EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
主を守る為に命を散らせた小さな竜、それを蘇らせる希望を宿した花を手に、少女は帰路に就く―――そのはずだった。
街へと戻る道を辿る中、ユウキとキリトが険しい表情で立ち止まるまでは。
「さてと―――そこで隠れている奴、出てこいよ」
ぎろりと、キリトは道の先に―――両端に生えた二本の木を睨み、鋭い視線を向ける。
シリカはえ?と困惑の眼差しを自分の前に並んだ二人に向け、何事かと二人を交互に凝視する。
すると、彼らの見据える先で、木の影から姿を見せた一人の女性プレイヤー―――ロザリアが不気味に嗤ってみせた。
「ろ、ロザリアさん?!」
「私の隠蔽を見破るなんて、中々高い索敵スキルね剣士さん達…侮ってたかしら?」
にやにやと、以前とは比べ物にならないほどに濃く強い悪意を隠そうともしないロザリアに、シリカの足は知らぬうちに数歩後退る。
怯えた顔になる少女を背に庇い、とキリトは鋭くロザリアを睨みつけたまま、その場に佇んでいた。
「その様子だと、首尾よく『プネウマの花』をゲット出来たみたいね? おめでとう……じゃあ、さっそくそれを渡してちょうだい?」
「な、何言ってるんですか!?」
「だって……〈プネウマの花〉って今が旬らしいんだもの。今のうちにうっぱらっておかないと損じゃない? だから……さっさと渡しなさいよ」
平然と、ピナとは何のかかわりもない筈のロザリアが、さも当然とでもいうように手を差し出す。
混乱し、動く事もできないでいるシリカに焦れたのか、険しい顔になって彼女の元へ近づこうとする。
だが、ロザリアが一歩を踏み出す直前、キリトがフッと不敵な笑みを浮かべた。
「そうはいかないな、ロザリアさん。いや、
「…へぇ?」
自分の正体を言い当てられたロザリアが、意外そうに片眉を上げ、同時に小馬鹿にしたような声を発する。
否定を返さないロザリアに、シリカはギョッと目を剥き、彼女とキリト達を交互に見やる。しかし無意識のうちに、〈プネウマの花〉をきつく抱きしめていた。
「で、でも、ロザリアさんはグリーン……」
「犯罪者ギルドって言っても全員がそうじゃないんだよ。グリーンが獲物をみつくろって、待ち伏せのポイントまで誘導するんだ」
ロザリアの頭上に浮かぶカーソルを見上げ、信じられないと言った呟きをこぼすシリカに、横目を向けたシリカが説明する。
だがシリカは、なおも真実を受け止めきれない様子でいた。
口は悪く、態度も最悪な女性ではあったが、この世界で殺人や犯罪に加担する本物の悪人であったなどと言う話は、納得できないものであった。
「じゃあ……この二週間の間、一緒のパーティにいたのは……」
「そうよぉ。あのパーティの戦力を分析するのと同時に、冒険でお金が貯まるのを待ってたの」
わなわなと震え、涙目になるシリカに、ロザリアは見下した目を向けつつハッと鼻で笑う。
騙された馬鹿な子供、自分のような賢い大人に利用される以外に価値がない雑魚が、現実を突き付けられて慄く姿を、さも愉しげに眺めている。
「一番楽しみな獲物のあんたが抜けちゃってどうしようかって思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くっていうじゃない? それにしても、そこまで判っててその子についてくるなんて、あんた達馬鹿なの?」
「いいや、そうじゃない」
「ボク達は貴女を探してたんだ」
嘲笑するロザリアだが、ユウキとキリトは全く意に介した様子がない。怒りを滲ませる事もなく、氷のような冷たい眼差しを目の前に立ちはだかる女に向け、淡々と事実を述べるだけであった。
思わぬ反応に、ロザリアは訝しげに眉をしかめ、ユウキ達を睨みつける。
