ネクロフィリアの未熟児   作:紅絹の木

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次なる問題

 

 

「パンドラズ・アクター」

「何でございましょう?モモンガ様」

「ゴーナイトさんを頼んだぞ」

「……それは、どういった意味でしょうか」

「今までと変わらず忠義を尽くせば良い。それだけだ」

「かしこまりました。何があってもお守りします」

「ああ、それでいい。これで戦いに行ける。……必ず戻る。それ間だけ頼むぞ」

「……お早いお帰り、心よりお待ちしております」

 

 

 

モモンガさんは世界級アイテムを持たせたアウラとマーレを連れて、シャルティアがいる森へ行った。

私は第九階層の自室で、その様子を遠隔視の鏡を越しに見ていた。周りには誰もいない。下がらせたのだ。

愛する人が死地に向かうこの状況で、ナザリックの支配者の仮面は邪魔だった。とても平常でいられないし、NPCたちの前で弱音を吐いて、心配させるわけにはいかない。

 

「モモンガさん……」

 

画面にはボロ布をまとったナザリックのまとめ役が映っている。アウラとマーレとちょうど別れたところだ。

走って彼に追いつきたい衝動を抑え込む。それは彼を信用していない証だ。あれだけ言わせてたのに、まだ不安なのか。

「アルベドの落ち着きようとは、比べ物にならないな」

 

モモンガさんと話し合った後の彼女は、憑き物が落ちたように晴れやかであった。そして覚悟を決めていた。

「俺も覚悟を決めないとな」

 

モモンガさんは帰ってくる、そう信じて。

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、第九階層、とある一室。

遠隔視の鏡がよく見えるように、ソファとテーブルが置かれている。まるで観覧席のようだ。

最後に部屋に入ってきたデミウルゴスは、素早く部屋を横切る。挨拶もせずに、ソファの空いている席に荒々しく腰を落とした。普段の彼ならば決してしない動きが、彼の内心の不満を顕著に表している。

デミウルゴスは少し落ち着く為にも、メガネのブリッジを少し上げた。

 

「ーー初めてお会いする方がいますね」

「初めまして、デミウルゴス様。私、宝物殿を守護する領域守護者、パンドラズ・アクターでございます。以後、お見知り置きを!」

「……初めまして、パンドラズ・アクター。第七階層守護者のデミウルゴスだ。こちらこそ、よろしくお願いするよ。あと、様付けはいらない。同じナザリックの仲間だからね」

「かしこまりました」

 

デミウルゴスは、パンドラズ・アクターの仰々しいアクション、芝居かかった口調に対して、あまり反応しなかった。彼以上に気にかかっている事があるからだ。

 

「それで、伺いましょうか」

 

うってかわって、普段の優しげなものとは違い刺々しい口調。それは敵意というよりも、殺意に近い感情だった。真正面から受けているはずのアルベドに変化はない。

 

「モモンガ様とゴーナイト様がお決めになったことよ?それに対して私たち……」

「……なぜ?」

 

アルベドの言葉を、敵の命を奪うごとく刈りとる。

 

「あれほど人間の都市に行かれるモモンガ様を止めたあなたが、なぜ今回は頭を縦に振ったんですか?守護者を連れて行かないと決めたモモンガ様を案じての筈」

 

アルベドが頷く。デミウルゴスの顔が怒りに歪んだ。

 

「では重ねて問いましょう!なぜ、それをお許しになった!」

「落チ着ケ、デミウルゴス。ソレ以上ハ見過ゴス事ガデキナイ」

「どういう事でしょうか、コキュートス」

「ゴーナイト様からの命令よ。黙ってモモンガ様の戦いを見届けるように、と」

「……理由を聞くなということですか」

「戦闘が終わった後にならば、話合ってもよいそうです」

「それではすべてが遅いではありませんか」

「そう、すべて遅いのよ」

「ーーなに?」

 

アルベドはいつものように微笑む。デミウルゴスにはそれが異様に映った。

 

「第七階層はモモンガ様とゴーナイト様、そして私の連名で既に封鎖済みよ。シモベたちの掌握も終わった。至高の存在と私たち、どちらかに従うかなんて言うまでもないでしょう?」

「……私たちが従うべき御方が、いなくなってしまうかもしれないんですよ」

 

ちらりとパンドラズ・アクターを見る。彼は自分の視線の意味に気づくだろうか。

自分だったら、ウルベルトを行かせない。行かないでくれるように頭を下げ続けるだろう。なぜ彼は冷静でいられる?

