EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「……え?」
「ぎゃああああああ!?」
「かっ、体がぁぁぁ!!」
困惑の声を漏らしたロザリアが見下ろす自身の両腕。全てが荒いノイズに呑まれ、みるみる形が変貌していく。
異変は彼女だけでなく、他の大半のレッドプレイヤー達にも現れ出し、あっと言う間に彼らは人の姿を失っていき……そして。
『{#?,#>“+$$;]\<#』
『@<>^}<”*!;|“<‘』
もう何度見たか、思い出すのも億劫な程に出現する、オレンジ色の頭をした異形達へ、悪人達は変わり果ててしまった。
ユウキは慌てて飛び退き、キリトとシリカの元へ合流する。
驚愕で目を見開き、立ち尽くす彼らの前で、奇怪な呻き声を漏らすレッドプレイヤーたちの成れの果てに、うんざりとした目を向ける。
「またこいつら〜!?」
「なっ…なんですかこれ!?」
「…ひどくタチの悪い、ウィルスだよ」
異形達を初めて見たシリカは、恐怖のあまり咄嗟にキリトの後ろに隠れながら困惑の声を上げる。
盾にされたキリトはその事を気にせず、辺り一帯に蔓延る異形達を睨みつける。
ふと、身構えていたユウキ達は、足元が微かに震動している事に気付き、はっと視線を下に向ける。
咄嗟の判断で跳躍し離れた直後、彼らがいた個所の地面がぼこっと盛り上がり、巨大な一体のモンスターが姿を現す。
『<}*<;#‘+“]^+=€>』
緑色に、全体に蔦を巻き付けたそれ―――道中に何体も襲ってきた植物型のモンスターが、やはりノイズを走らせて咆哮を上げる。
めきめきと身体を軋ませて仁王立ちした植物型のモンスターは、姿が変わっていないレッドプレイヤーたちに蔦を巻き付け始める。
「うわあああああ!?」
「た、助けて…! ぎゃあああああ!!」
怪物に囚われ、全身を締め付けられるレッドプレイヤー達が悲鳴をあげる。
絶叫し、自由の利かない身体をじたばたと暴れさせる彼らであったが、次第にその抵抗も弱まり始める。
無事だった彼らの体にもノイズが走り出し、数秒も経たぬうちに他の仲間と同じく、オレンジ色の頭の異形に変貌してしまったのである。
「…悪人といえど、ああいうのをほっとくのは気分が悪いな」
見るも無残な姿に、ユウキが顔をしかめながらちっと舌打ちをこぼす。
本音を言えば助けたくはない。命を軽んじる愚か者であり、件の依頼者の願いがなければ自分が人殺しになってでも始末しておきたいような輩だ。
だが、あんな怪物となって終わりを迎える事は、敵であっても見過ごす事はできなかった。
「仕方ない……シリカ、キリト! ちょっとの間離れてて!」
「へ?」
臆する事無く、一歩を踏み出したユウキに指示され、シリカはきょとんとした顔で呆けた声を漏らす。
ユウキは振り向かず、アイテムメニューの中からベルトとガシャットを具現化させ、ベルトを腰に巻き、ガシャットのボタンを力強く押す。
【マイティアクションX!】
「変身!」
【ガシャット! レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?】
ガシャットをベルトに突き刺し、出現したスクリーンを選択し、その身に纏う。白い鎧と大きな仮面が少女の体に纏われ、軽快な音楽と歌が辺りに響き渡る。
シリカが目と口を全開にして立ち尽くす中、アクションゲームの戦士へ姿を変えたユウキが華麗にポーズを決める。
【I’m a 仮面ライダー!】
「ノーコンティニューで、クリアする!」
言うが早いか、ユウキはとてつもない跳躍と共に飛び出し、オレンジ頭の異形達と植物型モンスターに挑みかかる。
片手にハンマーを呼び出し、まず最初の獲物に向けて脳天に向けて振り下ろす。
だが、ハンマーが触れようとした直前、異形はすいっと異様な素早さで横にずれ、ユウキの攻撃を空振りさせてしまう。
「はっ! やっ! わっ、ちょっ…なんか速いよこいつら!!」
めげずに標的を変え、懸命にハンマーを振り回すユウキだが、異形達は異様な速度であちこちへ動き回り、まるで当たってくれない。