「どういう事かしら?」
「貴女、10日前に『シルバーフラグス』っていうギルド襲ったね? メンバー4人が殺されて、リーダーだけが脱出した……」
「…ああ、あの貧乏な連中ね」
少し、思い返すような素振りを見せて、ロザリアはつまらなそうに鼻で笑う。
思い出したと言っても、顔や格好など、相手の細かい特徴などは重い浮かんでいない様子であった……自身が誘き寄せ、本隊に襲わせた獲物の事など、微塵も覚える気がなかった事が明らかであった。
「リーダーだった男はな。毎日最前線の転移門広場で、泣きながら仇撃ちをしてくれる奴を探してた。けど彼は、依頼を受けた俺達にあんた達を『殺してくれ』とは言わずに『牢獄に入れてくれ』って言ったんだ……あんたに彼の気持ちが分かるか?」
「解んないわよ。マジになっちゃってバッカみたい。ここで人を殺しても、ホントにそいつが死ぬ証拠なんてないし」
静かな声に、確かな激情を交えて語るキリトに、ロザリアは鬱陶しそうに顔をしかめ吐き捨てる。
シリカはその姿に、心の底から嫌悪を怒りを覚える。
確かにゲーム上で死亡した人間が現実世界でどうなっているか、ゲームから抜け出さない限り知る事はできない。
だがそれでも、もしかしたらとまともな人間は殺人を忌避するのだ。そう考えられない彼女は、シリカにはすでに人としての何かが欠落した化け物のようにしか見えなかった。
「……そんな事より、あんた達の心配した方がいいんじゃない?」
にたり、と悪意をいっぱいに詰めた顔で、ロザリアはおもむろにその場で片手を上げる。
すると、彼女の指示に合わせ、複数のプレイヤー達が物陰からぞろぞろと姿を現してくる。その数は、ざっと十人は数えられた。
「に、人数が多すぎます! 脱出しないと!!」
絶体絶命にピンチに、シリカはユウキ達の服の裾を引っ張って叫ぶ。二人がどれだけ強くとも、ここまでの人数が相手では圧倒的に不利であり、下手をすれば本当に殺されてもおかしくはない。
自分が狙われたせいで、二人も危険に晒してしまったという思いから、シリカの思考は絶望で埋め尽くされかけていた。
だが、ユウキもキリトも一切恐れる様子を見せず、シリカを後ろに庇ったまま動こうとしなかった。
「大丈夫、問題ないよ」
「そうそう、シリカはボクの後ろに隠れてて?」
「でも、ユウキさん! キリトさんも!!」
窮地にあるとは思えないほど、のんびりとした声でなだめてくるユウキ。
レッドプレイヤー達に囲まれ、余裕綽々といった態度を見せるロザリアと同じく、自分は絶対に死ぬ事はないと語るような態度がそこにはあった。
それでもなお、焦燥に駆られたシリカが二人に呼びかけていたその時、レッドプレイヤー達の中の一人がはたと表情を変える。
「ユウキ……キリト……?」
その一人は、標的を庇うお人好しの馬鹿と認識していた二人の背格好、そして得物をじっと確認し、みるみるうちに顔色を変えていく。
彼の異変に気づき、何事かと振り向いてくる仲間達に、男はわなわなと震える指をユウキとキリトに突きつけて声を漏らす。
「黒尽くめ装備に盾無しの片手剣……それに、同じ盾無し片手剣に紫基調の装備の女プレイヤー……まさか、《黒の剣士》と《絶剣》!?」
「や、やばいよロザリアさん! こいつらコンビで最前線に挑んでるビーターとビギナーの……攻略組だ!」
その瞬間、見下した態度でシリカ達を見下ろしていたレッドプレイヤー達が、どよどよと慄きを見せ始める。
攻略の最前線、自分達が今根城にしている付近の階層とは比べ物にならない強さを見せつける敵と戦う、数々の逸話を持つ限られたプレイヤー達。
その中の二人、それも比類なき強さを誇ると言われるプレイヤーが目の前にいるのだと気付かされ、レッドプレイヤー達は思わず数歩後ずさる。
