EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
あまりの眩しさに目を閉じていたユウキたちは、やがて周囲の光が収まっていくのを感じた。
恐る恐る目を開けると、辺りの景色が見覚えのあるものだと気付いた。
「…ここって」
「始まりの街…だよな」
何の前触れもなく、ゲームの始まりの場所へと連れ戻されてしまったことに戸惑いの声を上げるユウキ達。
あたりに視線を巡らせれば、周囲のあちこちで同じような青白い光が灯り、プレイヤーたちが続々と姿を現すのが見える。
次第にその光の出現のペースが衰えていき、おそらくはSAOにログインしていたすべてのプレイヤーが呼び出された時だった。
「おい、上見ろ!」
一人のプレイヤーが、頭上を指さして緊迫した声を上げる。
つられて他のプレイヤーたちも顔を上げ、精密に作られた空に無数のアナウンスが表示されてく光景を目撃した。
『Warning』『System Announcement』
横長の六角形の表示が連なり、空が真っ赤に染まっていく。
夕陽の赤勝ちのような紅色に染まりきった時、表示と表示の間から鮮血のような何かがしたたり落ちてくる。
それは意思を持つかのように蠢き、プレイヤーたちの目前に垂れ落ちてくると、徐々に人の形を作り出していく。
赤いローブを纏った、顔の見えない魔導師のような巨大なアバターが姿を現した時、それを見上げていたプレイヤーの一人が困惑気味の声を発した。
「GM…⁉︎」
その声が響くと、無貎のアバターはそれを肯定するかのように、妙に反響する声を返した。
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
「私の……世界?」
開口一番に放たれた意味の分からない言葉に、キリトは思わずオウム返しでつぶやく。
誰一人として現在の状況を把握できていない中、無貎のアバターはローブを揺らしながら静かにその場に佇んでいた。
『私の名は茅場晶彦、この世界を唯一コントロールできる人間だ』
名乗られた名に、キリトは思わず息をのむ。
SAOの世界を生み出した天才、今やプレイヤーの中で知らないもののいない有名人にして、SAOに最も詳しい存在。
そんな人物がこの異常事態に対して、全く悪びれる様子も狼狽した様子を見せていないことが、キリトの中のいやな予感を加速させていた。
『プレイヤー諸君はメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いているだろう。しかし、これはバグではなくソードアート・オンライン本来の仕様である』
「仕様……だって?」
どよめきが上がる。隣に立つ誰かと視線を躱し、戸惑いの声を上げる。
茅場晶彦を名乗るアバターの告げた言葉の意味を測りかね、他の誰かにも止めようと必死になっていた。
『諸君は今後、自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止もあり得ない。それを試みた場合───ナーヴギアが発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる』
ドクン、とキリトやユウキの胸の中で、心臓が激しく脈動する。
ありえないという思いが、目の前の光景の異様さやアバターの放つ威圧感によって尽く塗りつぶされていく。
クラインは乾いた笑いをこぼしながら、縋るようにキリトの方を向いた。
「何言ってんだあいつ? んな事が出来る訳……」
「出来るんだ……ナーヴギアの原理は電子レンジと同じなんだよ。リミッターを外せば、脳の限界温度42度を超えるんだ」
キリトの告げた残酷な真実に、クラインの顔色が青く染まる。
それでも信じられない、いや信じたくないのか、首を振ってなおもキリトに詰め寄った。
「けどよ、電源を切れば……」
「ナーヴギアには内蔵バッテリーがある……」
「な……けど、無茶苦茶だろ! なんなんだよ!」
現実を受け止めきれず、クラインはバリバリと頭をかきむしる。
茅場晶彦は、なおも信じられずにいる様子の彼らに最後の通告をして見せた。
