【完結】TSアマゾネスが勇者に殺されたがるのは間違っているだろうか 作:みゅう(蒼山みゆう)
これらのありったけをダンまちの世界ならではの要素と一緒に詰め込みました。
第一話 TSアマゾネスは前世を思い出す
前世なんて概念は宗教家や創作家のためにある都合のいい言葉だと思っていた。
でもそれが嘘みたいな本当の話だってことに気が付いたのは、皮肉にもボクの体が一つ成熟を迎え、大人としての女としての機能を有することになった日のことだった。
モンスターとの戦いや、先輩たちとの訓練による、青痣どころか多少の骨折だって珍しくない過酷な日々を乗り越え、初昇格を成してレベル2になって早半年。
そんなボクが流した久々の涙は、腹の底から湧き上がってくる痛みと、股の間から太腿に沿って地面に滴る赤い雫によるものだった。
痛みそのものは十分に耐えられる。左腕を丸々粉砕骨折したときよりは随分マシだ。
でも怪我でも毒でもないであろう、得体のしれない現象、違和感と呼ぶべき何かがボクの心を酷く揺さぶった。
主神様の命令によって、たまたまソロで森へ薬草採取に出かけていたボクは、言葉にならない呻き声を上げながら本能的に清流へと向かい、雪解け水の中に勢いよく飛び込んだ。
血は洗い流せたけれど、臓腑がねじれ狂うような痛みは止まる気配がない。
そんなとき、痛みと恐怖に歯を食いしばりながら俯くボクの視界に映ったのは、とある少女の姿。
胸元と秘部以外のほとんどを露出した褐色の肌に、濡羽色に揺れる腰まで届く長い髪。
「これがボク……?」
違う。こんな可憐な姿は俺じゃない。
瞳の色以外は似ても似つかない。
でも確かにこれがボク────俺の体だ。
「冗談はよせよ」
喉に爪を掻き立てる。
あぁ痛い。腹程じゃないけれど確かに痛い。
これは夢なんかじゃない。
それに今のフレーズは……いや、これが共通語か。
アマゾネスの少女、イル・ムークスが一般常識として知っていることを、元日本人男性の早乙女薫も同じく言語として理解できた。
「そう言うこと、か」
認めるしかないこれは現実だ。
こうなってしまった理由は一切わからずともおそらく現状はおおよそ理解した。
イル・ムークスとして生きる齢11のアマゾネスの少女は、かつて日本人であった早乙女薫の生まれ変わりか何かなのだと。
ようやく薫としての前世の記憶を思い出したイルとしてのボクだけれども、薫の知識、常識に引っ張られていたのはきっと物心ついたときからだ。
そもそも「ボク」という一人称にこだわっていたのも、公的な場以外で使う「私」という言葉に、少なからず違和感を持っていたからだろうと気づいた。
男性の心をもった少女、しかもアマゾネス。
性同一性障害なんて概念があるかどうかも怪しいこの世界で、自分という存在がいかに異端な存在かは容易に想像がついた。
しかもさらに事態がややこしくさせているのが、女として生きてきた心と常識も確かにこの体に染みついてしまっていることだ。
「痛いなぁ」
じくじくと痛むお腹をさすりながら、川辺でうずくまる。
この体はイルであるけれども、薫であったときに染みついてしまった考えや習性が今まで培ってきた価値観を浸食していく。
全て蝕めばよかった。
もしくは全て拒んでしまえばよかった。
でもボクはそれができなかった。
イルが薫としての在り方を捨てることもできなければ、薫としての過去がイルの現在を乗っ取ることも良しとできない。
男になりたいわけじゃないけれども、女であることをまだ心のどこかで拒絶している。
つまるところボクはモラトリアムが欲しかった。
だけど純然たる事実としてこの体はまごうことなき女の身。
そしてよりによって女しか存在しない種族であるアマゾネスだ。
かつての世界の人々のように性別を偽ることも不可能だ。
いつかは選ぶ。
