EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
ボスが待ち構え、次なる階層へと進めるステージのある迷宮区にほど近い都市『トールバーナ』。
ソードアート・オンラインを攻略し、事件の首謀者である茅場晶彦に制裁を加えると言う目的のため、初心者プレイヤー・ユウキも広場を訪れていた。
「おーおー…思ったよりたくさん来てるじゃん! よかったよかった!」
扇状に設立された広場に集まっているプレイヤーたちに、ユウキは思わず感心したような声を上げてしまう。
さっそく自分も参加しようと駆け寄ったユウキは、階段を下りる途中で見覚えのある横顔を目にし、思わず足を止めていた。
「…ん?」
「お?」
パチパチと目をしばたかせてユウキが声を上げると、それに気づいたプレイヤーの青年も訝し気に振り向く。
そして彼、キリトもまた、一度見た顔であるユウキがいることにに驚きの眼差しを返した。
「あれー? キリトじゃん! 思ってたよりも早く再会できたねー」
「あ、ああ……ユウキも相変わらず元気そうで安心したよ」
少し険しい表情でほかのプレイヤーたちの方を見ていたキリトは、前に会った時と変わらないハイテンションで隣に腰かけるユウキに微妙に頬を引きつらせる。
周りの緊張感を丸々無視したようなユウキに向く苛立ちが、隣に座るキリトには居心地悪いようで、気まずそうに視線をそらした。
「やっと始まるんだねー。…第一階層ボス攻略会議」
「…ここまで来るのに、出さなくてもいい犠牲があまりに出過ぎた。これがせめて希望になればいいが……」
しみじみといった様子でユウキが呟くと、キリトも神妙な表情で同意する。
二人はただ、会議が始まることを待ちわびているのではない。ようやく事態の好転につながる一歩目が踏み出されることに、首を長くしていた。
デスゲームと化したソードアート・オンラインでの時間が始まってから、早一ヶ月。
その間において、およそ2000人ものプレイヤーが命を落とした。多くは自らフィールドに赴き、モンスターと戦い敗北した者達だったが、一部は戦ってすらいない。
死ねばゲームから解放されるという絵空事を信じ、自ら命を絶ってしまった者たちがいたのだ。
ほとんどのプレイヤーたちは、そういった事実から極端に活力を失い、はじまりの町から閉じこもってしまったと聞く。この攻略が進めば、この状況が変化するかもしれないのだ。
「そんなくらい顔じゃ勝てる戦いも勝てないよ! ほら笑って笑って!」
やや厳しい表情でうつむいていたキリトの肩を叩き、ユウキはからからと笑う。
空気の読めない、能天気な発言に周囲のプレイヤーたちは眉を顰めるが、隣のキリトにはそれがユウキなりの発破のかけ方のように思える。
「はーい! それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に! そこ……あと、三歩ほどこっち来ようか!」
しばらくすると、広場の中心に青色の髪の青年が立ち、集まったプレイヤーたちに声をかけている。
どうやら彼が、今回の事件が起きて初めてアインクラッド攻略のための会議を提案したプレイヤーのようだ。
(やはり、少ないな……)
広場の中心に集まると、余計に自分の周りのプレイヤーたちの数の物足りなさが目立ってしまう。
本来の「ゲーム」であれば、もっと多くのプレイヤーが前線で攻略のために集まっていたはず。しかし現在周囲に見えるのは、その半分もいない人数であった。
「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知っている人もいると思うけれど、自己紹介しとくな! 俺の名前は〝ディアベル〟。職業は気持ち的にナイトやっています!」
ディアベルと名乗ったプレイヤーが爽やかに話すと、集まった志願者たちからからかうような声が上がる。
ディアベルの気取った感じのないまっすぐな雰囲気が、プレイヤーたちの緊張をほぐすことに成功したようだ。
「こうして最前線で活動しているトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由はもう言わなくてもわかると思うけれど、今日、俺達のパーティーが第一層のボス部屋を発見した!」
しかし、ディアベルが語った内容に、今度は打って変わって動揺と緊張が走る。
キリトもユウキも、思わず息を飲んでディアベルの話に集中した。
「そこのボスを倒して俺達はみんなに伝えなきゃいけない。このゲームは必ず攻略できるって! それがここにいるトッププレイヤーの義務だ。そうだろう? みんな!」