「攻略組……キリトさん達が…!」
シリカもまた、自分を守ってくれている者達の正体を知り、驚愕でそれ以上の言葉が出なくなる。同時に、どうりでこうも詳しく、
味方が混乱に陥る中、我に返ったロザリアがチッと舌打ちし、戦意を萎ませているレッドプレイヤー達を睨みつける。
「攻略組がこんなトコに居る訳ないじゃない!! ただの仮装野郎どもに決まってる! さっさと始末して身ぐるみ剥がしな!!」
「そ、そうだ! 攻略組なら、すっげぇレアアイテムを持ってるかもしれねぇ!!」
ロザリアの檄に、逃げ腰になっていたレッドプレイヤー達が勢いを取り戻していく。
名を騙るだけの偽物なら容易く殺し、もし本物であれば、ここでは手に入らない貴重な持ち物を奪って金に換え、自身らを強化してさらなる獲物を狙いにいく。
目の前にいるのが得体の知れない強者ではなく、無数の宝石を体につけた獲物に見え始めた時には、レッドプレイヤー達のやる気は最初の倍にまで膨れ上がっていた。
「死ねよやぁ!!」
レッドプレイヤー達が列をなし、一人前へ出たキリトに次々に斬りかかる。
凶刃は棒立ちのキリトに次々に食らいつき、全身に赤い線を刻んでいく。前の仲間が斬った後から後ろの者が斬りつけ、前にいた者が後ろに下がる。
避ける事を許さない連続攻撃により、キリトのHPを表示する棒がみるみる減少していった。
「やめて! キリトさんが! キリトさんが死んじゃう! ユウキさん! このままじゃキリトさんが!!」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だよシリカ。ほら、キリトのHPをよく見て?」
凶刃に晒され続けるキリトの姿を見せつけられ、シリカが頭を抱えて悲鳴をあげ、ユウキにすがりつく。
しかし、ユウキは最初と同じく呑気な笑みを浮かべていて、相棒の窮地に動揺する様子が一切見受けられない。
その上、減り続けるキリトのHP表示を指差し、ケラケラと可笑しそうに笑ってみせている。
「何言ってるんですか! 早く、助けに行かないとキリトさんがーーー!?」
一向に動こうとしないユウキに戦慄を抱きながら、このままではいけないと、シリカはキリトに襲いかかるレッドプレイヤー達を睨みつける。
だが、あることに気づいて彼女の表情はギョッと目を見開いたまま硬直する。
キリトの命を示すHPが、一定とまで減ったかと思うと最大値まで急激に回復するという、奇妙な現象が起きていたのだ。
「ど、どういうことですか……?」
「何やってんだアンタ達!! さっさと殺しな!!」
斬りつけても、斬りつけても倒れない黒いプレイヤーを前にし、顔に焦りをにじませたロザリアが仲間に吠える。
同じく驚愕で目を見開いていた彼らも、すぐさま我に返り再び列をなして連続攻撃を行っていく。
だが、それでもやはりキリトのHPは一定の値以下に減る事はなく、微動だにせずにその場に佇み続けていた。
「な…何だよこいつ、不死身かよ……!?」
「10秒あたり400ってとこか……それがあんたら7人が俺に与えるダメージの総量だ」
ありえない光景に、恐怖を表情ににじませた男が呟く。それにキリトが冷たい目を向けて、つまらなそうに頭をかきながら、残酷とも言える事実を告げる。
「俺のLvは78、HPは14500。さらに、『バトルヒーリング』スキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。何時間やっても俺は倒せないよ」
「無茶苦茶だ……アリかよ、そんなの!」
「アリなんだよ……たかが数字が増えるだけで無茶な差が付く。それがLv制MMOの理不尽さだ」
自身もこの理不尽な世界に向けた怒りを抱くキリトが、自身の声にかすかに激昂を混ぜ、レッドプレイヤー達に吠える。
