うちのオペレーターが過保護過ぎる。   作:杜甫kuresu

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”おかえりなさい”

「ただいま、ドクター」

「…………ぅ」

 

 モスティマ。ペンギン急便所属、長距離トランスポーターに偏向した術士系統担当オペレーター。中でも、とりわけ”謎”に尽きる女。

 今日も今日とて彼女の笑顔は崩れない。食えない人種というやつなのか、その押しても引いても崩れない態度が意外とオペレーターには不評だ。”霧を掴むような感触”らしい。

 

 ドクターは明らかに呻いた。アーミヤがきょとんとしていると、息を短く切ったドクターが立ち上がって対応を始める。

 

「…………任務終了か。速すぎず遅すぎず、助かる」

 

 いつものことだが、この指揮官はぶっきらぼうだ。別に悪気はない、多分情感を込めて喋ることに大層な意味を見出していないだけ。

 オペレーターもこれには慣れたものだ。というより、割としっかり観察すれば細かい所はむしろ並より気がつく男であると誰もが察してくれるというのが正しい。彼は細やかなことで動揺を見せられる身の上でもない、それだけである。

 

 が、今回はそうは問屋がおろさない。モスティマは何だか不満げにドクターの顔を覗き込む、明らかにドクターのバイザーの奥の視線が逃げた。

 

「…………”ただいま”だよ、ドクター」

「ああ、よくやったな。ゆっくり休むと良い…………」

「そうじゃないよね」

「何がそうじゃないのだかさっぱりだな」

 

 あくまでシラを切るつもりか、とでも言わんばかりの咎める視線がドクターを直撃する。

 しばらく報告書に食らいついてモスティマから逃げ続けていたドクターだが、報告書はそんな分厚く作るように誰も教育されていない。すぐに読み終えてしまって、とうとう視線の逃げ場がなくなった。

 

 無言の圧力にドクターが耐えかねたのか、はぁ。とため息を付いて眉間に指でつまむ。

 

「…………おかえり、モスティマ」

「よろしい。不備とかは有ったかな?」

 

 明らかに機嫌が良くなった。

 

「別にない」

「じゃあおかえりのハグ」

「はい?」

 

 反応したのはアーミヤだった。ドクターのSOSとモスティマの不思議そうな視線が同時に突き刺さる、哀れな子うさぎは口を抑えるが吐いた唾は呑みこめぬ。

 いやしかし、どうだろう。おかえりのハグ、聞いたことが有るようで聞き慣れない単語だ。具体的にはロドスアイランドでは聞き及ばない。

 

 モスティマと言えば、誰が喋っても手応えがないことが玉に瑕。そんな印象を受けるオペレーターだ。加えて言えば、笑顔こそ柔和だが厳密にはフレンドリーとも程遠い。

 デフォルトの距離感は近いが、それだけ。興味も何もないというのが総評だ。

 

 その彼女が、「おかえりのハグ」。実に不可解だ、口に出すこと自体がアーミヤには予想外である。

 

「それは断ると毎度言っている」

「いいじゃないか、減るものでもないんだから。労いだと思って」

「一般的に上司が部下を労う時にハグはしない。缶コーヒーで我慢してくれ」

 

 ドクターはドクターでえらく淡々とモスティマを捌こうとしていた。実際にモスティマが引いてくれそうかはさておき。

 

「友人の頼みだよ? 酷いなあ」

「…………」

 

 目に見えて固まる、どうやらモスティマとドクターには個人的に何か有ったらしい。アーミヤもはっきり知らないが、適当に取り扱えとシルバーアッシュに言われたことを思い出す。

 取り敢えず間違いないのは”友人”という単語が、存外に意味合いが重いということ。

 

「…………どうしてもか」

「ストライキ起こすよ」

「寝言は寝てから言ってくれ」

 

 モスティマがじーっとドクターの方を見る。視線が驚くほど痛い、そんな馬鹿な話があって良いものかとドクターが再びSOSを送る。

 だがアーミヤがそれを理解できるとは限らない。

 

 沈黙が辛かった。ドクターは何か実体のないものに延々と責められているような、言い知れない居心地の悪さで胸焼けを起こしそうになっている。

 拗ねるモスティマ、首をかしげるアーミヤ、さながら自分が駄々をこねているような空気感にドクターの頭がくらくらしてくる。

 

「しかし君は女性で私は男性だ。お国柄かは存じ上げないが、私は少なくともそういう文化は」

「…………」

「無い……訳…………で、だな……」

「…………」

「…………」

 

 ドクターは自暴自棄になった。

 

「……何秒だ」

「君に任せるとも」

 

 ここに来て放任とは一体。

 ドクターは疑問を唾ごと飲み込んで、仕方なく要求も飲み込むことにした。

 

 慣れない動作でドクターがモスティマの背中に手を回す。普段から所作に人の感触がしない男なのは間違いなかったが、それはいつもよりもロボット臭さを感じる。

 相変わらず、肩が印象よりずっと華奢だ。つい力を緩める。

 

「……モスティマは細すぎる。私はこの手の加減が下手でな、少し心配になる」

「問題ないよ、もっと強くしても大丈夫さ」

 