『残念ながら、警告を無視したプレイヤーの家族、あるいは友人らがナーヴギアを強制解除しようとしたその結果、すでに213名のプレイヤーが、このアインクラッド及び現実世界から永久退場している』
動揺はざわりと声の津波となり、プレイヤーたち全員の心に突き刺さる。
かすかな希望、全てが嘘や出鱈目であることを願っていた者たちは、その事実にがくりと膝をついた。
『この事はすでにあらゆる報道メディアが繰返し報道している。よって、ナーヴギアの強制解除の可能性は十分に低くなっているだろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい』
「ふざけるな‼︎ 今の状況で呑気に遊んでろって言うつもりか‼︎」
『しかし十分に留意してほしい。今後このゲームに於いて、あらゆる蘇生手段は機能しない。諸君らのHPがゼロになった瞬間に、アバターは永久消滅し同時に────諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
声なき悲鳴があちこちから上がる。
未だに聞き間違いだ、嘘だと信じたくて、それでも状況の異常さがそれが事実だと物語っていて、誰もが顔色を真っ青に染めていく。
『諸君らが解放される手段はたった一つ、このゲームをクリアする事だ。アインクラッド一層から最上層の100層までを完全クリアする事でのみ、生き残ったプレイヤーはこの世界からログアウトする事が出来るのだ』
「クリア……100層だと! 出来る訳ねぇだろ! βじゃロクに上がれなかったんだろうが‼︎」
クラインが怒りを混ぜて叫ぶが、虚像である赤いローブの巨人が答えることはない。
彼はただ真実を語るだけ、電子の世界の牢獄に閉じ込められた者たちに、絶望を与えるだけだった。
『では最後に、諸君らに私からのプレゼントがある。アイテムストレージを確認してくれたまえ』
茅場晶彦がそう言うと、プレイヤー全員の目の前にメッセージウィンドウが現れる。
プレゼントを受け取ったと言う内容で、それを開くと手元に手持ちサイズの鏡が出現した。
「手鏡…?」
一体なんだと覗き込めば、当然映るのはアバターとしての自分の顔。
しかし次の瞬間、手鏡を覗いていたプレイヤーたちは青い光に包まれ、一瞬その姿が見えなくなった。
「うわっ⁉︎」「うぁっ⁉︎」
思わず声を上げるキリトたちが、あまりの眩しさに目を瞑る。
あちこちで同じような光が発生し、広場が一瞬光で埋め尽くされていく。
しかし何かが起こったと言う感覚はなく、すぐにその光は何事もなかったかのように収まっていた。
「な、なんだったんだ今のは…」
「おい、大丈夫かお前ら」
「あ、ああ…」
「大丈夫だよクライ、ン……」
閉ざしていた瞼を開け、キリトは顔を上げてクラインを見る。
が、その表情が固まり、二人はしばらくの間見つめ合ったまま立ち尽くしてしまった。
「…………どちら様ですか?」
「いやおめぇこそ誰だよ」
交わされる声は、先ほど聞いていたものと同じ。しかし目の前にいるプレイヤーは、全くと言っていいほど面影のない顔だった。
凛々しい顔立ちだったキリトがいた場所には、中性的で小柄な少年の姿が。そしてクラインがいた場所には、無精髭が目立つ逆立った赤髪の男の姿があった。
「てかその声…装備!」
「おいおいおいおい…嘘だろオイ⁉︎」
声や身にまとう装備の種類から、相手の正体に気づき、まさかと頬を引きつらせる二人は、互いを指差しあって目を見開いた。
「お前クラインか⁉︎」「お前がキリトか⁉︎」
ほぼ同時に叫び、嫌な予感が立ったことでより複雑そうに顔を歪めてしまう二人。
キリトはクラインをしげしげと見つめ、呆れたように眉を寄せた。
「おまっ…意外と年齢鯖読んでたのな」
「うるせぇ‼︎」
思わず呟いたキリトにクラインは噛み付くが、二人ともそれどころじゃないと自分を落ち着かせる。
鏡に映った自分のアバターを見てみれば、ナーヴギアをつける前と変わらない見慣れた顔がそこにはあった。
「まさか…アバターの姿じゃなくて、現実の姿になってるって言うのか」
「ってことは……」
ふと、クラインが恐る恐るといった感じで横目を向ける。
そこでわなわなと震えているのは、この世界で出会ったもう一人のプレイヤーの少女。