死ねば復活など叶わない現実の理不尽さと、レベルさえ高ければ弱者の牙など毛ほども通じないゲームの理不尽さ。最悪な部分を混ぜ合わせたこの世界の歪さに、少年は静かに苛立ちを滾らせる。
レッドプレイヤー達は震え上がる。格好に餌だと舐めていた相手が、実は決して敵うはずのない怪物だったという事実に、自身らの浅はかさを激しく後悔する羽目になる。
「だ、だったらあの小娘共を…!」
どうにか、そこの知れない力を見せつける黒いプレイヤーを抜き、逃げようと考えていた彼らは、彼に守られる少女達に目をつける。
特に、紫の少女の後ろに下がっている竜使いの少女を狙うべくだと考えたその時。
「いやぁあああああ!!」
「ぎゃああああああ!?」
凄まじい咆哮と共に、仲間の一人がとんでもない勢いで吹き飛んでくる姿が目に映る。
慌てて脇に退けば、仲間は全身に赤い穴の傷跡を刻まれ、HPも赤色に染まった、死にかけの状態で倒れ込んでくる。
苦悶の声を漏らす仲間からぎこちなく目をそらし、恐る恐る視線を上げれば、知らぬ間に抜いた細剣を肩にトントンと当てている紫の少女が目に入った。
「ぬるいぬる〜い。ボクらを人質に取ったりすれば大人しくなるだろうって考えだろうけど、残念でした。ボクって、キリトより強いんだよね〜」
「……まだ負けを認めたわけじゃないからな」
「まーまー、白黒つけるのはまた今度って事で、ね?」
得意げに胸を張る少女に、悔しげに声を漏らす黒のプレイヤー。
後ろに庇われた竜使いの少女がほー…と感嘆の声を漏らし、呆然と立ち尽くしている事も知らず、和気藹々と二人だけで話している。
まるで彼ら、
「まぁ、要するにだ……ボク達に目をつけられた時点で君たちに逃げ場なんてとっくになくなってるんだって事だよ。お分かりかな、おばさん達?」
言葉も出ないロザリア達は、不敵に笑ったユウキの言葉が、まるで見えない刃のように自分達の胸を深々と貫く幻想が見えたような気がしていた。
「これは俺達の依頼人が全財産をはたいて買った回廊結晶だ! 監獄エリアが出口に設定してある、これで全員牢屋に跳んでもらう! 逃げられると思うなよ……コリドーオープン!」
「ちくしょう……」
キリトが放り投げた結晶が、光を放った直後に宙に浮く扉となる。
犯罪を犯したプレイヤーを閉じ込めておく事ができる牢獄、そこに通じる道を開き、そこへレッドプレイヤー達全員に入るように告げる。
観念したのか、抵抗する様子もなく項垂れる男達。
そんな中、牢獄の扉から離れたまま、鬱陶しそうに顔を歪めるロザリアにユウキがじろりと視線を向ける。
「あんたはどうする?」
「はっ! それで勝ったつもりかい? 言っとくけど私はグリーンだ。手を出せばあんた達がオレン───」
捕らえるのなら捕らえればいい、ただし自分に傷ひとつつけた時点で、お前達も自分達と同類になるのだ。
そんな事をのたまおうとしたロザリアだったが。
言い切るよりも前に、暴風と共に接近した鋭い切先が、彼女の喉元に突き付けられる。
「…だからなんだってんだ。別にボク、お前をここで殺してやっても、心とかぜんぜん痛まないからさ」
ユウキが発したそれは、これまで聞いたことがないほどに冷たく、殺意に満ちた声であった。
彼女が微かに動かすだけで、容易く皮膚を裂き、HPを削る無拍子の一撃。
自分の命が、年端も行かない少女に握られているという事態に、ロザリアは表情を強張らせながら目を血走らせる。
「こんなところで……こんなガキ共なんかに…! ちくしょうがぁぁぁ!!」
悔しさをこれでもかと表した、往生際の悪い喚き声をあげる悪女。
構う事なく、ユウキがさらに剣を突き出し、悪人たちを牢獄へと追いやろうとした、その時だった。
―――ユウキの目の前で、ロザリアの体に荒いノイズが走り始めたのは。