EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
翌日、キリト達は再び広場へと集合し、出発の時を待っていた。
「さて、俺達あぶれ組はE隊のサポートでボスの取り巻き『ルイン・コボルト・センチネル』を相手にすることになったけど、取り巻きだが中々に手強いから油断はできないぞ」
ディアベルが人数の確認をしているのを見ながら、キリトは前日に確認した情報をもう一度ユウキとアスナとの間で共有する。
ユウキもアスナも、何度も聞いた話に嫌な顔一つもせずに頷いた。
「俺達の中の誰かがソードスキルで奴らのポールアックスを跳ね上げる、その瞬間残りの二人で畳み掛けるんだ。弱点は喉元だからそこを狙えばいい」
「りょうか〜い」
「わかったわ」
散々確認しあった注意事項に、少女たちは片方は気楽に、もう片方は生真面目に答える。
緊張感に差を感じながら、キリトはツッコミを入れたい気持ちを抑えて先を続ける。
「後は集中力だけは切らさないでくれ。ボス戦ではなにが起こるか解らない、集中力が切れるのは死に直結すると思ってくれ」
「わかってるって!」
「…そういう軽い返事が一番不安になるんだが」
「あ、あはははは……ごめんごめん」
しかしやはり我慢ができず、のんきに笑うユウキにジト目を向けてしまう。
アスナもそんな気の抜ける会話をする二人に、呆れたため息をこぼしていた。
「皆! 今日は集まってくれて本当にありがとう! 力を合わせて必ずボスを倒そう、もちろん、犠牲者無しでだ‼︎」
走行しているうちに志願者全員が集まったのか、ディアベルが拳を上げて最後のやる気を注入している。
全員の士気が高まっていることを確かめ、プレイヤーたちは一斉に同じ方向を向いた。
「よし、出発だ‼︎」
フロアボスの待つ迷宮区までの道を、キリト達は途中のモンスターを狩りながらひたすら歩く。
ついでに昨晩教えた連携について、少しずつ実践させてみながら。
「ねぇキリト? 昨日アルゴと何話してたの?」
「……別に大したことじゃない」
「わざわざ家にきてまで世間話してたわけじゃないでしょ〜?」
単純作業の繰り返しに飽きたのか、ユウキが気分転換のつもりか話題を振る。
だがキリトは若干よそよそしくごまかし、ユウキは不満げに目を半目にした。
「ちょっと…俺の持ってる装備を売ってくれって話がきてたから、その値段交渉をしてただけだ」
「ふ〜ん…そっか、それならいいや」
面倒そうにキリトが答えると、ユウキもあっさり納得して後ろに下がった。
なんとなく、キリトが何かを気にしている様子を感じたが、ユウキはあえて言わずにおいた。あくまで直接的には。
「でもさ、キリト」
背中を向けるキリトに向けて、ユウキは不敵な笑みを浮かべて腰に手を当てる。
そして訝しげな様子のキリトの顔を覗き込み、やや咎めるように告げた。
「ボクらは友達なんだから、困ってることがあったら頼ってよね?」
「……!」
ユウキからの言葉に、キリトは驚いた様子を見せ、そしてそのうちくすぐったそうにそっぽを向く。
アスナはただフードの下から微笑みながら、仲のいい二人を後ろから見守っていた。
その時、クスクスと笑っていたユウキが、やがて自身の目の前に提示されたアナウンスに気付いた。
「ん? メッセージ…プレゼント?」
前触れもなく送られてきたメッセージに、ユウキは訝しげに思いながらもそれを確認する。
自分のアイテムボックス欄に収納されたのは、『????』と記載がバグっている奇妙な二つのアイテムだった。
「差出人もなし……しかもロックされてて見えないし何これ? へんちくりんなイタズラだなぁ」
眉間にしわを寄せ、ユウキは余計な手間をかけさせられたことにやや不機嫌になる。
その苛立ちをモンスターなどにぶつけて歩き続けていると、やがて一同は大きな鋼鉄の門の前に到着していた。
フロアボスの待つ、迷宮に最深部の扉だ。
「ついにここまで来た、俺から言える事はたった一つだ……勝とうぜ‼︎」
ディアベルの音頭で、集まったプレイヤー達が一斉に吠えて応える。
そしてついに、アインクラッド最初の門番の待つ扉が、ゆっくりと開けられていった。