心も体も女として生きるか、心だけは男のままで生きるのか。
選ばなくちゃいけないけれどそれは今であって欲しくない。
初潮を迎え、この体が昨日までより大きく一歩大人の女に近づいたその日に下した結論はなんとも我儘な答えだった。
中途半端でありながらも採取用の短刀でばっさりと髪を切り払った。
肩にかかるかかからないかぐらいの長さで揃え、革紐で短く後ろ髪をまとめる。
服は今度町に行ったらもうちょっと布地の多いのを買おう。
下着姿同然のこの服は、そもそも女として生きていくにしても違和感が大きすぎる。
アマゾネスの常識は他種族の非常識なのだから、この格好については男というよりも元日本人の感性からあまりにも外れていたのだ。
もう少し地味でお淑やかな服、アースカラーのエルフの民族衣装あたりがいいな。
それっぽい服がなければ最悪自作も考慮に入れてもいい。
それなりに器用だった前世だ。
道具さえあれば最低限どうにかなるはず。
残る問題はやはり生理のこと。
ロキソニンはないけれど、医療系ファミリアに所属していて良かった。
痛み止めの材料になる木の実もわずかではあるが先ほど採取したばかりのものがある。
果肉は塩漬けにしないと毒素が抜けないので、多少勿体ないが果肉を川で洗い流し、種子だけを取り出して奥歯で噛み砕く。
他の薬と合わせないと効果は薄いが、何もしないよりはきっとマシだろう。
適当に枯れ枝をかき集め、小さな焚火を作り服を乾かし始める。
完全に乾く頃にはきっと薬も効き始めてくれるはずだ。
◆
「────なんでイルのままで居させてくれなかったんだよ」
焚火にあたっていたときに、ふと漏れ出た言葉。
風に消え入りそうなその声の主は、かつて早乙女薫として生きた男のもの。
自分が上等な人間じゃないと誰よりもわかっているからこそ、イルの将来を悲嘆した。
二度目の人生なんて薫には要らなかったのに。
一度目の人生だって、とある失敗によって失意に暮れたまま無為に時間を過ごし、遂には不摂生が祟って自分でも知らない間に32歳で人生を終えてしまったのだ。
一度目の人生さえ全うしたとは言えない男が、順風満帆に歩んできた少女の人生の足を引っ張るなんて間違っている。
イルとして、普通の女の子として、恋をして、結婚して、子供を産んで。
そんな人生を歩んで欲しかった、歩みたかった。
「ボクは薫にも、イルにも戻れない。でも……」
どうしたらいいかわからないボクだけれども、開拓村の最前線たるこの田舎に留まるのは良くないことだということぐらいはわかった。
豊富な自然で貴重な薬品の材料となる植物や動物の採取や狩猟には困らないけど、商隊すらやってこないこの村に居続けるのはダメだ。
何しろ人が少ない、そして情報が少ない。
つまりこの数奇な人生に大きな変化を与えるだけの機会を得る確率が圧倒的に少ないのだ。
だから都会に出るしかない。
そしてただの都会じゃダメだ。
魔法が身近にある環境が必要だ。
自分がレベルを、ステータスを上げて対処するための魔法を覚える。
もしくは対処できる魔法を使える人間を探す。
それが最も容易いと考えられる場所はただ一つ、世界の中心たる迷宮都市オラリオ。
ボクはこれでもレベル2の薬師兼狩人だ。
ファミリアの仲間や主神様から聞いた限りでは、11歳でレベル2というのは相当に優秀だということだ。
少し気にかかるのは今、オラリオの治安は荒れていて闇派閥との抗争が激化しているとのことだけど、逆に考えればこういうときだからこそ、エリクサーを含めた一通りの薬品の調合に習熟したボクを高く売り込めるチャンスだと考えてもいいかもしれない。
よし、方針は決まった。
それなりに学業が優秀だった前世の思考回路が後押ししてくれているからか、我ながらいいアイデアを思い付いたと思う。
あと残る問題はお金のこと。