その身長は幾分か縮み、なかなかメリハリがきいていた体はかなり肉が削ぎ落とされてしまっていた。
「…ユウキ、ちゃん。なんかどうも幼いなと思ったらそんなちっちゃかったのか」
「あ…ああああ…!」
ユウキは目を剥き、自身の胸に手を当て言葉にならない声をこぼす。
実際よりも大きく設定していた、悪く言えば盛っていた少女の胸は、いっそ哀れなほどに綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
「う…嘘だ……‼︎ ウゾダドンドコド──────ン‼︎」
「ボケてる場合かアホユウキ‼︎」
ガクーッと膝をついてうなだれるユウキにキリトがツッコミを入れる。
しばらく何も聞こえない様子のユウキだったが、やがて観念したように切なげな表情で立ち上がった。
「マジかよ……どうなってんだこれ?」
他のプレイヤー達の反応を見る限り、全てのアバターが変更され現実の姿に戻されていることがわかる。
どういう理屈か理解していないクラインに、キリトは確信をもって答えた。
「スキャンだ、ナーヴギアは、高密度の信号素子で顔を覆っている。だから正確に顔の形を把握できてるんだ」
「でも、身体はどうやって……」
「アレじゃねぇか? 初めてセットアップした時キャリブレーション? だっけか、あちこち身体触っただろ?」
「あぁ……そういう事か」
なるほど、といった様子で頷くユウキ。
あの妙な指示のせいで、夢のグラマラスボディが水泡に帰したのかと、ユウキの中ではかなり身勝手な怒りがこみ上げていた。
「でもよォ……なんだってこんな事!」
「……それもすぐに答えてくれるさ」
キリトは焦りと怒りをないまぜにした表情で、天空に浮かぶ巨人のアバターを睨みつける。
それに気づいたように、茅場晶彦は説明を再開した。
『諸君は今、「何故?」と思っているだろう。SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦は何故こんな事をしたのかと。私の目的は既に達成せしめられた。私はこの世界を鑑賞する為に、その為だけにこのナーヴギアを、SAOを創造したのだ』
───これはゲームであっても、遊びではない。
ユウキの脳裏に、茅場明彦が雑誌の取材に対して答えたセリフが蘇る。
あれは、SAOの技術の高さを知らしめるための比喩表現かと思っていたが、そういうことだったのかと妙に納得してしまっていた。
『以上で「ソードアート・オンライン」正式サービスのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を祈る』
言うだけ言って、赤いローブの巨人のアバターはその形を崩れさせ、あっという間に姿を消していく。
巨人の姿が消え、始まりの街が最初の雰囲気を取り戻しても、誰もその場から動くことができずにいた。
目には見えなくても変わってしまった。
人類最高の発明によるゲーム空間は、プレイヤーたちを死に誘うデスゲームへと豹変したのだ。
「いや……いやァァァァァ‼︎」
誰かの悲鳴が聞こえてくる。
それを皮切りに、悲鳴と絶叫があちこちから上がり始めた。
「ふざけんな! 出せ! ここから出せよ‼︎」「そんなの困る! この後約束があるんだ‼︎」「誰か! 誰か助けてぇ‼︎」「嫌ぁ‼︎ お父さん‼︎ お母さん‼︎」
もはや誰一人として、平静を保っている者はいない。目の前に迫って見える〝死〟の恐怖から逃れたくて、誰にともなくあたり辛すことしかできなくなっていた。
飛び交う怒号、轟く絶叫、響き渡る悲鳴、そこにあるのは全て、窮地を前にした人間の本性ばかりであった。
「ヒドイ…」
「まるで地獄だぜこりゃあ…」
ユウキもクラインも、その光景に絶句し目を見張る。
正直言えば自分たちも泣き叫びたい気持ちではあったが、先に見せられた地獄絵図によって逆に冷静になってしまっていた。
その時不意に、キリトがクラインとユウキの手をつかんで走り出した。
「クライン、ユウキ、こっちだ」
「お? おおおおお⁉︎」
「キリト⁉︎」
いきなり手を引かれ、建物の陰に連れ込まれる二人。
困惑気味に見つめるユウキとクラインに、キリトは真剣な眼差しで告げた。