その先に待っていたのは、巨大な赤い二足歩行の怪物だった。
狂犬の顔の下の赤い巨体は樽のようだが、分厚い筋肉の鎧に覆われて脈打っている。手に持つ巨大な斧とバックラーが、相対するプレイヤーに威圧感を与える。
凶悪にゆがんだ口からはだらだらとヨダレを垂らし、低いうなり声で威嚇を続ける。
記された名は、イルファング・ザ・コボルトロード。
何体ものコボルト達を率いる、最初の戦いにふさわしいいでたちのボスだった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
「攻撃───開始‼︎」
コボルトロードが凄まじい咆哮を放った瞬間、ディアベルの指示で隊が突撃を開始した。
セオリー通りに複数の班で取り巻きを抑え、本隊がコボルトロードに挑んでいく。
ユウキ達の班はこの取り巻きの足止め。フロアボスへの攻撃に加わる予定はなかった。
「スイッチ!」
コボルトの攻撃を受け止めたキリトは、後ろに控えるアスナに叫ぶ。
合図を受け取ったアスナは、すぐさまキリトと入れ替わるようにしてコボルトに刺突の連撃を加えた。
「アスナ、やるぅ…!」
ガシャン、とポリゴンのかけらとなって砕けたコボルトの末路を見て、ユウキは口笛でも吹きそうな高揚を見せる。
その間にも、コボルト達は次から次へと集まっては攻撃を加え、その度にキリトが盾役を担っていた。
「スイッチ!」
「オッケェイ‼︎」
アスナの見事な動きに見とれていたユウキは、合図にすぐさま反応して駆け出す。
繰り出される刺突はアスナの放ったスキルと遜色ないほど見事なもので、キリトは思わず乾いた笑い声をこぼしていた。
「……お前も大概だよ、ユウキ」
ユウキは一度見たことがあるとはいえ、現在のSAOの状況でも変わらず動けるのは純粋にすごい。
加えてアスナの動きも、初心者とは思えないほど洗練されたもので唸る他にない。
この二人は現実世界で一体何をやっていたのだろうな、とキリトがしみじみと考えていた時だった。
「アテが外れたやろ? 残念やったな?」
不意にかけられた、わずかに敵意の混じった声に瞬時に表情を引き締める。
気づかぬ間に近寄ってきていたキバオウが、キリトに対して嘲笑するような目を向けていた。
「……何の事だ?」
「とぼけんなや。ワイは知っとるんやで、ジブンがこのボス戦に参加した動機をな」
キバオウの言葉に、キリトは眉間にしわを寄せて見つめ返す。
何を隠そう、相手はアルゴを通じてキリトの武器、現段階では優秀な武器であるアニールブレードを買い取りたいと言ってきた相手なのだ。
「動機……? ボスを倒す以外に何かあるのか?」
「はっ! 開き直りか。それを狙っとたんやろが! 聞いてるで、あんたが狡い立ち回りでボスのLAを掻っ攫いまくっとった事をな!」
キリトは思わず言葉につまり、図星だということをあらわにしてしまう。
ボスモンスターなどに最後に攻撃を加え、倒した者が得られるラストアタック。
βテスト時代に、キリトがそれを手に入れることを得意としていたことを、キバオウは知っていたというのか。
「……キバオウ、あんた聞いたって言ったな? 誰から聞いた? そいつはどうやって俺のβ時代の情報を掴んだんだ?」
「決まっとるやろ。大金積んであんたの情報を『鼠』から買うたって言うとったで。ま、誰かは言う義理あらへんけどな」
キバオウは得意げに鼻で笑うが、キリトはそれを内心で否定した。
(嘘だな……あいつは自分のステータスですら売り物にするが、β時代のプレイヤー情報だけはなにがあっても売ろうとしない)
アルゴ自身もβテスターであるゆえか、それに関する情報を漏らさないことにはキリトも信頼を置いている。
ということは、キリトが元βテスターであることを知っている者が他にもいるということになるが…。
「もー、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
考え込んでいたキリトは、ポンと肩を叩かれて正気に戻る。
振り向くと、ユウキがやや不機嫌そうな目でキリトを、そして強めにキバオウを睨みつけていた。
「いくよキリト。ボクらのお仕事はおしゃべりじゃないでしょ?」