 

「……ゴーナイト様はモモンガ様を信じていらっしゃる。モモンガ様はお戻りになられますよ、デミウルゴス様」

 

パンドラズ・アクターはそう言って帽子を被り直した。

 

「さあ、そろそろ始まるわ。不利を跳ね除けるモモンガ様の勝利を、刮目して見ましょう」

 

 

************

 

 

 

シャルティアとモモンガさんが空から放たれた光の砲撃に包み込まれた。おそらく〈失落する天空〉だろう。

手が潰れてしまうのでないか、それほど強く握りしめる。

ー立っているのはどちらか。

光が収束し影が現れる。あれはモモンガさんだ。モモンガさん“一人”が立っていた。

その姿を確認してようやく、体から力を抜いた。張り詰めていた糸が一気に緩み、ズルズルと椅子から落ちる。

 

「よかった……よかった……」

 

モモンガさんが生きていてくれてよかった。シャルティアを失う悲しみよりも、愛する者が生きている事に感謝している。そこに罪悪感は一切ない。

 

「ごめんな、シャルティア。俺はモモンガさんが大事なんだ」

 

NPCよりも、愛する者を優先する。気づいたこの気持ちが、今後どう自分の道を照らしていくのか見当もつかない。

 

抜ける腰などなかったが、今だけは本当に腰が抜けていた。数度深呼吸をして、頭を振って切り替える。支配者の仮面を被り、よろめきながらも立ち上がり、隣室に控えているエントマの方へ向かった。

 

 

 

パンドラズ・アクターに〈転移門〉使わせて、モモンガさんとアウラたちを迎えに行く。

本当は走って彼を抱きしめたかったが、俺たちは握手するだけに留めた。

それからすぐナザリックに帰還した。

モモンガさんの装備を普段のものに戻してから、玉座の間に集合する。

玉座の間にはすでに五億枚の金貨が、宝物殿から運び出されていた。

 

「では、これよりシャルティアの復活を行う。アルベドはシャルティアの名前を見ていること。先程と同じ精神支配を受けた状況であれば……」

「モモンガ様。その時は僭越ながら私どもで対処させていただきます」

 

デミウルゴスの言葉に、アルベドを除いた守護者たちが頷く。

 

「デミウルゴス……」

「モモンガさん、任せましょう。彼らの気持ちを汲んでやってください」

「ゴーナイトさん……。わかりました」

 

本当は子供たち同士で戦わせたくない。

だがギルドメンバーを何よりも尊いと言い、守りたいと思っているデミウルゴスたちの気持ちもわかる。それに、これ以上ゴーナイトに心配をかけたくなかった。

 

あとはモモンガが命令を下すだけだ。

 

「守護者たちよ。我らを守れ。行動を開始せよ!」

 

一斉に威勢のいい声が返ってくる。

モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを動かして金貨に向ける。本来であればキーボードで操作するところだが、それが必要ないとわかる。

金貨がどろりと溶け出して、川をつくり、玉座前に集まってくる。液体は固体へ、人型を形作り黄金の輝きが収まっていく。

金色の光が完全に収まると、そこには何も身にまとっていないシャルティアが横たわっていた。

 

「アルベド!」

「ご安心ください。精神支配は解除されたようです」

「そうか……」

 

モモンガはこみ上げてきた強い安堵に胸を撫で下ろし、精神が安定される。ゴーナイトと顔を見合わせて、静かに喜んだ。

そしてゴーナイトが消える。

モモンガは驚いて視線を彷徨わせた。すぐに見つけた。彼はシャルティアの側に立っていた。そして自らのマントを彼女にかける。

ゴーナイトの紳士的な対応にモモンガは感心した。自分も早く気づいてやるべきだった。

人の気配を感じてだろうか、シャルティアが目を覚ます。

 

「ゴーナイトさま?」

 

その声にははっきりと忠誠を感じ取れた。

ゴーナイトは膝を折り、シャルティアの肩を抱いて起こしてやる。

 

「目覚めてよかったよ。シャルティア」

「うぇえ?一体どういうことでありんしょうか?わたしは何かしてしまったんですかえ?」

「何があったかは後で語るとしよう。それよりもます、聞きたいことがある」

「なんなりと」

「お前の最後の記憶を教えてくれ」

 

シャルティアの記憶は五日前で止まっていた。

これが第十位階魔法〈記憶操作〉によるものなのか、それともNPCの復活の条件として「数日前の状態で復活する」というものがあるのかは、わからない。

シャルティアに世界級アイテムを使った者の正体は、再び水面下に沈んだ。

 

「結局敵はわからず終いか。いつか、相手にはきっちり落とし前をつけさせましょうね」

「ええ、もちろんですよ。十分に復讐させてもらいます。……シャルティア、他に異常はないか?」

 

シャルティアはその細い体をペタペタと触り、頷く。

 

「問題ないでありんす」

「そうか」

「モモンガ様、ゴーナイト様!!」

「どうした!?」

「なんだ!?シャルティア!」

 