「よく聞いてくれ。俺は今からこの街を出る、お前らも一緒に来い」
「! …オイ、キリト。まさかお前…」
クラインはキリトの言葉から何かを察したのか、ゴクリと息を飲んで言葉を失う。
キリトは険しい表情で、小さく頷いた。
「奴の言ったことが本当なら、これからひたすら自分を強化しなきゃならない。知ってるだろうけど、MMORPGのリソースは基本奪い合いだ。同じことを考えてるプレイヤーによって、はじまりの街周辺はすぐに狩り尽くされるだろう。今のうちに次の村を拠点にした方がいい」
ようやくユウキも、キリトがなぜ自分たちを連れてきたのか理解し目を見張る。
キリトは選んだのだ。ユウキとクラインのみを助け、他のプレイヤーたちを置いていくことを。
自分たちが確実に生き残るために、他を見捨てることを決めたのだ。
「俺は危険なポイントも、安全な道も把握してる。低いLVでも安全にたどり着けるはずだ」
非常に酷ながら魅力的なキリトの提案に、クラインはわずかながら希望を見出したように目を見開く。
しかし何か思うことがあったのか、すぐにその表情は迷いを孕んだものに変わっていった。
「けど……けどよ、俺は他のゲームで知り合った奴等と、徹夜でこのソフトを買ったんだ……あいつらはまだ広場にいる筈なんだ! あいつらを置いてはいけねぇ……」
「キリト、正直に言いなよ。一人でも足手まといを連れていったら、それだけ生き残れる確率は下がるんでしょ?」
緊張の混じったキリトの表情から、少年の内心の焦燥を悟り、ユウキが苦笑しながら告げる。
本当に自分の身が可愛いなら、ユウキたちを連れていくことなく一人で向かっていてもおかしくなかったのだ。
その選択を取らず、二人だけでも連れ出そうとしたキリトの優しさを、ユウキは頼もしく感じていた。
「まぁ…そういうこった! これ以上お前の世話になる訳にゃいかねぇ。気にすんな。お前に教わったテクで何とかしてみせるさ! 前にやってたゲームじゃギルドの頭張ってたからよ‼︎」
クラインもキリトの葛藤を感じ取ってか、不安を吹き飛ばそうとするように笑みを浮かべて言い切る。
どう見ても虚勢であることはわかっていたが、キリトはそれを見て見ぬ振りをし、苦しげに無理やり笑みを見せた。
「そっか……ならここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ……」
「おう」
ユウキとクラインに、意志を曲げる気も頼り切る気もないことを悟り、キリトは後ろ髪を引かれる気持ちのまま背を向ける。
このまま別れたら、もしかしたら二度と会えないかもしれない。それを理解しながら、キリトは自分一人が生き延びるためにフィールドへと足を向けた。
「キリト!」
すると、キリトが街の外へ出る寸前に、二人の声が呼び止めた。
キリトが振り向くと、クラインはどこか照れ臭そうに頬をかき、不器用に笑いながらキリトを見やった。
「おめぇ、本当は可愛い顔してんだな! 結構好みだぜ‼︎」
統治綱セリフに目を丸くするキリトだったが、すぐにふっと微笑みを浮かべて、不敵な笑みを返した。
「お前こそ、その野武士面の方が十倍似合ってるよ‼︎」
胸のつっかえがわずかに晴れたように、キリトの表情は明るくなる。
今度はじっと自分を見つめてくるユウキに目を向けて、ためらいがちに口を開いた。
「……またいつか会えたら、その時は」
「うん…! またいつか、今度はちゃんと冒険しよう!」
間髪入れず、嫌そうな様子も見せずに答えるユウキに背を向け、今度こそキリトは始まりの街を後にする。
クラインも惜しみながらユウキに別れを告げ、広場にいるであろう仲間たちの元に駆けてゆく。
「………ノーコンティニューで、クリアしろってんだね。天才ゲームクリエイターさん」
一人残されたユウキは、二人には見せなかった鋭い視線を虚空に向け、明らかな怒りをあらわにする。
この世界を、現実世界の何処かから見ているはずのあの男の顔を思い浮かべ、決して逃しはしないと決意を新たにする。
「待ってろよ。そのツラ絶対ぶん殴ってやるからな!」
勢いよく拳を突き出し、ユウキは姿の見えないラスボスに挑戦する。
その声は、データで構成された風にかき消されながらも残る、確かな響きを持っていた。