「あ、ああ……」
咎めるように告げるユウキに、キリトは戸惑い気味に頷く。
さりげなくキバオウから遠ざけられるように手を引かれていることに気づき、キリトは苦笑しながらため息をついた。
「雑魚が来たで、くれてやるからあんじょうLA取りや」
新たに現れたコボルトを見てそう言うキバオウに、ユウキはベーっと舌を出してそっぽを向く。
年下の女の子に精神的に支えられてばかりだと、キリトは思わず気恥ずかしさを覚えてしまっていた。
コボルトロードとの戦況は、いつの間にかあと少しと言うところまで達していた。
四本あったHPゲージが残り一本にまで減り、コボルトロードが持っていた武器を捨てたのだ。
情報通りなら、コボルトロードが次に出すのは腰にさげたタルワール。その際の決まった動作についての情報も全員の頭に入っていた。
「情報通りやな!」
「下がれ! 俺が出る!」
勇ましく叫んだディアベルが前に出て、腰に手を回すコボルトロードの前に立ちはだかる。
なんとなく、ディアベルの様子に焦りのようなものを感じたユウキは、コボルトロードが引き抜こうとしている武器の形状を見て……同時に見えたノイズのようなものに気づき、目を見開いた。
(あれは野太刀‼︎ βテストと違う‼︎)
「駄目だ‼︎ 全力で───後ろに跳べぇぇぇ‼︎」
ユウキが気づいた瞬間、隣で同じ表情になっていたキリトが思い切り叫ぶ。
しかしその声は、間に合わなかった。
コボルトロードが放った重範囲攻撃をキャンセルできず、ディアベルはその身に刃を受けて吹き飛ばされてしまう。
「ぐわああああ⁉︎」
それだけでは終わらない。一瞬全身にノイズを走らせたコボルトロードは、苦悶の叫びのような咆哮を放つと再び野太刀を振り回し、宙に浮いたディアベルを滅多斬りにしていく。
斬撃の暴雨から解放され、倒れ込んだディアベルの全身には、おびただしい数の傷跡のエフェクトが残されていた。
「ディアベル‼︎」
「キリト!」
思わず駆け出したキリトの声に、コボルトロードがいびつな動きで目を向ける。
振り上げられたタルワールの切っ先がキリトに向けられそうになった時、それを弾く黒い一条の光があった。
「ぃいやああああああ‼︎」
驚愕と衝撃で動けない他のプレイヤー達に代わり、ユウキが裂帛の怒号を放ってコボルトロードに斬りかかる。
コボルトロードのターゲットが変更されると、ユウキがキリトの方に視線を向ける。その意思を汲んだキリトも、すぐさまディアベルの元に急いだ。
「ディアベル、どうして一人で……」
ディアベルを抱き起こすと、キリトはすぐさま回復アイテムである結晶を使おうとしたが、ディアベルはそれを弱々しく手で制して止める。
たとえ使ったとしても、もう手遅れだと言うことを示され、キリトの表情が曇った。
「はは……ざまぁないな……最後に欲が出て……ヘマしたよ……」
「あんた……やっぱり……」
ディアベルの反応に、キリトは確信する。
ディアベルもキリトと同じβテスターであり、キリトも自分と同じであると気づいたのだと。
焦りを見せていたのは、βテストと同じようにキリトにラストアタックを掻っ攫われることを恐れていたから。キバオウがキリトについて知っていたのは、ディアベルこそがキリトの装備を欲していた張本人であったからだ。
次々にキリトの中でピースがはまっていくと、ディアベルは沈痛な表情で俯いた。
「すまなかった……キリトさん……こんな事言えた……立場じゃないけど……」
申し訳なさそうに表情を曇らせるディアベルだが、キリトはその真意を察していた。
彼がラストアタックにこだわっていたのは、そのボーナスアイテムこそがプレイヤー達の希望となるために必要不可欠だと思ったからだ。
ただキリトに華を持たせないためではない。リーダーとしてみんなを導くためだった。
「頼む……ボスを倒してくれ……皆の……為に────」
ディアベルはまっすぐにキリトを見つめ、少年の手を握りしめる。
そのわずか数秒後、ディアベルの体はポリゴンのかけらとなって砕け、虚空に消え去ってしまう。
今までプレイヤー達が倒してきたモンスター達と同じ、あっけなさすぎる最期だった。