「そうだ! やってやろうぜ!」
「俺達ならやれる!」
ディアベルの発破に呼応し、数人のプレイヤーたちも勇ましく拳を突き上げて同意する。
まだその表情には緊張と恐怖が残っているものの、ディアベルを見る目には期待と希望が宿り、自身を必死に鼓舞していることがうかがえた。
ディアベルも満足げに頷き、プレイヤーたちを見渡して次なる指示を与えた。
「よし、それじゃぁ、六人一組でパーティーを組んでくれ! ボスは一つのパーティーじゃ戦えない、パーティーを束ねたレイドを造るんだ!」
いよいよ本格的な攻略が始まると、ワクワクした様子を見せるユウキとは真逆に、キリトはディアベルの指示に顔を青くした。
無理もない。彼はユウキやクラインに声をかけられるまで、ずっと一人でプレイし続けてきたぼっちだったのだから。
(い、いかん。急いで誰か……あ、ユウキは⁉︎)
もしやユウキも別の班に入ってしまうのではないかと振り向いたキリトは、自分の隣に座ったままのユウキの姿にホッと胸をなでおろす。
落ち着いたキリトは周囲を見渡し、他にプレイヤーはいないかと探し始める。
そして、どこの班にも混じらずにうつむいているフード姿のプレイヤーを見つけた。
「アンタ、あぶれたのか?」
「違うわ。周りが親しい人ばかりなだけよ」
「……それ、あぶれたっていうんじゃ」
ユウキとキリト一緒に近づいてみれば、生真面目そうな固い返事が帰ってくる。声からして女性らしく、人を寄せ付けない冷たさがあった。
なんとなく相手が一人でいた理由に思い至ったユウキは、システムメニューを操作してパーティ編成のメッセージを飛ばした。
「まぁ、いいや! 他に組む人がいないんならボクらと組もうよ」
「……別に構わないけど」
「やったね、それじゃ決まりだ!」
わずかに逡巡した様子の女性プレイヤーだったが、すぐに表示されたメッセージに同意しパーティが編成される。
無論キリトもすぐさま参加し、たった一人あぶれる心配がなくなったことに安堵のため息をつく。
「皆、組み終わったかな? それじゃ――」
「ちょぉまってんか‼︎」
だいたいの準備が終わったと判断したディアベルが会議を再開しようとした時、場の空気を変える野太い怒号が響き渡った。
プレイヤーたちが振り向く中、声をあげたトゲトゲの髪の男が荒い歩調で広場の方に進み出た。
「ワイはキバオウってもんや。ボス攻略ん前に、言わせてもらいたい事がある! こん中に、今まで死んでいった2000人に、詫びいれなアカン奴がおる筈や‼︎」
キバオウの怒号に、キリトは一瞬ビクッと両肩を震わせた。
キバオウの声の大きさに驚き怯んだわけではない、彼の告げた言葉に胸を突かれたような反応だった。
「キバオウさん。貴方の言う奴とは元βテスターの事かな?」
「決まっとるやないか! β上がり共はこん糞ゲームがはじまったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった! 奴等はボロいクエストやウマイ狩り場を独占して、自分らだけポンポン強なってその後もずーっと知らんぷりや‼︎」
ディアベルが真剣な表情で尋ね、キバオウが厳しい剣幕で怒鳴る間も、キリトは怯えたように唇を噛みしめる。キリトの顔色の悪さに、ユウキが思わず心配そうな目を向けるほどだった。
キバオウはそれに気づかず、集まったプレイヤーたちに振り向いて鋭く睨みつけた。
「こん中にもおる筈やで、β上がりの卑怯者が‼︎ そいつらに土下座させて、溜めこんだ金やアイテムを全部吐き出してもらわんと、パーティーメンバーとして命は預けれんし、預かれん‼︎」
キバオウの言うことは、はっきり言えば八つ当たりにも等しい言いがかりである。
βテスターも、SAOのプレイ経験があるとはいえ単なる一般人。他の初心者プレイヤーを助ける義務は一切ない。
しかし初心者にとっては唯一頼れる存在。そんな連中が自分だけ助かろうとしているように見え、不満を抱いているものが少なからずいるのは確かだった。
「あのさー、一言言っていいかな?」
青い顔でキリトが黙り込んでいると、隣から実に面倒臭そうな声が聞こえてきた。
目を瞬かせたキリトは、その場で立ち上がって腰に手を当て、キバオウをジト目で睨んでいる勇気を見つけてぎょっと目を剥いた。
「何やチビ! ワイの言うことに文句があるっちゅうんか
「おっ、おいユウキ!」
「チビじゃなくてボクはユウキ、ビギナーだよ。キバオウさん…だっけ? 死んだ2000人の中に元βテスターが何人いたか知ってる?」
「知らんわそんなもん‼︎」
キリトの制止にも耳を貸さず、ユウキはキバオウに向けて尋ねる。
