EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
「攻略会議は以上だ。最後に分配についてだけど、金は全員で自動均等割り、経験値はモンスターを倒したパーティーに、アイテムはゲットした者の物とする。異論はあるかな?」
会議はその後、フロアボスやの装備や攻撃方法についてや作戦についてなど、数時間にわたって続いた。
空が赤く夕暮れのエフェクトに染まり始めてようやく、全員が納得できる方針が決定された。
「よし! 明日は朝10時に出発する! では解散‼︎」
若干疲労を感じさせる声でディアベルが告げ、プレイヤーたちはそれぞれがとった宿に戻っていく。
ユウキは待ってましたとばかりに両手を天に伸ばし、固まった全身をほぐし始めた。
「んぃ〜…長いこと座ってるだけだと肩凝るね!」
「お前、途中何回か寝かけてただろ。キバオウがものすげぇ睨んでたぞ」
「あ、バレた?」
「そりゃ何度も船こいでたらな…」
こっくりこっくりと、何も尋ねられてもいないのに頷いていれば誰でもわかる、とキリトはユウキを睨む。
苦笑したユウキが舌を出して頭をかいていると、じっと二人を見つめていた女性プレイヤー、アスナが口を開いた。
「……あなた達、仲良いのね」
不意にかけられた感想に、ユウキとキリトは不思議そうにアスナの方に振り向いた。
「ん? そう見えたか?」
「ええ…ちょっと邪推しちゃうぐらいに」
「ん〜、アスナさんが考えてる関係じゃないと思うけど……具体的にどんな関係って言われたら、普通に気の会う仲って感じかな?」
ユウキは一度キリトの方を向き、じっとその顔を見つめて首を傾げる。
昔読んだ少女漫画では、好きな男を見つめていると顔が熱くなったりしていたが、キリトに対して別段そんな感じはしない。
単純に、この人は一緒にいて面白そうだな、と思うぐらいだった。
「私、あなたに名前言ったかしら」
「へ?」
その時、急にアスナの声が訝しげに硬くなったことでユウキは慌てて振り向く。
名乗った覚えのない名を呼ばれたことで警戒させてしまったのだと気づき、ユウキは納得のため息をついた。
「あ、もしかして気づいてない? 視界の右端にプレイヤー名が出てるんだよ。……って顔も動かしたらダメだって」
言われてアスナはすぐに警戒を解き、自己紹介もすませていない二人のプレイヤーの名前を改めて確認した。
「ユウキとキリト……これがあなた達の名前ってことね」
「そう! ってことで、改めてよろしくね、アスナ!」
名前をようやく呼んでもらえて嬉しかったのか、ユウキは嬉しそうにアスナの手をとる。
戸惑い気味だったアスナだが、やがて苦笑しているキリトに真剣な視線を向けた。
「……あなた、こういうゲームに詳しいのだったら、私にできるだけ教えてくれないかしら」
ユウキとは異なり、異性に対してはまだハードルがあるのだろうか。
若干距離を感じる態度で頼まれたキリトは、眼力の強さに思わず引きながら頷いていた。
「あ、ああ…正直俺も、あんたがゲーム自体かなり初心者ってのがわかってきたからな。知ってることは全部教えるよ」
「じゃあ、お願いするわ」
まだまだ友好的とはいえない、固さのある二人のプレイヤー。
それを見ていたユウキは呆れた目を向けながら、しばらくして切なげな表情を浮かべた。
「それはいいんだけどさぁ……そろそろどこかでご飯食べない? ボクなんかパワーダウンしてきたよ……」
「そうだな……適当に腹ごしらえしながら作戦会議といくか」
腹を抑えて悲しげな音を響かせるユウキに、キリともな時状態だったのか即座に了承する。
そのまま待ちへと並んで戻って行く二人の背中を見つめながら、アスナは感慨深げにつぶやいていた。
「……ほんと、仲のいい兄妹みたいね」
その口元には、いつの間にか羨ましげな笑みが浮かんでいた。
「……まさかここまで素人だとは」
手頃な店に入り、食事しながら初心者プレイヤーであったアスナにレクチャーをしたキリトの感想がこれであった。
「し、仕方がないじゃない! 生まれてこのかた、ゲームとか遊びとはあんまり縁がなかったんだもの…」
