EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
風見鶏亭で借りた部屋で、ベッドの上に寝転がったシリカは、ぼんやりと天井を見上げて物思いにふけっていた。
脳裏に浮かんでいるのは、今日初めて出会った二人のプレイヤーの顔だ。
「ユウキさんと……キリトさんか」
見返りも何も求めず、自分を助けようとしてくれている彼らは一体、何者なのだろうか。
確かな実力と、優れた連携を見せた二人―――特にキリトの事を思い浮かべ、シリカは知らない間にをほんのりと赤く染める。
そんな時、部屋の扉が叩かれる音が聞こえ、シリカは思わずびくっと飛び跳ねる。
「は、はいっ!?」
「おーい、僕達だけど。明日の事でいろいろ相談しておこうかなって思ってさー」
ちょうど今考えていた者の声が聞こえ、ハッと我に返ったシリカがベッドから降り扉に向かう。
しかしその寸前―――習慣で、就寝の為に下着だけの姿に泣ている事を思い出し、少女の動きがびきりと停止した。
それから数秒後、着替えを終えたシリカがユウキとキリトを出迎え、三人でテーブルの周りに着く。
シリカの頬がやや赤くなっていたが、二人とも一切気にする事はなかった。
居心地悪そうに俯くシリカの前に、やがてキリトがアイテムメニューの中から、青い結晶のようなものを取り出した。
「これ、なんですか?」
「ミラージュ・スフィアっていうんだ」
軽い説明をしてから、キリトが目の前に置いたスフィアに触れる。
すると、スフィアが花のように展開し、中心から光を放ったかと思うと、空中に地図を描き始めた。
ほー、と感嘆の声をこぼすシリカに、キリトは空中の地図の一箇所を指で示す。
「ここが主街区で、ここから南の道を下りて、目的地・思い出の丘に移動する。途中に厄介な敵がいくつか現れるけど、俺達なら何とかなる」
「ボクらと逸れたりしない限り、危ない事はな―――」
にこやかに、シリカを安心させようという意図を感じさせていたユウキとキリト。
その時、二人の動きがピタリと止まり。
次の瞬間にはユウキが勢いよく扉に向かって飛び出し、バタンッと扉を押し開いていた。
「ユウキさん?」
「誰だ!!」
外に向けて、怒号を発するユウキ。
キリトも鋭い目で扉の方を睨み、じっと息を殺して、外にいる誰かの動きを探るような素振りを見せる。
しばらくの間黙り込んでいた彼らは、やがてまとっていた威圧感をぱっと霧散させた。
「…聞かれてたな」
「みたいだね」
視線を合わせる事なく、扉を閉じるユウキにそう確認したキリト。
シリカはその言葉にぎょっと目を見開き、振り向いて信じられないと言った視線を向けた。
「ドア越しの声はノックしないと聞こえないんじゃ……?」
「聞き耳スキルが高い場合は別だ。そんなの上げてる奴、滅多にいないけど……」
「で、でも……どうして立ち聞きなんか……」
こそこそと身を隠し、他のプレイヤーの情報を探る糸がわからず、困惑の声を漏らすシリカ。
自分の目的はピナの蘇生で、それ以外に重要な情報を持っているわけでもない。狙われる理由など何も思い付かない。
キリトは何か考え込んでいる様子だったが、そのうちフッと息を吐き、シリカに顔を向けて首を横に振った。
「……考えるのはもうやめだ、今日はもう寝よう。説明は明日の朝、出発前に改めてするから。ユウキ、念のためにシリカと一緒に居てやってくれないか?」
「わかった。今日はこっちの部屋で寝ていい? シリカ」
「は、はい」
知らない誰かに探られる、などと言う知りたくもない経験をした少女を慮り、ユウキを残してキリトが部屋を後にする。
去っていく背中に手を振り、立ち上がって頭を下げるシリカの背中を眺めていたユウキは、不意に窓の外の月を見やり、小さくため息をついた。
「…明日は少し荒れるかな」
「夢の国みたい!」
