EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「どわぁ⁉︎」
男の急所にイノシシ型のモンスターが突撃し、バンダナの男性───クラインがどどっと倒れ込んだ。
股間を抑えてバタバタともがき苦しむ彼に、キリトという名の青年は呆れたように目を向けていた。
「仮想空間で痛みなんて感じないだろ? いまのそれはただの錯覚だ」
「……あ、ほんとだ」
それまでの醜態が嘘のように、クラインはあっさりと体を起こして首をひねった。
興奮したようにこちらを向いているイノシシ、フレイジーボアをにらんで眉間にしわを寄せる。
「くっそぉ…なかなか上手くいかねぇな。この…ソードスキル?ってのがどうにも出てくれねぇんだよな」
「なんかコツとかあるの? 教えてキリト先生!」
「んー…なんていうかな…」
クラインの戦いの様子を見守っていたユウキも、経験者であるキリトに熱い眼差しを送っている。
「こう…いちにのさんで出すよりは、一旦力を溜めてから一気に打ち出すっていうのかな。Aボタンを長押ししながら、十字キーで打ち出すみたいな」
「グッてやってバーン! …みたいな?」
「……そう、だな」
ユウキの擬音語ばかりの返事に、キリトはあまり肯定したくない思いを抱きながらも頷く。
というか、クラインも今ので何となくわかったような顔をしていた。
「スキルが立ち上がるのを感じたら、あとはシステムが勝手に技を打ち出してくれる。それだけだよ」
「ふむふむ…」
説明を聞いたクラインが、何度も反芻しながらフレイジーボアに向かって構える。
フレイジーボアは何度も地面を蹴り上げると、一気にクラインに向かって突進を開始した。
「グッてやって…!」
剣を腰だめに構えたクラインが、接近してくるフレイジーボアに向けて刃を横薙ぎに振るう。
体の側面に大きな裂傷を刻まれたフレイジーボアは、空中にしばらくの間留まったかと思うと、次の瞬間青い結晶の破片のように砕け散った。
クラインの目前に通知が現れ、経験値とコル───この世界における通貨が手に入ったことを示した。
「おっしゃあああああ‼︎ ついに初勝利だこんにゃろーめ‼︎」
「おおー! 凄いじゃんクラインさん! いーじゃんいーじゃんスゲーじゃん!」
「おめでとう。…といってもいまのやつ、レベルでいったらスライムレベルだけどな」
「えっ…⁉︎ 俺はてっきり中ボスくらいかと…」
「「それはない」」
呆れた表情のユウキが横目を向ければ、先ほどと同じフレイジーボアが何匹か新たに現れているのが見える。
こんなにもポンポン現れる中ボスがいてたまるか、という話だ。
「まぁいいや! まずはあいつら狩りまくってレベル爆上げしちゃおうよ!」
「あ! おいお前ら!」
モンスターと戦うひとしきりの流れを覚えたユウキが、新たにポップしたフレイジーボアに向けて突撃を始めた。
向かってくる敵を迎撃しようと、フレイジーボアたちも勢いよく突っ込んでいく。
「さっきのクラインさんみたいに…ほっ!」
しかし、フレイジーボアの突進が直撃する寸前、ユウキは真上に向かって高く跳躍していた。
標的を見失い、すぐさまその場で停止するフレイジーボア。その背中に、ユウキの両足が勢いよく叩き込まれた。
「よっ! とっ!」
数匹のフレイジーボアを踏み台にしながら、ユウキは縦横無尽に跳ね回る。
ワイヤーアクションでも見せられているかのような光景に、キリトもクラインも空いた口が塞がらなかった。
「イヤァァァ‼︎」
ひときわ高く跳躍したユウキが、真下の二匹のフレイジーボアに向かって剣を一閃する。
認識の範囲外から繰り出された剣撃に、フレイジーボアはなすすべなく両断され、青いポリゴンの破片となって消滅した。
「おお〜! なんかスゴイの出た!」
初めてのモンスターハントに、キラキラと目を輝かせるユウキ。
一方で、ユウキのファーストチャレンジを目撃していたキリトとクラインは、驚愕のあまりなんのリアクションも取れずにいた。
「おいおいおいおい……なんだユウキちゃんのあの動き。別のゲームのキャラみたいだったぜ」
「…マイティみたいだな」
あんぐりと口を開けて固まっていたクラインは、キリトのつぶやきに目を見張る。
「マイティって…マイティアクションか? 俺アレ結構やってたんだよな」
「きっとアイツも、相当マイティシリーズをやりこんでたんだ。そのイメージが、あの動きを可能にしたのかもしれない」
「スッゲェな…ってか」