「それで初めてチャレンジするゲームがSAO? 思い切ったよねぇ」
フードの下の顔を赤くして言い返すアスナに、ユウキは思わず渇いたため息をついた。
例えるなら、電卓しか使ったことがない子供がいきなりパソコンに挑戦するようなものだろうか、と関係のないことを考えていた。
「ま、とにかくこれで本番で知らない単語を聞いてもテンパらずに済むね。ほとんど一夜漬けみたいなもんだけど」
「ええ……あなた達の足手まといにはならないわ」
「頼もしいことだな」
どことなく得意げに胸を張るアスナに、キリトは苦笑し肩をすくめると、しばらくして腰を上げた。
「じゃあ、それぞれ宿に戻って明日に備えるってことで。解散!」
「おーっ!」
「お、おー」
終始テンションの高いユウキに釣られ、アスナもつい一緒になって拳を上げてしまう。
頬を赤く染めている姿を見て、ユウキがケラケラと笑っていると、ふと思い出したようにキリトに振り向いた。
「あ、ごめんキリト。解散しといてなんだけどちょっとキリトの家に寄っていい?」
「ん? …ああ、またか。いいぞ」
「……⁉︎」
そのまま店を後にしようとしたアスナだったが、背後で聞こえてきた会話にギョッと目を剥き、慌てて二人の元に舞い戻った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
一緒に並んで店を出ようとしていたキリトとユウキは、狼狽した様子で掴みかかってきたアスナにビクッと肩を震わせた。
「と、年頃の女の子が異性の家を訪ねるって……そ、それってやっぱりもしかしなくても」
「へ⁉︎ ち、違う違う! お風呂借りるだけだって!」
アスナがなにを心配しているのか察したユウキは、ボッと頬を染めて即座に否定する。
気を取り直すようにごほんと咳をすると、心配そうにじっと見つめてくるアスナに説明を始めた。
「ボクが借りてる部屋って、安さだけ見て選んだからさー。ベッドが一つあるだけで窮屈だし……キリトはなんかちょっといいとこに住んでんだよね。お風呂付きとか羨ましいぞこのやろー」
「だから他のとこ紹介してやっただろうが…」
「だってあそこ高いんだもん」
ジト目で見つめてくるキリトに、ユウキはブーと唇を尖らせて文句を垂れる。
顔を見合わせるユウキとキリトはその時、ぎらりと目を輝かせてキリトを凝視するアスナの豹変に気づいていなかった。
「あ〜あ、もうちょっと稼げたらキリトみたいに家買って好きなだけごろ寝するのになー……っておおぅ⁉︎」
頭の後ろで手を組んでぼやくユウキは、次の瞬間急に近づいてきたアスナに驚いて後ずさる。
アスナは目を見開くユウキには目もくれず、ギョッと硬直するキリトの両肩をがっしりと掴んだ。
「…………」
「な……なんでしょうか、アスナさん」
無言のまままっすぐに見つめてくるアスナに、本能的な恐怖を覚えたキリトが頬を引きつらせて尋ねる。
無言のまま固まっていたアスナは、やがて小さく口を開いた。
「……お風呂」
「へ?」
その声の小ささに、キリトもユウキも思わず間抜けな表情で聞き返してしまう。
アスナは自分の動揺を落ち着けるように、数回深呼吸を繰り返すと改めてキリトに質問した。
「お風呂があるのね」
「ふぁぁぁぁぁぁ……!」
フードも装備も衣服も、全て取り払って生まれたままの姿になったアスナは、全身を包む幸福感に震える声を上げた。
「なんて気持ちがいいの…⁉︎ こうやって体を清められるなんて何日ぶりかしら…」
「気持ち、わかるなー。ボクはそんなにお風呂好きじゃなかったんだけど、何日も入ってないと流石に気が滅入ってきてさー」
アスナと一緒に、少し大きめの湯船に使ったユウキは、初めて見たアスナの顔に驚嘆のため息をつく。
フードで隠されていたのは、非の打ち所がないぐらいに整った美しい顔だった。卵型の輪郭といい、長いまつげや大きな瞳といい、同性であるユウキでさえ見とれてしまうほどの美少女だった。
これほど綺麗な少女なら、面倒ごとを防ぐためにフードで顔を隠すのも納得である。