苛立ったようなキバオウの返答に、ユウキは深いため息をついて肩をすくめると、ジト目のまま再び口を開いた。
「300人だよ。『鼠』っていう情報屋さんから買った情報だから間違いないみたいだよ」
知らない情報だったのか、キバオウはもちろん他のプレイヤーたちも驚いた様子でユウキを凝視している。
相手がようやく落ち着いたことを確認し、ユウキはさらにその先を続けた。
「これってつまりは元βテスターが絶対って訳じゃないよね? だって色々知ってるはずの人たちがこんなに死んでるんだもん」
ぐうの音も出ない正論に、キバオウは気まずそうに目をそらし口を閉ざす。
事前の知識があったところで、それが確実に役立つとも限らない。ゲームがうまい者もいれば下手な者もいる、βテスターだと一括りにするのは間違いなのだ。
ユウキは言外にそう告げていた。
「それにさ……βテスターたちがみんな好きで先に行ったと思ってるの?」
「な……なんやと⁉︎ どういう意味や⁉︎」
「確かに知識がある人は有利だよ。効率的に強くなれるし生き残れる可能性も高い。…でもそういう人達は、ただの数値であるはずのHPが全部なくなれば、本当に死んじゃうことを知って冷静でいられたのかな」
ユウキの言葉に、キリトは驚いた様子で彼女を見上げる。
ユウキの言った疑問は、キリトがユウキとクラインをおいて街を出た時の心情そのものだったからだ。
「βテストでは誰も死ななかった。だってコンティニューできるんだもん。でも今は違う……ノーコンティニューでクリアしなきゃ、本当に死んじゃうんだよ」
「ぐっ……」
「死ぬのは怖いよ。誰だって……でも一番怖いのは、死ぬときにひとりぼっちになることだよ」
キリトは思わず、自身の胸ぐらをつかんできつく握りしめてしまう。
この世界でできた始めての友人たちを見捨てた時、激しい罪悪感と同時に孤独感にも苛まれていた。このままいけばひとりぼっちだと言う事実に打ちのめされ、身勝手にも強い後悔を抱いてしまっていたのだ。
苦しげに顔を歪めるキリトの肩を、ユウキは静かに軽く叩いた。
「先に行ったβテスターは、みんな一緒に行ったのかな。そうじゃない人もいるよね? 中には自分一人が楽しむためにSAOを手に入れて、誰とも組まずにやってきた人たちもいたかも知れない。もともと人とつるむのが苦手な人もいるかも知れない。……それでも行くしかなかったんだよ。生き残るために、死にに行くしかなかったんだよ」
ユウキの言葉は、他のプレイヤーたちには単なる想像としか伝わっていないかもしれない。
しかしキリトには、それが自分達を置いていったキリトに対する慰めのようにしか思えなかった。
ずっと張り詰めていたキリトの心が、少しだけ戒めを解かれた気がした。
「俺も発言いいか?」
ユウキの長い質問が終わると、今度は黒い肌の巨漢のプレイヤーが立ち上がって手をあげた。
「俺の名はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたい事は、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、だからその謝罪と賠償をしろ。ということか?」
「そ、その通りや!」
「このガイドブック、あんたも持ってるだろう? 道具屋で無料配布してるからな」
エギルと名乗ったプレイヤーが小さな本を見せると、ざわり、とユウキの時とは異なる驚愕が周囲に伝播する。
ちなみにその驚愕は、キリトにも伝わっていた。
「……俺、金払ったぞ」
「え、マジ?」
いたずらっぽい表情で値段を告げてきた、顔にネズミのヒゲを描いたプレイヤーとの会話を思い出し、キリトは拳を震わせた。
男女差別だと喚くつもりはなかったが、理不尽だと思わぬわけではなかった。
「もろたで? それがなんや!」
「配布していたのは元βテスター達だ」
またも初めて聞く情報を知らされ、キバオウが絶句する。
プレイヤーたちの興奮が鎮火されたことを確認し、エギルは全員の方へ声を張り上げた。
「いいか! 情報は誰にでも手に入れられた、なのに沢山のプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、この場で論議が行われると俺は思っていたんだがな?」
「……ええわ、ここは引いといたる。でもな! ボス戦が終わったらきっちり白黒つけたるからなぁ!」
渋々といった様子で、キバオウは引き下がる。
その途中、なぜか一瞬キリトの方に鋭い視線が向けられた気がしたが、すぐに逸らされたために気付く者はいなかった。
「よし、会議を再開しよう」