EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「あんたはそのトカゲが回復してくれるんだから、回復結晶なんていらないでしょう?」
その言葉は、少女シリカの頭にあっという間に血を昇らせた。
とあるパーティーに混じってのクエストの終わり。
戦利品を分け合うタイミングに、メンバーの一人である女プレイヤー・ロザリアが、シリカに嘲り交じりにそう吐き捨てたのである。
「ロザリアさんこそ、ろくに前衛に出ないのに、回復結晶が必要なんですか!」
「もちろんよ。お子様アイドルのシリカちゃんみたいに、男たちが回復してくれるわけじゃないもの?」
シリカは、珍しいモンスター・フェザーリドラをテイムした事で、〝竜使い〟と呼ばれ多くのパーティーに誘われるようになった。
そんな彼女に嫉妬したのか、それとも単に気に入らないのか、ロザリアは豊満な肉体を見せつけるようにして告げる。
身長も身体つきも幼く、多少のコンプレックスを抱いているシリカはその態度に顔をしかめさせ、フンッと鼻を鳴らして踵を返した。
「わかりました! アイテムなんて要りません! もう貴女とは絶対に組まない! 私を欲しいっていうパーティーは山ほどあるんですからね‼︎」
もう顔すら見たくないと、森の真ん中近くであるにもかかわらず、一人でロザリア達の傍を離れていく。
オロオロと戸惑う男達すら無視し、さっさと町へ帰ろうと速足で歩く。
その選択を―――少女は後にずっと後悔する羽目になる。
「ピ……ピナ!!」
悲劇は、突然に起こった。
まっすぐ町へ帰るはずが、見た事もない道に迷い込み彷徨う羽目になり……挙句敵モンスターに取り囲まれてしまった。
応戦した結果、フェザーリドラのピナが致命傷を受けてしまったのだ。
「ピナ…あたしを独りにしないでよ…ピナぁぁ…!」
泣きじゃくり、光に包まれるピナを抱きかかえるシリカ。
そんな彼女を弱々しく見上げ、小首を傾げたピナは―――次の瞬間、青いポリゴンの欠片となって砕け散った。
たった一枚の羽根だけを残して消えた唯一無二の友達の最期に、シリカは愕然と項垂れ、ただ涙を流すほかになくなる。
親友を失ったショックで、生への渇望すらもが消失した彼女に、猿型モンスター達の魔の手が迫る―――。
「うおりゃあああああああ!!」
しかし、少女の命が奪われようとした直前、凄まじい勢いで乱入した少女の雄叫びがその場に響き渡る。
黒髪を靡かせた紫の少女は細剣を振るい、猿型モンスター達に襲い掛かる。
その後を黒い装いの少年が続き、少女を守るようにして、猿型モンスター達に向けて黒い剣を振り回した。
「キリト! そっちはよろしく!」
「ああ!」
一体、二体、三体と、モンスター達が次々に屠られ、ポリゴンの欠片となって消滅する。
敵が一体もいなくなったその場で、剣を収めた少女と少年が、項垂れるシリカの元に歩み寄っていく。
「君はビーストテイマーだったのか。ごめん…君の友達を助けられなくて」
「いいんです…あたしが馬鹿だったんです。一人で森を抜けようとしたから……」
少年―――キリトがシリカを見下ろし、申し訳なさそうに顔を歪める。
掌の上の羽根を見下ろし、嗚咽をこぼすシリカ。
どうしてあんな挑発に乗ってしまったのだろう、どうして意地を張ってしまったのだろう……そんなたくさんの後悔が、シリカの心を苛む。
自分の浅はかさが大切な友達を死なせてしまったのだと、少女はただ心の闇に呑まれるばかりになっていた。
「…その羽根さ、アイテム名設定されてる?」
そんな時、黙り込んでしま多少女の顔を覗き込み、紫の少女―――ユウキが問いかける。
シリカは言われた通り、メニューを開いてアイテムを確認してみる。
そして―――〈ピナの心〉という名のアイテムが新たに追加されている事に気付き、ぐっと溢れ出す涙を堪える。
「あー! 泣かないで泣かないで!」
「こ、心アイテムがあれば使い魔を蘇生できるかもしれない」
迂闊な慰めでさらに悲しませる結果になり、慌てたキリトとユウキはきちんとした説明を行う。
シリカは泣くのをやめ、咳ばらいを一つこぼす二人を見つめ、耳を傾けた。
「最近わかった事なんだけど、47層のフィールドダンジョンの『思い出の丘』に使い魔の主人が行けば蘇生用のアイテムが入手できるらしいんだ」
「47層…」
希望の光が灯った気がしたシリカは、語られた内容にまた表情を曇らせる。
自分の今のレベルでは、到底行きつけない危険な階層である。
また泣きそうになったが、どうにか耐えて立ち上がり、自分を助けてくれた二人に頭を下げる。