宙を跳び、フェイントを仕掛け、当たれば強烈な衝撃を加える武器を振るうが、やはりどれも掠りもしなかった。
「……ハッ! キ、キリトさん! ユウキさんが!」
「あの動き…ただ走ってるんじゃない。タイヤか何かで走行している…?」
我に返ったシリカが、苦戦するユウキを目の当たりにして、キリトに縋りついて叫ぶ。
一方でキリトは、目の前で繰り広げられている攻防―――というよりはユウキだけが翻弄される姿を視界に映し、冷静に考察を行う。
ただ歩いているのではない、滑るように地面を移動しているのだと、戦いの外から見る事で気付いていた。
「このぉ! このぉ! ウロチョロすんな―――うぎゃっ!?」
キリトが思考を巡らせる中、ユウキは次第に苛立たし気に攻撃を振るうようになる。策も何もなく、ただハンマーを我武者羅に振り回し始めている。
当然、そんな攻撃が当たるはずもなく、余裕を持ち始めた異形達や植物型のモンスターに後ろに回り込まれ、手痛いしっぺ返しを食らう羽目になっていた。
「キリトさん!」
「……使うしか、ないのか」
シリカの急かす声に、キリトは険しい表情で歯を食い縛り、スッと片手を掲げる。
宙に一筋の線を描き、メニュー欄を表示すると、奥底に隠れていたあるアイテムを自身の手元に顕現させる。
―――そう、ユウキが使っているものと同じベルトと、黄色く彩られたガシャットを。
【爆走バイク!】
はっ、と目を見開くシリカの前で、キリトはガシャットのボタンを押し、ベルトを腰に巻きつけさせる。
途端に周囲に波紋が広がり、辺りに幾つものトロフィーが配置されていく。
またしてもハンマーを空振りさせながら、異変に気付いたユウキが振り向き、仮面の下で大きく目を見開く。
「へ?」
「変身…!」
【ガシャット!】
小さく呟き、キリトはガシャットを逆さにし、ベルトのスロットに差し込む。
すると、これまでにベルトとガシャットを使ってきた者達と同じく、キリトの周囲に幾つものスクリーンが現れ、くるくると回転する。
キリトはその中の一つに狙いを定め、鋭く蹴りを放つ。その瞬間、スクリーンが押し出され、巨大化してキリトの体に重なっていった。
【レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム⁉︎ I’m a 仮面ライダー!】
スクリーンと一体化し、キリトの全身をユウキのものと同じ白い鎧が覆う。
顔を覆う仮面は、棘がついたヘルメットのような形状。頭部の左右からは一本ずつ、バイクのハンドルが耳のように生える。
両腕にタイヤがついた銃器のようなものを備え、キリトもまた、ゲームの戦士へと姿を変えてみせた。
「へ……ぇええ!?」
「キリトも……ライダーに!?」
肩を上下させ、汗を垂らしたユウキが瞠目し、シリカと同じく呆然とその姿を凝視する。
相も変わらず送り主不明のままのアイテムを使い、これで四人目となった戦士。いずれも自分が知った仲の者が変身してきているという事実に、今度こそどうなっているのかと混乱に陥る。
『|<%>?{;”+$>?』
だが異形達にとってそんな事は関係がない。新たに現れた敵に対し、ユウキの周りを走り回っていた彼らの半分が動き、キリトの元へ殺到し始める。
キリトは異形達を冷静に睥睨し、両腕に備えたユニットを構えると、仮面の下でカッと形相を変える。
「うおおおおおおお!!」
雄叫びと共に走り出し、ユニットを地面に叩きつける用にしてタイヤを回転させる。
タイヤの凹凸が地面に食らいつき、猛然と駆け出して、オレンジ頭の異形達の元に突っ込んでいく。
敵が目前にまで迫ると、キリトは高く跳び上がり、両腕のユニットを異形達に突きつけ、無数の光弾を発射し彼らを吹き飛ばした。
「あ! なにそれズルい! ビームとか超ズルい! オレ飛び道具持ってないのに!!」
「俺に文句言うな! それを送ってきた奴に言え!」
ぴかぴかと光を放ち、異形達を貫いていく光弾に、ユウキが羨望の眼差しを向ける。声高に文句を垂れるが、敵を狙い撃つのに忙しいキリトは乱暴に怒号を返すだけ。