「誘ってくれたキリトに感謝だよ。まぁ…本人は後で自分が言ったこと思い返して顔真っ赤っかにしてたけど。『うちに来いよ』とか似合わないこと言っちゃってさ」
「ふぅん……すかしてる風で意外とウブなのね」
「そりゃまだまだ青少年ですから」
その時のことを思い出し、ユウキはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
アスナもユウキの素直な態度にほだされたのか、出会った当初のような刺々しさを和らげ始めていた。
「……アスナはどうして、明日のボス戦に参加しようと思ったの?」
少しだけ距離が詰められたと思ったユウキが、思い切ってアスナに尋ねてみる。
しかしアスナは、またしても気を張ったような硬い表情に戻ってしまった。
「あ、言いたくないならいいんだよ? プライベートなことにまで踏み込むつもりはないから」
「……ううん、いいわ。話す。とくに、あなたにはちゃんと」
地雷でも踏んでしまったかと不安になるユウキに、アスナは首を横に振って微笑みを見せる。
しかしそれでも、アスナの表情に憂いの影は残っていた。
「宿屋で一人で閉じこもってても、街の中に隠れてても、それはなんの解決にもならない…事実を否定しても、現実に変化が現れるわけじゃない。……ここじゃ本当に、人が死ぬっていうんだもの」
決意を秘めた眼差しで、アスナは虚空を見据えて呟く。
それはどこか危なげな光を宿していたが、同時に人を惹きつける強さも兼ね備えて見えた。
「だったら私は、逃げたくない。現実から目を背けて、無様な姿を晒すことはしたくないのよ……自分に、負けたくないのよ」
「アスナ……」
ヤケになったわけではない、諦めたわけでもない。
ただ、自分にできる戦いの全てを全うしようとしているような、そんなアスナの覚悟を目にした気がして、ユウキは思わず笑みをこぼしていた。
「なんか、カッコいいよね。君は」
外見の美しさもあって、今のアスナは物語の騎士のような凛々しさがある。
眼福だとばかりに相手を見つめていたユウキは、しばらくすると視線を下にずらし、湯面に浮いている二つの膨らみに目を向けた。
「おっぱいだけじゃなくて志もおっきいんだね」
「へ⁉︎ ちょっと…どこ見てるのよ⁉︎」
「あははは…!」
自分にはない、ものすごく羨ましい大きくて形の整ったものが、アスナの手に隠されて餅のように変形する。
するとユウキの目がキラリと光り、掲げた手がわきわきと動き始めた。
「へへへ〜…ちょっとだけ触らせてよ」
「ひゃっ⁉︎ やだっ、変なところ触らないで!」
「よいではないかよいではないか!」
「ダメだったらもう〜!」
バシャバシャとお湯が弾けるエフェクトを撒き散らし、少女達は姦しくじゃれ合う。
その光景は、現実世界とそう変わらない微笑ましいものであった。
(……地獄かここは)
が、外にいるキリトにしてみれば非常に居心地の悪い空間であった。
壁一枚隔てた向こうでは、艶やかな肌を全てさらけ出した少女達が絡み合っている声が聞こえてくる。
健全な青少年であるキリトが無言になってしまうのも、仕方のないことだった。
(落ち着け俺……壁の向こうを想像しようとするな。素数だ。素数を数えて精神を落ち着かせるんだ……大丈夫、俺は平気だ。惑わされたりなどしない……ステイステイ………!)
今この場で妙な行動を起こせば、キリトはすぐさま女性陣に敵判定され、より一層孤独な運命を決定づけられてしまうことだろう。
それを防ぐため、キリトは必死に脳内に浮かびそうになるピンクな妄想を振り払おうとしていた。
その時だった。
「ヨー、キー坊。お邪魔しているゾ」
「やましいことは何も考えておりません‼︎」
なんの前触れもなく扉が開けられ、顔にネズミのヒゲのペイントをしたプレイヤーが現れる。
予想外のタイミングでの登場に、キリトは少しだけその場で飛び上がりながら背筋を勢いよく伸ばした。
「っていきなりどうしタ? 顔赤くして」
「な、なんでもない。それよりも」
意味不明な反応に、訝しげに眉間にしわを寄せるネズミのヒゲのプレイヤー・アルゴ。
キリトは慌てて居住いを正し、真剣な表情でアルゴに向き直った。
「仕事の話だ」