うちのオペレーターが過保護過ぎる。   作:杜甫kuresu

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モスティマが寝ている時間も分からなければ、その姿も見たことがないという発想。
凄く分かる。書かなければならなかったのですね。


”君のお休み”

「ドクターって随分ねぼすけさんなんだね、私知らなかったな~」

「…………あぁ。モスティマか、早いな」

 

 朝。彼の寝起きは毎日とても最悪で、今日は特に仕事着のまま眠ったせいで顕著だった気がしてならない。

 穏やかな日差しとそよ風がドクターの身体を通り抜ける。椅子の背もたれから顔を出すモスティマの薄い笑顔は、相変わらず何を考えてるか察し難い。

 

 溜まった書類が風に吹かれて散らばる。紙吹雪の中でドクターはぼんやりとしたままだ。

 

「そんなに早くはないさ。平日のドクターなら仕事を始めるか、準備はしてる時間だよ?」

「そうだったのか」

 

 ふと時計を確認すると、確かにそんな時間だった。本当に寝過ごしていたらしい。

 彼は伸びをするわけでもなく不意に起き上がり、そのまますたすたとモスティマの前まで立つ。

 

「椅子を返してもらえるか。仕事が残っていてな…………流石に椅子もなしに仕事、というのは」

「やだ」

 

 簡潔な返事をすると、椅子をくるくる回しながら明後日の方向へと滑っていく。ドクターが手を伸ばしてみたが、全く届く気配はない。

 子供のように執務室をぐるぐると回って遊ぶ姿を呆然と眺めては、困ったように肩を落とす。

 

 ただ邪魔をされているだけだが、彼女が居ればそれは舞踏会の一幕のようだった。慣性につられる深い青の髪が引いてくれと言わんばかりに何度かドクターの前を通り過ぎた。

 途中、こんな言葉を挟む。

 

「大体、今日は休みじゃなかったっけ? 休日出勤はいただけないなぁ、職場の空気を乱してしまうんじゃない?」

「……一理あるから困る。実際、気にしている」

 

 ドクターを一言で表すならワーカーホリックで、少なからずオペレーターにとって圧力なのは当人も認知していた。

 表面上、オペレーターは彼に何も言わないだろう。が、ドクターとて顔色伺いの全く出来ないタイプではないわけで、そこに何処と無く遠慮混じりな態度があることぐらいは看破する。

 

 彼にとって仕事というのは、かなり複雑ながら重要である。記憶もなければ他に行く宛のなかった彼にとって、初めて必要とされたのが”ロドスアイランドのドクター”という形だった。

 残酷にも、その形に収まることを否定しなかったのが運の尽きだろう。何も思い出せない男一人に背負わせた責任は、決してこの組織全体にないとは言うことが出来ない。

 

 不条理で解決不可能な不和の中で、本人だって複雑な気持ちのまま仕事をする。それがこの場所の”普通”。

 

「なら丁度良いね、今日はお休み。そうしよ?」

「ああ、出来るならそうしたい。ただ、今回ばかりは駄目だ…………差し迫った業務を投げ出してしまっていてな。遅れるわけには行かない」

「え~、しょうがないな~…………」

 

 モスティマがちらりと、ソファの方を見る。自分に付き合う必要など彼には無かったと、最初から分かっていたらしい。

 彼女もどうしてこんなごっこ遊びに興じているのかはわからない。結果もなんとなく、両者見え透いている。答えありきの問答なんてする性格だったろうか、と考え込む。

 

 違うだろう、と結論づいた。何故しているのかと言うと、まあそうしたいからだ。

 こうやって無駄な話をしている時間が存外に落ち着く。とりとめのない話が終わらなければいいのになぁ、とぼんやりと想像してしまう。

 

 ちょっと馬鹿馬鹿しくなった。何でそんな風に思うようになったのだろう。

 

「うーん…………じゃあ、昨日の残りだけ終わったら、今日は食べ歩きに付き合うこと。それなら返してあげるよ」

「私が凄まじく不利な気がする」

「え~? そうかなぁ」

 

 不利も何も、とまたソファの方を見た。ドクターが書類を持ち上げる気配はなく、モスティマの瞳を見つめて考え込んでいた。

 真面目なのか、抜けているのか、付き合いがいいのか。それとも、この椅子がないと仕事が出来ないのか? それだったら何となく、嬉しい。そんな風にモスティマは感じた、理由は分からない。

 

 ドクターが唸って、唸ってから答える。

 

「良いだろう。しかし…………そうか、今日は移動都市と合流する日だったか」

「そういうこと。前も此処は来たんだけど、やっぱり一回じゃ回りきれないよ。どんな所だってね」

 

 モスティマが無造作に、散らばった書類を拾い始める。

 

 

 

 

 

 

 

「いや終わらないな…………私は何故このまま寝たんだ……?」

 

 ペンの走る音が止まらない。紙を捲っては走り、捲っては走り。かれこれ数時間は経っていた。

 移動する音も止まっている気がする、もう到着してしまったのだろう。モスティマの計算を大幅にオーバーしている事はあまり想像に難くない。

 

 ドクターも正直、こうなることは予想していなかった。モスティマにも説明したが、休日に仕事をすることに関しては自分でも疑問視する所は有って、いいきっかけに改めようと思っていた。コレ自体は事実である。

 