「ありがとう、ございます…今は無理でも頑張ってレベル上げすれば…」
「…蘇生できるのは死んでから3日以内なんだ」
言いづらそうにユウキに告げられ、尻かの顔がまた絶望に染まる。
友達を蘇らせられないと言われているも同然で、絶句する彼女に、キリトがおもむろにメニューを操作し始める。
すると、シリカの元にいくつかの装備が―――それも、自分には分不相応なものが贈られてきた。
「これなら5、6Lvは底上げできる。俺も一緒に行くし、こいつにも協力してもらうからなんとかなる筈だ」
「こいつとはなにさこいつとは」
隣に立つ紫の少女の頭を小突き、冷たい目を向けられる黒の少年。
シリカは彼らを見つめ、疑わしげな眼差しを送る。
デスゲームと化したこの世界。そんな場所で、誰かに無償で恩を売る者がいるとも思えない……何か裏があると、疑ってしまっていた。
「どうして…そこまでしてくれるんですか?」
「…笑わないって約束するなら、言うよ」
「笑いません」
頬をかき、照れくさそうに呟くキリトに、シリカは真剣な表情で首を横に振る。
一体どんな理由があって、自分を助けるのか。
そんな少女の疑問に、黒の少年は視線を逸らし、小さな声で応えてみせた。
「君が…妹に似てるから……」
キョトン、と。
思わぬ答えが返ってきた事に、シリカは目を丸くして塊―――やがて、ぷっ、と噴き出してしまった。
「あはははははは……あ、ごめんなさい」
「いや、いい。俺もおかしなこと言ったってわかってるから…」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「お前は黙れ!」
気恥ずかしそうにしていたキリトだが、隣でユウキがゲラゲラと思いっきり笑う事は許さず、怒号を放つ。
そんな二人のやり取りにまた笑ってしまったシリカは、落ち着くと再びアイテムメニューを表示し、自分の所持金を全てキリト達に差し出した。
「これ、足りないかもしれないけど…」
「お金はいいよ。俺の目的と被らないでもないし……」
金貨の入った袋を差し出すシリカに首を振り、押し返すキリト。
最後に小さく、何かを呟いていたようだが、シリカには聞き取る事ができず、訝しげに首を傾げる。
そしてやがて、はっと大事なある事を思い出し、慌てて居住いを正した。
「あっ……あたし、シリカって言います」
「ボクはユウキ!」
「俺はキリトだ、しばらくの間よろしくな」
シリカが差し出した手を握り、改めて自己紹介を交わすユウキとキリト。
二人の姿を、シリカは月のように眩しいもののように、じっと見つめ続けるのだった。
がやがやと喧騒に包まれる、夜の街―――ミーシェ。
今後の事を話そうと宿屋を目指していたユウキ達三人は、途中何度か男性プレイヤーたちのパーティーに絡まれていた。
その理由は、シリカと共に行動する黒い少年が気に入らなかったから、という醜い嫉妬だった。
「君のファンか…君は人気者なんだな」
「違いますよ……マスコット代わりに誘われているだけです。なのに…〝竜使いシリカ〟なんて呼ばれて…いい気になって……」
その所為で過ちを犯したのだと、シリカは暗い顔に戻ってしまう。
俯く少女を見つめるユウキは、唐突に彼女の背中をパシッと軽く叩き、前に立って目を合わせる。
「心配ないよ、必ず間に合うから」
にっ、と快活な笑みを浮かべ、シリカの両頬に手を添えて顔を上げさせる。
目を丸くするシリカに、気持ちは落ち着いたと安堵したユウキは、キリトに目をやり次の行動を相談する。
「今からホーム戻るのも面倒だし…この層で宿でもとって、作戦会議でもしようか」
「そうだな…」
「! でしたら、私の知ってる宿はどうですか? そこのチーズスフレが結構イケるんですよ!」
「マジで!? 行く行く!!」
「なら、そこにしようか」
自分を助けてくれる人たちに、せめて何かお礼がしたいと、シリカは途端に表情を明るくさせる。
元気よくついてくるユウキを見て、ほっと安堵の息を吐いたシリカが歩き出そうとした時であった。
「あらぁ? シリカじゃない?」
ねとり…と、あからさまな嫌みを孕んだ、もう二度と聞きたくないと思っていた声が届き、シリカの足が止まる。
振り向いた彼女の元に、先程別れたパーティーメンバーと共にいたロザリアが近づいてきて、にやりと意地悪く嗤って見下ろしてくる。
「ロザリアさん……」
「無事に森を抜けられたのねぇ? よかったじゃない」
どう見ても、本気でよかったなどとは思っていない表情で、蠱惑的に唇を歪めて話しかけてくる。