「胸がなくなっていんす」

 

その言葉に守護者全員が脱力した。「自分たちの心配を返せ」と言わんばかりだ。

 

「お前は自分が今まで置かれていた状況をわかって言っているの!」

 

アルベドが全員を代表して叫ぶ。シャルティアは肩をびくりと震わせた。

モモンガとゴーナイトは両手が床についてしまうほど脱力した。シャルティアと守護者たちが言葉のぶつかり合いをし出した輪を抜けて、二人は玉座の手前にある階段に座ってその様子を眺める。

 

「あー……クレマンティーヌたちの記憶も無くなっていたらいいな」

「先日、解決した事件の首謀者たちですよね。何かまずい物でも見られましたか?」

「正体明かしちゃいました」

「ああ、それは記憶飛んでおいてほしいですね」

「ですです」

 

皆から責められ、シャルティアは次第に涙目になっていった。彼らの姿にギルドメンバーの姿を重ねる。

弟であるペロロンチーノを責める、姉のぶくぶく茶釜さん。それを見守る仲間たち。それに重なって見えるNPCたち。

寂寥感がモモンガを襲う。が、すぐに霧散した。

モモンガの右手がそっと握られている。

 

「……もう、この光景にひびを入れさせたりしません。一緒に頑張りましょうね。モモンガさん」

「ええ。あなたとなら頑張れる」

 

最後にぎゅっと強く握りしめる。ゴーナイトは立ち上がって、手を引いた。モモンガはその流れに乗り立ち上がる。そこで互いの手を離した。

 

「さあ、お前たち。もういいだろう、それくらいにしておけ」

「しかし、ゴーナイト様。もう少し厳しく言った方がよろしいかと」

「まったくです!この馬鹿にがつんと言っちゃってください!」

「あ、あの、あまり厳しくは、その……」

「自分モ厳シク言ウベキカト考エマス」

「至高の御方々から仰っていただければ、シャルティアも少しは理解できるかと」

「……はっ、ははは」

「ふふふ」

 

ゴーナイトとモモンガは守護者に見守られながら、心から笑った。十分に笑ったあと、モモンガは静かにシャルティアを目を向ける。

 

「前もアルベドには告げたと思うが、今回の件にシャルティアのミスはない。様々な情報を得ておきながら、そこまで思い至らなかった私の責任だ。シャルティア、お前に罪はない。この言葉をしかと覚えておけ」

「あ、ありがとうございます」

「何があったかはデミウルゴスに聞け。任せるぞ」

 

スーツを着た悪魔が丁寧にお辞儀をする。

 

「ところで、モモンガ様。セバスはーー」

「囮だ。したくはないがな。シャルティアの次に狙うとしたら同行していたセバスたちだろう。だから呼び戻すことはしなかった」

 

そしてアルベドにセバスを守るためのシモベの選抜をするよう言い渡した。

 

「かしこまりました。強さも考えた上で早急に揃えます」

「頼むぞ。シャルティアの件で復活が可能だとわかったが、これ以上仲間が創り出したお前たちを屠るような真似はしたくない。これ以上はさせてくれるな」

 

守護者たちが感動した表情で頭を下げる。自分たちが大切にされていると、改めて言葉にされて喜んでいるのだ。

その様子にシャルティアが、自身が何をしでかしたのか薄々気づき、顔面がさらに蒼白になる。モモンガは気にするなと手振りで伝える。

 

「それで、戦闘跡は消さなくていいんですよね」

「ええ、残しておきます」

「え?ど、どうしてですか?」

「吸血鬼との激戦を物語ってもらうためだ。そうだ、アルベド。鍛治長に作らせている壊れた鎧に、焦げた跡もつけておけ。そしてニグンから得た魔封じの水晶も傷つけておくんだ」

「かしこまりました」

「それで、だ。私は少々甘かった。私たちにも被害を与えることができる存在が近郊にいることは確実だ。なので、早急にナザリック強化計画に入りたい。そこで、私の特殊技術を使ってアンデッドの軍勢を作り出そうと思う」

「それでしたら、モモンガさん。アルベドから話があるんですよ」

「うん?なんだ。アルベド、言ってみろ」

「はっ。モモンガ様の特殊技術で創造できるアンデッドですが、媒介となるのが人間の死体である場合、中位アンデッドの中でも弱いものしか作れませんよね」

「その通りだな」

 

作り出せたアンデッドはレベル四十までだ。それ以上となると、媒体となった死体と共に消滅してしまう。

 

「人間以外の死体を使ってみるのはいかがでしょうか。例えばーーアウラが見つけたリザードマンを滅ぼして」

「ーぇぇ」

 

小さな呟きは空中に消えた。

 

 

〈つづく〉


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