「予想以上の量だ、すまないな。付き合わせて」

「別に良いよ。実際、ロドスの業務が滞ったら私も責任を取りかねるからね」

 

 苦笑しながら返事するモスティマを見るわけでもなく、ドクターのにらめっこが継続していく。

 その光景を見れば、誰だって今日も平日のように日々が過ぎていると思ってしまう。休みなんて言葉は上滑りに風に吹かれて消えていって、良くも悪くもいつもどおりの日常が過ぎていく。

 

 決まりきった記入項目に暇な思考が、ふとモスティマの方へと向かった。そう言えば最近、彼女は何だか変化したような気がする。

 

 何が、と具体性を持った項目はあまりない。態度というか、雰囲気というか、形容には困る。ただ、少し具合が良くなったというのが近い。ドクターは医学に携わる人間として、そんな言葉で納得することにした。

 あくまで身体を診る側だが、それでもモスティマは”患っている”とドクターは失礼な事を考えたまま、彼女をずっと観察している。

 

 だからどうというと。ドクターは何もしない、正確には何も出来ないと判断した。

 出来ないことはしない。持てない武器は持たない。分からないことは頼る。彼の今のライフスタイルは大体そんなものだ。

 

「…………もう少し、か。待たせ過ぎは良くないな」

「リーダー、居るー?」

 

 さあ最後、タスクを並べ直した矢先の来襲だった。紅蓮の髪に眩しい光輪、エクシア。来るだけで少し騒がしい気分になるが、それは恐らくドクターの偏見だ。

 

 当然のように入ってくるなり、ソファの方を見ると形容に困る表情をする。どうやらモスティマを見つけてしまったらしいが、ドクターは特に気にしない。

 敢えて言うなら、此処でやいのやいのと言い出さないことを願うだけ。願うだけで、止める力も彼にはない。

 

「…………リーダー」

「どうかしたか? 悪いが私は予定が詰まっていて忙しい、あまり難しすぎない話で頼む」

「モスティマ……寝てる」

「は?」

 

 ドクターのページを捲る手が止まる、彼がこんな素っ頓狂な声を上げるのは中々ないことだ。

 思わず顔を上げて確認すると、確かに寝ている。別に怒っているというわけではなく、単純に驚いたというのが正しい。

 

 寝顔というのも恐らく初めて見た訳だが、彼女のそれは、想像よりはずっとずっと――――穏やかで。思わず嘆息が漏れてしまう。

 顔に出る性格だと思っていないが、もし苦しんでいたら参ったものだとは思っていたのだろう。

 

 周りの異様な雰囲気を気取ったのか、眼をぱちりと開けたモスティマが周囲を見回す。

 

「…………あぁー、ごめんねドクター。寝てた……ってエクシアも居たんだ」

「――――――それは謝らなくていい。いや、まさか…………寝ているとはな」

 

 言われてみればおかしいとは思っていた。ドクターが起きるよりも早く動いているし、ドクターが寝る直前まで彼女は歩いているのをよく見かける。想定できる睡眠時間は相当短く、身体に余程響くだろうと彼も心配はしていたのだ。場合によっては、注意する気も。

 

 ドクターの方を見て呆気にとられるエクシアを差し置き、モスティマが伸びをしながらバツの悪そうな顔をする。

 

「ドクターが書類に夢中になってる時は寝てるんだ…………ほら、何時間もずーっとやってる時。紙を捲る音とか、ペンの擦れる音が気持ちよくて。つい…………仕事中なのにごめんね?」

「え、ああ。別に問題はない、声を掛ければ起きているから、仕事はちゃんとしてくれているわけで…………特に今日は休みだから尚の事……」

 

 謝罪は右耳から左耳へ通り抜けていく。

 印象としてはひたすらに中身の見えない――――あるいは、見せない人種とカテゴライズしているモスティマがよもや、自分の作業音で寝るとは。

 そして全く気づかない自分にも呆れた。周りがよく見えていない、としか言いようがないだろう。

 

 いつも返事は返ってきていたから尚の事予想外だ。エクシアの固まる様子も納得する、ドクター自身が動揺した。

 

「それで、終わったかい?」

「…………それは、まだだが」

「そっかぁ……君も大変だねえ」

 

 彼女が答えると同時に、一際強い風が窓から入り込んでくる。ふわふわと舞った紙切れを取ろうと飛び跳ねるモスティマを見ながら、ドクターがポツリと呟く。

 

「それは…………疲れが取れてるのか?」

 

 半ば独り言に近い本音のようなものだったが、モスティマは紙をキャッチすると緩やかに笑って返す。

 

「ドクターの傍で寝ても取れない疲れなんてあるかなあ…………」

「それは……何よりだ。ああ、此処で良ければゆっくりしていくといい」

 

 私は君に休んで欲しいんだけどなあ。

 彼女の困ったような笑顔に、ドクターの視線は吸われっぱなしだった。




では今回の話の総評ですが、これは私のアイデアではなく元ネタが存在します。多少形が変容してしまったので引用元をきっちり明記したいと思います。
https://twitter.com/an_fyhx/status/1294322150187270147
という訳でこちらです、アイデア利用に関する快諾に陳謝致します。及び投稿するとは思ってなかった、という場合はすみません。土下座で許してもらえるといいのですが。

という訳で次回は食べ歩きます。
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