明くる朝、ユウキ達三人は第四十七層・フローリアへとやって来ていた。
一面が花畑で彩られた、空気さえもが明るく鮮やかに見えるほどに美しい街。
自分の実力では、当分来る事はできなかったであろうその景色をうっとりと眺め、シリカは心の底から感嘆の声をこぼしていた。
「この層は通称『フラワーガーデン』と呼ばれてて、街だけじゃなくフロア全体が花だらけなんだ」
「いつみても綺麗だよね~」
見慣れた様子のキリトの横で、ユウキは後頭部で手を組んで笑みを浮かべる。
わぁ、と咲き誇る花々を見つめていたシリカは、ふとある事に気付く。
視界に入る人々が、何やら男女一組である確率が非常に高いような……というか、カップルしかこの場に集まっていないような。
その事に気付いたシリカは、無意識のうちに後ろに立つキリトに視線を向けてしまっていた。
「シリカ?」
「い、いえ! なんでもないです!!」
様子が変わったシリカに、キリトが訝し気に尋ねると、少女は顔を真っ赤にさせて首を横に振る。
納得していない様子ながら、キリトがシリカから視線を外すと、そこへユウキがむずかしそうな表情で近付いてくる。
「シリカはちょっと…チョロそうなのが心配だよ」
「!? あ、あたしのどこがチョロそうなんですか!?」
「いや、そうやってチラチラキリトを見てるのまるわかりだし…見た目からしてチョロそうだなと」
慌てふためくシリカの横腹を肘でつつき、ユウキは小声で注意を促す。
命の危機を救われた、などと言う鉄板の状況では仕方がないのかもしれないが、惚れるのが速すぎるのではないかと。
背後でひそひそと何やら囁き合う二人に、キリトが再び訝しげな視線を向ける。
「どうかしたのか?」
「い、いえなんでも!!」
「? まぁ、いいや。思い出の丘に行こうか」
釈然としないまま、踵を返して目的地を目指すキリト。
だがその直前、足を止めたキリトはメニューを開き、一つの青い結晶―――転移を行う為の道具を表示させる。
「これを」
「え…?」
キリトはそれを、真剣な表情でシリカに贈る。
少女にしっかりと、何か危険な事態に陥った時にいつでも逃げ出せる道具を持たせ、真っ直ぐに見つめながら言い聞かせる。
「君のLVと今の装備なら、ここのモンスターは問題なく対処できると思う。でもフィールドじゃなにが起こるか解らない。俺達が逃げろと言ったらどこでもいいからこれを使って転移するんだ」
「あ……でも…」
「大丈夫だよ、ボク達なら心配ないからさ」
キリト達が使う分がないのではないか、と心配するシリカに、ユウキが不敵な笑みを浮かべてみせる。
自分達であれば何とかなる、それよりも自分の事だけを心配しておけ。
そんな考えを表情に表す相棒を見やり、キリトもにっと、シリカを安心させるために笑う。
「ユウキの言う通りだ。だから、約束してくれ」
シリカはなおも悩む素振りを見せていたが、二人に見つめられてやがてこくりと頷く。
もしもの時の不安材料を片付けたユウキとキリトは、シノンを間に発寒ようにしながら、想い出の丘に向けて颯爽と歩き出した。
「よし、行こうか」
―――そして三人の旅は、それなりの障害に立ち向かわされることとなった。
「ぁわ、きゃぁぁぁぁ!!」
「あー、早速出たか。相変わらず気持ち悪いよねぇ、この辺でポップする奴ら」
悲鳴をあげ、空中を振り回されるシリカを見上げ、ユウキがうへぇ…と嫌そうに顔を歪める。
長く蔦を伸ばす、薔薇のような花を頂点に咲かせた、巨大な植物のモンスター。
花弁の中心に開いた、鋭い牙が並んだ口から呻き声を上げ、捕獲したシリカをぶんぶんと勢いよく振り回す。
「ネバネバの触手で全身まさぐられるわ、どろっとした液体ぶっかけられるわ、アレな本の女騎士みたいな目に遭わされそうで嫌なんだよね〜」
「ヒィヤァァァァァァ!!!」
想像さえしたくない末路を聞かされ、涙目で悲鳴をあげるシリカ。