その間、オレンジ頭の異形達と植物型のモンスターは足のタイヤで走り回りながら、キリトの放つ光弾から必死に逃げ続けていた。
『%\<>+・|},[#$+』
『;\}>{][+=!;%!,%’+}|<*』
意味不明な雑音を悲鳴のように撒き散らし、キリトから距離をとっていく異形達。必死になっているためか、互いにぶつかり合い、転倒する個体がいくつも現れ出した。
キリトはその後を追い、背中を向ける彼らに対して容赦無く撃ちまくる。
やがて彼の前で、逃げ回っていた異形達の動きが全て止まる。植物型モンスターの蔦に異形達が絡まり、身動きが取れなくなってしまったのだ。
「ここで決める…!」
【ガシャット! キメワザ!】
好機を見出したキリトは、ぎらりと仮面の目を輝かせ、ガシャットを腰のスロットに差し込む。
ガシャットの中のエネルギーが全身に収束し、稲妻のエフェクトが辺りに飛び散る中、キリトは両手のユニットを放り捨て身構える。
そして勢いよく跳び上がり、ぐるぐると空中で縦回転を見せると、自身をタイヤのようにして異形達に突っ込んでいく。
【爆走クリティカルストライク!】
「おおおおおおお!!」
ドンッ!と凄まじい衝撃が辺りに広がり、異形達が炎に包まれ爆発する。
すると、異形に変じていたロザリアやレッドプレイヤー達が元の姿に戻り、どさどさと倒れ込んでくる。気を失っているのか、全員白眼を剥いて苦悶の表情のまま固まっていたが、概ね無事な姿であった。
キリトは宙を跳ねながら、元の位置に降り立ち、ロザリア達を見やり無事を確認すると、仮面の中で鼻を鳴らしてみせる。
「よし…次は!」
「キリト、あれ!」
次に起こる現象を予測し、ユウキが呼びかけるよりも前に振り向き、再度構えるキリト。
すると、彼らが想像した通り、燃え盛っていた植物型のモンスターがうぞうぞと蠢き出し、みるみるうちに形を変えていく。そしてーーー。
『ウィ〜ッハァ〜!! やってくれたなてめぇら!!』
モンスターは、身体中からバイクの管が生えたような見た目の、黄と青に彩られた人型の怪人となり高らかに嗤い出す。
傍にいつの間にか異形の形をしたバイクを侍らせ、うっとうしいほどのテンションの高さを見せるその怪人を見て、ユウキがハッと声を漏らす。
「爆走バイクの敵キャラ……モータス!」
『ここまで俺様を追い詰めるとはたいしたもんだ! いいぜぇ…走り屋として勝負を受けてやらぁ!!』
異形、モータスはそう吠えると、相棒のバイクにひらりと跨り、ブオン、ブオン!とエンジンを唸らせる。
喧しいその音に、シリカが思わず顔をしかめて耳を塞ぐのをよそに、モータスが乗ったバイクは猛烈な速度で走り出し、あっという間に小さくなっていった。
『ィイヤッホォ〜!!』
「……って、待てこらぁぁぁ!!」
ユウキ達に確かめる事など一切ないまま、一方的に勝負を受けて走り去っていったモータスに、一拍遅れてユウキが抗議の声を上げる。
しかしモータスはすでに景色の彼方へと消えかけており、ユウキの声も届いたかどうかあやふやであった。
「あっ…い、行っちゃいましたよ!?」
「ふざけんな! バイクにどうやって追いつけってんだよ!」
「おい、ユウキ」
地団駄を踏み、獲物を逃したことへの憤りをあらわにするユウキ。辺りに転がっているレッドプレイヤー達の体に走るノイズはまだ消えておらず、急いでモータスを追う必要がある。
どうすればいいのかと頭を抱えていたその時、彼女の肩をキリトがポンと叩いた。
「おい、ユウキ……お前、俺がなんのゲームを使ってるのか、忘れたのか?」
「え?」
「いくぞ……二速!」
【ガッチャーン! レベルアップ!】
困惑の声を漏らしたユウキの前で、キリトは自身が腰に巻いたベルトのレバーをひっくり返す。
すると彼の体は、ユウキ達とは比べ物にならないほどの変貌を果たす事となる。
【爆走! 独走! 激走! 暴走! 爆走バイク!】
ユウキ達と同じく、白い装甲が仮面だけを残して弾け飛び、中身があらわにさせられる。