 返事をしながらモスティマも抱き返してくる。指がどうしたって細い、そう言われても「はいそうですか」と納得できる証拠があまりにも少ない。

 ぼんやりと時間を待っていると、背中がゆっくりと叩かれているのが分かる。子供を寝かしつけるような、拍子を踏むだけのとても軽いタッチだ。

 

 気づけばドクターは動かなくなっていた。理由は何故だろう。

 背中を叩かれる度に、睡魔にも似た温かい気配が体を伝っていく。擦られると、火を近づけられるような淡い熱を錯覚する。

 

「意外と逃げないね」

 

 モスティマが喋った気がしたが、彼の耳には入っていない。

 

 アーミヤは彼の顔色まで窺えた訳ではないが、多分安らぎに浸っている。というような気がした、実際にそうであるかまでは分からない。

 正確には知らない。ドクターは目を覚ましてからというものの、オペレーターの前でも極端に態度を崩したりしなかった。淡々と喋り、命令し、そして動く。彼にとっては、無理を押すことすら計算内だったように見えた。

 

 今のドクターのそれは、そういう冷え切ったルーチンからは外れているということは感じ取れる。

 彼は今、”予想外”の渦中に立っているだろう。

 

「…………でも、そろそろちょっと痛いかな」

「――――っ! すまない」

 

 吐息を漏らすようなモスティマの呻き声に、ドクターが珍しく慌てて距離をとった。

 困ったように笑われている。彼の対応は少し狼狽気味だ。

 

「何秒経ったんだ…………? 寝ていたらしい」

「え、寝てたの?」

「申し訳ない。疲れているのかもしれないな…………」

 

 ドクターが大真面目に考え込むのを見ながら、モスティマがけらけらと笑っていた。

 

「変だなぁ、ドクターは」

「いや全く今回は変だ…………睡眠時間を見直そうか……」

「うーん、多分そういうのじゃないね」

 

 違うのか、と問い直すドクターに。違うね、とモスティマはあっけらかんと返した。

 アーミヤは二人の要領を得ない会話を、ただぼんやりと眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

『ドクターは用意が良いね、何で此処までするんだい? 君にメリットはないよ?』

 

 昔の話だ。

 帰る度に、お菓子が机に置いてある。帰る事を報告するのは三日前だったり、三時間前だったりしたけど、何故か必ず置いてあった。

 旅の思い出は茶菓子と一緒に、なんて提案したのは自分だった。それはちゃんと覚えてるけど、彼が何故そこまで拘っているのかが分からなかった。

 

 ロドスアイランドにとっては一人のオペレーターは、やっぱり単価として一人分を超えることはない。感覚としてとても冷たい物言いに見えるけど、それはそういうものというだけ。人は血が通っているべきと言うだろうけど、組織に血が通っている必要は特にない。

 

『何で? 何で…………どうだろうな。私にも、はっきりとは』

 

 ドクターは基本的に、ロドスアイランドとして正当な判断をする。それは時に殺戮においても同様、彼は意図的に冷たくなれる人間だ。

 また、人に貴賤も付けない。一見人間的な側面に聞こえるだろうけど、どっちかと言えばシステマチック。好き嫌い、がとても薄いと言えばもっと近いだろうか。

 

 だから、私に固執する理由が分からなかった。

 確かに能力テストでは少し”見せすぎた”気はした。でも、だからと彼が私的な時間を割くというのは、普段のイメージからすると随分意外性のある行為だった。

 いや、それはそうと良い人なんだろうけど。

 

 何となく菓子を開けながら聞いた。

 

『ふーん。面白いね、じゃあ今の私を見てどう感じた? 君の温かい出迎えを快く受け入れて、私は今君の差し出したお菓子を食べようという訳だけど』

『逆算か。悪くない…………そうだな』

 

 彼は迷ったように何度も言葉を選び直して、こんな事を答えた。

 

『何となく、君は此処を”帰ってくる場所”と見ていると思う。私は誰もが居心地のいい喋り方や振る舞いをする方ではないが…………君はそれなりに、此処に居る時に”帰ってきた”と感じていると私は勝手に断定している』

 

 それは、なんというか。

 

『君は、帰った方が良い。君は、帰ってきても良いはずだ…………多分。いや的外れか、だが君はそれが怖いのか、嫌なのか、分からないが、なかった』

 

 正直、何と悲しいことを言うんだと思った。

 

『今は、帰ってこようとしてる。と、私は思った。私のこういうお節介の成果か、単に此処のオペレーターの対応かは分からないが、多分、そう。君は今、”帰って”きている』

 

 こう思うのも珍しいことだが、当然だろう。

 私がどうかは知らないが、彼にも帰る場所なんて無い。此処はロドスアイランド、彼が”求められる”場所でしか無い。

 

 少なくとも、そこには利害が有る。彼が相手の都合に関わらず”帰る”場所なんて、本当に有るんだろうか。

 有ったとして、彼はそれを分かっているのだろうか。

 彼は、帰ってきたと本気で思えているのだろうか。

 

 分からなかった。分からない事自体が答えであるという事だけがはっきりしている、分からないことはないはずの項目だ。

 

『…………ドクターは、帰れる場所。有るかい?』

『有るだろう。此処は私が居るべき場所だ』

 

 ほら。そうじゃないんだって。

 君が居たい場所を探さないと。

 

 そんなことを、昔考えた。

 これはただの、昔話だけどね。




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