EXCITE 〜ソード・ライダー・オンライン〜 作:春風駘蕩
オレンジ色の腫瘍に苦しんでいたプレイヤー達は、それがみるみるうちに消えて行くと困惑の表情を浮かべる。
あまりにも唐突に苦痛から解放されたために、理解が追いついていないようだ。
「な…治っ…た……?」
一人が自分の体を確かめ、なんの異変もない元の状態に戻ったことを知ると、ようやく全員が歓声を上げ始めた。
「う……うおぉぉぉぉぉ‼︎」
「勝った‼︎ 勝ったんだぁ‼︎」
「やった! やったぁぁぁぁ‼︎」
その場にいたプレイヤー達は皆、隣に立つものと抱き合ったり手を叩いたりし、生還できた喜びを分かち合う。
他者との距離感などもはや気にしない、思い思いにはしゃぎまくっていた。
【ガッシューン】
ユウキがベルトからカセットを引き抜くと、鎧が消え去って元の姿に戻る。
小さく息をつくユウキの元に、若干疲労した様子のキリトが近寄ってきた。
「お疲れ様」
「あぁ……ユウキもな」
互いの無事を確認しあい、ユウキとキリトは互いに拳をコツンとぶつける。
わけも分からない状況に巻き込まれはしたものの、今はどうにか解決することができたことを喜びたかった。
「しかし……なんだったんだあれ?」
「なんなんだろうね……」
しかしやはり、何が起こっていたのかは気になり、キリトは訝しげに腕を組んで考え込んでしまう。
ユウキもメニュー欄を閲覧し、先ほどまで使っていた二つのアイテムを確認してみた。
「一応いつでも使えるようにはなってるみたいだけど、特に詳しい表記があるわけでもないし、謎のまんまだね」
「そうか…まぁ、でも俺たちは勝った。今はそれでいいだろう」
「うん……そうだね」
フロアボスの豹変や謎の状態異常と、色々と引っかかるものはあるが、とにかく乗り切ることはできたのだ。
今後はさらなる注意が必要なのだと気を改めていると、二人の元へアスナが近づいて来た。
「あなたたち、大丈夫だった?」
「ああ…あんたこそ大丈夫か? 見ていてヒヤヒヤしてたぜ」
「余計なお世話よ。まったく…」
「あはははは…」
あいかわらずのアスナの固さにユウキが苦笑していると、他のプレイヤーも何人かぞろぞろと近づいてくる。
その中のエギルが、いかつい顔を破顔させて二人の英雄をたたえた。
「見事な指揮、それ以上に見事な剣技だった。Congratulations! この勝利はあんたらのものだ!」
エギルや他のプレイヤー達の賞賛の眼差しに、ユウキもキリトも思わず顔を赤らめて照れる。
戦いが一つ収束した、穏やかな空気が流れる、と思われたが。
「なんでだよ‼︎」
突如として響き渡った、悲鳴のような怒号がその空気を粉々に破壊した。
何事かと思い振り返ってみれば、声をあげたのはフロアボスと相対していた班の、ディアベルの指揮下のプレイヤーの一人だった。
「なんで……ディアベルさんを見殺しにした奴を讃えてんだよ⁉︎」
彼の放った言葉に、ユウキやアスナは困惑の表情を浮かべるが、キリトは一瞬で顔色を青く染める。
黙り込んだキリトに代わって、ユウキが戸惑いながら尋ねた。
「見殺し……?」
「だってそうじゃないか‼︎ お前はボスの使うスキルを知ってたじゃないか‼︎ その情報を前もって伝えてればディアベルさんは死なずに済んだんだ‼︎」
興奮し、半ば我を失いかけているプレイヤーは、続いてユウキをキッと睨みつける。
得体の知れないアイテムを使い、プレイヤー達を苦しめたバグったフロアボスを、一方的に蹂躙したプレイヤーを。
「あの変なアイテムも、あんなのがあるのに出し渋ってただろ⁉︎ 自分たちだけ助かろうって……そういうことだったんだろう⁉︎」
いまの彼では無理かもしれないが、まともな思考であればその言葉がどんなに無茶なことかはわかるろう。