しかし……現れたキリトの体は、人の形をしていなかった。
流線型の装甲にエンジンを積んだ、黄色とマゼンタに彩られたボディ。ハンドルはそのままに、仮面を被った顔がヘッドライトの部分に位置する。
先ほど放り投げた両腕のユニットが独りでに動き出し、車体の前後に合体する。
あっという間に、キリトは鮮やかなカラーリングを誇る、一台のバイクへと姿を変えたのだった。
「え──────っ!?」
「バイクぅぅぅぅぅ!?」
グォン、グォンとエンジンを唸らせるバイク……もとい、変形したキリトにユウキとシリカは目と口を全開にして驚愕の感情を叫ぶ。
ただでさえ見た目が衝撃的な鎧を使用していたというのに、それを超える衝撃を与える展開。二人とも咄嗟に冷静な思考ができず、ただ驚く事しかできなくなった。
「いや、いやいやいやいや! オレも大概だけど世界観まるまる無視しすぎじゃない!? 大丈夫なのこれ!?」
「……ほんと、何で俺だけなんだろうな。だが今はどうでもいい!」
ユウキはおろおろと慌てふためき、キリトの全体をあちこちに飛び回って凝視する。
変身した本人も、気持ちの半分くらいは納得がいっていない様子だが、半ば諦めた様子で虚空を見つめる。
しかし、すぐに気分を切り替えたキリトは、棒立ちになっている相棒にヘッドライトを向け、強く呼びかけた。
「乗れよ、絶剣!」
「お、おう! 大変身!」
戸惑いながら、外側の装甲を脱ぎ捨て、身軽な形態になったユウキは高く跳躍し、キリトの背中……もとい座席に飛び乗る。
ハンドルを握りしめ、ギアを何度か試しに回して、乗り心地を確かめる。
エンジンに一際大きく強烈な唸り声を上げさせると、ユウキはニヤリと笑みを浮かべ、敵が消えた遥か先を見据えた。
「よし…行くぞ!!」
気合いの咆哮と共に、地面を蹴りバイクを発進させる。タイヤがガリガリと地面を削り、辺りに砂埃を巻き上げる。
そして進み出したと思った直後、バイクは強烈な加速を見せ、景色があっという間に後ろに流されていった。
「うおおおおおおお! 速ぁあああああ!!」
髪を全て後ろに引っ張られるほどの圧に晒されながら、ユウキはどうにかハンドルを掴み、キリトを操作する。
花畑中に通る道をコースとして、砂塵を巻き上げ、小石を弾き飛ばしつつ、遥か先へ行ってしまったモータスの後を追う。
そしてやがて、見覚えのある青と黄の後ろ姿が見え始め、ユウキはより強くグリップを捻る。
『ひゃーっはっはっは!! よく来たなぁ、俺様の洗礼を食らいやがれぇ!!』
前を進みながら、モータスが自身が操るバイクの車体を斜めに持ち上げる。
すると、後部から伸びるマフラーから爆炎が迸り、地面に弾かれてまるで炎の壁のようにそそり立つ。
コースを遮られ、危うく炎に飲まれかけるのをどうにか防ぎ、ユウキは思わずぎりっと歯を鳴らす。
「くっ……あんにゃろう!」
「構うなユウキ! このまま突っ走れ‼︎」
キリトに促され、エンジン音をけたたましく鳴らさせるユウキ。彼女の思いに応えるように、キリトはさらにタイヤを回し、一気に加速する。
進む先には炎の壁があり、突っ込めば確実に只では済まない危険地帯となっている。その上猛烈な加速を行っている今のキリトは、いつ操作を誤って転倒してもおかしくない状態になっていた。
『ウィ~ッハッハッハァ! 追いつけるもんなら追いついてみやがれぇ……!?』
「ーーーぅおりゃああああああ!!」
しかし、ユウキはそんな逆境にも負けなかった。
迷う事なく速度を上げ、炎の壁に突っ込んでいきーーー触れる直前に、坂になった道に乗り上げ、キリトと共に天高く跳躍を行ってみせた。
青空に飛んでいきそうな勢いで、天を舞うバイクと少女。車輪は炎の壁の上を軽々と越え、一切の熱を浴びる事なくモータスの家を超えていく。
気づいたモータスが唖然とした顔になる前を、ユウキとキリトは悠々と越え、ついにモータスの前へ陣取って見せた。
『な、何だとぉおおおおお!?』
「ウィニングランを決めるのは…!!」
「オレ達だ!!」
