが、それだけ激しい害意を持った敵というのに、一体たりともPohに向かう個体はいなかった。
「なんだこいつ…⁉︎ あいつに操られてるのか⁉︎」
「そんなバカな…!」
まるで、狂気を抱いたあの男に汚染され、従っているかのようで、ユウキもキリトも背筋に怖気が走る。
何度目かの眷属達の攻撃を潜り抜け、周囲を慌ただしく飛び回る襲撃者達を睨みつけたユウキとアスナが、覚悟を決めた表情でアイテム欄を開く。
「こうなったら相手になってやる! 変身!」
「変身!」
【I'm a 仮面ライダー!】
ベルトを巻き、ガシャットを差し込んでスクリーンを抜け、コミカルなキャラクターの鎧を纏うユウキとアスナ。
突然の変貌にシノンがぎょっと目を見開くのを他所に、ハンマーを手にしたユウキがキグルミ姿のままポーズを決める。
「ノーコンティニューで、クリアして……!」
「おおおおお!!」
「…!? ってちょっとキリト! 君は行っちゃダメなんだって!」
……が、決め台詞を言いきるより前に、雄叫びと共にキリトが飛び出してしまい、慌てて彼の後を追いかける。
剣を振るい、フクロウに斬りかかるキリトであったが、フクロウたちは軽快に宙を舞い、振るわれる斬撃を躱し続ける。
挙句、ボスモンスターに決して軽くない一撃を喰らわされてしまい、キリトは大きく吹き飛ばされる羽目になった。
「ぐはっ…!」
「だから言ったのに…あーもう!!」
HPを欠損させられながら、草木の向こう側に消えるキリトを案じつつ、ユウキは苛立った様子で敵と向き合う。
すると、姿を変えたユウキ達に危機感を覚えたのか、ボスと眷属たちは二人から距離を取り始める。
そして、遠く離れた空中から翼を振るい、鋭利に尖った羽根を矢のように射出し始めた。
「うわわわわ! わわっ⁉ 遠距離攻撃とかずるいぞコラァ! オレの武器こんなんしかないのに!」
「ぼやいてる場合じゃないでしょ…! いくわよ!」
飛んでくる羽根をハンマーで防ぎ、弾き飛ばし、身を守るユウキが抗議の声を上げると、アスナが同じく攻撃を防ぎながら声を荒げる。
彼女は剣のボタンを押し、回転させて氷の刃に換えると、ベルトから抜いたガシャットを柄部分に差し込む。
【タドル・クリティカルフィニッシュ!】
「はぁぁぁ‼︎」
気合いの裂帛と共に放たれた冷気の斬撃が、飛来する羽根の刃ごと眷属達を凍てつかせ、空中に磔にしていく。
しぶとく飛び回り、逃げようとする相手もいたが、森の中という狭い空間の中では十分に距離を稼げない。
あっという間に、アスナたちを囲んでいたフクロウたちはまとめて氷漬けにされ、格好の的へと成り下がった。
「こんにゃろめぇ!」
【マイティ・クリティカルフィニッシュ!】
動きを止めた眷属達に目掛け、ハンマーにガシャットを装填したユウキが飛び、思い切り振りかぶる。
渾身の力で放たれた一撃は、固まった眷属達に強烈に炸裂し、一瞬にして粉々に砕け散ってしまう。
「ふっ……どんなもんだい」
キラキラと飛び散る氷の破片に背を向け、着地したユウキは満足そうにハンマーを肩に担ぐ。
これであのポンチョ男の鼻を明かしてやれた、と気分を良くしたユウキが、余裕綽々と言った態度で鼻を鳴らしていると。
『―――調子に乗るなよ…!』
不意に聞こえたその声に、ハッと我に返り振り向く。
アスナも共に目を見開き、剣を構え直すも既に時は遅く。
木々の間から覗いた黒い穴から、眩いオレンジの光が迸り、ユウキとアスナの身体を貫いていた。