どうしてそんな事を知っているのか、そうなってしまった人は最後にどうなったのか、それを聞く勇気すら出てこなかった。
「いや──!! キリトさん助けて!! 見ないで助けて───!! それかユウキさんが助けて―――!!」
「いや……それ無理」
「キリト? 目ぇ開けちゃ駄目だよ? シリカの名誉のためにも」
頭上を右へ左へいったり来たりさせられるシリカ。
彼女の今の格好は、可愛らしいデザインの鎧とスカートであり、視線を上げると否応なく彼女の下着が見えてしまう。
目を掌で塞ぎつつ、どうしたものかと頭を悩ませるキリトに、ユウキがじとりと冷たい目を向け牽制を行っていた。
「このっ! いい加減に……しろぉ―――――――!!」
ついに、シリカの怒りががまんの限界に達し、装備の一つである短剣を鞘から抜き放つ。
そして、装備により加算された能力を駆使し、自身を捕らえる蔦に刃を突き立て、ばらばらに斬り裂いていく。
最後に植物モンスターの中心に刃を突き立て、痙攣したモンスターが青いポリゴンの欠片へと変わる。
キラキラと輝く破片の中心に立ち、シリカはじろりと、キリトに恨みがましげな視線を送った。
「見ました?」
「み、見てない……」
「キリト、そこは『何を?』って聞き返さないと」
「あ…」
墓穴を掘ったキリトを横目に、ユウキは肩を竦めながら、はぁ…と大きなため息を吐くのだった。
そうして、襲い掛かってくる何体ものモンスター達を相手取り、時折危うい目に遭いながら先を目指す。
着々と思での丘へ近づき、三人の気持ちが昂り始めた時だった。
「あの、キリトさん」
「何だい?」
「妹さんの事、聞いていいですか?」
不意に、シリカが隣を歩くキリトに、今とは全く関係がない質問を投げかける。
キリトは困惑気味に首を傾げ、突然の質問を口にした少女をじっと見下ろす。
「何で急に?」
「あたしに似ているって言ったじゃないですか。現実の事を聞くのはマナー違反ですけど……いいですか?」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ? ボクも聞きたいな」
「うーん……まぁ、いいか。いい機会だからユウキにも話すよ。歩きながらでいいか?」
そういえば、出会った最初にそんなことを言ったのだったか、とキリトは気恥ずかしそうに頭を掻く。
はぐらかそうと思いかけたが、二人共興味津々といった顔を向けているため、観念したように肩を竦め、口を開いた。
「妹って言ったけど、本当は従妹なんだ」
「え?」
「生まれた時から一緒に育ったから向こうは知らないけど、その所為かな……俺の方から距離を取っちゃってさ……」
思いのほか重い話が出てきて、ユウキの表情が険しくなる。
それなりに家族愛に溢れたいい話を聞くつもりであったのだが、非常に複雑な関係を切り出させてしまったようである。
当のキリトは自嘲気味に苦笑するだけで、大して気にしていない様子だったのがせめてもの救いであった。
「祖父が厳しい人でね。8歳の時、俺達を近所の剣道場に通わせたんだ。でも俺は二年でやめちゃって……そりゃぁ祖父に殴られたよ」
「うわー、キビシー」
「そしたら妹が『私が二人分頑張るから叩かないで』って俺を庇ったんだ。それからあいつ頑張って、全国大会まで行くようになってさ……」
「す、すごいじゃないですか!!」
顔も知らないキリトの妹が成した功績に、シリカは目を輝かせて褒め称える。
しかしキリトの表情は翳っており、視線が重く下がっている。この場にいない妹に対する罪悪感が滲み出ているように見えた。
「でも、俺はずっと妹に引け目を感じてたんだ。他にもやりたい事があって、俺を怨んでるんじゃないかって……シリカを助けたくなったのは、妹への罪滅ぼしをしている気になってるのかもしれないな……ごめんな、シリカ」