驚愕の絶叫を上げるモータスに、ユウキとキリトは声を合わせて吠える。
同時に、キリトの座席に備わっているベルトからガシャットを抜き、ユウキは自分のベルト横のスロットに差し込む。
その直後、キリトの後部のマフラーからも爆炎が迸り、鋭く槍のように伸びていく。
【ガシャット! キメワザ! 爆走クリティカルストライク!】
ユウキはキリトを横に滑らせ、マフラーから噴き出す炎をモータスに突きつける。
爆炎はモータスの全身だけでなく、バイクにも強烈な熱を加え、金属の塊をみるみる白化させていく。
襲いかかる凄まじい熱に晒され、モータスは真っ赤な地獄の中で悶えくるし、そして。
『ぎ……ぎゃあああああああああああ!?』
【会心の一発!】
ついに炎に耐えられなくなり、愛車と共に派手な炎を噴き上げて爆発四散してしまう。
破片が辺りに飛び散った後、キラキラと輝くポリゴンの欠片となって、ユウキとキリトが駆け抜けた後を美しく彩る。
「イェ〜イ!!」
二人はそのまま、花畑に囲まれた道を駆け抜け、宣言通りのウィニングランを決めたのだった。
「あの…本当に、ありがとうございました」
騒動が終わり、街に戻ったシリカとユウキ達。
〈プネウマの花〉を大事に抱えたまま、シリカがユウキとキリトに向けて深々と頭を下げる。
「行っちゃう……ん、ですね」
「三日くらい攻略から離れてしまっているからな」
「そろそろ戻らないと大変なことになるかもね~」
寂しそうな眼差しを送るシリカに、キリトは困り顔で頭をかき、ユウキは呑気にケラケラと笑う。
二人とも、少女との別れに対して悲しみを抱いている様子はほとんどない。
シリカは寂しがっているのは自分だけか、と内心で肩を落とし、キリトに名残惜しそうな目を、ユウキには羨望の眼差しを向ける。
「す、すごいですね。攻略組なんて、私なんか……足元にも及びません。あんなとんでもない敵が現れるようじゃ、私なんて、何のお役にも……」
「んー、まぁ、あいつらはマジで謎のバグだし、本気で気をつけないといけないんだよね」
自身に不甲斐なさを抱き、しゅんと目を伏せるシリカ。
対するユウキは頬を引きつらせ、困り顔で目を逸らす。あれが一体なんなのか、ソードアート・オンラインというゲーム世界において歪にもほどがある存在に対し、理解は全くと行っていいほど及んでいない。
ユウキはやがて、んんっ!と咳払いを一つし、表情を引き締めて改めてシリカに向き直る。
「別にレベルがすべてじゃないよ? シリカは強いものを持っている」
「強いもの?」
「うん、心だよ」
不安げに俯くシリカに、ユウキが手を伸ばし、トンッと拳をぶつける。
はっ、と顔を上げるシリカに、ユウキはにっと満面の笑みを返し、何度も力強く頷いてみせる。
「ピナを取り戻すために危険な場所へ向かったじゃない。それは心が強くなければできないことだよ?」
「レベルだけがすべてじゃない。誇っていいことだ」
キリトもその言葉に同意し、自身の無力さを呪う少女に勇気を与える。決して弱いだけではないのだと、真剣な眼差しを向けて告げる。
目に意欲の光が戻り始めたのを見計らい、ユウキとキリトは一歩、シリカから距離を取る……そろそろ戻らなければ、別れが名残惜しくなってしまいそうだ。
「今度はピナも一緒で冒険しようね?」
「……はい!」
ユウキの誘いに、目に涙を溜めながらシリカが強く頷く。
ユウキとキリトは彼女の表情に安堵した様子を見せ、くるりとその場で踵を返す。そして、静かに扉を開き、シリカの部屋を後にした。
一人残されたシリカは、テーブルの上に乗せた一枚の羽ーーーピナの心を見下ろし、手に持った〈プネウマの花〉を傾ける。
ゆっくりと、溢れ出した雫が垂れ落ち、羽の上にかかって光を放ち始める様を見つめながら、シリカは眠り続ける友達に微笑みと共に話しかけるのだった。
―――ピナ、目を覚ましたらいっぱい、いっぱい、お話しようね!
とんでもない冒険の事と、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいな素敵な人の事を…。