だが他のプレイヤー達の中にも多少なりとも同じような考えのものがいたのか、徐々にキリト達に険しい視線が集まっていく。
「お、俺知ってる‼︎ こいつは元βテスターだ‼︎ だからボスのスキルや、ウマイ狩り場やクエストとか知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ‼︎」
「待ってください! 配布されている本の情報はβ時代のものを参考にしているわ。もし彼が元テスターならその知識は本と同じなはずよ⁉︎ それに本には製品版では変更点があるかもしれないって注意書きが書いてあったじゃない! それに…実際に想定外のことも起こったわ!」
「そ、それは……」
いまにも飛びかかってきそうな彼をなだめるつもりで、アスナは正論で返す。
このままキリトが責められ続ければ、今後も彼は理不尽な罵倒に晒され続けることになる。
だがその想いは、激昂し正しい判断を失った彼には届かなかった。
「あの攻略本が嘘だったんだ。βテスターがただで情報を流すなんてありえなかったんだ‼︎」
この場にはいないアルゴのことまでも罵り始め、ユウキが思わず一歩踏み出しかける。
だが、プレイヤーはむしろその視線を真っ向から否定するように、ユウキに矛先を向けた。
「お前のさっきのアイテムだって、そのβテスターに渡されたものだろ⁉︎ 自分たちだけテスターに贔屓されて、確実に生き残れるように媚び売ってたんだろ‼︎ じゃなきゃあんな化け物、簡単に倒せるわけないじゃないか‼︎」
「なっ…ボ、ボクだってこんなアイテムのことは知らなくて……!」
根も葉もない、勝手な考えで責められ、ユウキも懸命に反論を続ける。
しかしユウキやキリトに向けられる疑惑の目はみるみるうちに濃く強くなっていき、この場のプレイヤーのほとんどが敵になっているようにも感じられてきた。
「お前らはグルになって……俺たちを騙して、ラストアタックをとるためだけにディアベルさんを見殺しにしたんだ‼︎」
理不尽に追い詰められ、徐々に弱々しくなっていくユウキに、プレイヤーは畳み掛けるように言い放った。
「お前らがディアベルさんを殺したんだ‼︎」
ドクン、と。
それを耳にしたユウキの鼓動が激しく打たれる。
胸の奥底、ユウキという存在を構成する核に深く刻まれた記憶の一部が、黒いシミのように蘇ってくる。
配置された無数の機械、真っ白な照明、あちこちから伸びるケーブル、そしてベッドの上に横たわる数人の人影。
それが……分厚いガラスの向こう側に見える。
ーーーボク、一人が。
薄いかさぶたでふさがった傷跡が、ぐちゅりと再び血をにじませるような錯覚を感じる。
呆然と立ち尽くすユウキの目が、虚ろな闇のように光を失いかけたその時だった。
「ククッ……はははははははははははは‼︎」
背後から聞こえてきた、バカにするような響きの笑い声に、ユウキはハッと我に返る。
戸惑い気味に振り向いたユウキは、そしてアスナやエギルは、呆れたような冷たい目で見つめてくるキリトの姿に言葉を失った。
「冗談だろ? そいつらを贔屓してるって? 正真正銘のビギナーにそんなことするわけないだろ」
別人のような、明らかに蔑み挑発する響きで、キリトは暴言を吐き続けたプレイヤーを睥睨する。
その目は次に、目を見開くユウキたちにも向けられた。
「困るなァ、ビギナーさん。そう懐かれたら仲間だと思われちゃうだろ?」
「え……?」
「これだから世間知らずのユートーセーは。自分が利用されているなんて、これっぽっちも思いやしない」
くつくつと腹立たしさを感じさせる含み笑いで、キリトはユウキを押しのけてプレイヤーたちの前に出た。
「お前らもバカばっかだよな。たかがアイテム一つ足りないだけで大騒ぎしやがって……そんなんでこの先、生き残れると本気で思っているのか?」