シリカは一刻も早くこの場を去りたいと思いながら、元々の性分からか、わざわざ体ごと向き直り相対する。
「あら? あのトカゲどうしたのよ? …もしかしてぇ」
「ピナは死にました…でも、絶対に生き返らせます!」
「へぇ…って事は『思い出の丘』にいくんだぁ? でも、あんたのLvで突破できるのかしら?」
シリカの実力が足りていない事をわかって、詰るような言葉遣いで問い質してくるロザリア。
言い返したくとも、事実を突き付けられて何も言葉が思いつかないでいるシリカを見下ろし、ロザリアは実に気分がよさそうに口角を上げる。
そこに一人、紫の影が割って入る。
苛立った表情でロザリアを見上げ、口をへの字に曲げたユウキが、鼻息を荒くしながら口を開いた。
「余計な御世話だよ。オバサン」
「お、オバっ……」
「突破なら出来るさ。そんなに難易度の高いダンジョンじゃないからな」
思わぬ罵倒の言葉に固まるロザリアを放置し、ユウキの隣に出たキリトが告げる。二人に守られるような体勢になり、シリカは思わず頬を赤く染める。
ロザリアはまだ言い足りなさそうな顔をしていたが、やがて三人を鼻で笑うと、心底見下した視線を残して背中を向ける。
「ふぅん? 見たとこそんな強そうじゃないけど……ま、がんばってね」
「…行こう」
ひらひらと手を振って、喧騒の中に混じっていくロザリアを睨みつけ、ユウキはシリカを促し、その場を後にした。
「なんで……あんな意地悪言うのかな?」
宿屋・風見鶏亭の一階にあるレストランの席に着いてから、ふとシリカは疑問を口に出して考える。
相手を怒らせ、人間関係を破綻させる態度に言葉遣い。助け合わなければ生き残れないような世界だというのに、どうして自ら滅びの道を歩もうとするのか。
シリカは本気でわからず、首を傾げるばかりになっていた。
「君は、MMOはSAOが初めてなのか?」
「はい…」
「…どんなMMOでも人格の変わる奴はいる。進んで悪人を演じるプレイヤーもね」
遠い目で、キリトはため息交じりに呟く。
ユウキも同じく、少し前に起きたとある事件の事を思い出し、深いため息と共に肩を落とす。
あのポンチョ姿の男の思考は、いつまで経っても理解できる気がしなかった。
「自分で進んでレッドになるプレイヤーもいるからねぇ…救えないよまったく」
「…? あの、レッドって…?」
「ボク達のカーソルはホラ、グリーンでしょ? これは健全なプレイヤーの証。でも、犯罪を起こしたプレイヤーはカーソルがオレンジになって、オレンジプレイヤーって呼ばれるようになるんだ」
聞いたことのない単語に、シリカが疑問の声を漏らし、ユウキが自分の頭の上を指差して説明する。
困惑の表情を浮かべたシリカに同情しながら、信じたくなくても存在する、厄介な思考の持ち主に……いや、枷が外れてしまった者達の事を考える。
「なかでも、それ以上に危険なのがレッド……進んで殺人を犯すプレイヤーがいるんだ」
「そんな…人殺しなんて…」
「従来なら悪を気取って楽しめた。でも、SAOは訳が違う……ここで死ねば現実でも死んでしまうんだ」
そう語るキリトの脳裏によみがえるのは―――かつて失った幾つもの命。
誰かの失態で、自分の失態で、誰かの悪意で、理不尽に奪われた人々の最期の顔が、今でも鮮明によみがえっていた。
「このゲームは遊びじゃないんだ…」
「キリト…」
重い声で、自分自身に言い聞かせるように呟くキリトを、ユウキが心配そうに見つめる。
今も尚、ココロに刻まれた傷に苦しめられる友人に、何もしてやれないのかという無力感に苛まれ、ユウキも暗い表情になってくる。
そんな中、ばんっ、とテーブルを叩き、シリカがキリト達の方へ身を乗り出してくる。そして力強い目で、自身の恩人達を見つめて声を放つ。
「キリトさんはいい人ですよ! あたしを助けてくれましたから! それに、ユウキさんだって!!」
「…ありがとう、シリカ」
「ありがとね」
慰めるべき相手が、慰められるべき相手に慰められるというややこしい状況に、ユウキが思わず苦笑を浮かべる。
とにかく、この少女の思い遣りが純粋にうれしくて、キリトとユウキは互いに笑みをこぼす。
「あ、あれぇ! チーズケーキまだかなぁ!? すいませーん!」
一方、シリカは急に自分の言葉が恥ずかしくなったのか、必死にユウキ達から視線を逸らし、顔を赤くするとレストランの店員に呼びかけるのだった。
「―――…意外と早く釣れるかもね」
「そうだな…一応気をつけとけよ」
「あいあいさー」
そんな、小声での怪しいやり取りが行われていた事に、一切気付かないまま。