感心したまま放心していたクラインだったが、ユウキが新たにポップしたモンスターの方へ突撃して行く姿に我に返った。
このままでは自分の分の獲物まで狩り尽くしそうな勢いだ。
「お前、俺の獲物も獲ってんじゃねぇよ‼︎」
「イヤッホーウ!」
慌てて走り出すクラインの気も知らず、ユウキは剣を振り回しながら意気揚々とフレイジーボアに挑んでいく。
その後を追うクラインの後ろ姿に、休日に遊んでもらっている子供と親戚の叔父のような構図に見えて、キリトは思わず苦笑をこぼしてしまっていた。
「やれやれ…」
それがとても眩しいものに見えて、キリトは困ったように肩をすくめるのであった。
「あー、楽しかった!」
空が赤く色づき始め、肌寒さのようなものを感じてきた頃合い。
散々駆け回って、モンスター相手に暴れまわったユウキは満足げな笑顔を浮かべて、仰向けに倒れこんだ。
「俺ぁ、まだここが仮想空間だなんて信じられないぜ。作ったやつは天才だよな!」
「本当にな」
「俺、この時代に生まれてよかったよ、マジで!」
「大げさな」
興奮気味に剣を掲げるクラインに、キリトもやや呆れたように肩をすくめる。
とはいえ、全員が彼と同じような感想を持っていたことは確かだ。
「ハードが凄すぎて、後から出てくるソフトはどれもみんな物足りない感じがしたもんな」
「技術が追いついてなかったんだろうねー」
まだまだ語り足りないという様子のクライン。そんな彼に生暖かい視線が向けられるのも、仕方がなかった。
二人の視線に気づき、クラインは照れ臭そうに頭をかいた。
「初のフルダイブ体験なもんでよ」
「じゃあ、ナーヴギア用のゲームをやるのはこれが初めてなのか?」
「っつーか、SAOが手に入ったから慌ててハードを揃えたって感じだな。初回ロット一万本のうちの一つを買えるなんて我ながらラッキーだぜ」
「うちも似たような感じだなー」
たははー、と呑気に笑うユウキに苦笑し、クラインはキリトに視線を向けた。
「βテストの時はどこまでいけたんだ?」
「二ヶ月で第八層までだ。でも今回は一ヶ月もあれば十分だろう」
その自身もやる気も満々のキリトの言葉に、ユウキはしばらく彼を凝視し、やがてニヤッとからかいの笑みを浮かべた。
「キリト、慣れてるみたいに見えて実はめちゃくちゃハマってるでしょ」
「…正直、βの時は寝ても覚めても、SAOの事しか考えてなかったな。この世界はこの剣一本あればどこまでもいける、現実よりも生きてるって感じがするんだ」
「あははは…それも仕方がないよねー」
ユウキも自分の手を夕日にかざしながら、その精巧さを改めて実感する。
透けて見える自分の血管、大気に映る光の加減、その全てがただのデータとは思えず、まさにこの世界で生きているという気がしていた。
「結構、時間経っちゃったね」
「今日はもう上がりかね。あんまり長くするとあの人に怒られちまう」
仮想世界は現実世界と時間が連動しているため、外の景色もここと同じぐらいの時間帯であろう。
一般的なプレーヤーなら、すぐさま現実の問題を片付けることを考えるはず。
しかしそれでも、この世界を離れることは気がひけるのは確かだった。
「クラインはどうすんだ?」
「もっちろんまだまだ続けるぜ! …って言いたいところだがよ、ちと腹が減っちまってな」
ひもじそうな表情で、クラインが自分の腹を抑えるのを見て、思わず笑いが溢れる。
体はベッドの上で微塵も動いていないとはいえ、脳が活動している限りエネルギーは消費され続けているのだから、当たり前の話だった。
「あーそういえばそんな時間かー」
名残惜しそうに、美しい景色に目を向けるユウキも、空腹を感じて切なそうな顔をする。
どんなにゲーム好きでも、こればっかりは仕方のない話であった。
「ちなみに俺はこんなこともあろうかと! 午後6時ぴったしに熱々のピザが届くように注文をしていたのだ!」
「用意周到なやつだな…」
「あーボクもそうすればよかったー」
和気藹々とした雰囲気のまま、各々が現実世界に帰るために気分を切り替えていく。
腹が減ってはなんとやら、ゲームよりも自分の体が大事なのは当然だった。
「つーわけで、俺は一旦ログアウトしてから戻ってくるぜ。また時間があったら会おうや」
「ああ…俺も楽しかったよ」
「あ! だったらさ、フレンド登録?とかいうのやっておこうよ! またみんなで遊ぼうよ!」
「お、いいねぇ! 次は俺のダチも一緒に連れてくるぜ!」
この数時間でかなり親交を深めたプレイヤーたちが、また会う時を願って語り合う。
しかしただ一人、キリトだけがどこか気まずげに目をそらしていた。