ヘラヘラと笑うキリトにプレイヤーたちはぽかんと呆けていたが、やがて顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていく。
恐ろしい勢いで敵意を集めながら、キリトはなおもあざ笑うような口調を貫いた。
「元βテスターだって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでくれないか?」
「な、なんだと……」
「考えてみろ? SAOのクローズド・βテストはとんでもない倍率の抽選だったんだ。受かった1000人のうち、何人本物のゲーマーがいたと思う? ほとんどはレベリングも知らない初心者だったよ、今のあんたらの方がまだマシさ! ……だが、俺はあんな奴等とは違う……」
伏せられた顔からわずかに見える口元が、ニヤリと三日月のように歪められる。
それは調子に乗った愚者の虚栄ではなく、確固たる勝機に基づいた余裕の笑みだった。
「俺はβテスト中、他の誰も到達できない層まで登った! ボスの刀スキルを知ってたのは、上の層で散々そいつらと戦ったからだ‼︎ 他にも色々知ってるぜ? 情報屋なんか問題にならないくらいな‼︎」
自信満々にキリトが口にした事実に、プレイヤーたちは驚愕で目を見開き、口を開けて固まってしまう。
多くのプレイヤーが恨んでいたβテスターさえも歯牙にも掛けない、本物のズル賢い卑怯者の宣言だった。
「な……なんだよそれ……そんなのただのチートだ‼︎」
一人が口にすると、他のプレイヤーたちも口々に蔑みの言葉をこぼしていく。
明確な敵意を宿したそれらの声は、嵐が運ぶ風のように不気味な響きを迷宮内にもたらしていった。
「最低のチート野郎だ・・・・・・」
「ベータテスターどころじゃねえ」
「ベータ上がりのチーターなんて最悪じゃねぇか……」
ところどころから聞こえるささやきが重なり、二つの単語が一つにまとまっていく。
そうして出来上がった『ビーター』という単語に、キリトはやがて満足げな冷笑を浮かべた。
「ビーターか……いいなそれ。そうだ、俺はビーターだ! これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ」
キリトはフンと鼻で笑うと、メニューを開いて今回のラストアタックの報酬であるアイテム、真っ黒なコートを身に纏った。
そして、プレイヤーたちに背を向けて歩き始めたキリトに、プレイヤーの一人が慌てて待ったをかけた。
「ど、どこに行く気だ⁉︎」
「二層の転移門は俺が有効化アクティベートしておいてやる。主街区まで少し歩く事になるから、初見のMobに殺される覚悟のある奴はついてこい」
度胸を試すようなキリトに、プレイヤーは頭に血を昇らせるが、今回の惨劇を思い出してつい二の足を踏んでしまう。
誰もついてこないことに、呆れたため息をついたキリトがたった一人で立ち去っていく姿を、ユウキは不機嫌そうな目で見送っていた。
「……キリトのバカ」
小さく呟いたユウキは、やれやれと肩をすくめるとムン、と眉間にしわを寄せて歩き出した。
その小さな背中を見送っていたエギルが、ユウキと同じような表情を浮かべるアスナに耳打ちをした。
「アレが本心じゃないことくらい―――…」
「言われなくても、わかってます」
「じゃあ、アイツに伝言。頼めるよな?」
アスナはやや驚きの表情を見せ、すぐに破顔してエギルの頼みを受け入れる。
すぐにユウキの後を追おうとした時、アスナを呼び止めるまた別の声があった。
「……ちょい待ちぃ」
「キバオウ……」
振り抜いたアスナは、攻略中からキリトに対して辛辣な態度をとっていたキバオウに疑うような目を向ける。
しかしキバオウは、居心地悪そうに頭をかくと、意を決したようにアスナを、そしてユウキを見つめた。
「ワイは……伝言。ワイからも……頼むわ」