自分の罪悪感を、本来向けるべき相手ではなく赤の他人に押し付けるような事をしている自分に、キリトは心底嫌悪感を抱く。
そして何より、こんな事で自分が許されるわけがないと、さらに自分を責めている。
すると、無言でキリトを見つめていたユウキがぽんっ、と彼の肩を軽く叩いた。
「キリト。妹さん、きっとキリトの事怨んでなんかないよ」
「ユウキさんの言う通りです! 好きでもないのに頑張れないですよ。きっと、剣道が好きなんですよ!」
キリトの前に出て、鼻息を荒くして訴えるシリカ。
自分を助けてくれた、そしてこれからもう一度助けようとしてくれている恩人が落ち込む姿を見ていられないと、懸命に勇気づける言葉を贈る。
健気な少女の表情に、呆気にとられた顔になっていたキリトは、やがてフッと穏やかに笑みを返した。
「そうか…そうだといいな。二人ともありがとな?」
「はい! …よ、よーし! あたしも頑張りますよー!」
笑いかけられ、ハッと我に返った直後、シリカはボッと顔を真っ赤にする。
偉そうに説教をかました自分を恥じ、少女は羞恥を誤魔化すように、花畑を全速力で駆け抜けていく。
その背中を眺めながら、ユウキがにやりと笑みを浮かべ、キリトの脇を肘で小突く。
「キリト。現実に帰ったら、妹さんとちゃんと話してみるといいよ。そうやって決めつけちゃうのが一番ダメだから」
「あぁ…そうするよ」
年下の二人に勇気づけられている事態に苦笑を浮かべ、キリトは先を進むユウキの後に続き、想い出の丘に続く道を昇っていくのだった。
―――彼らの後を追う、いやらしく笑う赤い影があった事に気付きながら。
「あ、あれですか?!」
「そうだよ」
丘を幾つも越え、襲い掛かるモンスター達を倒し、花畑の最奥地に辿り着いたシリカとユウキ、キリト。
彼女達の前に、円形に開けた空間と、その中心に鎮座する台座が現れる。
パッと顔を明るくし、台座へ近づくシリカ。だが、駆け寄った彼女は、途端に表情を曇らせてしまった。
「…花、花がないです…!」
「そんな馬鹿な……」
何も無い台座の上から振り向き、困惑気味にキリトに問いかける。
事前情報が異なっていたのか、と顔色を変えるキリトであったが、同じく台座の元へ駆け寄ったユウキが覗き込むと、にやりと笑みを浮かべる。
「…いや、大丈夫だ。ほら」
シリカにもその笑みを見せ、台座の上を指差すユウキ。
すると、何も無かったはずの平面に、少しずつ変化が現れ出す。
小さな双葉が生え、徐々に茎が伸び葉も大きくなり、最後に凛、と淡い色合いの花が咲く。
まるで自分を待っていたかのような開花の瞬間に、シリカはぱっと目を輝かせた。
「なるほどー、テイマー自身が来ないとそもそも花が咲かないのか」
「テイマー自体そう多くはないから、滅多に手に入らない……とてつもなく珍しいアイテムってわけだ」
感心した様子を見せるユウキとキリトの前で、シリカはおずおずと手を伸ばし、目の前のそれ―――〈プネウマの花〉に触れる。
端は独りでに根元からキレ、シリカの手の中に納まる。淡い輝きを放つ可愛らしい花を見下ろし、シリカは思わずユウキ達にはしゃぐ姿を見せる。
「これでピナが生き返るんですね?」
「ああ」
「よかったね、シリカ」
もう、二度と友達に会う事は叶わないのかもしれない、そんなz¥諦めがココロのどこかに合った少女は、自分をここまで連れてきてくれた二人に心の底から感謝の念を抱く。
涙を流す少女の肩を叩き、ユウキとキリトは優しく、何も言うなといわんばかりの微笑みを返した。
「でも、ここだと強いモンスターも多い。生き返らせるのは街に戻ってからにしよう」
「使い魔を助けて本人が死ぬとかシャレにならないもんねー」
そう言って、二人はさっさと元来た道を戻っていく。
然したる苦労はなかったというような、気楽そうな彼らの背中を見つめ、シリカはグッと花を抱きしめその後を追いかけた。