「? どうかしたのか、キリト?」
「あ、いや…なんでもないさ。……そうだな楽しみにしてるよ」
訝しげなクラインの問いに、キリトは無理やり作ったような笑みを向ける。
どうにも気になったクラインだったが、深入りしてもいいことはないだろうと判断し、曖昧に会話を途切らせた。
「じゃ、また会おうぜ!」
「俺たちも一旦戻るか」
「はーい」
またログインする瞬間を今から待ち望みながら、ユウキたちは空中にシステムメニューを展開させてスクロールする。
注意が外れている間に立ち去ろうと、キリトが無言で背を向けた時だった。
「…………あり? ログアウトボタンがねぇ」
クラインがこぼしたそんなセリフに、全員が訝しげな表情で振り向いた。
「なんだと?」
立ち去ろうとしていたキリトも、クラインの言葉の意味がわからず、すぐさま彼の元へ駆け寄っていく。
ユウキも一旦システムメニューを閉じ、クラインの元へと駆け寄っていった。
「何を言ってるんだ…そんなわけがないだろ」
「い、いやでもよ」
「どっか違うとこ見てるんじゃない? ボクちゃんと説明書見たから知ってるよ? メニュー画面の一番下の…」
初めてでうまくいかないのだろうと決めつけ、ユウキが手本となるようにシステムメニューを展開する。
しかし、画面をスクロールしていくうちに、その表情がみるみるうちにこわばり始めた。
「下の……どこ?」
ユウキのメニューに触れる手が、ブルブルと小刻みに震え始める。
顔を真っ青にしたユウキは、隣に立つキリトにすがりつくように振り向いた。
「キ、キリト!」
「……ああ、俺も見た。無いな、ログアウトボタン」
キリトの表情も、あり得ないとばかりに引きつって冷や汗のエフェクトが流れている。
全員の表情が凍りつき、急激に空気が冷え込み始めた気がした。
「おいおいマジかよ。正式サービス初日からこんなんでどうすんだよSAO! GMコールしたか?」
「さっきからやってるけど…一向に繋がらないんだ」
「ほかでもおんなじようなことが起きてるのかな…?」
重くなり始めた空気をわずらわしく思ってか、クラインがわざとらしく大声で喚く。
その声で少し我に返り、少し落ち着いた様子のユウキが空を───運営が見下ろしていそうな場所を見上げた。
「他にログアウトする方法ってあったっけ?」
「なきゃ困るだろ。構造上欠陥だらけになっちまうぜ」
「だよねー」
変な空気を払拭しようと、冗談じみた口調でクラインが言うと、同乗したユウキが陽気な笑い声をあげる。
だがキリトは、その若干痛々しい努力に混ざることはできなかった。
「…………ないよ」
「へ?」
「現実世界に戻るためには、ログアウトボタンを押す以外にゲームを終わらせる方法はないんだ」
キリトが告げた残酷な事実に、再びユウキたちの表情が青く染まっていく。
そこに漂っていたのは、まるで病院で余命宣告を受けたかのような絶望感だった。
「…うそ、でしょ」
「やばいぞクライン!」
「ああ、わかってるよ! どうすりゃいいんだよこっから⁉︎」
「いや、それもだけど…お前のピザが」
「あああそうだ‼︎ 俺のピリマヨピザが⁉︎」
「いやそこはどうでもいいでしょ」
しょうもないことで嘆きの声をあげているクラインに、ユウキがジト目でツッコミを入れる。
しかしすぐに、こんなことをやっている場合ではないとキリトに向き直った。
「けど…こんなことあっていいの? ボクら、ゲームに閉じ込められちゃったってことだよね?」
不安げなユウキの問いかけに、キリトもまた眉間にしわを寄せて考え込んでしまう。
それも当然、彼は単なる1プレイヤーでしかなく、設計にも運営にも関わっているわけではないからだ。
「普通はありえない…ログアウトできないなんて欠陥、あっていいはずがない。今後の運営にだって関わる重大な問題だ」
「だったらなんで、GMからも運営からも通知がこないのさ?」
「普通ならこんな事態、一旦サーバーを停止させてプレイヤーを全員強制ログアウトさせればいいのに…アナウンスもないなんて…」
MMORPGにあるまじき事態に、プレイヤーたちはその場から動くこともできず立ち尽くすばかりだった。
その時だった。彼らの周囲を突如、青白く強い光が照らし出したのは。
「⁉︎ 何だ⁉︎」
「これは……転移⁉︎」
本来は結晶型のアイテムを使うことで発動する、任意の場所に移動するシステムのエフェクトが発動したことに、ユウキたちは驚愕で大きく目を見開く。
そしてその姿は、あっといまにまばゆい光の中に飲み込まれていった。