商隊の護衛でもしながらでもある程度はたっていけるだろうから、程ほどに旅費を稼げば良いだろう。
でもこれまで孤児のボクを育て上げてくれたファミリアへの最後の奉公はがっつりとやってみせたい。
そうだ。前世で得た知識で荒稼ぎしてみよう。
せっかく前世の記憶が戻ったのだ。
男だ女だと性差に悩んでいる場合じゃない。
もしやこれは日本で人気だった所謂、異世界転生じゃないか。
知識チートってやつじゃないか。
なんか楽しくなってきたぞ。
ようやくボクは今日初めて前向きな気持ちになれた気がした。
帰り道の中で過去の知識を総動員して、ありとあらゆる金儲けを思案する時間は楽しかった。
お腹の痛みと、優柔不断な心を置き去りにするぐらいに。
◆
そして時が経つこと更に半年後。
ファミリアからの強烈な引き留めからやっと解放され、予定していた2か月より大幅に計画が遅れながらも、ボクはオラリオへ旅立つことができた。
急に人手不足となったファミリアから待ってくれと懇願された理由の発端はそもそもボク自身が契機だった。
端的に言えばボクはやりすぎた、想定を遥かに超えて儲けすぎてしまった。
すべての始まりは前世の記憶を取り戻したあの日からだった。
ボクは年上のアマゾネスに体の変化について報告し、一般的な対処法を聞いたところで渡されたのは一握りの綿花。
綿ですらなく、綿花だ。
無理だ。
ボクの性自認の問題以前に、元日本人としての衛生的観点でNGだった。
異物で血を抑えるのは構わない。
でもせめてそういう用途のために形状を整えたものであって欲しかった。
そしてボクは全てを悟った。
きっとこれは田舎だからとかいう問題じゃない。
衛生に気を使うべき医療系ファミリアでさえ、この程度の認識なのだ。
生理用品という概念の研究が、現代日本とこの世界ではあまりにもかけ離れすぎている。
ボクはこのとき初めて前世の記憶を取り戻せたことに感謝した。
世の中の女性のため、そしてなにより自分の(精神)衛生のためにボクは全力で生理用品を開発した。
ボクだけじゃなく、コンセプトを理解してくれたファミリア女性陣の総力を以て開発は進められていった。
肌ざわり、給水性、厚さ、材料費に加工コスト、諸々の条件を考慮しながら進められた開発は難航を極めた。
多種多様の試作品が生まれ、その一部が市場に流れると想定の10倍以上の問い合わせが殺到した。投資話や材料提供など、さまざまなイベントをこなしつつ最近ようやく量産販売体制が整ったのだ。
ファミリアでは改良品の研究は続いているものの、この時点でボクの役割はようやく終わり旅に出ることができたという顛末だ。
この事例からの教訓は安易な知識チートは身を亡ぼすということ。
一つやり方を間違えれば、利権を巡って抗争沙汰になっていた可能性も少なくなかった。
12歳でレベル2は早熟な方らしいけれど、もっと強い人たちはこの世に沢山いる。
ボクが今日足を踏み入れたオラリオなら尚更だ。
せめて自分の身を守れるくらいの強さは身に着けたい。
でもいつもギリギリの冒険をし続けるのも性に合わない。
先達からの知識や技術の継承も受けられるようなところが好ましい。
そして弓と薬品による後方支援に特化した自分を補ってくれるメンバーがいる、なるべく層が厚く同年代が多いファミリアが良い。
そしてボクは一週間の聞き込みによる情報収集を経て、希望に適うであろうファミリアを一つ見つけた。
「たのもー!」
ボクが見つめる先はいくつもの塔が組み合わさった長大な館、そしてその天辺に揺らめく道化師の旗。オラリオ最強派閥の一角であるロキファミリアの本拠地『黄昏の館』。
ここでボクは運命の出会いを果たす。
オラリオ到着時は原作8年前。
凡そアストレア・レコード1年前です。
被殺願望が生まれるのはもうちょっと後からです。